美しいゴブリンの娘と不細工なエルフの青少年
なろう作家として初投稿になります。
今年の夏には出す心算が、今年も終わり頃にデビューすることになりました。
流行りに乗るより自分の書きたい創作を。とりあえず、これが1作目です。
私達がよく知るファンタジーの世界の、同じくらいよく知られているエルフという、美しい容貌と長い耳が特徴の種族が、ごくごく当たり前に住んでいる村がありました。
しかし、とあるエルフの村から、少し距離を置いた場所に家を建てて暮らしているエルフもおりました。
何故、村からやや外れた所にと思われますが、理由はあります。それは……
「あ、不細工が居るぞー」
「やーい不細工~」
「エルフの癖にゴブリン顔~」
暇を持て余している悪童達が、一人のエルフの少年に野次を投げました。
ほぼ見知らない同族から罵倒をかけられた、エルフの少年は振り返って相手方を睨み付けます。
その顔を一言でいうなら、不均等な配置をした個性的な顔でした。
鼻筋は真っすぐとしておらずやや曲がっており、顎は大きくなのに唇が薄すぎる、なにより双眸の配置が、従来のエルフのイメージを大きく違わせています。先に述べると病気ではなくて、あくまで生来のもので、けれど額から大きな痣のような引き付けがあり、三白眼を強調してしまっています。
見慣れてない人が直視すれば、ほぼ怖気づいてしまうでしょう。
彼の容貌はゴブリン顔という皮肉が当て嵌まり、不躾な悪童らの揶揄通りのものでした。
「や、やるかゴブリン顔!睨み付けるってことは今からオレらを食うつもりか!」
彼らは殆ど言い掛かりのような啖呵を切って、本当なら人に向けてはいけない魔法を放ちました。
飛んできた石礫は、けれどあっさりとかき消されるように吹き飛ばされました。
「か、風魔法だと」
「使えないと思ったのか」
当たり前のように返事しながら、魔法には魔法をと打ち消しあったのです。
ゴブリン顔と呼ばれた方のエルフの少年は、そっちから仕掛けてきたならと、彼はより一段と高い殺気を放ちます。
「食うつもりはないが、気が変わりそうだ。……今日の夕飯、増やそうかな」
彼は丁度狩りを終えたばかりのようで、担いでいた荷袋を下ろします。
袋から僅かに出ていた動物の一部は、血抜きをしたこともない子供には十分な恐怖を与えたでしょう。
これを解体したばかりの鉈がギラりと光っていたことにも気付いてしまいました。
ひええ、と声を上ずらせ、腰を抜かしかけながらも一人が脱兎のごとく回れ右して逃げ出せば後の二人もひいひいよろよろと逃げました。
元より恐ろしい容貌の殺意が入った形相含めて、自分らよりは下だと思っていた奴が実は強いと分からせられ、完全におののいた悪童たちの、特に情けない最後の鈍足ものも、不細工と揶揄されたエルフの青年は別に追い打ちしません。フンと鼻を鳴らしてさっさと彼らを視界から消し、帰路に戻りました。
ここから先は彼自身に語らせましょう。
*
時々稀に現れる村の奴らは相変わらずだった。
また村の郊外よりに住むエルフの噂だけ聞いて、暇潰しと物見にきたガキ共にうんざりする。
魔法は使える。
母譲りの豊富な魔力と魔術の大半を受け継がれている。
狩猟だってちゃんと出来る。
村どころかこの地方のエルフで一番の狩人である父を師に、彼に恥じない技能を一から十まで学び得た。
だけど、どんなに真面目に努力しても、優れた技術を得ても、村の奴らは仲間と認めてくれない。
エルフと思えないくらい不細工な、醜い顔をしているから。
だからってゴブリン顔とか不細工エルフという呼ばれを受ける筋合いはない。
ぼくには名前がある。
「カジュモルド」
と言う、母さんが付けた名前があるから。
家に帰ると、エルフらしく、エルフでも上の上な美しさを持った女性である母が夕飯の準備をしながら出迎えてくれた。
「お帰りなさい。……どうしたの?何かあったの?」
「ただいま母さん。なんでもないよ」
「嫌なことあったんでしょ。隠さなくていいの。どうせ、また村の暇人が因縁を付けに来たんでしょう」
「大丈夫心配しないで。奴らに怪我させなかったし多分報復はないから」
「そんなことより、あなたは怪我してないわよね?」
母さんは軽快に近寄ってはごく自然にぼくの体に触れて傷の有無を確認してくる。
当たり前だけど怪我なんてない。今日の狩りも問題なく終えた訳だし。
母さんはさっと見ただけで分かったようだ。うん、大丈夫ねと微笑まれた。
母さんは、父さんも、ぼくを愛してくれている。
ぼくのせいで、二人まで村八分にされているのに、ぼくを育てることを選んだ。
