17.譲らざる得ないものこれからの日常?2
──王都、とある宿──
「そういえばお前ら、食事は必要なのか?」
アマリアは目をぱちくりとさせた。
「聖剣としては、いらないけど……」
「確かに聖剣といて祭られている時は必要なかったわ。でも……」
しかし表情は、微妙に悩んでいる表情をしている。
『これはアマリアの表情かな』とルーカスクローは思った。
言い方も含めて、違いがなんとなくだがわかってきた気がする。
「王宮に連れられて行ってから謁見の直前までは普通に食事をしたわ。だから「できる」のは分かるのだけれど、不要かどうかまでは何とも……分からないわ」
「剣に戻れば、アマリアの肉体はリセットされる。だから要不要で言えばいらないと思うけど、人の体でいる時はお腹空くだろうし、ルーカスと同じタイミングで食事をした方が自然じゃないかな」
一見まともそうな提案だが、驚くことをデューンは言った。
「え?リセット?それって……太ってもこの体形に戻るってこと?」
アマリアの表情が、ぱぁぁぁっと明るくなる。
喜色満面とはこのことだ。デューン相手に話している内容だが、物理的に聞き手がルーカスクローしかいないので、どうでもいい内容の割に無駄に満面の笑顔を振りまくアマリアに同意を求められ、少し引く。
「喜ぶとこ、そこか?つまり、ケガとかしても剣に戻れば元通りなんだよな?それはいいな」
「まあ、欠損しても元に戻るけど、ケガすれば剣の時と違って痛いだろうし、欠損だと復旧にかなり魔力使うから、できれば避けてよね」
「えっ!?欠損!?鳥肌立つようなこといわないでよ。間違っても囮とか自爆攻撃とかやらないでよね」
「さすがにそんな鬼畜なことはしないが……」と言いながら、何か言いにくそうにチラリとアマリアを見る。
痛い想像でもしているのか、鳥肌をなだめるように両腕をさすっている。
「あー。もしもの話だぞ?肉体が致命傷だった場合はどうなる?」
「────」
アマリアは、すっと考えに沈んだ。これはデューンの方だろう。
「正直、分からない。そもそも肉体を持てたのも初めてのことだし。前例だけでいうなら、『使い手』さえ生きていれば、聖剣は復旧できる」
聖剣が復旧できるのであれば、デューンは大丈夫なのだろう。そして聖剣が作り出すアマリアの『肉体』も再現可能かもしれない。
だが……
デューンはそれ以上言わない。
『分からない』それが全てだ。
ルーカスクローも、それを察してただ頷く。
「ようするに、今度こそ『人生一度きり!』と心に刻んで死なないようにしたらいいのよね」
空気をぶち破ってアマリアは、「ふんすー!」と握りこぶしを作る。
いつの間にか体が動かせていることに全く気づかぬまま、明後日の方向に何やら誓っている。
目をぱちくりさせたルーカスクローは、ぷっと吹き出して笑った。
「危なくなったら剣になっておけ。そうしたら俺が何とかしてやる」
「ふふ。うん、ありがとう。当面は足手まといにならないよう頑張るわ。あ。ねえねえ、前例があるってことは、欠けたり折れたりしたことがあるの?」
一瞬、変な空気が流れたのは分かったが、いつの間にか元に戻ったことに安心して、アマリアは、ここぞとばかりに疑問を口にした。
「欠けたことも、折れたこともあるかな。どちらにしろ元の硬さに戻るのに少し魔力と時間がかかる。魔力で時間短縮は可能だけど、『使い手』の魔力か自然からの魔力じゃないと受け付けないからなぁ」
「自然から?って例えばどうやるの?」
自然界にも魔力のようなエネルギーが流れていることはここ十数年で拡まってきた話だが、それが魔力なのか他の力なのかはまだまだ議論が生じているところだった。
その力のことを言っているのだろう。
「剣の状態でいることが大前提だけど、旅の間とかであれば、地面に刺しておいてもらえば、勝手に吸収して回復する。早めに回復させたいときは、そういったエネルギーが溜まりやすいところに置く。そうだなぁ、大樹の根本に置くとか土に埋めるとか、滝に曝すとかかなぁ」
