1:ボクと姉
姉弟。
姉と弟を指す言葉である。
一般的には血のつながった家での兄弟姉妹関係をさすが、ごく稀にそうじゃない関係の家庭もある。
理由は様々。
離婚・拾われ子・血が繋がっていないなど。
ここの家庭にも、血のつながっていない姉弟がいた。
「おねーちゃん、おはよ」
「おはよー」
ごく一般的な家庭に生まれ、何不自由なく育った姉、小日向 紗良。
川の河川敷で捨てられていて、今の両親が養子としている弟、小日向 海松。
拾った当初は誰が捨てたのか、誰が親なのか、本当の名前はなんなのか。
それすらも全く分からなかったため、拾い、市役所に養子手続きを行い、現在は一般的な家族同義で暮らしている。
それぞれ年齢は姉十七歳弟十三歳の四歳差だ。
姉の紗良の性格は大雑把に言えば大胆。
人前でハグをしたりするような女だ。
対して義弟の海松は控えめでうさぎっぽさを感じさせる。
そんな二人ののほほんとしたお話。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
時刻は朝の七時半。
海松はアラームよりも前に目を覚ます。
「んーっ」
背伸びをして時刻を確認する。
「ん、よしっアラームの三十分前に起きれた」
そう言ってへにゃりと笑う。
そして制服に着替えエプロンを身にまとう。
いつもご飯係は海松の役目なのだ。
「今日の〜、朝ごはんは〜、卵焼き〜」
そんな陽気な歌を歌いながら卵焼き用のフライパンを手に取る。
卵を割とボウルの中に突っ込み、砂糖、醤油、生姜を入れて混ぜる。
そしてガスコンロを着火し、卵焼きを作る。
そうしてあらかた料理を作って行く。
時計を見ると時刻は八時。
「ん、そろそろおねーちゃん起こさなきゃ」
そう言って姉の自室にノックして入る。
「おねーちゃん? 八時だよ?」
「ん〜。あと二百時間……」
「訳わからないこと言ってないで起きて。ぎゅってして」
弟は弟なりに甘えん坊なのだ。
毎朝両者がハグをするところから始まる。
なかなか起きない姉の方を揺らす。
「ん……。おはよ海松」
「おはよ。おねーちゃん」
姉は低血圧気味で朝に弱いから着替えなどを手伝う。
姉は現在高校二年生。
茶髪(地毛)に青色の瞳、そして他の女子より少し膨らんだ胸。
性格は大胆で結構ガツガツしている。
そしてボクは中一。
ちょうど遊びに適した時期だ。
「今日の朝ごはんのメニューは?」
「うんとね、卵焼きと白身魚のムニエルと昨日から冷やしていたプリン!」
「うん。ちゃんとおいしそう。食べよ食べよ」
「うん! あ、でもハグがまだ……」
姉は思った。
かわいい。キュン!
と、心の中で指ハートを作っていた。
朝のハグが終わるとリビングに戻る。
急いで朝ご飯の準備をして、お皿に盛り付け、提供する。
「みそ汁熱いから気をつけてね」
「はーい」
そうして始まる食事タイム。
テレビを見ながら朝ごはんを食べるのが我が家のご飯スタイル。
ただ、テレビばかりで食べ終わる時間が遅くなりすぎないように気をつける。
ふと、テレビがこんなことを言う。
『もうそろそろクリスマスですね! 家族や恋人へのプレゼントは決まりましたか?』
「クリスマスか……」
「ん?」
紗良がなぜか反応している。
「いやー、彼氏いないからさ。今年もクリぼっちかーと思って」
「おねーちゃんなら彼氏いそうだけどね?」
「そんなことないよ」
紗良程度になれば彼氏など普通にいそうなのに。
「本当は好きな人いるとか?」
「居るには居るけどね。ちょっと難しいっていうか……」
海松は恋バナになるとすごくテンションが上がる。
だって人の幸せが好きなんだもん。
「だれだれ、どんな人?」
「海松、食事中」
「あ、ごめん……」
食事中に立ち上がりきいてしまった。
お行儀が悪いなぁ。
両者ともご飯を食べ終わり、話の再開をする。
「それで? おねーちゃんは誰が好きなの?」
「うーん……秘密で」
「あー、逃げたー」