二人共エルフとして、とても美しい。きっと村一番の美男美女の夫婦だ。
父は狩人、母は占い師として、時々やってくる冒険者達にこの辺りでのガイド役を務め、村だけでない多くの人間達の役に立てるエルフとして、誇らしかった。
どうしてこの素晴らしい方々からぼくが生まれたんだろう。と今日までも時々思ってしまう。
その晩は小雨が降っていた。森の生活ではよくあることだ。暖かくなる時節だとその前後で急に気温が下がるので、土鍋料理にしている。エルフは大体菜食派だが、うちは肉も普通に食べている。多くの山菜と共に今日の狩りで取った猪肉もよく煮えていた。
「お父さん、今日は遅いわね」
うん、そうだね。
ぼくは軽く応えながら自分の取り皿から匙を控えめに啜っていた。
父は職業柄、日没から少しして帰ることが多い。夕飯も同伴出来ないことは時々あった。
万一の時の緊急連絡網は家族用として持っている。だから大袈裟に心配したりはしない。
母の本日の吉兆でも、いつもと大差ない結果だけ聞いていた。
ただ、天候的に気になっていた。
雨の気配なら昼の時点でしていた。いつもの父なら、早めに切り上げて帰宅するか、それでも抜け出せない用件があるなら母に一報する筈だ。
だから母も首を傾げている。せっかくの牡丹鍋の味も時々忘れてしまったかのように窓や玄関口を気にしていた。
けれど、杞憂だったようだ。
玄関からノックの音。この叩き方は父さんだ。
母さんもパアッと灯りをともしたような表情になって小走りで食卓から玄関に移動した。
ぼくも正直安堵している。ちょっとした不穏に振り回されるのは癪だけど、万一なんて無い方がいい。平穏な日常が一番だ。
「あなた!おかえりなさ……え?」
父を出迎えようとした母の笑顔が、困惑に移る。
母と同じものを見たぼくは、どんな顔をしていたんだろう。たぶん、醜く強張っていたと思う。
父が母の名前を呼べば、直ぐに彼の意図を理解した彼女は整然とした振る舞いで、来客用のタオルや部屋着を取りに行く。
「カジュモルド。来なさい」
ぼくの緊張を読み取ってかいないか、父は呼び寄せた。
隣にあるものを説明する為に。
ぼくより頭一つ小さな人影が、父の傍にあった。
父が、まるでここに着くまで隠していた、護るようにして。
「私の息子だ。自己紹介は出来るね?」
その子は、怯えながら、こちらを伺いつつも、しっかりとした口調で名乗っていた。
「……リブマリア、です。こ、これから、お世話になります」
ローブを被ったまま、深くお辞儀をする少女。
けれど一瞬見えてしまった。
まるでエルフと遜色のない美貌の持ち主だった。特に大きくて、はっきりと輝いている菫色の瞳は一度見たら忘れられない。
それがぼくと、彼女もといリブマリアの出会いだった。
*
とあるエルフの村からほんの少し外れた森に立てられた家に、四人目の住民が加わりました。
その子はエルフではありませんでした。人間でもありません。ドワーフでも獣人族でもありません。
「リブマリア」
その家の息子に当たるエルフに呼びかけられて、庭にあった野菜を回収していた少女は、花咲くように笑みながら振り返りました。
「カジュモルドさん」
少女に名前を呼び返された不細工なエルフ、カジュモルドはぎこちなく微笑みました。
「慣れたか?ここの生活」
「はい。覚えることもやるべきことも沢山あって大変です、けど、楽しいです」
少女は本心から言っているようでした。
紺色の髪を除けば、エルフらしい美貌と白磁の肌と長い耳を揺らしています。
「どうでしょうか?エルフに、化けれていますか?自分からは、あまり実感がなくて」
「問題ない。うちの母さんが掛けた魔法だから。……とても、どう見ても、エルフだよ」
彼は本来の彼女の容姿を知っています。
少女は、リブマリアは本当は緑色の肌をしていて、耳の形は丸めでなく、やや天を向けて尖っているものであり、それ以外は変わってないのです。
彼女の菫色の輝きを閉じ込めた瞳も、美しく装ったまつ毛も、小さくも整った鼻筋も、適度な膨らみをした唇も、やはり小さくて丸く整った顎も、全てが愛らしさと美しさを詰めたようなパーツは元来の、この子自身のものなのです。
カジュモルドは複雑な感情を留まらせたまま、この家に来たばかりのことを回想します。
*
その少女は、自らが何者かを正直に話した。
「私は、ゴブリンという種族……モンスターだった、そうです」
あり得ない。と普通なら、そう思うだろう。
けれどぼくたち家族は納得していた。
先ずこのリブマリアという少女の特徴が、ゴブリンというモンスターと一致する所がある。
