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鬼譚蒐  作者: 錦木
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十一、

 海が見たいと言っていた。

 そこはどんな場所なのかと俺に聞いて、無邪気に目を輝かせていた。

 その気持ちに、言葉に偽りはないだろう。

 あいつほどではないが、俺も人の心の内を見るのには長けているつもりだ。

 目で見たものは信じられる。

 簡単に諦めてるな。悟った振りをしているんじゃねえ。

 死ぬのにはまだ早いはずだ。

 お前だってまだ生きたいはずだ。

 ならば、最後まで足掻け。

 それに喰うものというのは活きが良いに限るというのが俺の一つの信条だ。死んだものもそれはそれで美味いのかもしれんが少なくとも俺の好みではない。

 ここでみすみす死なせるつもりはなく、神だろうが仏だろうが獲物を横取りさせるつもりは微塵みじんもない。

 あいつは俺が喰うと決めたのだ。


 西の森は静まりかえっていたが、奥の方ではあからさまに人の気配がしていた。

 あっちか、と思い俺はふんと鼻を鳴らす。

 森の土は湿っている。最初は雨の影響かと思ったがそうではない。

 俺が訪れた頃からずっと森の地面は水を含んでいる。

 となれば近くに水場があるのだろう。どぶ臭いことから(かんが)みれば池ではなく沼だろうか。

 生贄を投げ込むとすれば余程深いのだろうと俺はそこまで想像する。

 水神信仰。

 古来の説話や神話から蛇はその代表だ。他にも龍や蛙など水辺の生物と信仰の結びつきは深い。水は人々に豊穣をもたらす反面、氾濫などで命を奪っていく。

 その理不尽さや不条理を屈服させよう、操作しようと思うところから人々の祈りや信仰心は生まれるのだろう。

 そして、話の筋としてその神は生贄を求めるというのもありきたりの話で。

 そのありきたりの話の多くでは、生贄を求めるものなんてのは。

 神などではない偽物である。

 森の木々の間を抜けながら俺は思考する。

 獣の吠える声が闇の深い空に吸い込まれていった。

 どこまでも果てしない闇。

 それは外だけでなく、俺の心の内にもある。

 己の身の内に渦巻く虚。それに気付いたのはいつだろう。

 俺が、求めるもの。

 そんなものはずっと前から、なかった。

 目的も理想も希望も持たぬままに俺は恒久的に続く時の中で流れながら生きてきた。

 だから、あいつが求めるものにきっと俺はすがろうとしている。

 そこで何かが見つかるかもしれないから。

 無常に過ぎゆく時の中にも何か、意味が。

 森を駆けているうちに、いつの間にか夜が更けていた。

 西の空が紅と紫を混ぜたような、目に痛い色に染まっていく。

 禍々しい瘴気がその地点に集まっていた。

 あそこか。

 俺は目をすがめ、その方向に向かって駆けていった。


 沼の淵ではすでに祭祀の準備が整いつつあった。

 香を焚く甘い匂いと何かが焼ける匂いが煙に乗って漂ってくる。その空間を白装束に身を包んだ村の人間が行ったり来たりしている。

 見つからなかったら少々面倒なことになると思っていたが。

 これは実にわかりやすくて、いい。

 まどろっこしいことは嫌いだ。

 俺は声も上げずそこへ飛び込むと何も思いわずらうことなく、素手で破壊を開始した。


「うわっ」

「なんだこいつは……っ!」


 唐突な奇襲に逃げ惑う村人に構わず、俺は暴れまくる。

 たまったものを吐き出すように。嵐の空が荒れ狂うように。

 祭壇を奉納品を、あらゆる呪いの品を。

 壊して潰して、投げ捨て、踏み砕く。

 周りの人間の声はこの際無視する。

 祈りの力は信仰から生まれる。そして、祭壇や奉納品などというのは目に付く分かりやすい依り代だ。

 神を無力化するためにはこの場を破壊し、奇妙な儀式を終わらせることが先決だと俺は判断した。

 一通り暴動が終わるとばらばらになった残骸の上に立ち、俺は広場の中心に仁王立ちになった。

 一気に視線が集まる中央で俺は胸を張り、大音声で村人に問い質す。


「おい手前ら。誰でもいい。知っていることを話せ。神とやらはこの沼にいるんだな?」


 広場は一瞬静まりかえったが、すぐに喧噪という混沌の中に落ちた。


「なんだあれは……」

「人か」

「いや、もののけの類いではないか」

「おい眼が金色だぞ」

「化け物……」


 その言葉が流布していく。

 バケモノ。

 細波さざなみのように、それは広がっていった。

 村人の目が敵意と畏怖に染まっていく。

 最近は忘れていたが、その反応こそが世の常だった。

 やはり、あかつきは異常なのだ。常とは異なる。

 まあ俺より異常なやつなんてそうそういないがな。

 その時、不意に人の囁きがやんだ。

 すわ、武器を持った村人が到着し本格的な戦闘に入るのかと少し面倒くさく感じたがそうではなかった。

 村人たちは地に手を付いて倒れ伏し、何かを熱心に崇め始めたのだ。


「おいでなさったぞ」

「おお、神よ……」


 神。

 その言葉に俺は即座に反応する。


「おい、どけ」


 村人を押し退け前に出る。

 すると、そこには夜の闇に紛れて何かとてつもなく巨大なものが立っていた。

 俺は息を飲んで立ち尽くす。

 何だ、こいつは。

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