第1話 勇者の門出
初投稿です。
1話目に主人公は出てきません。
300年前のある日、大規模な地殻変動によって時空に歪みが発生した。その歪みは世界一高い山、その頂点に『裂け目』として、形を成した。その裂け目からは、その世界には存在しない未知のエネルギーとともに、一人の男が出てきた。その男は薄紫色の肌に額の辺りから生えた禍々しい角、そして4本の腕という異形の姿をしていた。のちに『魔王』と呼ばれる男である。
魔王は手始めに麓の村の住民を生け捕りにすると、怪しげな儀式を行い、住民たちを魔王と同じような薄紫色の肌、そして角の生えた姿へ変えさせてしまう。しかも、その姿になった人間は魔王を主と崇め、別の人間をその姿に変えるのに協力的な態度をとるようになる。魔王によって姿を変えられた彼らは、のちに『魔族』と呼ばれるようになる。魔王は周囲の小さな村を襲いながら、少しずつ勢力を伸ばしていった。
一方その頃、裂け目から発されたエネルギーは世界を少しずつ変えていった。野生生物は凶暴化し、特異な力を持って人を襲うようになり、それらは『魔物』と呼ばれるようになった。魔物に対抗する手段を持たない人々は滅亡の危機に瀕した。そんな中、神によって人間は『魔法』を与えられた。野生生物が力を得たように、未知のエネルギー、『魔力』を操ることで自在に炎や水を出したり、風を起こし、土の壁を作り出したり、あるいは魔物払いの結界を張ったり、傷を癒したりといった超常的な力を得た。魔法はすべての人間に与えられたものではなく、数百人に一人与えられた程度であった。魔法を与えられたものは『魔法使い』と呼ばれ、その力は強大で、魔物に対抗する手段を得た人間はその勢力を取り戻したかに見えた。
そして数年後、突如として魔王が動き出した。
魔王は初めのうちは小さな村を襲い、着々と魔族を増やしていった。そして各地で強力な魔物従えると、次々と人間の国を侵略し始めた。人類側も魔法を駆使して対抗するものの、魔族や使役された魔物は魔王の力を与えられており、魔王勢力の圧倒的な戦闘能力に次第に押され始めた。
十数年に及んだその戦争は人間側に現れた一人の青年の力によって決着する。その青年は初めに魔王に襲われた村の生き残りで、復讐を胸に秘めた戦士であった。村人が魔族に変えられていく中、幼い少年だった彼は家族の命がけの助けを得てただ一人逃れていたのだ。彼は剣術の天賦の才に加え、強力な雷を司る『雷鳴魔法』を駆使して数多の戦場で頭角を現し、やがて『勇者』と呼ばれるようになっていた。
そして最終的に魔王との一騎打ちを果たし、勇者によって魔王は討たれ、魔族の多くは力を失い、人々は平和を取り戻した。しかし、魔王は完全には消滅せず、最後の力を振り絞り、己の魂を封印し、いつか蘇ることを誓った。
魔王を打倒した青年は国王から貴族の座を打診されたが、大いなる力を持つ自分の存在は平和な社会に混乱をもたらしかねないとして、表舞台から姿を消したという。
‐‐‐そして300年が経った。
魔法を基に誰でも扱える技術として『魔術』が開発されてから久しく、人類は繁栄していた。魔術は魔法ほど強力なものではなかったが、料理用に火をおこしたり飲み水を手軽に確保出来たり、魔物を追い払ったりと日常生活に欠かせないものとなっている。かつては数百人に一人持っていた魔法だが、現代では魔王の危機が去ったためか使い手の数は大きく減り、もっているのは数万人に一人程度と希少になっている。
そんな中、片田舎の小さな村に住む少年、ユーリスは、かつての勇者と同じ雷鳴魔法を持っていた。父親はそれを知っていたが、魔法自体が希少なもので、しかも勇者と同じものというのもあり、下手に広めると危ない目に合うかもしれないからと大人になるまで隠しておくように言い含められていた。ユーリスは不満だったが、聞き分けの良い子供だったため、言われた通り魔法の存在は隠したまま育っていった。
