第5話 決戦
小屋を離れ、村の方角を目指す。
太陽も星もないため少し不安にはなるが、この山の地形は何となく把握しているため、大丈夫なはずだ。
にしても、一体何が起こっているのだろうか。
現在位置の確認もかねて登りやすそうな木に登り、遠くまで見渡してみたが、地平線まで完全に闇に包まれてしまっているようだ。
魔物のせいで雨が止まない村なんてものがあったらしい(新聞情報。兄が解決したとのこと)が、これだけの規模となると一匹の魔物がどうこうできるレベルではないような気がする。
ともすれば魔族の仕業だろうか?
魔族を見たことはないため、確かなことは言えないが、300年前に魔王が討伐されて以降は力を失い、今では大した力を持たないとか聞いたことがある。
その話が本当なら、魔族が原因の線も薄い…のか?
そうでもないとなればもっと上の存在…魔王の起こした事象という可能性が出てくる。
魔王との最終決戦の日は近いと、勇者はそう言っていた。
戦いが激化し、何らかの影響で世界が闇に包まれたと。
だが、闇が晴れていないという事は…?
………。
いや、よしておこう。
ヘタに憶測を重ねても、志向がどんどんネガティブな方向へ傾いていくだけだ。
今はとりあえず村に帰ろう。
‐‐‐
しばらく歩いていると、なじみのある辺りに出た。
ここは普段の狩りでよく通る道だ。
ここまでくれば後は数分も歩けば愛しい我が家につく。
そういえばまだ朝食も済ませてなかったな。
家に着いたら父さんと一緒に食べよう。
いや、体感的にはもう朝ご飯を済ませてる時間だろうか。
そうだ、魔法使いになったことを話さなきゃ。
兄さんの雷鳴魔法ほど凄いものじゃないけど、俺だけの力だって自慢したいな。
それから、えっと、俺は、村に帰ったら…村に…帰ったら。
遠目にソレを見た時、何が起こっているのかわからなかった。
というか、脳がソレを理化するのを拒んでいた。
暗闇に包まれているはずのその景色は、この目にはっきりと写っている。
村は、魔物に襲撃…いや、蹂躙されていた。
大鬼によって家屋が破壊されている。
小鬼が荒らしているのは隣人が丹精込めて育てた野菜だ。
黒狼に食い荒らされているあれは人だろうか。
抵抗しているような人影は見えない。
俺の生まれ育った村は、魔物によって壊滅状態だった。
俺は一瞬呆然とした後に、すぐに正気に戻った。
「…父さん!」
我が家の中で人影らしきものが動くのが見えたのだ。
周囲の魔物に気づかれないよう注意を払いながら、俺は急いで家へと向かった。
ドアを開けると、そこにいたのは血を流し、すでに事切れた父と、龍の紋章の刻まれた剣を持った魔族であった。
「…何ダ、貴様。」
魔族はその剣先を俺に向けながら威圧してくる。
「…なんで、この村に魔族が…?」
色々な感情が混じり合う中、ようやく絞り出したのは、少し的外れな質問だった。
「フン。簡単ナ話ダ。魔王様ガ勇者ヲ殺シタ今、世界征服二向ケ動キ出シタノダ。」
…勇者を、殺した。
今この魔族は間違いなくそう言った。
つまり、兄は魔王に負けた、という事だ。
勇者が死んで、魔王が世界を侵略し始めた、と。
こちらに向けている剣にやけに見覚えがあるなと思ったら、あの日兄が腰に下げていた『聖剣』だ。
兄も、父も、故郷も、全部失ったんだ。
「…ドウシタ?イイタイ事ハソレダケカ?」
魔族は俺を嘲笑うように剣先を振っている。
勇者の持っていた剣を自由にできるくらいには、この魔族は魔王に近い存在なのだろう。
だとしたら、きっとそれだけ力がある魔族なのだろう。
俺の質問に答えているのだって、戯れだろう。
このままではきっと俺は殺されるだろう。