緑色の肌と、尖ったやや凹凸のある耳、その2点だけだが。
ちなみにこの世界でのエルフの耳は弓か半月のような、丸みのある長い耳が主立っている。
獣人族から人の血筋が強い所謂ケモ耳シッポ属だと、人の耳がある部分はほぼツルツル。稀に四つ耳が誕生するらしいが、三つ目属一つ目属と同じ位異端児扱いされるとかされないとか。この件は関係ないし以下割合。
「黒エルフ、ならまだ理解出来るんだけど、本当にゴブリン?」
「はい。私は、遺伝子を改造されたゴブリンの、成功例、らしいです」
黒エルフとは、ダークエルフやヴィランエルフとも呼ばれる、ある一部のエルフへの蔑称をなるべく緩和したもの。
鬼種ゴブリンや獣種オークは、繁殖と性欲求の為に主に人種の雌を狙う。
そしてこの世界では稀によくある確率で、人科とモンスター科の異種族配合……悪魔の悪戯とも呼ばれる奇跡が起こってしまうことが、ある。
「あ……、遺伝子って、知ってます?これは、科学の専門用語で」
「知っているよ。親子とか兄弟が証明できる、その人物や個体の生命の情報そのものなんだろう」
「そ、そうです!博識なんですね」
「たまたま知ってただけ」
サイエンス・フィクション。という題材の絵物語は僕たちの間でも浸透しているくらいには伝わっている。
科学とは、主に異世界で発達する、魔法でないが魔法のような代物だ。
大型の箱に車輪を付けて、生き物でも魔力でもない動力で何百人を乗せて町から町、国から国へと移動するデンシャとか。
銀と鉄で出来た大怪鳥、デンシャと同じく何百人を乗せて空路の大移動をするヒコウキとか。
掌程度の小さな箱に無数の絵を移しては切り替え、同じ物を持っていれば山や海をも超えた場所に居るものと通信出来るケータイとか。
兎に角信じられないアイテムを作るのが、科学という。
「私は、お父さんもお母さんも居ないんです。強いて言うなら、『博士』が生みのお父さんなんでしょうね。『博士』はゴブリンの女性化をずっと研究していて、遺伝子から作れないかずっと試していたんです。ホムンクルス(人造人間)の面も研究していましたから、そちらの方面も掛け合わせて……」
彼女の話を聞いていたぼく達は、神妙な顔になっていた。
「あなた、これ、どう思う?私には信じられない」
「ああ、どんな悪魔崇拝者よりも狂っていると思うよ。創造神にでもなった心算か」
父母は互いに頭を振りながら少女の話を聞いていた。
理屈や理論はなんとなく分かる。が、理解し難い気持ち。ぼくも同意見だった。
すぐに父は、リブマリアの陰った顔を窺ったのだろう、釈明をしていた。
「今のは、君の生みの親への言い分だ。君自身には何の落ち度もない。私が君を連れてきたのは、君を保護していた伯爵殿の思いを汲み取ったからこそ。……あの方は、君の育て親なんだね」
「はい。あくまで研究品としか私を見なかった『博士』と違って、おとうさ……伯爵様は私を実の娘のように可愛がってくれました。私を、ゴブリンでなく、人の子だよ、と仰って……」
どうやら思い返して感極まったようだ。
それまで務めて毅然としていた少女が、年相応にしゃくり上げる。母が側にきて清潔なハンカチを渡す。彼女も礼を言ってから自らの顔を渡された布で押し当てた。
伯爵様と言えばこの地方を治める領主のことだ。爵位で察する通りほぼ国から認められた管理者の一族でもあるが、種族別け隔てなく地元民と接してくれる人間で、評判もかなり良い。何より直接交流している父が人格者だと認めている。リブマリアにとっても、大切な、家族なんだと伝わってきた。
流れのままに、父は彼女を預かった経緯を説明した。
先ずは昨夜に床に着く直前に届いた、火急の知らせからだった。明けたら直ぐに来てくれと、以前から世話になっている伯爵様からの依頼があった。父が所属するギルドには、大量の前金が振り込まれていた。機密文書付きで。
ギルドには事の重大さがひしりと伝わったんだろう、特に実績も信用も有る者を求めた選別から選ばれた父は、精鋭の冒険者達と共に目的の場所である伯爵邸へ赴いた。
「そこで待っていたのが、この子だったのね」
「ああ。……人間の伯爵が、人間以外の種族を養女にしてたなんてそれだけで驚きだったよ。だからよくない輩に目を付けられてしまったんだろう」
それもエルフでもドワーフでもない、緑肌の亜人を、だ。
リブマリアはとても小柄だが精霊属でもない。どう見ても獣人族ではない。羽もないし翼もないので、僅かな可能性のあった(緑の鱗肌を持つ個体も居る)竜族でもない。
