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君の姿と、この掌の刃  作者: 日諸 畔
エピソード5「この掌の刃は」
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「この掌の刃は」part.9

 背中に銃口を突き付けられていても、タケキは特に驚くことはなかった。

 仮にこのまま引き金が引かれても、銃弾がタケキに届くことはない。不可視の刃が、その前にリョウビごと切り裂くからだ。


「どうする?」


 だからこそ、この行動には意味があると想像できる。少なくとも敵対するつもりがないことは、これまでの言動から信じられた。


「私が囮になります。このまま行っても無事では済みませんから」

「わかった。任せる」


 問答をしている余裕はない。

 リョウビは優秀な人間だ。たぶんタケキやホトミよりも。

 だから、頼ってみる気になった。

 指示された通り、曲がり角から敵に姿を晒す。一斉に銃口がこちらを向き、タケキは両手を挙げた。

 構えているのは全員ではなく、周囲を警戒している者もいる。もう奇襲は通じないことの証拠だ。


「待ってください! 研究局のイカワです」


 リョウビが声を張り上げる。

 あえてイカワの名を使ったようだ。敵兵からの圧が弱まる。


「敵への潜入任務を終え、帰還しました。この通り、目標も捕えています。ヤクバル中佐に目通りを」


 リョウビの言葉にも、兵達は動じなかった。その内一人が、通信機を耳に当てている。

 一瞬でも隙ができれば儲けもの程度に思っていたが、予想外の効果をもたらした。


「通れ。中佐の命だ。奥の女もだ」


 タケキに向いた銃口が下げられる。

 敵意は向けられたままだが、地下に向かう道が開かれた。

 中佐の差し金だろう。カミガカリに執着している雰囲気があったのを思い出す。


「ホトミ、行くぞ」


 これが罠だとしても、乗らないという選択肢はなかった。無傷でリザの体に向かえるならば、その方がいい。

 どちらにせよ、中佐は突破しなければならない相手だ。ただし、後ろから撃たれる懸念を持ったままでは前進しづらい。

 敵兵に近づくが、カムイ越しに敵意は感じても、殺意は感じない。兵士が命令に従うとはこういうことだ。


「悪いな」


 すれ違いざまに、三人の首を切り裂いた。

 残りの三人は、小銃を構える前に不可視の盾に押し潰される。

 首から血を流す者と、体中の骨が砕ける者。理不尽な死を与えたのはタケキとホトミだ。

 あの頃は、こんな卑怯な手を使う事も少なくなかった。少年兵という状況を利用し、助けを求める振りをして敵兵の首や腹を切り裂いた。

 当時は任務を果たすため、自分達が生き残るために仕方なく行っていた。

 その時と違うのは、自らの意思で騙し討ちをしたことと、カムイを通じて声が聞こえることだ。


 死に向かう敵兵から聞こえてくるのは、家族や恋人への想い、生への未練、軍に入ったことへの後悔。死へと進む彼等からは、様々な意思が溢れ出ていた。

 ただ、そのどれもがすぐに消えゆく。

 断末魔の意思というものは、怨みや怒りが全てだとタケキは思っていた。しかし、それは違った。

 人を殺すということの本質を、今になって知った気がした。きっと、レイジはこれを日常的に聞いていたのだ。

 それは、糸に繋がれていた人々の声よりも、心を深く抉った。

 タケキの位置からは、ホトミの顔は見えなかった。リザも黙ったまま俯いている。

 感傷に浸っている暇はない。今はただ、目的地を目指すだけだ。


 以前の脱出時に、タケキの刃で切り裂いて追手を妨害した階段が見える。現在は仮設の階段が設置されており、問題なく地下へ進むことができた。

 地下の実験場では中佐が待っているだろう。

 タケキ達を素通りさせようとした理由も概ね見当がつく。自分の手で仕留めたいといったところだ。

 そのためであれば、部下が騙し討ちされる可能性も厭わない。中佐らしいと言えば、実に中佐らしい。

 なぜそれほどまでに元カミガカリに執着するのかまでは、わからないしわかる気にもならない。


 三人と一人は、無言のまま階段を降りきった。目の前には、カムイを遮断する金属製の扉が鈍く光っている。

 その金属の作用で、この向こうには何人いるのか、何を考えているのかは不明だ。それなりの数の兵は用意しているはずだ。

 あちらから呼んだのだから、不意をついた攻撃をすることはないだろう。

 念のため、ホトミが盾を形成した。


「開けるぞ」


 タケキが扉を開ける。

 そこには予想に反したった一人、男の姿があった。


「待ちかねたよ。サガミ・タケキ君」


 銅色の左腕と剃髪を輝かせたジルド・ヤクバル中佐が、酷く不気味な笑みを満面に浮かべていた。

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