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「ほら。これを見るんだ」
七宮は後ろから俺を抱きしめながら、左手に付けられたアガサの画面を見せる。
そこには、人間の死体発見だとか、警察学園へ連絡だとか、そんなメッセージが表示されている。
「このアガサには、人間の死体を検知して通報してくれるシステムがあるみたいだ。そして通報先は、この未捨理学園とその姉妹校である警察学園みたいだね」
七宮が言った。
「警察学園? 普通の警察じゃなくて?」
「まあ、警察学園は警察の勉強をする学校だから、似たようなものだよ」
「いや、そんなわけないだろ」
俺は思わずツッコんでしまう。
「緒方君。君は標的側の生徒だから、事情を知らないんだよ」
「標的側? さっきから七宮は何を言っているんだ?」
すると七宮は、少し間を置いた。
「緒方君。裏社会には大抵、その専門の教育システムがあるものだ。それらは現在の法を巧みにすり抜けて、摘発できない。ならばいっそ利用してしまおう。そうして出来たのがこの未捨理学園なんだよ。探偵を育てるには、殺人鬼が必要だ。同様に、強力な殺人鬼を生み出すには、探偵という障害が必要でもある。表社会と裏社会が手を組んで出来た学校なんだ」
七宮の言葉を、俺は疑わずにはいられない。
「疑っているね。でも可笑しいと思わないかい? 毎月全生徒に、成績に応じたポイントが付与される。基本は15万だったね。今の学園の生徒数が500人。つまり毎月7千5百万の費用だ。となると年間9億の費用となる。高等学校がポイント制の運用だけで9億だよ? ありえないだろう」
確かに。俺も最初は、何だか大きい数字になりそうだなあ、程度の感覚だった。しかし計算された数値を出されると、おかしいと確信できる。
「だからこの学校には、標的とされる生徒がいる。この生徒は、生きているだけで実害が出たり、死ぬことによって多大な利益をもたらすような、つまりは死んだ方が国のためになる人間だ。この標的となる生徒が教育の一環として殺されることにより、学園に莫大な利益が生まれる。だからこんな無茶なシステムが運営出来ているんだ」
とんでもない理屈であるが、俺には筋が通っているように思う。だからこそ、リアリティも感じる。
「流れはこうだ。殺人鬼の生徒が標的の生徒を殺害する。探偵の生徒が犯人を突き止める。犯人を突き止められたら探偵の勝ち。犯人の正体が分からなければ犯人の勝ち。そして勝者には賞金としてポイントが付与される。これがポイント制を導入している真の目的だね」
七宮の説明を聞いた限りでは、つまりこういうことだ。
坂柳は標的の生徒だった。そして殺人鬼の生徒によって殺された。
「確か、俺も標的だって言ったよな」
「ああ。探偵と殺人鬼には、予め標的の生徒の名簿が渡されている。つまり君も坂柳さんも標的だってことは、この学園にいる全ての探偵と殺人鬼に筒抜けなんだよ」
「つまりは俺も、いつかは殺人鬼に殺される……」
俺は絶望せざるを得ない。何がどうして、こうなってしまったのか。
「坂柳さんは、恐らく資産家か何かのご令嬢だろう。本人に悪気がなくても、生きているだけで狙われることもある。緒方君はその類なのかい?」
「いや。ただの一般人のはずだ。この学園の費用だって、高くて親が嘆いていたくらいだからな」
「ふむ。それは可笑しいな。緒方君。君は本当に、正規の手続きを踏んで入学したのかい?」
と七宮は尋ねた。そして俺は、一つ思い当たることがあった。
俺は中学浪人が確定していて、父がたまたま不審人物の落とし物を拾い、それがこの未捨理学園の入学申込書で、それを自分の名前に書き換えて申し込んだという事実。明らかに、正規の手続きではない。
不審人物の落とし物なんて、拾ってはいけなかったのだ。