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教室に着くと、坂柳の席が無くなっていた。空いたスペースを隣の席が詰めていくように、座席が再配置されていた。
坂柳の右隣は七宮であった。なので俺の隣は、七宮の席となったのだ。
そしてホームルームでは、坂柳が転向したとクラスメイトに伝えられた。
授業では、俺は全く集中できないでいた。ぼんやりと、クラスメイトたちを見る。
思えば、自己紹介の時からクラスメイト達の反応は変だった。
俺の自己紹介では微妙な雰囲気になっていた。あれは俺が標的だと知っている殺人鬼の生徒のせいだろう。俺が空手やボクシングをやっていたから、殺害し難い標的だと思ったのだ。
そして坂柳の自己紹介では、みんな笑っていた。それもそうだ。
――普通ではないと思うよ。色々とね。
七宮の言う通り。この学園には、普通でない生徒たちで溢れている。その事実を知っている者にとって、坂柳の発言はさぞかし面白かったに違いない。
*
そして放課後。予定通り俺と七宮は部室に集まった。
俺はちらりと、坂柳の席を見る。もう、坂柳はこの学校では存在しないことになってしまった。
それを思うと、やはり悲しく思ってしまう。
「緒方君。気を引き締めよう。もう、悲しんでいられないはずだよ」
七宮に言われて、俺は思考を切り替える。
「ああ。それで、まずは何をする?」
俺の質問に、七宮は答えた。彼女はまず、自身が知る限りで、使い古された密室トリックが通じるかどうかを試すらしい。
「しかし。試すまでもなさそうだね。この鍵のタイプで、鍵なしに開錠と施錠をするなんて、可能なのかな」
七宮が言った。俺も同感である。というのも、部室の部屋の鍵が少々特殊であった。部屋の外からは当然、鍵を用いて施錠や開錠を行う。一方で部屋の内側からも、同様に鍵を用いないといけない。
だから内側には、指で摘まんで施錠や開錠を出来るような凹凸はない。あるのは、鍵を差し込む小さな鍵穴だけだ。
なので古いトリックで例えば、紐や針金を引っかけて、といったような細工が出来ない。
「あとありがちなのは、犯人は実はまだ部屋の中にいた、とかだけど。それもありえないね。隠れるところがない。そもそも後から私も入ってきているんだ。どこかに隠れて君の目を盗んだとしても、後ろにいた私が気付くはずだ」
七宮が言った。因みに部室のドアは、スライド式だ。なのでよくありがちな、ドアの開閉によって生まれる死角に隠れる、といったことも不可能だ。
うーん、と俺は唸りながら、俺は部屋のベランダに向かった。
ガラガラと鍵を開けて、ベランダに出る。
「七宮。ベランダの鍵は、開いていたんだっけ」
「いいや。昨日送られた鑑識結果のドキュメントを見ると、鍵は締まっていたらしい」
「じゃあ、このベランダの鍵はどうだ。使い古されたトリックで、何とか施錠はできそうか?」
「いくつか知っているけれど、どれも傷や痕が付くものばかりだね」
ベランダの鍵のタイプは、クレセント錠と呼ばれるものだ。よく窓に使われる、鍵に付いている取ってを上げたり下ろしたりして、施錠と開錠をするタイプのものだ。
そして俺が観察する限りでは、鍵に傷跡はなかった。
「まあそもそも、ベランダからも難しそうだ」
俺はベランダの周囲を見ながら言った。部屋は三階に位置しており、高い。よじ登ってくるのは危険だ。そしてこの部屋は校舎の突き当りに位置しているので、左隣に部屋はなく、ベランダもない。右隣は部屋もあってベランダもあるが、今度は距離があるのでそれも難しいだろう。
「緒方君。そもそもベランダの線はかなり薄いと思う。ベランダから侵入なんて、坂柳さんは不審に思うはずだ。でなければ、眠らされていたか、既に殺されていたか、の二つだろう。でも意識のない人間をベランダまで担ぎながらよじ登ったり、距離の空いたベランダから運び出すのはかなり危険だ。というか、可能かどうかも怪しい」
確かに、と俺は七宮に納得した。




