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誰に語れば良いか分からない話題であるから俺の一人語りだと思って聞き流して欲しいのだが、正直鬼なんてロクなもんじゃない。いや、ロクなもんじゃないという存在としては人間もどっこいどっこいだが鬼はそれと同じかそれ以上だ。
まず、俺たち鬼の多くは人間と同じ姿をしているくせに人間を喰う。当然人間には嫌われる。嫌われるなんてソフトな印象じゃないな。言い方が生温い。
むしろ、憎しみの対象だ。憎しみの反対は無関心だと言うならさすがに人間は自分を喰べる獣のことに無関心ではいられまい。憎しみから、時に俺たち鬼は問答無用に狩りの対象になる。現在この世界の表を牛耳っているのは他ならぬ人間様なんだから消されても俺らは基本的に文句も言えない。文句は言えなくても反撃はするんだけどな。
大体からして鬼という呼称の始まりは、見えない存在という意味のおぬ、漢字で書けば「隠」から来ていると言われている。俺たちは基本見えない、インビジブルな存在なのだ。だから、それなりの振る舞いをしなきゃいけないとか、難しいことは分からんが色々決まりがある。
そして、人間も俺らにとっては脅威の一つであるがもう一つ大きな障壁、浮世を歩いて行く上で大きな壁がある。
鬼ははっきり言って怪異、魑魅魍魎の中でも強者と言ってもいい存在である。最強と言っても過言ではない。言い過ぎではないのだ。
だから、最強の存在であるからこその最強の敵とまで言えばもう察しがつくとは思うが、俺たちにとって一番の敵は同族。他ならぬ鬼である。
鬼は個人行動が多数で基本的に群れない。まあ仲間を増やすという一部の例外はあるが、自給自足が通常運転だ。
俺たちは燃費がよく、月一で人間を一体くらい滅茶苦茶に犯せば(誤解がありそうな言い方だが要するに食事するっていうことだ)持ちこたえることが出来る。その間は他のものを喰うなり、極端に言えば何も喰わなくても平気である。生命力が強いのだ。ただし、ここにも問題がある。この文明化が進んだご時世ぽんぽん人を狩って喰うことは出来ないし、弱い奴では狩りに負けることで食事が出来ないものも出る。まあ、都合良く人間に自殺志願者でもいれば別なんだろうが。
その結果どうなるかは火を見るより明らかだ。
適者生存。弱肉強食。
強いものが生き残り、弱いものが死ぬ。
結論を言えば俺たちは飢えを凌ぐために鬼同士共喰いを始めるのだ。
強い個体が弱い個体を喰って渇きを癒やす。腹を膨らませてその日を生き長らえる。俺たちは見えない存在なのだ。人間という、わざわざ見えやすい、こちらが見つかりやすい存在を狩るよりはリスクが低い。
実に簡単な話だ。そして、ロクでもない。
以前にとある奴が言っていた言葉をふと思い出す。「同族で殺し合う人間に嫌気がさして怪物にしてもらったのにこれでは何も変わらぬ」と。当たり前だ。禁断の果実を食べた人間という生き物だけが罪深いわけではない。
そう言ってそいつは俺が喰って仕舞ったんだがな。
ともあれこの世を貫く理は一つ。誰しも血に塗れて地を這い、他のものを踏みつけ、殺し生きている。そしていつかは死ぬ。
生きているだけで罪深い。
ましてや鬼なんてロクなもんじゃない。
「ということで止めとけ」
以上の内容を蕩々と語った俺を憐れむように見て(決して頭が残念な人と思われていなければいいが)、しかし少女ははっきりとした口調で同じ言葉をもう一度言った。
「それでもいいんです。私を鬼にして下さい」
それしか言えねえのか。
少女の顔は真剣である。それしか方法がない局面まで事が差し迫っているのが分かる。それしか方法がないと思っている。
たったひとつの冴えたやりかた。
「いいぜ、話を聞いてやる」
そう言った俺に縋るような目を少女は向けてくる。
「そこまでなりたいっていうなら何か理由があるんだろ。それを話してみろよ」
鬼にして下さいと突然来て言われてはいそうですかって訳にはいかねえが、事によっては俺の仕事の領分かもしれないし、手を貸してやってもいいかもしれない。勿論、こちらもただでというわけにはいかないが。
「分かりました。今から私が何故あなたの元を訪れたのかと、我が家に起こったことをお話しします」
それは結構。我が家って言うことによると家族に関係があることか。まあ、この年頃の娘なら人間関係的に問題があるとすれば、家族か友人関係くらいだろう。
「それでもう一つ聞いてもいいか。あーんと、胡桃」
「何でしょう」
「俺が何故縛られているかまだ聞いてない気がするんだが」
それはですね、と言って胡桃が話し始めたことによると曰く、『始末屋』である俺の存在のことを、助けを求めているときに人づてに聞いたこと(人を鬼、血族にしたことがある俺なら何かしてくれるのではないかということまで)。その情報を頼りに現在俺が居所にしているという情報のホテルに来てみれば、俺が何かの仕事を終えて傷だらけになってベッドに倒れ込み、寝こけていたところを連れ出したこと(一週間前に俺はある事情で働いていたがそれは仕事ではなくて、個人的な野暮用の戦闘であった。まあそれはそれとして、少女に動かされて起きないとはどれだけ熟睡してたんだ俺)。俺に危害を加える気はないが万一暴れられた時、力では勝てないし話の途中で逃げられたら困るということで話を聞いて貰う間は拘束しておいた方がいいと情報の提供者に言われたし自分もそうするつもりだ、というところまでを丁寧に語ってくれた。
完全に野獣扱いである。逃げねえよ。
ふむ。とりあえず、この少女が抱える問題が終わったらその情報提供者とやらを探し出してシバき倒さないといけないな、と俺は思った。
ふと見ると少女が怯えたような不安そうな目でこちらを見ている。
心の声が出ていたらしい。
「ああ。何でもねえこっちの話だ。人間側でも鬼の側でもねえ公平なジャッジが俺の売りでな。協力するかは話を聞いてからだがまずは話してみろよ」
唇を引き上げて笑ってみせる。これでも人好きのする笑みだとは言われるのだ。
若干目を白黒させたまま少女こと渡辺胡桃はぽつぽつと話を始めた。
血に塗れ、欲に塗れた物語。
聞くだに血生臭い、鬼がやってきた話を。