佇まいは完璧な伯爵令嬢だった。深紫色を基調としたドレスも美しく着こなしていたという。彼女を見た選別パーティー一行は見事にポカンと、中には顎を外してしまうくらい見惚れてしまっていたそうな。
「伯爵はほとぼりが収まるまで身を隠させてくれと、それが依頼内容だった。私達は即座に会議を始めた。まあ難航したよ。皆伯爵には世話になっているし恩義もある。だが今回の依頼は特殊過ぎた。というか、殆どが独り身で生業を立てているし、いきなり訳ありの女の子を正体を隠しながら連れ回せる甲斐性を持っていたのは、あの中に居なかった。変化の魔法もちょっとしたアクシデントですぐに解ける代物だから、猶更冒険者として旅立たせるなんて選択肢は無茶だと思った。ああ、近くに住処があってそれも辺境よりの森の中で暮らしている奴は居ないかな~……と」
「……で、白羽の矢が立たれたのはあなただったと」
そういうことらしい。
「当たっちゃったわね」
「お前の占いは、本当に世界で一番信用できるよ」
母は頭を抱え、父は苦笑交じりに伴侶を称えるように微笑していた。
この夫婦には、ある一つの習慣があって、それは朝一番に妻の占いを夫が受けること。今日一日を無事に過ごせるか否かの大雑把だけれど大切な儀礼を、母さんは振り返るように口にする。
「『転機あり』『流されて良し』『無病息災』」
「『転機あり』とはこの事だったんだね」
ちなみに、寝起き後の用足しを済ませたばかりのぼくは最後の『無病息災』しか聞いてなかった。
「それで、暫くはって言ったけど、何時まで匿う心算?」
「来年ということはないだろうな。伯爵の大事なご令嬢だし…………今から半年か早くて数月位に事態が変わるかもしれないし……」
ぼくの質問に対し、父は逡巡して小声で漠然とした予定日を上げだしていたら、リブマリアが話に割って入った。
「あの、わたしをメイドのように扱っても構いません。あなた方にご迷惑をお掛けするのですから」
何を言い出すんだこの娘は。
当然ギョッとなった父が、それより先に母が慌てて取り繕った。
「ちょっとちょっと、そこまで遜らなくていいのよ」
「寧ろ私達が気を遣う側だよ。ここは見ての通り、お邸より随分狭苦しいし」
「そんな、わたしは、その、厄介者でしかないのに……」
陳客の少女は、こちらが思うよりかなり、しおらしい子供のようだ。
伯爵に保護されて貴族のような生活を送れていても、人目から隠され続けていた、その自覚があるからか。
……ぼくと、似ているかもしれない。
そこに、からりとした笑い声がした。
「ハハッ、全く。子供なんだから、細かいこと気にしない、気にしない」
母さんを見ると、まるでいたずらを考える少女のように微笑んでいた。
彼女は遠慮なく、一回り小さい自称ゴブリンの少女の頭を撫でて、それから片目だけ瞑ってまた微笑んだ。
「……ただ気を付けて欲しいのは、あまりその肌を人目に晒さないことね」
という訳で、遺伝子上ゴブリンでありながら、侯爵の娘として育てられていたという、特殊すぎる出自と経歴の亜人の娘リブマリアは、これまたちょっと変なエルフ一家の居候と相成った。
*
とあるエルフの一家に居候が一人現れてから、二つの月が満ちては消えてをする頃。
第三者によっては特別な亜人で、どこにでも居る少女は急変した生活を、難無く受け入れていました。
半生の時間を共にした家族と変わらないくらいの充実感を過ごしたのです。
リブマリア。という名の少女は、カジュモルドとその父母の家に来てから、居候として身を弁えつつもよく働きました。
人間の子供と変わらない年頃で、幼児とも捉えられそうな小柄な体躯をよく動かしました。
働く必要がない時間では本を読み漁ったり、知らないことをちゃんとエルフの一家に訪ねては覚えたり、勉強もよく出来ていました。
リブマリアは不思議な子だと、カジュモルドは思いました。
自分の顔を不気味がらなかったからです。
最初こそ彼と父母の親子関係に驚いていた正直さもありますが、直ぐに自然と受け入れてました。
家事の半分を引き受ける母親は、リブマリアをなんて良く出来た子だろうと褒めました。
一を教えて十まで分かる程賢くて、掃除と料理に畑の世話の仕方まで卒なければ文句一つも言わずに手際よく行ってしまえています。おかげで暇が多くなったから積んでいた本も読めるようになったと、普段からより明るく笑ってました。
父親も、娘が出来たらこんな具合なんだろうかと微笑んでました。
領主の話が多く、二人の間にしか通じないような話も多かったですが、傍から見ていたカジュモルドにも彼女の聡明さが伺えます。
父曰く、令嬢らしいところと、令嬢らしくないところがあるが、当人はとても品位の高いと評しましたし、カジュモルドもほぼ同意見でした。
