8.大阪府
8.大阪府
テレビで大阪料理がやっている。そこに串カツの映像が映った。
それを観ていた彩乃が「おいしそう」と言った。晴斗もその映像によだれが垂れそうになる。
「串カツいいね」
晴斗がそう言うと、「大阪だってよ」と、彼女が言った。
「そういや串カツって、大阪のグルメか。それじゃあ、次は……。」
「大阪料理ね」と、彼女が嬉しそうに言った。
「うん、そうしよう」と、晴斗も言って笑った。
それから、晴斗は大阪の串カツが食べられるお店を調べた。すると、どうやら田町駅にあることが分かった。そこへ行ってみようと晴斗は思った。
その夜、六時半頃に晴斗たちは田町駅にやって来た。そこから少し歩いた所に、そのお店があった。早速、二人はそのお店に入った。
店内は意外と混雑していた。カウンター席やテーブル席に仕事終わりのサラリーマンやOLたちが楽しそうに飲んでいた。
「いらっしゃい。お二人さん?」
カウンターの奥の厨房から、大将が晴斗たちを見て言った。
「はい。二人です」
「そこ空いてるよ」と、大将がカウンターの空いている席を見て言った。
「失礼します」と晴斗は言って、カウンターの席に座る。続いて、彩乃もその隣の席に座った。
二人はすぐに壁のメニューを見た。ドリンクのメニューを見て、晴斗は生ビールを頼むことにした。彼女は妊娠中ということもあり、お酒はしばらく飲めないので、ウーロン茶にした。
「すみません。生一つとウーロン茶一つ」
晴斗がそう注文すると、大将が「はいよ!」と言った。
その後、晴斗たちは壁の串カツのメニューを見た。
エビにウインナー、こんにゃく、れんこん、しいたけ、ししとう、かぼちゃ、なす、牛肉と様々であった。どれも美味しそうだなと思い、晴斗はどれを食べようか考える。
「いっぱいあるね」
横から彼女がそう言った。
「そうだね。迷うね……。」
「ねー」と彼女が行った後、「あ、串カツの盛り合わせってのもあるよ。ほら」と、彼女が別の所にある貼り紙を指して言った。
「ああ、本当だ」
その紙には、串カツ八本盛りと六本盛りと書かれていた。
「それもいいなあ」
晴斗はそう言って、串カツ八本盛りを頼もうとした。
「じゃあ、私は六本ってやつにしようかな」
それから、彼女がそう言った。
「はい、ビールとウーロン茶」
その後すぐに、大将が晴斗たちの前に飲み物を出した。
「あ、注文いいですか?」
それから、晴斗は大将にそう訊いた。
「はいよ」
「串カツ八本盛りを一つと、六本盛りを一つ」
「串カツ八本と、六本ね」
大将は注文を訊くと、串カツを揚げ始めた。ジューと油で揚げる音がする。
「じゃあ、乾杯」
晴斗は早速、届いたビールを持って言った。「乾杯」と、彼女もウーロン茶のグラスを持ち上げて、晴斗とグラスを合わせた。
晴斗は一気にそのビールを飲んだ。そのビールは冷たくておいしかった。
彼女もウーロン茶を一口飲んだ。
「これ、ソースじゃない?」
ふと、彼女がカウンターにある大きな銀の容器を見て言った。その中に黒い液体が入っていて、その縁に「ソース」と言うシールが貼ってあった。
「そうだね」
「二度漬け禁止、なんだよね」
そのテープの下に「二度漬けだめよ!」と書かれたシールも貼ってあるのを晴斗は見つけた。
「そういうルールだよね」
「でも、どうして二度漬けが禁止されてるんだろう?」
それから、彼女がそう訊いた。
「それは……。」
晴斗はそれを前に聞いたことがあった。晴斗は口を開いた。
「一度口を付けたものって、細菌が付くみたいなんだよ。だから、二度漬けすると、そのソースに菌が入っちゃうから、それが劣化してしまうらしいよ」
晴斗がそう話すと、「あー、なるほどね」と、彼女が納得して言った。
「うん」
「じゃあ、もしそれを破ったらどうなるの?」
「それはもう……。」
「退店だよ」大将が厳しい顔をして言った。「はいお待たせ」
それから、彼は笑顔でそう言った。
「こっちが八本」
大将はそう言って、八本の串カツの盛り合わせを晴斗たちの前に差し出した。晴斗はすぐにそのお皿を受け取った。
「で、こっちが六本ね」
それから、大将が六本の方の皿を彼女に渡した。
「ありがとうございます」
彼女はそう言って、それを受け取った。
晴斗は目の前の串カツを見た。それはいい匂いがした。