「へぇ」と声に漏らす。アマリアの聖女としての能力で、そういう場所が分かったりすればいいのだけれど。
今度、自然の中を歩くときはちょっと意識してみよう、と思うアマリアだった。
「でも、自然界のエネルギーより、『使い手』から魔力もらった方が早いし効率もいい。一緒に転がしとけば、両方とも回復するからな」
「……あ!」
ルーカスクローが急に声をあげた。
「そうか!だからあの朝、近年まれにみるほど調子がよくな、って、た……」
突然、あの朝の抱き枕事件と感触を思い出し、失言を自覚する。
二人ともほんのり顔が赤い。
何を言えば良いのかわからなくなって、とりあえず元々考えていたことを口に出す。
「あー、すまんが、寝てる間は聖剣に……剣の状態に戻ってもらうってことでいいか?その方が自然界からのエネルギー?とやらを充填できるみたいだし、色々、その、安全だし」
そう。それが問題なければという前提だが、元々考えていたことだった。
聖剣であるデューンが剣になるのに問題があるはずもなく、これはアマリアに対する確認だ。
部屋を別にする方がアマリアにとっては良いのかもしれないが、見た目もその実も宝剣である聖剣を手元から放し、離れた部屋に置くという選択肢はリスク上ありえなかった。
なによりアマリアにとって、就寝時は剣でいた方が一番安全だ。
就寝中に奇襲攻撃を受けても絶対死なないのだから。
だというのにアマリアの視線はジト目だ。
なんか視線が痛い。
この話をしたタイミングも最悪だった。
しかも何に対して謝っているのかも分からない。
だがルーカスクローにとっては、あの朝の件があったがゆえに、今後のことを考えていた結果だったのだ。
あの朝のことを思い出して、この話を切り出したのは必然だった。
「あっ!?いや?そもそもお前の安全のため……いやっ!?俺からのじゃないぞ?外部からの攻撃とかだからな?あと『剣だから一緒の布団で寝ていいよな』って意味でもないぞ?!……ついでに自分の体調回復とか思ってないからな?部屋代浮かそうとかも思ってないぞ?」
思いつく限りのフォローをするルーカスクロー。
言っていることは間違いなく本当で本心なのだが、最早ここまでくると失言に失言を重ねているだけのただのダメ人間だ。
本人もその自覚があるのか、さらにドツボにはまる始末である。
アマリアの続くジト目攻撃を見て、「なんであの朝、急に人間になったんだよ……」とデューンに対して愚痴っていたが、やがて「あの朝はすまなかった」とアマリアに謝った。
ちなみに、あの朝、突然人間になっていた理由としては不可抗力だが、原因は実はルーカスクローにあった。
聖剣がアマリアを喰らい、呪いが解けるなどの複数のプロセスを経て人体化できる条件が整ったあと、人体化に足りないものは『使い手』の魔力を残すのみとなった。
つまり人体化するスタンバイ状態で『使い手』が現れるのを待っていたということだ。
その上、長い間の、呪いと『使い手』不在の影響で、デューンの目覚めは遅れた。
アマリアだけがその人体と共に具現化されたというわけだ。
今後は自動的に人体化することはない、という話を聞いて、アマリアはようやく「しょうがないわねぇ」と提案を承諾した。
アマリアもそこが落としどころだろうとは思っていた。
というか聖剣の方が本来の姿なのだから、アマリアがアマリアでいることで迷惑をかける訳にはいかない。
しかし、あっさり了承するのもなんだか……なんだか、そう、この世界で培った淑女心がどうにも納得しなかったのだ。
ただそれだけだ。
「よっし!じゃあ買い物がてら、飯行こうぜ!」
勢いよく立ち上がるルーカスクローを見て、アマリアは「ご飯、食べたかったのね……」と思った。