ユーリスが15歳になった時、村に異変が起こった。
ある日、村の外れにある森の奥から、これまで見たことのないほど巨大な魔物が現れたのだ。それはまるで鎧をまとった獣のような姿をしており、村の畑を踏み荒らしながら、ゆっくりと中心部へと進んできた。村人たちは慌てふためき、何とか逃げようとしたが、村には強力な魔術を扱える者などおらず、ろくな対抗手段もなかった。大人たちは鍬や鎌を手に立ち向かおうとしたが、魔物の圧倒的な力の前には無力だった。
村が壊滅するかと思われたその時、ユーリスは家族の制止を振り切り、魔物の前に立ちはだかった。幼い頃から家族に隠すよう言われていたが、それでもこっそりと魔法の鍛錬を続けてきた彼は、すでに雷鳴魔法をある程度使いこなすことができていた。
「このままじゃ、みんながやられる……!」
ユーリスは震える拳を握りしめ、魔物へと向かっていった。そして、彼が初めて村の人々の前で雷鳴魔法を放った。指先から放たれた眩い閃光が魔物に直撃し、その巨体を痙攣させながら地面に叩きつけた。だが、魔物はまだ生きていた。再び立ち上がり、ユーリスに向かって突進してくる。
「くそっ……!」
追い詰められたかに見えたユーリスだったが、彼の中に眠る雷鳴魔法の力がさらなる覚醒を遂げた。彼の全身から雷光が溢れ出し、周囲の空気がビリビリと震えた。そして、彼は体内の魔力を振り絞った魔法を発動させた。
「――貫け!」
轟音と共に、巨大な雷の槍が魔物を貫いた。魔物は絶叫を上げると、その場に崩れ落ち、完全に動かなくなった。村人たちは恐る恐る様子を見守っていたが、やがて歓声が上がった。
「ユーリスが……倒したのか?」
「すごい……お伽噺の勇者様のようだ……!」
しかし、その戦いは彼にとって新たな運命の幕開けに過ぎなかった。
魔物を倒した夜、父親は大事な話があると彼を夜中に起こすと、厳しい表情を浮かべながら、彼に告げた。
「お前の力は、もはやこの村だけに収まるものではない。これほどの魔法を持つ者が現れたとなれば、遠くの国々の目にも止まるだろう。そして……おそらく、魔族もな。」
「魔族……?」
父親は静かに頷いた。
「300年前に滅んだと思われていた魔王の力……その残響が、今もどこかで息を潜めているのかもしれない。今日村を襲った魔物も、もしかすると……魔王復活の兆しなのかもしれんな。」
ユーリスは呆然とした。
「でも……魔王は300年前に討たれたんじゃ……?」
「確かにな。しかし、魔王は死ぬ間際に己の魂を封印したとも伝えられている。もしその封印が解かれようとしているのだとしたら……お前の力が、必要になるときが来るだろうな。」
父親の告げる言葉に唖然としていると、続けていった。
「お前が勇者と同じ力を持って生まれたのは偶然ではない。お前ももう15歳、そろそろ教えようと思っていたのだが、ちょうどよかったのかもしれないな。…お前は、勇者の末裔なのだ。300年前姿を消した勇者は田舎でその生涯を一般市民として過ごしたと、子孫である我々には伝えられてきた。…いままでそれを知らずに生きてきたお前に、突然勇者の代わりに世界を救えと言われても実感はわかないかもしれないがな。」
ユーリスは深く息を吸い込んだ。まだ自分が何をすべきか分からなかったが、村を守るために戦ったことで、一つだけ確信できたことがあった。
「……僕は、逃げない。」
彼の言葉に、父親は満足げに微笑んだ。
「ならば、旅立つ準備をするがいい。お前が何を為すべきか、それを知るための旅をな。」
こうして、ユーリスは生まれ育った村を後にし、世界へと歩み出すこととなった。彼の旅の先には、魔王の復活を巡る運命と、彼自身の使命が待ち受けているのだった――。
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