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君の姿と、この掌の刃  作者: 日諸 畔
エピソード2 「私だって」
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「私だって」part.7

 ミソシルの入った椀が宙に浮いている。タケキには、リザの手で支えられているように見えていた。


「リザがやったのか?」

『わからないよ』


 リザは困惑して首を横に振るばかりだ。タケキもホトミも同様に驚きを隠せない。ホトミの場合は見えないのだから尚更だろう。


「ゆっくり机まで下ろしてみてくれ」

『う、うん』


 半透明の掌に支えられた椀はゆっくりと下降し、食卓の上に乗った。


「タケ君、これって」

「リザだろうな」

『私だよね』


 タケキは椀を持ち上げて見回す。特に変わった所はない。ここに住み始めたばかりの頃にホトミが買ってきて以来、いつも使っているものだ。


「リザ、もう一回やってみてくれ」


 リザの方に椀を向ける。そっとリザは手を出した。念のため、下は支えておく。木製だから割れることはないだろうが、中身がこぼれては一大事だ。


『あれ?』


 先程とは違い、椀はリザの半透明の掌をすり抜けた。


「何だったんだ?」


 三人揃って首を傾げる。単なる偶然で起きる現象ではないはずだ。リザの事を探る要素のひとつになるかもしれない。


「状況の再現をするか」


 タケキは椀を見つめる。確かめるのであれば同じ条件を再現するのが基本だろう。ただ、中身が中身であるため、失敗した時の事を想定し躊躇ってしまう。ホトミの複雑な視線も感じる上、何よりタケキの意思がそれを許さない。


「いや、先に食べよう。冷めたら勿体ない」

「そうだね、食べよ」


 心なしか弾んだ様子のホトミの声に、タケキは自分の正しさを確信した。


「リザちゃんが何かを持てるのだとしたら、便利だね」

「だな、後で確かめないとな」

『いーなー美味しそうだなー』


 リザが食卓の上を漂う中、食事の時間は穏やかに流れた。魚の出汁を使った料理はタケキを安らいだ気分にさせる。


「ごちそうさま」

「はい、お粗末さま」


 現象の再現は難しいことではなかった。タケキの物を支えたいという意思と、リザの同様の意思が一致すれば、リザの掌で受けられる。その他の場所も試してみたが、今のところ掌だけのようだ。カムイを行使する感覚に近いため、慣れれば物を持ち運ぶ程度は難なくできそうだ。驚くことに、リザは触った感覚も認識できていた。


『えー、えー、なにこれ嬉しい』


 樹脂製のコップを振り回し歓声を上げるリザ。ホトミには空中にコップが舞っている異様な光景に見えることだろう。少々集中力が必要だが短時間であれば問題ない。


『へへへー、タケキー見て見て』


 リザは満面の笑みを浮かべている。それを見てているタケキまで楽しい気分が伝わってくるようだ。笑うのは得意ではなかったが、少しだけ口元が緩んだ。


「タケ君、楽しそうだね」

「そうか?」


 洗い物を終えたホトミが、桜色のエプロンを外して台所から出てきた。ホトミに気を取られた拍子に、コップはリザの掌からすり抜け落下した。樹脂製のものを渡しておいてよかった。陶器なら割れていたところだ。


『あちゃー、難しいねこれ』

「合わせないといけないからな」


 どちらかが別の事を考えると、リザの掌が物体に干渉する効果は得られない。継続して効果を発揮させ続けるには練習が必要だ。


「ねぇねぇタケ君、リザちゃん」

『なぁに? ホトミ姉さん』


 タケキが「ホトミ姉さん」と呼ばれていることを伝えると、ホトミは恥ずかしそうに俯いた。反応を見る限り、嫌な気はしていないようだ。「ちょっといいかも」だそうだ。


「で、気を取り直して、これ」


 ホトミが持ってきたのは、水性のペンだった。


「ああ、筆談か」

『いいねー』

「いいでしょー」


 ホトミは、ペンと一緒に持ってきていた紙を机に乗せる。


「やってみな、リザ」

『うん』


 タケキはペンを掴み持ち上げることに意識を向けた。幻影のようなリザの左手がペンを掴む。そのままペンは持ち上がり、右手で蓋を外す。


「おおー、浮いてる」


 ホトミの歓声を背景に、ペンは紙の上を走った。薄く光る半透明の少女が、必死に文字を書いている。それだけではあるが、タケキは強い意志をリザから感じた。


『できたよ、読める?』


 自慢気にリザは胸を張った。タケキとホトミは紙を覗きこむ。


「ははっ、字下手だな」

「ふふっ、ほんと」


 そこには拙い公用語の文字で【ありがとう】と書かれていた。

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