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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

身沈みの海 

掲載日:2021/09/02

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふうう……ここんところ、野菜ジュース漬けな生活だあ。まずいかなあ、これって。

 僕さ、野菜ってぶっちゃけ嫌いなんだよね。青臭さがあったり、果汁がすっぱかったり苦かったり……。

 こうして、すりつぶしたうえで、味も整えてもらったものじゃないと、とてもとても摂り入れる気にならないんだ。それもこれも、他の甘いものやしょっぱいものに慣れちゃったせいかな?

 

 こーちゃんは、どうして農耕が発展したか、理由は知っているかい?

 たいていは「人間が食べたいもの」が選りすぐられて、是が非でも生かし、手元にずっと置いておこうと考えたから、と説明される。

 自分たちの生活に役立つものだから自発的に囲い、ひいきしているわけだ。ただ食べるだけなら、もっと選択肢はあるはずだからね。

 すでに1万年ほど前から、すでに現在食べられている作物のほとんどが、育てられているという。この100世紀以上に渡ってお気に入りになる理由、栄養以外にあるんだろうか?

 実は彼らをめぐる、不思議な話を最近知る機会があってね。こーちゃんも良かったら聞いてみないかい?

 

 むかしむかし。臨月を迎えていた女性が、不思議な夢を見た。

 自分のお腹にいるだろう赤ん坊が、尻からではなく、口から出てくるという夢だ。

 大きく開いた自分の口から、にゅるにゅると頭から赤ん坊がはい出してくる。あごが外れんばかりに口を開けているのに、痛みは皆無。口の中を何かがなぞっていく感触もない。

 そのおかげで女性は、「これが夢だ」と自力で気づくことができたらしい。

 

 動くことのかなわない、夢の中の自分の口から出てくる赤子は、他の母親たちが手に抱くものより、ずっと小さく、細いように思われたとか。

 そして足の先まで口から離れ、全身を視界の中へとらえたとたん。

 赤ん坊の身体はみるみるうちにしぼんでしまい、肌の色はそのままに、腰帯のように細長いものへ成り果ててしまった……。



 はっと女性が目を覚ました時、自分の寝床の横に、夢で見たものよりも更に形を崩した、肌の色をした細い管が、横たわっていたんだ。

 それは自分の身体から、汗や排せつ物に至るまでをごちゃまぜにしたような異臭が漂っており、思わず女性は自分の腹へ手をやってしまったという。

 そして翌日より、これまではあった自分の腹の中で赤ん坊が動く感触や、その他の妊娠を伝える兆しはぴたりと止んでしまった。そのうえ一か月、二か月、三か月しても彼女のお腹から赤ん坊が生まれることは、ついになかったらしいのさ。



 女性が住んでいた村では、早くより野菜の栽培が行われていた。

 彼女が臨月を迎えたころは、ちょうどスイカの花がちらほら咲き始めていたらしい。奇妙な夢を見て、彼女が体の変調に気がつき出すころ、スイカたちはぼちぼち収穫の時期を迎えるはずだった。

 ところが、その年のスイカはほとんどが全滅という有様。しかも傷んだなどではなく、「溶けた」と表現した方がふさわしかったという。

 小玉、大玉を問わず、ある程度玉が形を整え出すと、少し目を離した隙にみるみるしぼんでいってしまったらしいのさ。ちょうど、女性が夢で見た赤ん坊と、同じような経緯でね。

 しぼみにしぼんだ彼らが行きつくのは、自らの果汁による大洪水。その上には、すっかりすぼまってしまった皮、中の果肉などが浮かんでいるも、やがてそれらも広がった果汁。もしくはそれがしみ込んだ地面の中へ、ゆっくりうずもれてしまったという。



 この怪現象を目の当たりにした若者たちの何名かは、こう口にしたそうだ。


 ――まるで、島が海に沈んでしまったかのようだ。


 それを聞きつけた、村に住まう古老たちが敏感に反応し、とある指示を出した。


「急ぎ市場へ赴き、野菜を買ってここへ持ち寄れ!」


 古老たちも自ら村の外へ繰り出し、きゅうりやなすなどを山ほど買って、村へとはせ戻ってきた。

 すると一両日の間に、たちまちそれらはスイカたちの後を追ったんだ。見る間にその身がやせて、しぼんで、こけたかと思うと、中身と思しき汁が盛大に広がり、その中へ皮と肉が溶けていく……。

 その様子にかたずを飲み、視線をくぎ付けにする村人たちに対し、古老たちが命ずる。


「これよりしばらく、水を飲むことはできる限り控えよ。汗や尿、出るものは出るに任せ、摂るのはいよいよ危ういと感じた時のみ、最低限を許す。

 女より男。大人より子供へ特に優先して徹底させよ。食事についても同じだぞ。ああなりたくなければな」


 古老たちのけわしい顔に、村人たちはただならぬ空気を感じ取る。

 言いつけを律義に守る者。渇きや空腹に耐えきれず、こっそり飲食を行う者。様々な用事をでっちあげて村の外へ逃げ出す者と、さまざまな人がいたそうだ。

 逃亡の報を聞くたび、古老たちの顔へ苦いものが浮かぶ。


「愚か者め。すでにその身の中へ入ってしまっているのだ。守らぬ限り、どこへ行こうと同じだぞ」とも、漏らしながら。



 それからひと月が経つと、古老たちの指示に従ったのかの「明暗」が、はっきりと分かれてくる。

 まだ無事だった畑の作物や、外から買ってきた魚などが溶け出すのに前後して、一部の子供たちの四肢が、同じようにしぼんでしまい、動かすことも力を入れることもまともにできなくなってしまったんだ。

 当人たちに痛みがまったくないのも、かえって気味の悪さに拍車をかける。この時に及んで、あわてて水を断つ者もいたが、一度へたってしまって四肢は、二度と元へ戻らなかった。

 早い遅いの差があるだけで、やがては血の臭いを多分に含んだ水たまりを生み、しぼんだ部分はおのずとちぎれて、その中へ溶けていってしまったという。


 やがて、村の外へ逃げた者たちと思しき者たちの消息も、人づてに伝えられてくる。

 茶屋で、町中で、急に倒れたかと思いきや、その身体から水たまりを広がらせ、肉体はみるみる小さくなっていく。そのまま身動き取れないまま消えてしまい、残るのはまとっていた服ばかり。

 一部始終を見てしまった者の中には錯乱し、あやかしが出たと騒ぎ出すことさえあったとか。

 これらの事態がすっかり収まるには、秋いっぱいまでの時間を要したとか。

 

 

 人の身体は水分がおよそ7割。それ以外が3割とされている。

 これは海が7割、陸が3割とされる地球とほぼ同じ比率だ。

 海が巨大な波をもって陸地を沈めるように、身体の中の水分もまた、それ以外の「陸地」にあたる部分を沈めようとしたのではないかな。

 その災害の訪れを知るのに、体内へ多く水分を含む野菜たちがあると、都合がいい。ゆえに古くから栽培が励行されてきたんじゃないかと、僕は思うんだよ。


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