リブマリアは礼節を主に自然に対して重んじています。
土に手を汚れることも厭わず、狩られた動物をはじめ哀れな目で見つつも、両手を重ねては私達の糧になってくれる祈りを欠かさず捧げてから、料理を始めます。食事の前の感謝の祈りも必ず行っています。
この彼女の姿勢は森に住み森と生きるエルフのようでした。
またリブマリアは好奇心旺盛で、見知らぬ花や果実、畑から取れる野菜のこと、書物の内容、山に居る動物の生態まで気になったことはなんでもエルフの一家に尋ねてきます。
冒険心を滾らせている子供のような輝きを、菫色の瞳で表していました。
エルフ一家の母は、リブマリアみたいな良い子なら来年もその先も、ずっと一緒に暮らしてもいいよと。それくらい少女のことが好きになっていました。
家長である父は苦笑しつつも、満更ではない表情を浮かべているので、きっと気持ちは同じでしょう。
リブマリアも、すっかり打ち解けた笑顔で二人と談笑していました。
そんな三人を見て、カジュモルドは思います。
エルフの子供らしいな。あの美しい優しい両親の子供に相応しいな。と。
――――こうして、カジュモルドに、一つの決心がつきました。
*
家に備蓄した一番古いブレット一切れと缶詰を2つ。
持っていく食糧はこの位でいい。道中で狩りする動物の肉、この辺りの森の果実を採取していけば生きていける。
遠出には必ず持っていくようにしている身を護る道具。一人で森の中を生活する為の道具。自分自身の為の金銭を集めた小袋。
それを愛用している鞄に詰め込んだ。父さんがかつて狩ったことのあるブラックサーペント(巨大黒蛇)からオーダーメイドした肩下げ鞄。ぼくのお気に入り。
元より、独り立ちする準備は出来ている。
父さんも母さんもお前はまだ子供なんだからと言いつつも、人間や獣人族だったらとっくに親離れして当たり前の年頃だ。
エルフという長命の種族の感覚に従ったら100年も200年も親の脛をかじってしまう。これは大変よくないんだ。エルフ的にというより、ぼく自身にとって。
それに、あの二人がやっとぼく以外の存在を良く気に掛けてくれていた。
父さんも母さんも、ぼくが唯一の子供だから見放せないだけなんだから。
あの二人の前に、ぼくより相応しい子供が来てくれたから。
リブマリア。エルフのように美しい子。とても愛らしく賢い。ぼくなんかよりよっぽどあの二人の子として相応しい。
「どこに、行くんですか?」
荷造り中にかかる声。ぼくは特に慌てずに、振り返らず返事する。
「まだ起きてたのか」
「遠くに行くんですか?」
もう慣れたろう家の内とはいえ、夜に男の部屋を覗き見するのは感心しないな。
と、内心で嫌味を言いつつ、ぼくは淡々と明日の準備を進める。
流石に二度も質問を無視されたら諦めるだろうと高を括っていた。
だが予想に反して、リブマリアがぼくの部屋に入って詰め寄ってきた。
「出ていくんですか?」
覗き込んでくる菫色、こんなハッキリとした色彩が、目の前にあることに、ぼくは息が詰まった。
思いつめるている、人の眼差しだった。
昔の母か、父が時々こんな目をしては、もう片方が宥めていたのを、よく覚えている。
「出かけるだけだよ。ちょっとそこら辺の山で、用があって」
「お母さんには、話してます、その、ご予定……」
「母さんにも伝えてある。何も心配することもない。ちょっと遠くに行くだけだし直ぐ帰るから」
口早に部屋外まで押し出して、扉を閉めた。
勝負にならない筋力差でリブマリアを押し出して、追い出して、遮断して、彼女の気配が遠ざかるまで待って、漸く深く息を吐く。
母には明日の予定も告げているのは本当だ。女の勘は鋭いから。今頃リブマリアがまだ就寝前の読書中の母に問い質すかもしれない。
そして、ハッキリと嘘を吐いたのも事実だ。大切な家族である母と、これから幸せに暮らしていくべき少女に。
夜に盗人のように家を後にすれば逆効果だ。
辣腕の狩人である父の探索力を振り切るには、一夜でなく一昼夜分の時の稼ぎは必要だ。
だから家出をするのは日中。彼自身が仕事で留守の頃。
あとは、母には本当に申し訳ないが、占い道具の一部を隠しておこう。彼女の性格上、仕事道具が欠けていれば家中をひっくり返す程探して、その間ぼくのことを忘れている筈だ。そして母の大切な占い道具を紛失させる心算なく、父なら分かる場所に隠しておく。
本当に、さり気なく、いつもの日常と変わらない雰囲気のまま、家から離れていった。
だが、後ろから付いてくる気配がある。
――――リブマリア!