「いただきます」と彼女が言って、早速、一本の串カツを掴み、目の前のソースに付けた。それを一口食べた。
「あ、ウインナーだ。おいしい」
彼女が嬉しそうにそれを食べた。
晴斗も、適当に一本串を取り、それにソースを付けて食べる。何だろうと、食べた断面を見ると、それはこんにゃくだった。
「こっちは、こんにゃくだ」
「おいしい?」
「うん、おいしい」
晴斗はそう言って笑った。
晴斗はそのこんにゃくの串カツを食べながら、ビールを飲んだ。串カツとビールはとても合った。
それから、晴斗は残りの串カツも食べた。晴斗の方の串はエビにしいたけ、なす、やまいも、玉ねぎ、ハムカツに牛肉だった。彼女も、残りの串カツを食べた。彼女の方は、れんこん、ししとう、かぼちゃ、玉ねぎ、牛肉であった。どれも美味かった。
「ねえ、そう言えば、テレビで土手焼もやってたよね?」
その後、彼女が思い出したように言った。確かにその番組で土手焼も紹介されていた。土手焼とは、牛スジを味噌やみりんで煮込んだ大阪発祥の料理だという。晴斗もそれを観た時、思わず「うまそう!」と声を上げていた。
「やっていたね。食べたい?」
晴斗がそう訊くと、「あなた、食べたいって言っていなかった?」と、彼女が晴斗に訊き返した。
「ああ、言ったかも。旨そうだったからね」
「じゃあ、頼もうよ」
「うん」
それから、彼女が土手焼を二つ頼んだ。晴斗はビールをお代わりした。
そして、すぐにその土手焼と生ビールがやって来た。
彼女はおいしそうにその土手焼を食べた。
晴斗も一口それを食べた。噛むと、その牛スジはとても柔らかく、つるりと喉の奥へ行った。その肉は一瞬にしてとろけた。
「うっま!」
晴斗はその旨さにビックリした。ほっぺが落ちたような感じがした。
「ねー、お肉がメチャメチャやわらかくて、とろけるね」
それから、彼女が嬉しそうに言って、笑った。
晴斗はもう一口それを食べては、ビールを流し込んだ。その土手焼は旨かった。
その後も、二人はその土手焼や後何本か串カツを注文した。
一通り食べ終えて、晴斗は腕時計を見た。午後八時を過ぎた頃だった。相変わらずその店は賑わっていた。
「そろそろ出るか」
晴斗は彼女を見て言った。
「うん、そうね」
彼女がそう言ったので、二人は立ち上がり、大将に「お勘定を」と言った。
「はいよー」
大将がそう言って、レジで会計を始めた。
「どうも、ごちそうさまです」
会計を済ませ、晴斗は大将にそう言った。
「まいど、おおきに」
大将が笑顔で言った。晴斗はペコリと頭を下げてそのお店を出た。彼女も同じように彼にペコリとして、そのお店を出た。
「美味しかったね」
駅まで歩きながら、彼女がそう言った。
「うん、美味しかった」
「大将もいい人だったね」
「そうだね。でも、俺達が良い客だったからかもしれないよ」
それから、晴斗がそう言った。
「良い客? ああ、ソースの二度漬けしなかったから?」
串カツを食べている時、彼女はそのソースに二度漬けをしなかった。もちろん晴斗もそれを守った。
「多分、そうっす」
晴斗は真顔で言った。
「多分そうっすって」
彼女がそう言って、ケラケラと笑った。
「でもさ、もし、お客さんが二度漬けしたとしたら、大将、どうするんだろうね?」
それから、彼女がそう訊いた。
「あの大将なら、やったお客さんをチョークスリーパーするかもしれないね」
晴斗がにやりと笑って言った。
「チョークスリーパーって?」
「プロレスで相手の首を絞める技だよ」
「あー、あれね。……って、それって怖くない!?」
「もしそんなことをされたら、恐ろしいだろうね」
晴斗はそう言って、くすくすと笑った。
「怖いっていうか、ひどいでしょ!」
彼女がそう言って、イヒヒと笑った。
「でも、万が一そんな悪い客がいたら、そうでもしないと出禁にされたところで、またやってしまうかもしれないでしょ。それくらいがちょうどいいんじゃない?」
「手加減は?」
「もちろんすると思うよ。じゃないと本当に死んじゃうもん」
「そうよね。でも、あの大将がそんなことするとは思わないけど」
「そこがミソなんだよ」
晴斗がそう言うと、「ミソって、土手焼の味かしら」と、彼女が訊いた。
「正解!」
晴斗がそう言うと、二人して笑った。
しばらく歩いていると、駅が見えた。