「全てのカムイを」part.5
雲の上の存在である王が頭を下げている。
その異常な光景に、タケキの思考は一瞬止まった。
「陛下、おやめください」
レイジが狼狽えた声を上げた。
常に冷静を心がけていた奴にしては珍しい。王はそれだけの人物ということだ。
「いいんだ、これでも足りないくらいだよ」
レイジを手で制し、王は顔を上げた。
「それに、今となっては王もなにもないからね。できればハクジと呼んでもらいたい」
ハクジは自嘲したような笑顔を浮かべた。降伏という形で戦争を終わらせた者の言葉には、確かな重みがあった。
「では、本題だ。君達には伝えなければならないことが多くある。その上で、我々を助けてほしいと思っている」
ハクジは「クレイの王とは何だと思うかい?」と問いかけつつ、語りだした。
大気中に散らばるカムイを集め、あらゆる形で行使する権能を持つ存在。それが王と呼ばれる者の正体だった。
血統では遺伝せず、ごく僅かな確率で権能が備わった子供が生まれる。貴族は王の存命中にその子供を見つけ出し、教育を施し次の王に据えていた。
カミイケの発明以降は直接カムイを行使する場面が激減した。王の主務はカミイケにカムイを充填することに置き換わっていく。
幼い頃から貴族によって教育されていた歴代の王は、それに従う以外の選択肢を持たなかった。
「国民からは敬われる存在だったけどね、その実は貴族の権力維持の道具だったんだよ」
『私みたいなんだね、王様って』
ハクジはリザの方を見て微笑んだ。タケキにはそう見えた。
ハクジに王の素養があると目されたのは十二歳の頃だった。慣例的に五歳程度のことが多かったのだが、戦時中ということもあり発見が遅れたそうだ。
当時のハクジにとって、王の存在理由とは大きな矛盾そのものであった。
「私は幸いにもまともな両親の元で育ったからね、戦争の真っ只中で一般的な良識を消さないようにするのに必死だった」
戦争の原因がカムイにあることは明らかだった。カミイケが普及するに従って、 貧しい小国であったクレイ王国は急速な繁栄をみせた。ただし、その性質上カミイケの輸出だけは禁じていた。
それが隣国であるモウヤ共和国との諍いを招くことになった。要求を飲ませたいモウヤは武力で威嚇し、クレイとの間には緊張状態が続いた。頑として折れないクレイに業を煮やしたモウヤは、富の独占という一方的な理由で宣戦布告をする。
「生まれる前の出来事とはいえ、実に下らない理由だと思ったね。しかも、それを貴族様は秘匿していた。事実を聞かされたときは怒りを通り越して、失笑してしまったよ」
開戦当初はカミイケを使った兵器で、数の不利を覆すことができていた。不幸なことに、複数の小規模な勝利を納めたクレイ軍部は大国モウヤに勝てると錯覚する。
疲弊させることを目的とした散発的な戦闘が数十年続くことになる。
「私が即位したときにはもう手遅れだった。君たちにも酷いことを押し付けていた。だから、あの宣言を決意した」
ハクジの語ることを真実だとすると、一般国民にはその一部分しか伝えられていないことになる。
カムイとは何か、王とは何か、クレイ王国とは何か。タケキの中で疑問は絶えなかった。
だが、それよりも先に問い正すことがある。
「ハクジさん、歴史についてはわかりました。ただ、俺が聞きたいのは別のことなんです」
ハクジはその名を呼ばれたことに満足そうに頷いた。
「長くなってすまないね。これを前提として話を聞いてもらいたかったんだ。後は、説明するに相応しい人物がいる」
ハクジが手を挙げる。入り口の前で待機していたレイジがその横まで移動してきた。そしてもうひとつ、応接室の奥から人影が現れる。
「お久しぶりです。サガミさん、カスガさん」
長い髪を後ろでまとめ、眼鏡を光らせた白衣の女。
それはイカワ・リョウビだった。