彼女が隠れながら尾行している。
だがお粗末なものだ。木々を利用して隠れている心算でも人足が草や小枝を踏む音が全然消されてない。
ぼくは深めの茂みに溶け込み、栗鼠のように適当な木を駆け登った。
素人の追跡者はあっさり撒けた。忽然と姿を消したように感じたのだろう、対象者を必死に探そうと首から全身を回す少女の姿を木の上から確かめた。
想定外だ。単独行動してくるなんて。
居候の彼女は家の周辺以外は疎い。これ以上離れると森の中で迷ってしまう。
何故ぼくの尾行を?いや、さっさと諦めて帰ってくれ。
疑念よりも心配が上回る。賢い娘なんだから、まだ見覚えある景色へ回れ右して足を運んで欲しい。母の悩みの種はこれ以上増やしたくない。
――――!?
今度は、リブマリアの身に、災難が降りかかっていた。
――――想定外だ。
舌打ちしてたか歯を噛んでたか。
ぼくは鞄から直ぐに狩りに用いる道具を取り出す。簡易な組立弓と石矢。投擲袋と一瞬迷ったが対象へ致命傷を与えかねないので、前者に。
最初に組み立ててから40年以上の手際で弦を張り、鏃を乗せ、高所から低所への的への風も読み、引いて、弾く。
ギャッ!?と烏が潰れたような鳴き声がこちらの耳にも届いた。
続けて打ち抜く。
今度は別の奴の肩へと命中した。これも狙い通りだ。
最後の奴は漸くぼくの存在を見つけたようだ。一瞬だが目が合う。
男はリブマリアを捕まえて離さないでいたので、そのまま小柄な彼女の体を抱え上げた。こちらの斜線上に掲げて、自分の盾にするように。
3本目の矢はギリギリと弦を張ってから、放った。
息衝く様に、指から離れた鏃から矢先へと宿るは、古くからのまじない。
生きる為に山を駆ける獣から命を貰い、木々から果実を切り分けて、時に我が身を子ら兄弟らを護るために射る、大気と森の民の物語。
ぼくが父の、狩人のエルフの血をちゃんと感じられる瞬間。
放った矢は、吸い込まれるように的へ、リブマリアの小柄故に浮いた体より下、彼女を拘束してた輩の膝下に当たった。
衝撃に堪らず、命乞いの吠えをする狼より情けない声をあげながら転げ回る。同時に転がってしまったリブマリアは特に悲鳴も上げなかった。受け身も取れなかったのに急いで立ち上がり、矢が飛んできた方向へ駆け寄ってくる。
ぼくも木から降りた。
命に関わらない箇所に矢を当てた輩を確認する。
やはり、村のエルフ達だった。というかこないだからかってきたガキ共だ。
やってしまった。
なのにどこか晴れ晴れしい気分だ。
「カジュモルドさん!」
「リブマリア。今直ぐ母さんの下へ戻れ。ぼくはこの森から出る」
「なんで!?」
「見りゃ分かるだろう。村の者に暴行を働いた」
「話せば分かります!」
「話し合えないよ。理由も聞かない。犯人は間違いなくこのカジュモルドだ」
「わ、わたしのせいで……」
そうかもしれない。だけど、彼女を悪者にする気は一切ない。
リブマリアは家に居るんだ。これからはあの二人の子供として、静かに暮らしててほしい。
「連れてって!!」
抱きつかれた。
女の子に、家族以外に抱きしめられるなんて、初めてだった。
「私の正体、知られました。もう此処に住めません……!!」
ぼくは本当に父さんと母さんの子ですか?と昔は何度も浮かんだ疑念。
ゴブリンかオークの種からの産物ではないかと、信じかけたこともある。
その度に父さんは怒りながら、母さんは抱きしめて慰めてあなたは私達の子だよと強く諭された。
それでも信じきれなかったぼくに、ある鑑定士が、特別な水晶を使って証明してくれた。
簡単に説明すると子供と親の生命の情報を照合するという。ディーエヌエー鑑定という、科学の調査方法という代物までは覚えていた。
で、鑑定士は水晶に映ったよく分からない文章なのか記号なのかの羅列を見てから、ぼくらにも伝わるよう工夫してくれたのかも、水晶に触れたぼくと父さんと母さんの体が光り(アレは魔力?生命力?が可視化したものかも)繋がっていた。父さんと母さんの光の色が交わって出来たのがぼくの光だったと、頭でなく心で理解した。
貴方達は、間違いなく、血の繋がった親子なんだよと。
同情じゃない真摯な声が、両親と抱き合うぼくの頭に響いていた。
パチパチと、焚き火が鳴っている。
獣除けの赤い踊る花を、リブマリアはじっと眺めながら、ぽつりとぽつりと話していた。
