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人類最強への道 2

 最近平和だなぁ、と。

 桐生織は漫然とそう思う。


 赤き龍の件は特に進展もなく、ほとんどドラグニア任せになってしまっているし、転生者たちも最近おとなしい。これと言った事件もなく、桐生探偵事務所は細々とした依頼に精を出すばかり。


 平和ボケと言われればそれまでだが、しかし悪いことでもない。

 出来ればこの平和が、少しでも長く続けば、と。目の前で繰り広げられてる壮絶な戦闘を眺めながら思う。


 人はそれを、現実から目を逸らしているというのだが。


「体が鈍るからって、これはさすがになぁ」


 場所は地球のどこでもなく。ともすれば、もう一つの異世界とも呼べる場所。黒霧葵の心蝕によって展開された、今はなき魔術学園日本支部の校庭だ。


 そこで行われているのは、愛美と葵の模擬戦。いや、模擬戦というには互いに全力すぎるが。


 刀と大鎌のぶつかる金属音が幾度となく響き、しかしそれら全ては二人の動きに追随できていない。

 愛美も葵も、互いになんの強化もかけず、素の身体能力で当然のように音を置き去り。半吸血鬼の葵はともかくとして、うちの嫁はマジでどうなってんだ。


「ははっ、今更じゃないですか? 葵は熊谷さんのところで仕事始めたみたいですし、桐原先輩との殺し合いで丁度いいんだと思いますよ」

「お前もそれでいいのかよ、蓮」


 共に観戦している後輩は、苦笑しながら諦めモード。

 いや、諦めているわけではないのだろう。

 葵が熊谷杏子率いる、異能特別対策室の仕事を手伝っているのは織も知っている。色々と思うところはあるが、本人が決めたことだ。織がとやかく言うことでもない。


 だから蓮も、そんな葵を支えると決めただけ。今は葵だけだが、蓮やカゲロウ、翠もそのうち熊谷の世話になることだろう。


「集え」

「雷纒!」


 と、どうやらギアを一段上げるらしい。

 互いに距離を取った二人が、それぞれ魔術を発動。概念強化を纏った愛美と、背から雷の翼を伸ばす葵が、再びぶつかる。


 愛美の刀が袈裟に振るわれれば、葵がそれを大鎌の柄で受ける。巧みに操られる鎌がくるりと回転、攻撃を受け流すと同時に、愛美の背後から迫る刃。しかしそれは、放たれた無形の斬撃に防がれる。


「それズルじゃないですか⁉︎」

「ズルじゃないわよ」


 腹に掌底を受けた葵が大きく後退り。

 遠距離にも対応できてしまう愛美の切断能力は、たしかにズルい。なにせ距離なんて関係なく、しかも不可視で問答無用の斬撃が飛んでくるのだ。

 普通ならまず防ぐことは無理なのだが。


「こっ、の……!」


 葵には見えている。不可視の刃が、情報という形で。おまけに崩壊のキリの力のおかげで、愛美の切断能力、拒絶の力を相殺していた。


 互いに得意な間合いは超近距離での殴り合い(インファイト)だが、どうやら葵はその得手を捨てざるを得ないらしい。接近できないならと、距離を保ちながら雷撃を放ち続ける。


「魔力の放出が苦手、なんて言ってた頃が懐かしいわね」

「今も苦手ですよ!」


 曰く、今の雷撃のような、魔力を放出する形での魔術行使は燃費が悪いらしい。強力かつ独自の魔術である纏いよりというのだから、相当だろう。


 それでも雷撃を放ち続けるのには、相応の理由がある。


 バチッと、火花の弾ける音。

 放たれ空気に溶けていく葵の魔力が、再び形を持つ。愛美の頭上には、いくつもの魔法陣。


魔を滅する破壊の雷槍(ボルトレイ)!」


 外の魔力を利用するそれは、間違いなく魔道収束。初歩的な使い方は教えていたとは言え、いつの間にここまで物にしたのか。


 驚く織の眼前で、戦況は目まぐるしく移り変わる。

 降り注ぐ雷の雨を掻い潜った愛美は、すでに懐へ。水平に振るわれた刀が、その腹を殴られる形で防がれる。しかしそれで怯む愛美ではなく、その状態からでも絶え間なく次に続けられるのが、彼女の操る体術だ。


