第3話 魔法使い
あれから数週間後、俺は山に狩りに出ていた。
息を殺し、目を凝らして獲物を狙う。つがえた矢は曲線を描いて猪の頭部に突き刺さる。
猪はしばしの間暴れまわり、こちらに向かってくる。
俺は冷静に二射目を前足に充てると、猪はその場に倒れこんだ。
しばらく様子を見て、動きが完全に止まったのを確認し、獲物に近寄っていく。この猪はウリボアと呼ばれる魔物であり、村の隣の森ではよく見る小型の魔物だ。やや脂っぽいが、可食部が多いのが魅力的で、皮もなめせば色々使えるようになる。
とはいえ丸ごと持っていくには重いため、解体と簡単な処理を施しておく。冬に備えて干し肉も備蓄しておきたいし、肉はできるだけ無駄が出ないように解体していく。牙と皮、ついでに『魔石』も確保する。
魔石とは魔物の体内にある魔力の結晶である。魔物が使う様々な能力『魔能』の源であり、例えばこのウリボアの魔能は肥大化で、もともとが成人男性の膝丈程度の大きさなのが一時的に腰ぐらいの大きさになることができる。ただ、死ねば魔能は切れるため、それによって可食部が増えるわけではないのが残念だ。
話がそれたが、この魔石は『魔道具』の動力として役に立つ。水が湧き出す水筒やら明かりが灯すランタンなどの魔道具は、うちみたいな田舎の村でも普及しているほどだ。もちろん森に狩りに出る俺も重宝している。ウリボア程度の小さい魔石であっても売れば小銭稼ぎもできるし、とっておいて損はない。
その後もしばらく狩りを続けていたが、気が付くと背嚢はいっぱいになり、日も傾いてきていた。そろそろ帰ろうかと考えたが、あたりを見ると、村からかなり離れたところまで来ていることに気が付いた。今からこの荷物で帰るとなれば村につく頃には夜中になってしまうだろう。
夜間の山歩きはリスキーだ。一応魔石で光るランタンは常備しているが、目印となって魔物を引き付けてしまうリスクもあるし、できれば取りたくない手段だ。
どうしようかとしばし考えていると、少し遠くに小さな小屋があるのが目に入った。
…あの小屋を使わせてもらうか。
俺は少し歩いて山小屋につくと、戸を軽くノックしてみる。
「すみません。誰かいますか?」
………。
返事がない。誰もいないようだ。
恐る恐る戸を開けてみると、中心には小さな炉、部屋の隅にはボロボロの敷き藁に布をかぶせただけの質素なベッド、正面の棚には数冊の本と小さなツボが置いてある。空気は埃っぽく、壁に指を伝わせてみると黒い汚れが付いた。どうやらしばらく使われていない小屋のようだ。
俺はひとまず荷物を降ろすと、との横においてあったボロ布を使って掃除をし始めた。
「水球、っと。」
魔術で水を出し、布を湿らせながら床や壁を水拭きする。こういった掃除にも役立つのだから魔術ってのは便利で助かるなとつくづく感じる。
日が落ちる前には一通りの掃除は終わり、窓を開けて空気も入れ替えたため、すっかり過ごしやすい…とまではいわないが夜を明かすには困らない場所にはなった。
小屋の裏手に薪の備蓄があったため、これ幸いと炉に火をおこし、置いてあった年季の入った鍋を使って猪肉を焼いて夕食とした。
鍋を洗い、ついでに体も洗った後、ベッドで横になりながらふと考えに耽る。
村が狼に襲われ、兄が助けに来たのが数週間前。
真王との決戦が近いと言っていたことから、おそらくそろそろ魔王と戦うことになるのだろう。
いや、あるいはもう倒していて、次の新聞では兄の凱旋の様子でも移ってるかもしれないな。
『魔王討伐!2代目勇者様の凱旋!』なんて記事を読んで、みんなで喜んだりなんかして。
劣等感だってあるけど、俺は兄を尊敬してるし、この間だって助けてもらったことを感謝している。
今度会ったら、故郷に戻ってきた兄としばらく一緒に過ごせば、この心のモヤモヤも消えるだろう。
そうだな。
今は兄が安全に帰ってくることを祈ろう。
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暑い。
というか、熱い。
強い光に包まれるような感覚。
全身が焼けるように熱く、しかし苦痛はない。
自分の体内の何かが、外から流れ込む何かによって、つくりかえられていくような感覚だ。
何も見えない。
まぶしい。
目が焼けるように眩しく、それでいて心地よさすら感じる。
次第に光は弱まり、全身の感覚が薄れていく。
俺は何か喪失感と、それを埋める何かを感じて‐‐‐
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‐‐‐目を覚ました。
今のは…何だったんだ?
思わず飛び上がったが、あたりはまだ薄暗い。
時刻は夜明け前といったところだろうか?
…暗いというのはわかるが、薄暗い割にはなぜか周囲がはっきり見える。
割と夜目が利く方ではあるが、今の視界には違和感がある。
変な夢を見たせいで、寝ぼけているのだろうか。
少しずつ意識が覚醒していく中で気が付いたが、顔や背中が汗で濡れており気分が悪い。
上半身だけでも水浴びをしようと、桶を出した。
指先に魔力を集めて放出しながら慣れた手つきで魔法陣を描こうとする。
「水球ぁああああ?!」
指先から眩い光が出て、視界が真っ白に染まり、とっさに左腕で顔を覆った。
…十秒ほどそのまま静止した後、ゆっくりと左腕をどかしてみるが、部屋の中は先ほどと同じく薄暗いままであった。
なんだ?何が起こったんだ?
いつも通り魔術をつかおうと魔力を指先に集めて、魔法陣を描こうとしたら、突如強い光が発生した、と。
魔力を放出したら、光が出た。
つまり、魔法陣を介さず魔力が光になったと。
…魔法使いは魔力を放出するだけで魔法が出るんだったよな。
という事は今のは…。
俺は恐る恐る指先に少しずつ魔力を集中させる。
すると俺の右手の人差し指は少しずつ光を帯びていく。
魔力の放出を止めると、すぐに光は収まっていった。
本来魔法陣を描くとき、指先に魔力を集中させたとしても、それが強く発光するわけではない。薄ぼんやりと光ってはいるが、視界がつぶれるほどの強い光は放たないはずだ。
試しに指先から出る光を使って水球の魔方陣を描いてみるが、水の一滴も出てこない。
魔法陣を介さずに魔力を消費して光を生み出している。
また、魔術が使えなくなっている、という事は…。
どうやら俺は、後天的に魔法使いになったらしい。
魔法使い。
かつて魔王や魔物の軍勢に対抗するために、神が人類にもたらした力である『魔法』を扱う力を持つ者の総称だ。
たいていの場合は生まれつき持った力であり、後天的に授かったという例は聞いたことはない。
魔術の礎になった『火・水・土・風・治癒』の魔法以外にも、兄のような『雷鳴魔法』、直接見たことはないが、兄の仲間が使うという防御に特化した『守護魔法』とか、お伽噺には『転移魔法』やら『従属魔法』なんてものも出てくる。
とはいえ、俺の魔法は今のところただ光るだけって事しかわからないため、検証を重ねていく必要がありそうだ。
評価していただけると幸いです。