「お前は、噂の、ゴブリンか。あのゴブリンを雌にしたものかと言われました」
あの時、リブマリアは襲われかけた。
たった今修繕し終えた彼女の服も物語っている。
非常に腹立たしく、また同族への情けなさ過ぎて唾棄しそうだった。
「ゴブリンがエルフにしてきたこと、女にしてきたこと、お前にも、同じ目に遭わせてやるって」
彼女は泣かなかった。けれどその声は必死に恐怖と慟哭を押さえつけていたものを滲ませるようだった。
ぼくは何も言わない。何も言えない。彼女と目を合わせずに、彼女と同じように、焚き火を静かに眺めている。
「ゴブリンはこの世にいちゃいけない生き物。害獣で、悪魔そのもの。百害あって一利なし。と博士もよく言ってました」
ぼくはゴブリンというモンスターを見たことはないが、多くの見聞で必ずと言っていい程出てくる忠言だ。
一匹でも見逃すな。女は決して彼らに隙を見せるな、捕まるな。彼奴らは苗床さえあれば直ぐに増大する。そして、殺せるなら絶対に、殺せ。と言い付けられる。
「ゴブリンが絶滅するかもしれない。遠くない未来きっとそうなるだろう。だから、わたしが生まれたのかもしれない。と、博士も言ってました」
繁殖力と生命力が異様に強く、悪辣で狡猾な思考を持つ、世界に長らく存在しているモンスターを、一匹残らず駆除する。あり得なさそうで、実はあり得る話だ。なぜなら世界がそう望んでいるから。
「…………」
リブマリアは押し黙った。彼女の沈黙が気になって、ぼくは尋ねる。
「それで?」
「それで…………」
ぼく達はしばらく見つめ合った。
リブマリアは答えがちゃんと言葉に出来るか、考えているようだった。その目は真摯で純粋で、ぼくを真っ直ぐ見続けて逸らさない。
彼女が何も言わないなら、それでも良かった。
何分もかかったかもしれない、たった数秒のことだったかもしれない。
漸くリブマリアが口にした返答を、ぼくは受け止める。
「わたし達、逆なら、丁度収まったかもしれません」
「…………そうかもな…………」
もし、ぼくがエルフらしい美形の容貌だったら。
もし、彼女がゴブリンらしい醜い容姿をしていたら。
此処にこうして焚火を挟んで対話をしなかったかもしれない。
「でも、お前は家に帰った方がいいよ。父が守ってくれる。ぼくは、いつまでも彼らに甘えているわけにはいかないだ」
「子供、なのに?」
「もう50も超えているんだよ」
「人間なら分かりますけど、エルフならまだ子供では?」
「……父さんは人間のクォーターで、母さんも獣人の血を引いているんだ。混血のエルフは、従来よりずっと成長も早い」
そもそも、大昔に居た純エルフと違って、エルフの成長は人間と同程度になっている。ただ大人になってから300年くらい経って老化する位だ。最近の傾向だと純血に戻そうという風潮あって、エルフ属の婚姻や交配を推進しているそうな。家の近くにあったコミュニティもその風潮に染まっているらしい。ぼくにはどうでもいいことだ。
「リブマリア、ぼくと一緒に居るより、父さんと母さんの傍の方が安全だよ」
「でも…「いや、今となったらお前と旅に出た方が安心するな」……え?」
突然割ってきた第三者の声にリブマリアは虚を付かれたように、暗闇側を見た。
闖入者の存在をぼくは少し前から気付いていた。相手がわざと気配を出していた、とても身近な人だったから緊張もしなかった。
そして僕の再三の申し出は実は彼に向けた質問でもあった。
直ぐに出てこなかった時点である程度予想は付いてたけど。
「お父さん」
「……ダメだったんですね」
「ああ、残念ながら」
ぼく達の前に現れた父さんは、今日起きた事の要点だけ話してくれた。
やはり、リブマリアの正体が噂の範疇を超えてしまったようだ。近いうちに査察官も家に来るだろう。
ぼくの暴行も厳罰は避けられなかった。情緒酌量の余地は無く、村の法に従って百年以上の禁固刑になると告げられた。後者に関しては納得していた。別に好きでもなんでもない奴らだったし、事実上の追放命令を食らったとしても清々している。
気になったのは両親にも迷惑が及んでないかという点だ。これも父の答えによると問題はないそうだ。いざという時は彼らも住む場所を変えるだけさと笑い飛ばされてしまった。
「……じゃあ、仕方ないんだね」