 容赦のない手刀の突きが、葵の喉に直撃。声にならない呻きが空気と共に漏れて、続く回し蹴りが側頭部に。吹っ飛んでいったその先で、黒い雷が落ちた。


「けほっ、けほっ……」

「いいわね、ようやく全力って感じかしら?」

「来いっ、雷纒・帝釈天(インドラ)!」

位相接続(コネクト)


 魔力が風に、いや嵐になって吹き荒れる。

 黒い雷の羽衣と、空色の振袖姿。


 ツインテールが揺れたと思えば、その姿が消える。一筋の黒雷は、悉くを崩壊せしめる絶死の存在だ。

 しかし相対するのは殺人姫。誰よりも、なによりも死を身近に持つ女。


神足(アクセル)


 この高速戦闘において、悠長に詠唱している暇なんぞありはしない。短く魔術名のみを呟いた愛美が、さらに加速する。

 音も、雷すらも置き去りにするスピードで、気がつけば葵の右腕が斬り飛ばされていた。


「速いっ」

「まだまだ加速するわよ」

「勘弁してください!」


 すでに再生が終わった右腕には、黒い刀が。

 一応織も目で追えているが、いやいやこんな動きを目で追えるって、いよいよ俺もやばいな、とか思ってしまう。

 まあ、瞳はずっとオレンジに輝きっぱなしだけれども。


「せっかくだし、私も新技をいくつか見せてあげようかしら!」

「遠慮しときます!」

「そう言わずに!」


 一際重い一撃で、葵がまた吹っ飛ぶが、今度は空中で上手く態勢を整えた。

 しかし彼女が次に視界に映したのは、目を見張るほどに美しい魔法陣。

 その数20が形作るのは、冬の空に煌めく星座の一つ。


開け、黄道の門(ゲートオープン)人馬宮(サジタリウス)


 その魔法陣全てが愛美の体に宿り、左手にはかつて愛用していた短剣が。


 その短剣を、おおきく振りかぶって。

 全力でぶん投げた。


 脳天向けて一直線に突き進む短剣は、すんでのところで躱される。

 しかしそれで終わりなわけがない。もはや当然のように追尾機能付きで、葵は逃げながらも文句を飛ばす。


「そこは弓じゃないんですか⁉︎」

「ムカつく顔が頭に浮かぶもの。それより、喋れる余裕があるならまだいけるわね」

「えっ」

開け、黄道の門(ゲートオープン)

「嘘でしょっ⁉︎」


 残念ながら嘘じゃない。

 今度は九つの魔法陣が星座を型取る。


磨羯宮(カプリコーン)


 校庭に響き渡る甲高い音。観戦してるだけの織と蓮は多少煩いくらいで済んだのだが、葵は不快げに眉を顰め、見るからに動きが鈍った。そうなると当然、今もなお追尾していた短剣が突き刺さる。


 咄嗟に回避行動を取ったことで頭に刺さることはなかったが、右脚から先は抉れ飛んでいる。あまりにもグロテスクな光景だが、愛美の追撃は止まらない。


開け、黄道の門(ゲートオープン)

「これ以上は!」

「っ……!」


 詠唱を中断して、その場から飛び退く愛美。

 彼女が立っていた場所には、二つの黒い影がそれぞれ大鎌と槍を持って襲いかかっていた。


 葵の心象。かつての妹の二人。


 それぞれが意思を持ったかのように、いや実際に独立した意思を持って、愛美へと迫る。

 そうして出来た隙で、葵は詠唱を始めた。


「我が血に応えろ! 天空から生まれし雷霆! 悉くを引き裂く雷光! この身に宿りしは世界を統べる帝釈天!」

「それはまずいわね」


 さしもの愛美も、顔に焦りの表情を見せる。

 桐原愛美の空の元素魔術。星座を紡いで真価を発揮する彼女の新技、星黎門(ゾディアックサイン)

