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君の姿と、この掌の刃  作者: 日諸 畔
エピソード5「この掌の刃は」
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「この掌の刃は」part.10

 中佐の顔に貼り付いているのは、数日前に応接室で見たような、自信に満ち溢れた笑みではなかった。

 顔は全体的に綻んでいて、目は爛々と輝いている。それは狂人のものだ。


「市民による歓迎会は楽しんでもらえたかな? 待ちきれなくてね、ついつい命令を出してしまったよ」

「それはどうも」


 その言葉は冗談ではなかった。カムイを通して伝わる感情と完全に一致している。

 中佐は心底タケキ達を歓迎し、心底タケキ達と語り合いたいと思っていた。

 狂っているとしか表現できない意思を浴び、タケキは顔をしかめた。


 中佐の背後には淡く輝く光の柱が立っている。

 そして、その中にはリザの体が浮かんでいた。カムイで補填されたその体は、タケキが知るリザの姿をしていた。

 地下実験場の天井には大穴が空き、青空が覗いている。リザの体から溢れ出したカムイは、そこから王都全体に蔓延していたのだろう。


「当然、私の可愛い部下は処理してきたのだろう? ははははははははは」


 点々と赤黒く染まったタケキの外套を見て、中佐の声はより大きくなった。部下を殺されたにもかかわらず、楽しげに笑い声を上げている。

 その後頭部からは、街中で見たカムイの糸が束になって伸びている。糸は天井の穴から外に繋がっているように感じられた。

 あれは、断ち切らなければならないものだ。

 直感的に判断したタケキは外套を脱ぎ捨て、隠してあったオーヴァーの小銃を構えた。


「ホトミ、リョウビさん」

「うん」

「はい」


 タケキ同様に身軽になったホトミとリョウビが走り出す。その手には小銃が握られていた。

 三方向から同時に銃弾を撃ち込んだ。火薬のみを使う銃とは比べ物にならない速度で、中佐に向け弾丸が放たれる。

 残弾も銃身の焼付きも気にする必要はない。小銃は使い捨てる前提で、全ての弾を吐き出していた。

 ただ、この程度では中佐は殺せないだろう。多少でも有効であれば、幸運という程度だ。


「終わりかね?」


 不可視の盾に守られた中佐は、無傷のままタケキを睨みつける。眼光は鋭いが、貼り付いた笑みはそのままだった。


「話をしたかったのだが、仕方ない。君達の礼儀に合わせた上で聞いてもらおう」


 中佐が左腕を振るう。タケキの眼前にカムイが集まった。破裂する圧縮空気だ。

 タケキは咄嗟に後方へ飛び退いた。ホトミも後退しつつ盾を展開する。

 だが、目の前の空間が炸裂することはなかった。

 やられた。カムイはただの牽制だ。

 中佐の意図に気付いたタケキは、斜め後方にいるはずのリョウビを振り向く。

 その直後、破裂音と共にリョウビの呻き声が聞こえた。


「リョウビさん!」


 息はあるが、動くことはできないようだ。地面に倒れ込み、悶え苦しんでいる様子が見える。


「彼女の頭脳は危険なのでね。ペラペラと喋られては困る。なに、殺しはしないよ。私を裏切った罰は必要だがね」


 タケキは中佐を睨む。


「おや、怒るのかい? それは不思議だ。敵の戦力を奪うのは当然だろう」


 その指摘で、初めて自身の矛盾に気付いた。

 これまで、数え切れない程の命を蹂躪してきた。今日だけでも二桁近くの人間を殺している。

 奇襲や騙し討ちで、死を知覚する前に殺した。死に向かう人の心を聞いたが、意図的に無視をした。

 そんな自分が、仲間を傷付けられただけで怒るなど筋違いも甚だしい。

 それに戦いであれば、順に戦力を削るのは当たり前の行為だ。その点では、中佐の言葉は真理だった。


『タケキ、違うよ』


 姿を消したリザの声を感じる。


『違う? 俺には怒る資格も、奴を断罪する資格もない』

『そんな資格はあるわけ無いし、必要も無いよ。タケキは自分を正しいと思っていない。それだけはあの人と違うよ』

『そうか……そうだな』


 リザの言葉にタケキは意思を取り戻した。

 己を正しいと思い込み、周りにその正しさを押し付ける。カムイの糸による正義の強制は、人の心の弱さを囚えるのだと理解した。

 ならば、やはり断ち切らなければならない。人殺しの罰はその後で受けよう。

 タケキは不可視の刃を形成した。


「そう、やろう。あの時のように」


 中佐が左腕を構えた。

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