「それより支度しないと遅刻しちゃう」
「ぶー」
わかりやすく頬を膨らませ、不満をあらわにする。
それでも学校に遅刻するわけにはいかないので制服に着替え、身支度する。
「いこ、海松。手繋ぐ?」
「うん!」
姉弟なのに手を繋ぐという珍を行い、学校に向かう。
海松と紗良の学校は中高一貫の教学で、大学附属というとても偏差値の良い学校に行っている。
大学の偏差値が67だとか……。
それでもお互いに合格指定しまうほどお互いバカではないことを潔白している。
手の繋ぎ方は恋人繋ぎで。
「私の好きな人はすぐ身近にいる人。それが大ヒント」
「身近にいる人……ボクとか?」
「さぁね? 答え合わせはクリスマスにでもしよっか」
「えー」
学校までは電車と徒歩で三十分程度。
負担にはならない距離だが、電車の中の人混みは何度乗っても苦しいものだ。
学校に到着後、それぞれの教室に向かう。
「じゃあ、私こっちだから」
「うん。またあとでね」
「またねー」
そう言ってお互い手を振る。
そして踵をかえし教室に向かう。
「おはよ〜」
「おはよ海松くん」
「おはよ」
教室にはさまざまな友達がいる。
女子友達率八割。
周りの男子とも仲がいいが、「ハーレム野郎」とよく野次を飛ばされる。
好き好んでこうなった訳じゃないんだよな……。
一次元目は選択科目の化学。
昨日は炭化水素の分野に入ったからその続きだろう。
「席に着けー。授業始めるぞー」
「起立。例。お願いします」
「「「「「お願いします」」」」」
そして授業が始まる。
本音を言えば授業の成績は確定で最高評価の10がつくから受けなくていいのだ。
海松は高校卒業試験を受け、見事に合格したため、中学校には行かなくていいのだが、一応名義上は「義務教育」なので行くしかない。
サボると言う手段もあったのだが、姉から「どうせなら青春謳歌したら?」と言われ渋々行っている。
理由としては「姉と同じタイミングで学校に行って学校から帰れる」と言った理由だ。
学校自体に興味はないし、本音は行きたくなかった。
でも、学校に行って姉に褒められたかった。
こんなボクでも、褒められたかった。
捨て子だったボクでも、できることがあるんだと、伝えたかった。
「えー、来週の月曜からテスト一週間前だから部活動などは禁止、テスト勉強に専念すること。今回のテストはそのまま高校に上がれるかの内定決まりにもなるから、強化部も部活は禁止だ。これは高校部も同じだ」
「「「「「えー」」」」」
「…………」
「テストが終わったら好き放題部活なりすればいいさ。じゃあ、授業を始めるぞ」
そして始まる授業。
テスト期間でも授業は容赦なく進んでいくため、みんなは着いていくのに必死だ。
ふと、隣の席の子がこそこそ話をしてくる。
「ね、海松くん。後でノート写させてよ」
「いいよ〜」
「ありがとう」
そう言って隣の子は安堵を示す。
ボクはこの学校のテストで百点か九十九点しか見たことがない。
それ故、こうしてほぼ毎回誰かに写させて欲しいと言われるのだ。
ボクのノートってそんなに需要あるのか。
……あんまり嬉しくはないかな。
変な需要だけ求められても嬉しくないのが本音だった。
だって、ボクが今生きられているのは姉とその両親のおかげだから。
義姉にはたくさん喜んで欲しいが、それ以外の人間にはあまり興味がなかった。
ボクは覚えている。
誰がボクのことを捨てたのか。
誰が本当の両親なのか。
ボクの本当の名前は、海松なんてそんな柔らかそうな名前ではない。
もっとどす黒くて、堅苦しい物だった。
だからボクは覚えている。
何もかもを。
誕生日も、家族構成も、誰が兄弟姉妹なのかも。
でも、ボクにはもう関係がない。
人間を平気で捨てれるような人に、関わるほどボクの義理は厚くない。
真両親がそんなゴミクズだったから、ボクはああはなるまいと思って、自分の本当の志とは別のものを使っている。
——ボクは嘘つきだ。




