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君の姿と、この掌の刃  作者: 日諸 畔
エピソード1 「私を探して」
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「私を探して」part.8

 中央棟は主に研究開発のための施設だった。新兵器はここで開発、試作、実験された後、敷地内の工場群で大量生産するという流れだ。特別な生産設備が必要なものについては、国内各地にある専門工場にて製造される。つまり、ここはクレイ王国の軍事中枢のひとつであった。


 タケキ達が立ち入った中央棟一階は主に会議室と事務所で構成されていた。生産工場や関係企業の担当との打ち合わせに使われたのだろう。比較的外部の目に触れやすいためか、国家機密ともなる兵器研究はこの一階では行われていなかったようだ。

 廃棄されたはずの建屋内は非常灯の明かりで薄暗く照らされている。それはまるで、タケキ達を迎え入れているようにも見えた。


「声が聞こえたんだ」


 周囲の様子を伺いながらタケキが小さく言う。ホトミに話しておきたいと考えたのだろうか。それよりも、長い間抱え込んでいた事を吐き出したかっただけなのかもしれない。

 どんな理由でさえ、ホトミは嬉しかった。警戒は緩めないままタケキの独白に耳を傾ける。返事はせずとも真っ直ぐに言葉を受け止めるつもりでいることは、タケキならば充分に理解してくれているはずだ。


「俺を呼ぶような女の声だった。音っていう意味の声じゃなくて、感じるような」

「おんな…」


 言葉の一部分に反応するホトミには気付かずにタケキは続ける。


「訓練期間中に基地への侵入事件があったの覚えてるか?」

「うん、タケ君が、えっと…」


 ホトミが言い淀むのは、タケキがそれを良い思い出と思っていないのを知っていたからだ。事件の後、たった一人で侵入者と戦い基地を守った英雄として称賛の嵐を浴びるタケキの姿を今でも覚えている。周りに合わせて作った笑顔がホトミには実に痛々しく見えた。


「そう、俺が侵入者を殺した時だよ。初めての人殺しだった」


 ホトミは慰めの言葉が口から出そうになるのを堪えた。それはタケキにとって価値のない言葉だ。彼はホトミにもっと奥にある事を伝えようとしている。


「あの時な、サイレンも聞こえ難いくらいの大雨だったよな?」

「うん、うろ覚えだけどそうだったかも」


 ホトミは古い記憶を呼び起こす。崩れ落ちた侵入者を抱き止め、呆然と立ち尽くす姿が脳裏に甦る。そうだ、確かに視界も塞ぐような大雨だった。


「でもな、確かに聞こえたんだよ。たぶんだけど、声を感じられる誰かを呼んでた。それが、あの基地では俺だけだった。ホトミには聞こえなかっただろ?」

「うん、私は何も聞こえなかった」


 事件の後タケキは多くを語らなかったのはそういうことかと、十年以上越しにホトミは得心した。自分を呼んだ相手を殺してしまったのだ。それも、初めての殺人として。

 その心境はホトミには計り知れないし土足で踏み込んではいけない。いつかは踏み込ませて欲しいという願望もあるが。


「で、さっき感じた声が似ているんだ。あの時の声に。だから確かめたいと思った。でも、それは俺の我が儘だからホトミを巻き込みたくなかった。なんなら今から引き返してもいい」


 話しにくい事を話す時ほどタケキは饒舌になるのを知っている。自分の意思を上手く伝えられずに相手に譲歩してしまうのもわかっている。だから途中からそんなことを言い出す予感はしていた。そして、ホトミが発する言葉は決まっていた。


「話してくれてありがとう。私の気持ちは変わらないよ。手伝わせて」


 努めて落ち着いた声でそう告げた。薄明かりの中でよく見えないが、タケキは小さく頷いたようだった。


「声はどこから届いているかわかるの?」

「たぶん、下から」


 タケキは地下に向かう階段を指差した。非常灯はそこにも続いている。


「歓迎されているみたいだ」

「楽しいパーティーだといいね」


 精一杯の軽口を交わし、二人は階段を下った。

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