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君の姿と、この掌の刃  作者: 日諸 畔
エピソード2 「私だって」
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「私だって」part.1

 ホトミの両手が机を叩き、事務所に大きな音が響いた。ソファーに座ったまま怯むタケキに、ホトミが紅潮した顔を近づける。リザは二人の近くに浮いたまま、呆然とその光景を見つめていた。


「私だって……」


 ――遡ること七日。


「ふぅ」


 タケキは自宅のソファーに転がり、大きく息をついた。あの状況から生きて帰って来られたのは僥倖と呼ぶ他ない。上手くいき過ぎている感はあるし、利用されるという認識もある。

 ただ、今は奴等の手の平で踊るしかないと腹を括ることにした。二輪車を置いてきてしまったのは残念だが仕方ない。空は透き通った茜色に染まっていた。


 モウヤ軍に捕縛されたタケキ達は、クレイ王都にある《モウヤ・クレイ共同安全保障諜報部 治安維持局》へと移送された。リザの力を借りて包囲を突破し脱出するという方法もあったのだが、タケキは敢えて抵抗をしなかった。


 理由は二つ。ひとつは、モウヤ軍がレイジの名前を出したこと。もうひとつは、できる限り殺したくないと考える自分に気付いてしまったことだ。ホトミもそんなタケキの意を汲んでくれた。


 リザの存在について認識されることはなかった。代わりに、モウヤ軍の持つカムイ測定計がタケキの周りに異常な濃度を検出して一時騒然となる。それが巡り巡り、ソファーに寝転がっていられる現在へと続くこととなる。


『ターケーキー』

『見物は終わったか?』


 タケキの住まいを物色し終えたリザが、ドアの影から顔を覗かせた。柔らかそうな黒髪が揺れる。

 少女は治安維持局でもタケキから離れることはせず、解放後もそのままタケキ宅まで入り込んできた。 『わー、男の人の部屋って初めて』と、遠慮は全くない様子だった。


『思ったより面白くなかったです。はい』

『そんなもんだろ』


 リザは宙を舞い、タケキの傍まで移動する。その間も周りを見渡すが、お目当ての何かは見つけられなかったようだ。露骨に不満そうな顔をしている。


『これからどうするの?』

『とりあえず、休むよ。疲れていたら思考もまとまらない』


 タケキはそのままの姿勢で答える。一眠りしたい気分だ。体力はまだ多少の余裕があるが、精神的には限界に近い。


『えー私暇じゃん』


 リザは口数が多い。移送中や勾留中、解放に対しての交渉中に至っても、タケキの周りで話し続けた。下らない内容であれば無視もできたのだが、

『あの機械だと私はカムイの塊に見えてるみたい。面白いね』

『あの人の左腕機械だよ。戦争で切っちゃつたのかな』

『嘘は言ってないみたいだけど、隠してることもあるみたい。めんどくさいねー』

 などと有用な情報を挟んでくるため聞き逃せなかった。命懸けの交渉の場でも構わずこの勢いだったため、タケキの精神は大きく削られることとなる。


『んー、どうしよう』


 タケキは寝息を立て始めていた。そんなタケキを見て、リザは無理をさせてしまったかもしれないと思う。だが、反省はしていなかった。

 ようやく声が届く相手を見つけたのだ、話を聞いてもらいたいという気持ちは止められない。


『私も寝られたらいいのにな』


 リザは自分の掌を見つめた。向こうにある壁が透けて見える。カムイそのものとなった今は、自分が存在しているのかどうかすら曖昧だ。

 この思考すら虚構のものかもしれない。誰にも気付かれぬまま十二年の時が経っていたのはリザにとって恐ろしい事だった。


 タケキに出会えたのは運命だと思う。前回も今も。きっと彼なら自分の願いを叶えてくれる。自分を救ってくれる。リザはこんな姿になっても乙女心というものがあるのだと感じた。

 嬉しい反面、悲しくもあった。タケキの頬に手を伸ばすが、それは何にも触れることはなかった。リザは思わず苦笑した。暫くこの寝顔を眺めていることにしよう。


 ――キンコーン


 タケキは呼び鈴の音で目を覚ました。どれくらい寝ていたのだろうか。陽は沈んでいるようだ。首を振り素早く意識を覚醒させ、玄関の扉を開けた。


「来ちゃった」


 そこには大きな鞄を抱えたホトミが立っていた。

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