2.聖剣
「嬢ちゃんの鬼ごっこはここで終わりってことでいいかな」
突然、暗闇から凍り付くような声と気配がした。
──ざしゅっ!
お腹に、衝撃が走った。
熱っ……い……いや、痛……
お腹に、何かが、刺さっていた。
イタイイタイ痛い痛い痛い痛い痛い
「っごぼっ」
口から血を吐き出したことで逆に冷静になる。
吐血はしたが呼吸はできている。
胃に刺さったのだろうか?
私を刺した、人間が、目の前に、いる。
顔を隠していて碌に人相も分からないが、声と体格からおそらく男だと思う。
弱っていく私を冷淡に眺めていることだけは解った。
殺し慣れている風なのに即死させる気もなくただただ弱って死んでいくのを眺めている。お友達にはなりたくない。
「悪りぃな」
──いや、絶対そんなこと思ってないでしょ!
だが言葉を発する余力もない。
歯を食いしばり、男を精一杯睨みつける。
「一撃で殺さないのはオレ流の餞だ。殺される理由くらい聞いとかねぇと死んでも死にきれないだろう?」
殺される理由?いや?知ってるよ?無罪で冤罪の傷害罪その他でしょ?
知ってることをわざわざ知らせるために苦しめてんのか、か、コラァ!?
だんだん自棄になって心の中の声も荒くなってきた。
いやだわ。ほほほほ。生きるのを諦めたくないけど死ぬときは淑女でありたいわ。
私が心の中で謎の取り繕いをしてることも知らず、男は淡々と続ける。
「お嬢ちゃんが生きていると、『ひろいん』様が困るんだとよ。王子の心が手に入らないとかで」
「!?」
え?どうゆうこと?
じゃあ、さっきの追手は、この男は、クラウス様の指示、じゃ、ない?
ヒロインの、セラフィナ様の独断なの?というかヒロイン?セラフィナ様も転生者?それとも転生者の協力者がいるとか?
え?え?でも……クラウス様はあんなに憎々し気に、婚約破棄をしてたじゃない?
それってセラフィナ様のことを好きになって私のことが嫌いになったからじゃないの?
セラフィナ様はしなくてもいい心配をして、こっそり私を殺そうとした?……待てばいずれ死罪になったはずの私をわざわざ、どうして……
そもそも自宅待機のはずの私が逃げ出すと疑われた時点で、先に殺さねばと思ったのかしれないが、もう頭が朦朧としていて、うまく考えがまとまらない。
痛みも感覚も、もう感じなくなっていた。
「ん、以上。じゃあこれで終わりだ。さいなら」
男はアマリアの腹に刺さった剣に手を伸ばした。
あ。とどめは刺すんだ……
天頂に出た月が、自分に突き刺さった剣を薄っすらと照らす。
信じれない物を見て、目を疑った。
……これ、失われていた……呪われた、聖剣?なぜ……ここに……
ここで、この世界の私の人生は終わった……
……とはならなかった。
「ぬ?なんだぁ?抜けねぇ」
男は私の腹に刺さっている剣を抜いてとどめを刺そうとした。だが、剣は引いても揺らしても私からさっぱり抜けなかった。もちろん私が押さえて留めているはずもない。どうやら貫通して岩に刺さってしまったようだ。
……ていうか剣ってホントに岩に刺さるんだ……?
男はとにかく剣を抜こうとして、剣を揺さぶるがそれすらもうまくいかない。
ちょっと!痛い!痛いよ。いや、もう痛くないけど!腹の上で剣をぐりぐり動かされると!心がっ!心が痛いでしょっ!
呪われた聖剣(?)はさっぱり抜ける気配がない。
***
私は王宮で以前、クラウス王子にこの聖剣の絵とレプリカを見せられたことがあった。
「この聖剣はね、昔の魔族との闘いで活躍した祖先が使っていたものなんだ。その戦いの最後に聖剣で魔王は倒れた。そして魔王はその聖剣を呪ったと伝えられている」
「どのような呪いなのですか?」
「聖女の血を求める、と言われている。それ以来、王家は聖女の血を定期的に聖剣に捧げてきた」
「えっ!?血を?」
なにその魔剣。捨てたほうがいいんじゃないの?って、レプリカだったわ、これ。
「放置するとね、人を惑わし聖女を殺そうとするんだ。でも聖女の血を一定数吸えば呪いは解ける。ならば、安全に隔離して、時々血を飲ませてやった方がいいだろ?少なくとも当時の王はそう考えた」
確かに、そうかも?あれ?でも、じゃあ今本物はどこに?封印の祠の地下深くに封印してあるとかかしら?
「50年前、この呪われた聖剣が盗まれた。以来ずっと……探している」
「えっ!?でも封印は?封印はされたまま、なんですよね?」
「封印はこの聖櫃でされていた。今、封印は、ない」
思えばこの話は王太子教育が終わった時にされたのだったか。結婚もほぼ本決まりで、だからこんな重要な話をしてくれたのだろうと思う。
「盗まれて1年が経過したころから、聖女の暗殺や行方不明が続くようになった。最初の年で分かっているだけで十名。次の年にはその半数。聖女の数も減り、結果として被害の人数もだんだん減っていったが、間違いなく呪われた聖剣が原因だ」
「…………」
「聖剣に殺された聖女は死体が残らない。知られていない聖女の卵を含めていったいどれだけの被害があるのか」
クラウス王子はそう言ってしばらく目をつむっていたが、こちらを見てはっきりと言った。
「このことでアマリアにも迷惑をかけると思う。だが、王も私も、自分たちの代で解決したいと思っている。だから…………すまない」
王子はそう言った。自分にはその重みも辛さも、図り知ることが出来ない。
だから……せめて。
「気にしないでください。私には、まだ王家の抱えている苦悩は分かりません。でも……クラウス様を信じます」
そう言ったときの、クラウスの表情が、なんだか忘れられなかった。
***
……この、剣が、あの聖剣?本物の?本当に?いや、でも、あの時と同じ見た目で……
この見た目が、外部に流出していたとはとても思えない。自分ですらあの王宮の奥でしか見たことがなかったのだから。
血を吐きながら剣を見つめる。男は抜くのにまだ必死だった。
だが……剣は徐々に光りだすと、男を、弾いた。
「がっっあ!?……なんだぁ??嬢ちゃん、もしかして聖女、だったのか……?」
私と男は、ただただ茫然と、その聖剣、呪われた聖剣を見つめた。
「……あ?」
剣は突如、吹き出ていた私の血を吸収し始めた。
「あ、あ、あ、あ、ああああああああああっ!」
血だけではない、自分が浸食されていく……!
「聖女……喰い……はっ、はははは、はははっははははは!これが!……そうか、だから」
男がなにか叫んでいたが、もう聞き取ることは出来なかった。
ただただ浸食される、喰われる、その苦しみが自分を襲う。
「オレの仕事は終わりだ。依頼主に踊らされてるのは気に入らねぇが、聖剣は予定通り返してやるさ。じゃあな!」
森はいつしか静けさを取り戻した。
王の騎士団から、森の中で失われた聖剣と思われるものが発見されたとの報告があったのはその半日後だった。
聖剣は森の入り口にほど近い岩に刺さっており、誰も、抜ぬくことが出来なかった、と。そして、そこには薄紫のドレスが一緒に刺さっていた、と。