始まりの季節
主な登場人物
山根凜乃 国立T大学/18歳
竹本真波 私立K大学/18歳
浅山美湖 公立S大学/18歳
由比七星 私立K大学/18歳
柚木恢仁 国立T大学/18歳
須賀野達稀 国立J大学/19歳
吉永佐智子/68歳
吉永秀徳/70歳
橋田杏奈 国立T大学/18歳
安岡竣介 私立J大学/20歳
私、山根凜乃はこの春高校を卒業して大学生になった。
地元から新幹線で3時間の大学に通うことになっていて、学生専用のシェアハウスで暮らすことになった。
私は内気な性格だから実のところとても不安なのだ。それでもシェアハウスにしたのは母の勧めとお金の問題。私自身もこの共同生活を通してコミュニケーションを得意にしたいと思っている。
新幹線を降りて新しい舞台に降り立った。
かなり都会にある駅からバスで20分、私が暮らすことになる「吉永ハウス」が郊外の街にある。
吉永ハウスの前まで来ると、老夫婦が立って出迎えてくれた。
管理者の吉永佐智子さんと秀徳さんだ。
「よくぞお越しくださいました、吉永と申します」
微笑んで佐智子さんが言った。
「…今日からよろしく、お願いします。山根凜乃です」
足元に生えている雑草を見ながら。
「荷物は昨日引越し業者さんから預かったので、部屋に入れています」
秀徳さんが言った。早速荷物を整理しないとな。
「ありがとうございます…」
「私達はおばあちゃんおじいちゃんやと思って、気安く話しかけてくれていいからね」
佐智子さんはそう言うと、部屋を案内してくれた。
1階は共用スペース。男女別の風呂場やランドリールーム、キッチン、トイレ、テレビなどがある。それから奥には吉永夫婦の個室。雰囲気は普通の家とそんなに変わらなさそう。
2階が個人部屋で、階段を上がって手前にトイレ、左右に三部屋ずつある。私は右の1番手前だった。
個室は7畳ほどで、アパートでずっと暮らしてきた私にとっては広めだ。
荷物の片付けをしているとあっという間に夕方になった。
入居するのは私が1番遅かったらしく、今日が初めて全員揃う日でもあり、1階で夕食を囲むことになっている。
8人掛けの大きな机に吉永夫婦と私を含む6人の学生が座った。
「みんなね、もう知ってると思うけど、私が吉永佐智子です。私が吉永ハウスとしてシェアハウスを経営するのは初めてなので至らぬところはあると思いますが、これからどうぞよろしくお願いします」
「私は佐智子の夫、秀徳です。皆さんの学生生活をサポートしていきます」
秀徳さんの隣に座っている男子から、時計回りで自己紹介するようだ。
「由比七星と言います。M大学1年の18歳です。よろしくお願いします」
穏やかで笑顔が印象的な人だ。
「私は竹本真波です。K大学に通います。お願いします」
クールで澄ました表情だな。
「私は浅山美湖と言います。M大学1年生です。よろしくお願いします!」
元気でにこやかな雰囲気だ。
『須賀野達稀、J大学1年の19歳です。お願いします』
無表情のまま見せられたホワイトボードにはそう書かれていた。
「達稀くんは話すことに問題を抱えているから筆談で会話してね」
佐智子さんが微笑みながら補足する。なるほど。
「僕は柚木恢仁。T大学の1年。よろしくね」
親しみやすそうな明るい人だ。
そして、最後に私。
「えと…山根凜乃です。T大学1年生です。よろしくお願いします」
どうしても俯いてしまう。
「このメンバーでこれから過ごしていきます。困ったことがあったら私達に遠慮なく言ってくれていいし、みんなで助け合ってくださいね」
佐智子さんがそう言うと、いただきますをした。
晩御飯は佐智子さんが作ったハンバーグとポテトサラダ。ソースの甘さと辛さがちょうどいい。
「山根さん?だっけ。改めまして、僕は柚木恢仁。ひろとーって気軽に呼んでくれていいし、タメで話そ」
超陽キャだ…。
「恢仁くん?でいいかな…?私も、凜乃でいいよ」
「凜乃ね、りょーかい!」
そう言って恢仁は微笑んだ。
「凜乃ってT大学だったよね、何を専攻したいとかあるの?」
「私は古典文学を専攻するつもりかな…」
恢仁くんと同じ大学なのかと思うと少しだけ安心した。
「僕は理系で、化学が好きなんだよね」
「そうなんだ…」
会話を続けられない…、どうしよう。
「まあ同じ大学だからなにかあったら情報共有してね」
私は頷くと、残りのポテトサラダを一気に頬張った。
晩御飯の後はリビングでみんなでテレビを観たりしてくつろいだ。
「凜乃ちゃん!私、美湖って言うの。仲良くしてほしいな」
ひとつに結った髪がゆるく巻かれている女子に話しかけられてしまった。
「うん…美湖ちゃん、私の方こそ」
なんとか笑顔は作れたかな…。
「別に無理して笑わなくてもいいよ?これから打ち解ければいいだけだから!」
美湖はそう言って笑った。
「ほら、真波も」
美湖ちゃんに急かされて口を開いたのは隣りにいるショートヘアの女子だ。
「私は真波。凜乃って呼んでいい?よろしく」
この感じ、ちょっと苦手なタイプかもしれない。
「うん、よろしく、真波ちゃん」
仲良くなれるといいな。
しばらくして男子組にも話しかけられた。
「俺はななせゆい。ゆいって呼んでね」
あれ?由比七星だったような気がするんだけど。
「はい…?ゆいくんでいいですか?名字ですけど…」
そう言うと、七星は少し笑った。
「うん、それでいいよ。君はなんて呼んだらいいかな?」
「凜乃で大丈夫です」
七星は凜乃ちゃんね、と呟いた。
『俺のことは達稀で。呼びにくかったらあだ名をつけてもいい』
たつきくん…確かに発音しにくい。
「そうですね…ならたっくんとかどうですか?」
『いいね、ありがとう』
まだ異性と話す時は緊張してしまう。きっと悪い人たちではないんだろうけど。