2.
見渡す限りの赤だった。
これが緑だったら草原の綺麗な風景でも連想するのだろうが、あたりは綺麗なまでに何もない所だった。
何もないというのは違うか。
どこまでも殺風景に朽ちていて、死が蔓延している。
しかし、骨や拷問器具といったあまり歓迎できない装飾物の類いは落ちていた。
そんな火炎の噴き上がる赤土の、見る限り紅の大地が目の前に広がっている。
俺はぐらぐらと揺れる足下の小舟から不毛の地に降り立つことにした。正直降りたくはねーが、他に行き場もないみたいだしな。
何でこうなったのかは、僅か数時間前に遡る。
その時、俺はどこまでも暗い水面を走っている小舟の中で寝転び、今回の仕事に失敗したことに気付いた。
楽な仕事のはずだった。少なくとも俺はそう思っていたのだ。
怪異の蔓延る裏の世、俺たちの歩く夜の世界とは関係のない素人の家から、怪異絡みの屏風を回収する。それが今回の依頼だった。俺はたったそれだけの仕事でしくじったのだ。
件の屏風は初めて目にした時、美術に全く造形のない俺でも瞠目するような美しくも壮絶な品だった。
描いてあるのは一目見ただけで目を奪われるような地獄絵だった。赤く燃え上がる炎に色々な方法で拷問され、引き裂かれる亡者たち。それを追う獄卒である鬼までまるで絵から飛び出してくるようだった。
ただし、話に因ればこれは『飛び出して』くるのではなく逆に『触れた人を飲み込む』という曰く付きの絵で、訳あって絵に直接触れるというへまを侵した俺はまんまと絵の中に吸い込まれた訳だ。
全く。何をしているんだか。
後でクライアントに何と言われるかより、自分自身の仕事に対する体たらくが俺は許せなかった。情けなかった。
はっきり言って自己嫌悪だった。
へまをするなんて昔の、全盛期の俺なら考えられなかったことだ。しかもまだ脱出の手立てさえ見つけられていない。
未だ死んだ訳ではないが衰えたか、と本気で思った。だとしたら引退でも考えた方がいいかもしれない。見た目が老いない分、質が悪い。
ここが俺の死に場所か、と思った。浅い舟底から見上げれば鈍色と血煙の赤が混じった色の空がどこまでも、無間世界まで広がっている。
そのまま見上げていると、空が高くて遠すぎて心の底が澱のように沈んでいくのを感じた。
いかん。マイナス思考にはまっている場合じゃない。
俺らしくもない考えだ。腹が減っているからか、と服の上から腹部を押さえる。
このところ、一月どころか二月三月ほど人間の血肉を喰っていない気がする。このままでは本当に餓死してもおかしくないが、なんせ食欲がないというか腹の底から沸き上がってくる欲求がない。一体全体どうしたんだ俺は、と本気で思った。
多分どうしてもないんだろう。元々丈夫で健康だけが取り柄なのだ。
もやもやした気分を抱えたままそうこうしているうちに岸に辿り着き俺は赤土の地に降り立った。
ここで場面は冒頭に戻る。
さて、どーすっかなと思った。
見通しが立たない以上進むしかないんだろうが、一体どこへ?当然地獄に来るなんて初体験のことであるし方向感覚さえないようなものなのだ。
とりあえず今やってきた方向である岸と反対に進み続ければ何か状況を打破するものがあるだろうという我ながら安直な考え、清々しいほどのノープランで歩き始めようとした時だった。
目の前に誰かが立っていることに気付いた。身体はでかいが、見た感じそいつは子供のようだった。




