3.懺悔
その日、王宮に激震が走った。
50年ぶりに聖剣が発見されたのだ。
王は王子に聖剣の回収を命じた。
王子クラウスは、現地へ向かい、生まれて初めて、聖剣と対峙した。
森の中で、それは静謐さを極めていた。
黒くなってはいたが血染めの岩の上にきらめくように突き刺さるそれ。
同じく血染めの、そして見覚えのある……薄紫の、ドレス。
クラウスは、悟った。悟らざる得なかった。
生涯かけて守ると誓ったはずの存在が……もうこの世にはいないことを。
この後しばらく人払いをした王子の心を推し量れる者は誰もいない。
王子はその後、聖剣をこの岩まるごと、王宮の奥の聖廟へ移動することを指示した。
***
「アマリア。今日、セラフィナの処罰が決まったよ。やっとだ」
クラウスは、あれから聖廟への訪問を日課としている。公務に支障のない限り毎日。
今日もクラウスは聖廟を訪れる。
「アマリアは知らなかっただろうけど、セラフィナはずっと、アマリアを盾にして色々暗躍していた。聖剣やアマリアの命も盾に脅されていたけど、中々しっぽをつかませなくてね。アマリアを殺した男との関係も周到に隠されてしまっていた。でもやっと、やっとだ」
クラウスは聖剣を前に、うなだれながら、ぽつぽつと話す。
その中で、あの時の断罪の真実が語られた。
聖剣のありかをセラフィナが知っていること、聖剣がアマリアを狙っているらしく、早く聖剣を確保しないとアマリアが危ないこと、王家が封印なくして聖剣の凶行を止められたことがないこと。
そういった一切合切を含めて、アマリアと婚約破棄しセラフィナと婚約することを迫られていたことを。
王家は、アマリアもセラフィナも、二人ともに聖女の素養があることを知っていた。
聖剣が呪われてからしばらく後、学園で義務付けられていた魔力検査の際に『聖女の素養』を併せて確認するようになっていた。ただし結果は学園の理事長と王家のみの極秘事項だ。
聖女を求めて呪われた聖剣は現れる。だが公表されていない、または判明していない聖女については未知数で、わざわざ敵に情報をくれてやることはない。判明した非公式の聖女の卵については、王家の観察対象であった。
クラウスは、セラフィナに聖剣の話をされた時、それでもまだしおらしくアマリアの心配をする素振りを見せていたセラフィナの本性を悟った。いや、元々アマリアしか見えていないクラウスにとって、セラフィナは初めから近寄ってほしくない女ではあった。
だがどんな条件を飲んだとしても聖剣さえ戻ってくれば何とでもなると思っていた。最悪、聖剣が聖女を求めるのであればアマリアではなくセラフィナを差し出せば良い、という昏い思いが心の中を渦巻いた。『そうすればうまくいく』と。後から考えるとこれも呪いの影響だったのかもしれない。
「でも、もう遅い……すべてが……遅すぎた。君を失ってしまっては、もう……」
聖剣の隣には、薄紫のドレスが飾ってあった。今では聖衣扱いだ。
──すまない。すまない。
王子は心の中でただただアマリアに謝る。言葉にすることはできなかった。自分には謝る価値すらないのだと言わんばかりに。
「君を殺した男も捕まえた。だが裁判などさせない。アレは、僕が裁く……」
また明日、といって王子はその場を去る。
アマリアを殺した男の記録は公式には残っていない……
***
「アマリア。僕は、今日、結婚するよ。ああ、少し違うかな。国に殉教するよ。王の子としての役目だ。本当はアマリアだけの王子でいたかったけど…………許してくれとは言わない。でも僕は、今日から死人だ。いや、君がいなくなった時からそうだったのかもしれない。今日から僕は、もう、いない……妻となる娘には、本当に申し訳ないけど……ああ、そうそう。妻になる娘にね、言ったんだ、『終生、想う人がいる』と。そしたらね、『いい』っていうんだよ。変な子だよね……でも、想ってて良いって、君が生きてるって言われた気がして、救われたんだ……」
***
「アマリア。妻に子供が生まれたよ。君以外と子を作る気がなかったから、素直に喜ぶ気持ちも湧かないし複雑な気持ちの方が大きいが、反面、かわいいと思う気持ちもあって少しびっくりしている。妻がいつも遠慮がちに微笑むのも、申し訳ない気持ちが先立ち、応えてあげることができない。国に殉教したのならいっそ、私心を廃して笑ってあげられればよかったのだけれど……。心の中だけでもあの子を僕と君の子と思って、可愛がっても、いいだろうか……」
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「アマリア。子供が成人したよ。君と、妻のおかげだ。男親というのは本当に無力だね。子供も逆らってばかりだよ。ははは。……君に、会いたい……」
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「アマリア。長男ヴィルヘルムに次いで、次男のカルロにも子供が生まれたよ。ヴィルヘルムは先日立太子した。僕の役目も、もうすぐ終わる……そうしたら……」
***
それからしばらくすると、聖廟には、花を生ける者と清掃をするものしか来ない日が続いた。
──クラウス様……
アマリアは剣の中で意思を保っていた。返事をすることはできなかったが、クラウスの声を聴くことは出来ていたのだ。
アマリアは、とうに、というか最初からクラウスを恨んだりはしていなかった。
真実を聞かされて、嬉しくなったくらいだ。クラウスは悲しみに沈む一方だったことが気がかりだったが。
剣に喰われてしまってからのアマリアは、クラウスが日参して報告してくれる内容ととても楽しみにしていた。クラウスの子供たちの成長も。
聖衣の存在については正直……参った。
あの日の、婚約破棄の時に来ていたドレス、というか衣服一式が聖衣となって飾られているのだ。分かるだろうか?ドレスで隠れているが、下着まで一式!
──いやあああ!?やめてぇぇぇ!クラウス様、それは燃やしてください!!!!!
結婚すると聞いたときには、(アマリアはもう達観していたので喜んでいたが)、クラウスの悲しみも、もう少し落ち着くと思っていたし、謎の聖衣もなかったことにしてくれることを願ったのだ。だがそうならなかった。
聖剣の呪いを解いた聖女の聖衣として末代まで引き継がれるという。
ひどい話もあったものだ。
そう、アマリアを喰った聖剣は、アマリアを最後に呪いから解き放たれていた。
もう聖女を襲わない。このことがただただアマリアには嬉しかった。
その話を最後に、クラウスは、ぱったりと聖廟を訪れなくなった。
アマリアの不安は募るばかりだった。