「私は、カジュモルドさんと行きます!足手纏いになるかもしれませんけど、そんなに、足は引っ張らないつもりで頑張りますから…!!」
「彼女はこう言っているよ」
「分かった。分かったよ」
ニヤニヤと笑む父さんはリブマリアを説得する気が皆無だ。どうやら最初からどちらの味方に付くか決まっていた。やっぱり父からすれば男より女の子の方が甘えられたら可愛いんだろうか。
「それとね、リブマリアへの餞別だけ渡すよ」
「え、私にだけ?」
「カジュモルド。お前は既に託してあるだろう」
ぼくは肯定として頷いた。
父は、とっくに見通されてたようだ。
というか、とても準備が良い。まるで示し合わせていたんじゃないのかってくらい、リブマリア用の旅の道具一式を詰めたバッグを彼女に渡す。
――――想定外だ。どうしてこうなった。
恨みがましい気持ちを始めて父に向けたかもしれない。それでも肝心の彼はどこ吹く風のように、笑っている。分かって受け流している。
それ以上にリブマリアだ。普通は経験豊富なぼくの両親の傍に居るべきなのに、家出息子の方に付いていくなんて正気じゃない。
「本当に、ぼくに付いていっていいのか。もしお前を狩りに来る誰かが現れても、守り切れないんだぞ」
「そうなったら、私を見捨てて下さい。私は、カジュモルドさんに付いていく、だけなんです」
こんな突き放したことを言っても、この娘はブレなかった。
父さんも、何故か叱責を飛ばさない。ぼく達を見守る目は、巣立っていく小鳥を見送る親鳥のソレだった。
「……なら、約束する。宣誓する。ぼく、カジュモルドは一人のエルフの誇りに掛けて、旅の連れとなるリブマリア、君を守る」
故に、責任を自ら背負った。
父の顔は見ていない。だけど彼の息子として、決して彼の恥にならない生き方をしなければならない。
それが、少女一人の命運という重い荷物だとしても。
リブマリアを連れた旅はしばらく森伝いが中心になるだろう。人との交流は最低限になる件も、別に予定に狂いは無かった。父もアウトドア中心の生活の要点と注意点をリブマリアに語り、後はぼくに教えて貰えと締め括る。
「最後に、お前の母さんから一言」
それは母というより、占い師からの言伝だった。
『南東へ。あなた達の幸福はきっとそこにある』
ざっくりとした内容の御告げだ。勝手な旅立ちへの咎も、しおらしい慰めも、月並みな送り文句も、一切取り払った餞の言葉。母さんらしい。
※
とある村から、少し外れた家に、醜いと揶揄される程に不細工なエルフの少年がおりました。
とある土地の領主の館にて、隠されて育てられた美しいゴブリンの少女がおりました。
ほんの少しの離れた所で暮らしていた二人は、幾つかの偶然で出会いました。
あべこべのような存在の二人は、守られてきた少年少女は、旅に出ます。
これから子供達はどうなるのでしょうか。
ただ言えることは、彼らの父や母のように、幸せな未来になれるよう、願い、祈るだけでしょう。
――――朝だ。
屋根の遮りがない日の光を感じて、カジュモルドは目を覚ましました。
彼の父親の姿はありませんでした。もう家に帰ったんでしょう。
けれど、彼は孤独ではありません。家に帰らなかったもう一人が、カジュモルドの隣で眠っていました。
「ん……おはよう、ございます」
綺麗な、本当に愛らしい少女の寝起きの顔を、初めて見る年下の異性の無防備な姿を見て、妙な動悸が走ったのは、ここだけの話にしましょう。
「初めての野宿はどうだった?」
「体がちょっと固まっちゃいました……朝って、こんなに冷えるんですね」
「もうヘバるか?」
「ヘバ?……諦める、ということ?です?」
「ん、まあそういうこと」
「とんでもない!私は、楽しみなんです!これからが」
「……そっか」
からかいのおかげですっかり覚醒して、寝袋から勢いよく上半身を飛び出す少女を、軽快に笑いかける少年。その笑顔が父親にも母親にも見せたことのない、ごく自然なものでした。
では改めまして、と前置いて彼女は笑顔で言いました。
「これからよろしくお願いします!カジュモルドさん」
「ああ、こちらこそ宜しく頼む。リブマリア」
夜明けの木漏れ日は、燦々として、囀り出した鳥たちの歌声と共に、二人の門出を祝うようでした。
いかがでしたでしょうか。
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