3
数十分後。学校に辿り着き、そして入学式を終えた。
その後は、教師によって自分のクラスに案内された。教室に入ると、黒板に張られていた座席表を確認する。
「ああ、ほら。やっぱり」
おっと。つい呟いてしまった。まあしかし、この座席表を見たら仕方があるまい。何せ俺の席は、窓際の一番後ろの席。物語における主人公ポジションだ。やはり俺は主人公だったらしい。
俺はそのまま、座席表を見る。俺の隣の席は、坂柳 楽々という名前らしい。明らかに女子だ。きっと可愛いに違いない。
俺の席の周りには、誰もいなかった。坂柳の席には、鞄が置かれている。つまりはもう、この教室内には居るのだろう。
とりあえず俺は、自分の席についた。鞄を置く。中身を取り出して机にしまう。そうしていると、隣から物音がした。俺は振り向く。
「あっ」
二人の声が重なった。俺の声と、隣の席の女子の声だ。その子は恐らく、坂柳楽々である。しかし俺の目には、先ほど俺に自転車で突っ込んで来た、虎柄パンツの女子の姿が映り込んでいた。
つまり俺の隣の席である坂柳楽々という人物は、虎柄パンツの女子と同一人物ということだろう。
「最悪。変態が隣だなんて」
と坂柳は悪態をついた。
「おい。誰が変態だ。あれは不可抗力だろ。そもそも、お前が自転車で突っ込んで来たのが悪いじゃないか!」
「はあ? じゃあなんでずっと見ていたのよ。不可抗力なら、すぐに目を反らしなさいよ!」
「そりゃお前、女子のパンツなんて滅多にお目に掛かれないんだ。凝視するに決まってるじゃねえか!」
「ほら、やっぱり変態じゃない!」
「あっ……」
なんてことだろう。俺はあっさり論破されてしまった。
しかしだ。坂柳とそんなやり取りをしながら、俺は確信した。
これはラブコメの流れだ。最初はいがみ合っていた二人は、次第に打ち解けていき、そして最後には……。
黄金の流れに、しっかりと沿っている。しかも相手は……。
俺は坂柳を見る。容姿端麗。ラブコメにぴったりな、ハチャメチャな性格。きっとこれはツンデレだ。今はツンの時期だろう。
ほら。ヒロインにぴったりだ。しかも俺は、坂柳のパンツを見ている。そしてそのことを、お互いに認識している。さぞかし坂柳は、俺のことが嫌いに違いない。
そう。嫌いなのだ。好きの反対は無関心であるという。つまり、俺と坂柳は一歩前進している。坂柳が俺に惚れるのも、時間の問題なのだ。
*
そうこうしている間に、担任の教師がやってきた。女性の教師だ。
彼女はまず、自らの自己紹介を簡単に済ませた。
「それでは、この学校の説明をもう一度おさらいしましょう」
次に彼女は、学校の説明をし始めた。
未捨理学園。この学校にはいくつか、普通でない特徴がある。
まず、全寮制であること。ここの校舎内には寮が設営されている。生徒たちは全員、その寮に住む必要がある。
次にポイント制であること。生徒たちは現金の使用が一切禁止される。その代わりにポイントを使用して生活をする。校舎内には様々な商業施設があり、全てポイントを消費して利用することが可能。よって現金が使用できなくても不便なく生活できる。
ポイントは毎月付与され、成績によって付与額が変動する。
またポイントの管理は腕時計型デバイスで管理される。デバイス名は”アガサ”。アガサにはポイント管理機能の他にも、スマートフォンの基本的な機能が備わっている。例えば通話やチャットなども可能だ。
校舎内にある商業施設での支払いなどは、このアガサを端末にかざすことで決済することができる。
なおポイント制度を徹底させている理由としては、生徒の自主性を育むためだそうだ。そのため生徒である間は、両親との連絡も一切できないらしい。
ポイント制だったり、校舎内に商業施設があったり、アガサというデバイスを使わされたり。本当にユニークな学校だ。
「説明は以上です。では皆さん。簡単な自己紹介をしましょうか」
先生が指示をして、生徒たちが順々に自己紹介をした。
そして俺の番がやってきた。
「緒方 礼二です。こう見えて、空手とボクシングをしていた経験があります。運動神経にも自信があります。よろしく!」
俺が自己紹介を済ませると、拍手がパラパラと響いた。
おかしい。何だか微妙な反応である。空手とボクシングをやっていた、と言えば必ず驚く反応が見られたのに。どうもヒソヒソ声ばかりが聞こえてくる。
いや、何人かは関心しているようだ。パラパラと拍手が鳴っているのは、その人達のものらしい。
「ふん。ざまあないわね。登校中に私のパンツを見たのを、みんな知っているんだわ」
「おいおい、嘘だろ……」
「最低な高校生活の、始まりね」
坂柳は皮肉を言い残して立ち上がる。
「坂柳楽々です。私は普通の人間が、大っ嫌いです。なので有象無象の皆さん。私には話しかけないように」
そう言い放つと、彼女は座った。
おっと。これは思った以上にラブコメのヒロイン体質だ。
俺には坂柳の考えが手に取るように分かる。こいつは典型的な、ラブコメヒロインにおけるロマンチストなのだ。
普通が嫌で嫌で仕方がない。劇的な物語を欲しているのだ。だからこそ、普通でないこの学校を選んだのだろう。
――ハハハハッ!
生徒の半分くらいが、盛大に笑った。俺と坂柳は、その反応に呆気に取られる。
笑う? 何だか妙だ。普通はドン引きするところじゃないか。どうもここの連中は、さっきから感覚のズレを感じる。
「へ、変ね。普通はドン引きするんだけど」
と坂柳も俺と同じ反応を見せた。
というか、狙ってやってたのかよ。