「全てのカムイを」part.1
そこに座る男は、まるで演説をするように高らかに語る。眼前のタケキやホトミにだけではなく、世界中に宣言するほどの熱と圧を感じる。
「私は、全てのカムイを掌握する」
タケキは、その執念に身震いした。
――遡ること、三日。
タケキは目を覚ました。
どこかに寝かされているようだった。はっきりとしない意識で周囲を確認しようとする。
「タケ君、よかった」
ホトミの声が聞こえる。どのくらい眠っていたのか、視界がぼやけて周りがよく見えない。
「あ……」
喉が渇ききっていて、声が出せなかった。一旦落ち着き、体の機能を確認する。五体は無事で、疲労のせいか反応は鈍いがとりあえずは動く。
ホトミの声から判断する限り、危険な場所ではなさそうだ。
「ちょっと待っててね、お水持ってくるから」
その声の後、扉が開閉する音がした。ホトミが水を取りに行ってくれたのだろう。
『やっと目を覚ました』
リザの声も感じる。どうやら彼女も無事だったようだ。まずは三人とも再開できてよかった。
いや、違う。
リザは王都でカムイの渦に飲まれ、タケキの目の前から消えた。その姿も、その声も感じなくなったはずだ。
『なぜ、リザがここにいるんだ?』
『いろいろあったんだよ。説明聞きたい?』
その口調も、リザそのものだ。疑いようがない。タケキは幾分か鮮明になった意識を、リザの声がする方に向けた。
『でね、一瞬私消えちゃったんだけどね』
『その前にだな……って』
そこにいるのは、掌に乗るような大きさに感じられるカムイのリザだった。膨大だったカムイは弱々しく、微かに感じる程度だ。驚くタケキを他所に、リザはそのまま会話を続けようとする。
「お待たせー」
ちょうどそこに、水差しを持ったホトミが戻ってくる。その後ろからは、医者とおぼしき男が続いて部屋に入ってきた。
『すまない、話は後だ』
『もー仕方ないなー』
リザの姿は受け入れがたいが、事態の把握が優先だ。それに、信用できない相手にリザの存在が発覚するのだけは避けたい。
医者は「失礼」とだけ言うと、タケキの意識を確認する。その後、ホトミと一言二言の会話をすると、そのまま部屋を出ていった。
「落ち着いたら出ていっても大丈夫だって」
ホトミが水差しの先端を差し出す。タケキはそれを口に含み、ゆっくりと喉を潤した。
「ここは?」
ようやくまともな発声ができるようになったタケキは、ホトミに問いかける。
「ここはね、ナムイ市だよ」
「ナムイだと……」
ナムイ市は、王都からガソリン式の自動車で半日ほどの距離に所在している街だ。
政治の中枢となる王都に対し、ここは貴族の絢爛豪華な生活の場となっていた場所だ。庶民にとっては別世界と言っても過言ではない。
タケキが寝かされているのは、そんな印象とは真逆の質素な個室に簡素なベッドだ。事情が全く飲み込めない。
「ここはね、旧駐留軍の宿舎」
「そういうことか」
この部屋については、その説明だけで得心できた。貴族達の傲慢さを考えれば、それを守る兵士の扱いも想像はできる。
そういう点だけは、貴族の面子を丸潰れにした敗戦も悪くないと思える。
「で、なぜここに?」
「実はね、私も聞いてないんだ。話を聞くなら一緒がいいから」
タケキは気を失ったままここに運び込まれ、医療担当から検査と洗身を受けたらしい。その後丸一日ほど眠っていたと、ホトミは語った。
「心配かけたな」
「ほんとだよ。目を覚ましてくれてよかった」
疲れた様子のホトミは涙ぐんでいた。
「とりあえずはゆっくりして。そしたら何があったか教えて」
「ああ、そうする。ただ、その前に」
『リザ』
タケキはリザに合図をした。
今の状態で以前と同じようなことができるか不明だったが、物は試しだ。
小さくなったリザの姿を思い浮かべ、僅かなカムイに投影する。
「わ、小さいリザちゃん」
「やっほーホトミ姉さん」
声も同じように出せるようだ。
ただ、再会を喜べるのかどうかは、今のタケキには判断できなかった。
その時、扉を叩く音が部屋に響く。タケキは咄嗟にリザを不可視の状態に戻した。
扉の向こうから、声が聞こえた。
「タケキ、ホトミ、入るぞ」
それはレイジの声だった。




