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君の姿と、この掌の刃  作者: 日諸 畔
エピソード2 「私だって」
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「私だって」part.5

 タケキの住まいにホトミは何度も出入りしていたが、泊まるのは初めての経験だった。入浴するだけで揉めるとはお互いに考えたこともなかった。


 まずは順番、家主に譲るというホトミと客人に譲るというタケキの意見が対立する。結局はホトミが押し勝ち、タケキが先に入浴することとなった。『タケキはデリカシーがない』と、リザの評価である。


 そして、浴室に向かうタケキに当然のように着いてくリザに気付いたホトミが必死に制止する。そこで偶然にも、リザはタケキからあまり離れられないという事実が判明した。せいぜいがタケキの事務所の広さ程度だ。浴室の扉の前でホトミに監視されたリザは『ホトミさんは可愛いけど怒らせたらだめ』と語った。


 続いて、ホトミの入浴中に落ち着かないタケキはリザに散々からかわれる。そして、風呂上がりの上気したホトミを見てタケキは言葉を失う。そのタケキに気付き、ホトミは目を伏せた。赤みがかった髪から滴が落ちた。


「なんか、照れるね」

「そうだな」


 寝室についても問題が発生する。タケキとリザを二人きりにできないとホトミが主張したからだ。寝るという行為ができないリザは同室など気にしないと言うものの、ホトミがそれを許容しなかった。妥協点として、ホトミもタケキの寝室で寝ることで落ち着いた。

 タケキはベッド、ホトミは床に寝袋といった形だ。タケキはベッドを譲ろうとしたが、ホトミは受け入れなかった。『やっぱりタケキはデリカシーがない』とリザに指摘された。


 ホトミと夜を過ごすことはなかったわけではない。行軍の際、夜営と言う名の野宿をすることは日常茶飯事だった。違うのは、あの突き刺さるような緊張感がないことと、リザがいるとはいえ二人きりということだ。戦場とは違う意味での緊張感だった。一時的なものとはいえ、平穏は平穏なりの感情を引き起こすのだろうか。


「タケ君、起きてる?」

「なんだ?」


 そろそろ日付が変わるような時間だ。ホトミは小さな声でタケキを呼ぶ。いつもの落ち着いた優しい声ではあるが、今は少し弱さも含んでいた。リザは部屋の隅に浮かび、窓から外を見ている。


「急に押し掛けて、嫌じゃなかった?」

「そんなことないよ」


 しばらくの間沈黙が続く。タケキはこの沈黙が嫌いではなかった。目を閉じても寝られる気がしない。今夜はこの穏やかな緊張感に身を委ねようと思う。


「私ね、勝手に心配してたんだ」

「心配?」


 ホトミが沈黙を破った。先程よりは声に力がある。タケキもできる限り穏やかな声で応えた。


「うん。そもそもね、リザちゃんの存在すら今でも信じられないんだ。タケ君は人として扱ってるように見えるけど、私にはカムイが意思を持って動いているようにしか見えない。正直言って恐ろしいんだよ」

「そうか」


 タケキは首を回してリザを見やる。外を見る横顔からは表情を伺うことはできなかった。


「私がリザちゃんと呼ぶのだって、タケ君がそう言うからだし。タケ君はいつの間にかリザって呼び捨てにするくらい仲良くなってるのに、私にはそこにいるのかすら、わからない。意思があるとして、それがタケ君に危害を加えるかもしれないと、不安なんだ」

「うん」


 タケキはホトミの声が震えているのがわかった。これまで本音を必死に隠していたのだろう。


「もしタケ君の言うように、本当に女の子だったら、私は今酷いことを言っているって事もわかってるよ。でも、そのリザちゃんが、タケ君があの時……」


 ホトミが言い淀む。タケキもホトミの立場であれば言い難い言葉だろうと思う。


「殺した?」

「そう。そんな相手を普通は怨むでしょ。助けるはずがないと思う」


 それは真っ当な意見だ。リザの自身に対する生死感はおかしいとタケキも感じている。その理由はリザ本人でも上手く言葉にならないようだ。聞き出したいとは思うが、それはなかなか難しいのだろう。


「そうなんだよな。あの時俺が切り裂いた事に感謝していて、今は体を見つけてまた殺して欲しいと言っている。でもそれはホトミにはわからないよな」

「うん。だから、私はリザちゃんと話をしたい。方法を一緒に考えてくれないかな?」

「もちろん」

「ふふっ、さすがタケ君。ありがとう。おやすみ」


 そう言ったホトミはゆっくりと寝息を立て始めた。少し前までの緊張感はすっかり消えていた。

 タケキは再びリザに目を向けた。相変わらず横顔しか見えないが、肩が少し震えているような気がした。

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