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君の姿と、この掌の刃  作者: 日諸 畔
エピソード3「共に来い」
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「共に来い」part.5

 平和とは、争いのない状態だ。人々の生活と心が平穏である状態だ。

 生活を豊かにするための道具を、人を殺す道具に変えようとしている男がそれを語る。人を殺す道具そのものであったタケキには、理解できない光景だった。


「どういうことだ?」


 中佐は「抑止力だよ」と答えた。強大な兵器を持った軍があれば、他国からの侵略を未然に防げる。だからこそ、カムイ――中佐はスピリットと呼んだ――が必要なのだと。


「私はね、君達に憧れているんだよ。その力は平和を作る」


 諭すように語りかけながら、右手で左肩をさする。


「俺達が平和を? この人殺しの力が?」


 タケキには中佐の言葉を受け入れることができなかった。あの血に塗られた道が平和に繋がっているとしたら、それはあまりにも残酷だ。


「そうとも。君達のような存在が我が国に多数いれば、それだけで攻め込む気がなくなるというものだ。とはいえ、人体実験まがいのことをしては品位に欠ける。だから、その力を使える道具を作り出したのだよ」

「どの口が言うか」


 廃工場で戦ったあの四人は人体実験以外の何物でもない。結果的には殺すことになったが、タケキ達と同種の存在だった。自分を失っていた分、それ以上に哀れだったかもしれない。

 それをなかった事のように語る中佐に、これまで以上の憎しみを覚えた。


「これ、我々はスピリットを集めたものということで、スピリッツと呼んでいる」


 中佐は手の中にある円筒をタケキに見せつける。親に褒めてもらいたい子供のようだ。


「そして、スピリッツに対応した兵器、例えば銃にこれをはめ込む。そうすると、既存の火薬だけで撃ち出すものとは段違いの威力となる。他にも砲であったり、爆弾等にも応用が利く。モウヤ共和国の工業力と、クレイ王国のスピリットのハイブリッドだ。素晴らしいとは思わないかね?」


 中佐は演説の最後に「これをオーヴァー・ザ・スピリット。君達のスピリットを越える存在だ。略してオーヴァーと呼んでいる」と括った。


「そんな軍事機密をなぜ俺達に?」

「それは、君達の協力なくしてはスピリッツの生産が追い付かないからだよ。それと、説得のためだ」


 摘まみ上げたスピリッツを眺めた後、中佐が右手を軽く上げ周囲の兵に合図を送る。一時は下げられてた銃口が一斉にタケキ達に向いた。


「時間もないのでね、強硬手段に出ることにしよう。紳士的にいきたかったのだが残念だよ。恐らく、この程度では君達は従わせられないだろう。ロウド・レイジを出しても無駄だろうね」

「よくわかっている様子で」


 リザのカムイを使えば脱出は容易だろう。中佐を守ったカムイという不確定要素はあるが、真っ直ぐに逃げるだけであれば影響は薄いと予想する。少なくとも、行使できるほどのカムイは感じない。レイジの合図も不明確だ。目の前の装置を破壊した上で、脱出に切り替えるべきかを思案する。


「なので、人質をとることにした」

「人質だと?」


 中佐が自身を優位と認識しているのはその人質があるからだろう。ただ、タケキにはレイジ以外に心当たりがない。このままカムイが兵器にされるのであれば、自分たちが犠牲になることも考慮しなければならない。もちろん、ただで死ぬつもりはない。リザとの約束を守れなくなるのは申し訳ないが、ここは許してほしい。


「今日は、王都郊外で新型のオーヴァーを使った演習を予定していてね。不慣れな者が扱うため、暴発を心配しているんだよ。街中に砲弾が飛んでいかなければいいんだが」


 顎に右手を当て、宙に目を泳がせた。そして、ちらりとタケキを見た。


「クズが」

「なんのことだ? で、やってくれるね」


 自分達の命であればそう惜しいとは思わなかった。数えきれない程の命を奪ってきたのだ。そう価値はない。ホトミもレイジも、タケキから見れば大切な存在だ。ただ、人殺しという意味では同類だ。できることなら生きていたいが、必要であれば捨ててもいいと思っている。

 だが、王都に暮らしている人々は別だ。彼らに罪はない。命を落としていい理由などない。


「タケ君」

『タケキ』


 ホトミとリザがタケキを見る。言葉は少なくとも、同じことを考えているのがよくわかった。


「俺の負けだ」


 タケキは両手を挙げて降参の意を表した。

 中佐の瞳に笑みが浮かんだ。


「では早速。このケースの中身に、君のカムイそのものをぶつけてくれ。くれぐれも、物理的な力にはならないようにね」


 敢えてカムイと呼ぶ中佐に嫌味を感じる。

 作業員が操作盤を触ると大きな円筒は上に移動し、その内容物が露わになった。そこには、透明の浴槽のようなものに浸かった人影が見えた。


「なっ」


 タケキは声を上げた。

 その姿は見覚えがある。


『私だ』


 不可視の少女が呆然と声を上げた。

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