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俺にビンタをしたその女性は、倒れていた自転車を立て直した。そのまま自転車に乗って、去って行ってしまった。
それにしても、だ。彼女は俺に自転車で突っ込んで来たというのに。謝るどころかビンタをするなんて。なかなか性格のキツイ女性だ。
いや、待てよ。今の一連の出来事は、まるでラブコメのような展開ではなかろうか。出会ったきっかけも、その相手も衝撃的だ。まさか、彼女が俺のヒロインなのだろうか。
そうだ。そうかも知れない。彼女はかなりの美人であった。スタイルも良く、俺にパンツまで見せてきた。
そうか。これから俺は、本当に青春ラブコメディを謳歌するんだなあ。
「よっこらせっと」
俺は今度こそ立ち上がった。そして学校に向かおうとした時。
「良いじゃん学校なんて。俺たちと一緒に遊ぼうよー!」
いかにもチャラチャラしたような、そんな声が後ろの方から聞こえてきた。振り返ると案の定、一人の女子に対して複数人の男子が囲っていた。
どうやら、女子生徒は俺と同じ学校の生徒らしい。そして恐らく、囲っている男子どもは他校の生徒だ。
明らかに女子は困っている。というか、怯えているようだ。
やれやれ。どうやら主人公である俺が、女の子を救わなくてはならないらしい。
「おい、お前ら。女の子一人に対して男子数人とか。クソだせえな!」
そんな啖呵を切った俺は、かくして男子どもをフルボッコにした。俺にとってはあまりにも普通過ぎて、特筆することではない。
「大丈夫?」
俺は話しかけつつ、その女子を見た。ロングヘアーで髪は少しボサボサ。顔はそれなりに良いが、先ほどの女子程ではない。黒い縁の丸眼鏡も、何だかダサい。
身長は低めで、胸も小さい。
こいつは恐らくモブのような存在だろう。そのわりには顔がかなり可愛いが、昨今のアニメではモブも可愛いのが通例だ。
「あ、ありがとう! 凄く怖かった!」
なんとその女子は、俺に抱きついてきた。可愛い女子に抱きつかれるのは、悪い気がしないでもない。
「まあなんだ。同じ学校の生徒みたいだし。また何かあったら、俺が助けてやるよ」
俺はそう言うと、驚いたような顔を上げた。
「凄いな君は。通り過ぎて行った人たちは、困っている私を助けもしなかったのに。君は将来の私の保証までしてくれるというのか!?」
そんな彼女の言葉を聞いて、俺は妙に思った。何だろう、この畏まったような話し方は。畏まった、というよりは、偉そう、といった方が近いか。
それに将来の保証なんて、ずいぶんと大げさな言い方だ。
「か、格好良い……。君は、私のヒーローだ」
目をキラキラさせて、俺を見つめてくる彼女。おいおい。この子は決してヒロインではない。確かに俺の好みではある。しかしもう、俺のヒロイン候補は埋まっている。
そもそも、彼女は俺の後ろの方にいた。先ほどの虎柄のパンツを凝視していたところを、見ていたに違いない。そんな男に対して、よくそんなキラキラした目で見られるものだ。
「わ、悪いな。俺はヒーローでも、お前はヒロインじゃない」
俺はそう言い捨てて、彼女から逃げるように走った。
「あ、ちょっと!」
俺を呼び止める彼女の声。申し訳ないが、お前はヒロインじゃないんだ。