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 ツン、と鼻孔が刺激された。血生臭い匂いが、部屋に充満していることに気が付いた。


 俺は鼻を押え、それをまじまじと見る。


 俺の目の前には死体があって、それが先ほどまで絡んでいた坂柳だという。


 その事実を認識した途端。急に恐怖が押し寄せてきた。


 怖い。逃げなきゃ。


 ただ純粋に、そう思った。そして俺は、左脚を一歩後ろに引いた。後退りの動作だ。


「駄目。逃げないで」


 その言葉とともに、俺の両肩が手で優しく押さえられる。声の主は、恐らく七宮だ。


「分かるよ。怖いだろう。逃げたいだろう。でも、逃げてはいけない。逃げることで、一時的に恐怖心は和らぐかもしれない。しかしそれだけだ。むしろ逃げることで、大事な何かを失ってしまうかも知れない」

「大事な、何か……?」

「手がかりだよ」


 七宮が答えた。


「手がかり、だって……?」


 俺はへたり込む。何を、探偵みたいなことを……。


 探偵。ああそうか。この偉そうな物言い。まるで探偵のようだ。


「ほら。よく見るんだ。きっと君にしか、分からないことがあるはずだ」


 俺は半ば放心状態で、坂柳の死体を見る。座り込んでしまったため、俺の視点は低い。すると自然に、彼女のスカート付近が視界に入る。


 スカートから伸びる脚は、ガニ股気味に開いていた。だからスカートの中が見える。


 普通のパンツだ。白い、普通の、魅力的で、俺好みのパンツだ。


 俺好み……俺好みだって? センスがないはずの坂柳が?


「違う」


 俺は呟く。


「何が違う?」


 彼女が深く掘り下げる。


「坂柳が今朝履いていたパンツは、虎柄だった。でも今は、普通の白いパンツだ」


 俺が言うと、七宮はクスッと笑った。


「上出来だよ。緒方君」


 その言葉に、俺は何だか嬉しくなってしまった。そしてその感情に、俺は違和感を感じた。


 気付けば、俺はすっかり落ち着いてしまっている。俺好みの女子が。ヒロインが殺されてしまったというのに。


 落ち着いたことによって、ようやく頭が冴えてくる。坂柳はどう見ても殺されている。そして俺は、第一発見者だ。


「違う。違うんだ七宮! 俺は……やったのは俺じゃない!」


 俺は叫ぶように、七宮に主張した。


「大丈夫。大丈夫だよ」


 七宮は俺を優しく抱きしめる。そして宥めるように、何度も、大丈夫だよ、と言ってくれる。


 悔しいが、俺はその優しさに縋るほか無かった。


「私は信じているよ。緒方君はやっていないってね」


 ギュッと、七宮はより力を込めて抱きしめた。その締め付けがあまりに心地よく、すっかり俺は落ち着いてしまうのだった。

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