4.そして観光名所へ
「聖剣様……」
それはある日突然訪れた。
見たことがない、壮年の女性……いや、クラウス様が以前連れてきた息子たちに少し似ている気がした。
「わたくし、クラウス王の王妃、セラフィーナと申します」
──セ、ラ、フィーナ……
そういえばクラウスから『妻』の名前を聞いたことがなかった。息子の名前は聞いていたのに。
かのヒロインと似た名前、だが別人だ。
おそらく名前が似すぎていてアマリアには言いづらかったのだろう。
彼女がここに来るのは初めてだった。顔を見ずに名前だけ聞けばアマリアが気にするとでも思ったのかもしれない。
「クラウス王は……先日、崩御されました」
「!」
時が止まった、気がした。
いや、だが達観し始めている自分よりも、妻である彼女の悲嘆はいかばかりだろう。
彼女は結婚の際、他に想い人がいるというクラウスを受け入れたと聞いている。その複雑であろう心境はアマリアには推し量ることができない。
「王は……貴女を想い、貴女に生涯をささげた殉教者でした。いつしかわたくしにも情が移りはしまいかと淡い期待をしたこともありましたし、大切にもしていただきました。でも最後まで貴女を失った傷を癒してさしあげることは叶わなかった……」
──!
違う!
アマリアはそう叫びたかったが、声になることはない。
目の前の女性には、クラウスの魂の残滓が見える。彼女には見えないのだろう。
死を目前または直後、クラウスの魂は日参していたアマリアのところには訪れなかった。最期の最後は、心残りだった彼女を心配したのだろう。クラウスの魂はちゃんと癒されていたのだと思う。
もう、誰にも分らない。そして彼女も、それを知る由はない。
クラウスはもういない。ここには来ない。アマリアと呼んで微笑んではくれない。
クラウスが、死んでしまったと言って悲しんだアマリアは、まだここにいるのに。
アマリアは静かに、涙を流した。
ある日、聖廟の管理者から新王と王太合に報告が上がった。
剣から露が落ちるのだが、これに癒しの効果がある。と。
聞くと、ある時から剣の下に水たまりができるようになったという。聖剣や聖女の熱烈な信者がそれを飲んだところ、たちどころに体調が改善したことを受けて、病気のものに飲ませてみたところかなりの回復効果がみられた、と。
併せて、この話は聖剣の下が水浸しで困ったことから端を発していると報告書にあり、王太后セラフィーナから命令が発せられた。
曰く。聖剣を聖廟から出し、王宮庭園の水場として一般公開せよ。
期間は聖剣の継承者が見つかるまでとする。と。
聖剣から溢れんばかりに湧き出る『聖水』を、平民にも一般開放しよう、という王太合のお心に感激した官僚は急いで手続きを行った。
元々王宮庭園の一部は一般公開されている。実際貴族しかほとんど来ないが、平民でも来ることができる完全開放スペースだ。
前回の移設の際にも問題となっていたが、剣はやはり岩から抜くことができなかった。
王宮魔術師の話では、剣の呪いはすでに解かれているという。ただしそれゆえに剣の性能を発揮できる使用者でないと剣を使うことができなくなっており、そのせいで抜けないのだろうと。
『この聖剣を抜くことが出来たものは、聖剣騎士の称号を与えると共に王宮の騎士として召し抱える』
聖剣というシンボルと共に癒し効果のある水を放出する泉が完成すると、聖剣騎士のお触れと共に国内に広く告知がされた。
最初こそ少なかった訪問数は、噂と共に徐々に増え始め、気づいた時には一大観光名所と化していた。
──えっ!?ナニコレ!?どゆこと!?
クラウスの死を聞いてからの泣き疲れと現実逃避で、うつらうつらと惰眠を貪り、たまにしか覚醒していなかったアマリアは、いつの間にか自分が見世物と化していたことにただただ驚いていた。
最早自分が無意識に流した涙が、実は継続して剣から流れ出て聖水と化していたことなど知る由もない。
そして、月日は瞬く間に流れた。
序章はこれにて終了です。
本当は序章+αで短編にするつもりだったのですが、主人公が脳内で暴れ始めたため予定が変わりまして、第一章に少々お時間いただくかもしれません。暖かい応援いただけると励みになります。