その前にどうにかここから逃げなきゃならないが、素直に逃がしてくれるかもなんて甘い考えは持てない。
ならばもう、ここでこいつを倒すしかない。
主武器の弓はこんな閉所じゃ役に立たない。
こいつを殺すのに使えるのは、腰に下げた短剣か、毒矢を直接刺すか。
光輝魔法を使えば隙くらい作れるだろうか。
悲しみと恐怖と焦りと、何より怒りで、一周回って思考はクリアな状態だ。
俺は全身に魔力を巡らせながら、初めて実戦で魔法を行使した。
「『光り輝く光』!」
俺は全身から強い光を放ちながら短剣を構え、魔族の懐に潜り込む。
「クッ?!ナ、ナニヲッ?!」
怯んだすきに首に短剣を突き立て…しかし、刺さらない。
魔王の加護とやらで強化されているのか、俺の短剣が一切通用していない。
とっさにそのまま体に刃を滑らせ、どうにか傷をつけようとするが、かすり傷すらつけられない。
その時、暴れる魔族の蹴りが腹にクリーンヒットし、壁に吹っ飛ばされる。
「…妙ナ術を使ウ奴メ…!楽ニハ殺サンゾ!」
ようやく視界が回復したのか、魔族は怒り心頭といった様子でこちらを睨んでいる。
失敗した。
いっそ逃げに徹していれば今の好きで逃げられたかもしれないが、いまさら悔やんでももう遅い。
もう一度光ってみたところで、通用するかはわからない。
何か、何かあいつを止める手段があれば。
…聖剣。
そうだ、あいつが持っている剣は聖剣だ。
伝説によると勇者が扱う聖剣は魔を打ち払う、なんて話があったはずだ。
実際には魔力を通すと切れ味がよくなるだけの剣だと兄は言っていたが。
だが、俺の魔法を使えば…!
一か八かだ。
一世一代のハッタリに打って出てやる。
「名も知らぬ魔族よ。俺の持つ力を見せてやる。」
先ほどの光輝魔法から俺を警戒しているのか、魔族の表情に緊張が混ざる。
「…貴様ガ、貴様ノ力ガ何ダト言ウノダ。」
「俺の名はルクス・ブライト。『光輝魔法』の使い手にして、勇者の遺志を継ぐ者だ!」
言い終わると同時に、魔族の持つ聖剣に魔力を流す。
すると、聖剣は眩い光を放ちだした。
「ナ、何ッ?!」
聖剣から出る光に恐怖を感じたためか、魔族はとっさに手を離した。
賭けには勝った、ここしかない。
俺は一気に距離を詰めると聖剣を受け止め、ありったけの魔力を込めて魔族に向けて振りぬいた。
空を切るような感触に空振ったかと思い焦ったが、次の瞬間、魔族の体は真っ二つになった。
「キ、サマ…マサカ、勇者、ノ…」
最後に何か言いかけていたが、そのまま魔族は事切れた。
あまり実感はわかないが、どうにか、勝ったらしい。
失ったものはあまりに多いが、それでも俺は今、生きている。
せめて、村のみんなを弔おう。父の亡骸を抱き上げ、外に出る。率いていた魔族を殺したためか、村の中に魔物の姿はなかった。
家の庭に穴を掘り、父を埋葬する。
「父さん、親孝行一つできなくてごめん。俺、これから頑張るからさ。見守っててよ。…さようなら。」
俺は、父の墓を後にした。
それからしばらく、村の家々をめぐってみたが、生き残りはいなかった。肉食の魔物に食われたのか、亡骸の数が明らかに少なかったが、それでもできる限り埋葬した。
これからどうするか。
これ以上ここにいても、後悔が募るばかりで、前には進めないだろう。
…いや、本当はもうわかっている。
きっと、この世界はどこも闇に閉ざされ、魔物が蔓延っているのだろう。
だったら、俺がやるべきことはもう決まっている。
兄の遺志を継いで、魔王を打ち倒す。
俺の光輝魔法で、世界に光を取り戻すんだ。
決意を新たに、俺は故郷を後にするのだった。
続きます。
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