 彼女の『繋がり』の力を利用したそれは、その他の空の元素や概念強化よりも強力だ。合計で十二種の魔術は汎用性にも優れている。


 とは言え、だ。


 愛美を囲む形で、三人が同時に黒い金剛杵を構えているとなれば、さしもの彼女も焦らざるを得ない。


 中断されていた術式構成が再開される。

 現れる魔法陣は11。

 並行して発動するのは概念強化。


 異なる術式を全く同時に。多重詠唱とはまた違った神業に目を見張る織と蓮は、起きた事象の結果だけしか分からなかった。


双児宮(ジェミニ)斬撃(アサルト)二之項(フルストライク)

『えっ、ちょっ……』

『嘘ぉ⁉︎』


 思わずといった具合に声を上げて霧散する、二つの黒い影。二人に分身した愛美が、それぞれ影を両断していた。


「あと一人」

「出鱈目なッ……!」


 分身を解いた愛美の姿が消える。詠唱を中断した葵が迎え撃ち、刀と金剛杵がぶつかる。

 あれに反応できる葵も大分出鱈目なのだが、おそらく本人に自覚はない。


「先輩、見えてます?」

「辛うじて」


 苦笑しながら返す織は、幻想魔眼があるからこそ。それがなければ蓮と同じく、何が起こってるのかすらわからなかっただろう。


 またも始まったチャンバラは、しかしまたしても唐突に終わる。

 葵の方が限界を迎えたのだ。


 膝をついて頽れるツインテールの首元に、刀が突きつけられていた。


「スタミナ不足ね」

「こ、これで……? これでスタミナ不足ですか……⁉︎」


 ぜぇはぁ息を荒げる葵だが、まあ、たしかにこれでスタミナ不足だなんだと言われても、といった感じだろう。

 実際に葵のスタミナが尽きた形ではあるが、そもそも愛美がおかしいだけなのだから。


「人類最強になるんでしょう? だったら私程度には余裕で勝たないとダメよ」

「ハードルが高すぎるっ!」


 うがーと頭を抱える葵は、そのまま地面に大の字で転がった。

 たしか、この心蝕内で言えば、相対している敵の血をなんの媒介もなしに自動で吸い続ける効果があったはずなのだが。

 それはつまり、相手のスタミナを奪い、かつ自分のそれは常に回復している状態だ。


 にも関わらず、スタミナ不足の一言で一蹴されてしまえば、そりゃあんな反応にもなる。


「で、実際のところどうよ」


 葵を励ますために、あちらへ向かった蓮と入れ替わり戻ってきた愛美に、改めて問うてみる。


「まだ私の方が強いわ。十回やったら十回勝てる」

「まだ、ねぇ」

「あと一年か二年か、もしかしたらもっと早いかもしれないけど。そのうち抜かされるわよ」


 織としては、愛美が負ける姿など想像できないのだが。しかし実際戦った愛美からすれば、実感しているのだろう。あの後輩のポテンシャルを。


「相性もあるでしょうけど、私と桃、先生とかルークさんとか、グレイ辺りならまだ今の葵には勝てるでしょうけどね。その中でも真っ先に私が勝てなくなる。次に桃とルークさんがキツくなって、グレイと先生もそのうち抜くわ」

「朱音は?」

「もう今の葵の方が強いわよ」


 そこまでのレベルにまでなっているのか。仲間内だと別にそこまで戦闘力が高いわけではない織としては、雲の上のような話ではあるけど。


「例えば、さっきのあの状況で私が直接血を吸われるようなことがあれば、形勢は逆転してたわね」

「本人にその発想がなかったってところか」

「そういうこと。人間としての戦い方に拘ってるのか、素で抜け落ちてたのかは分からないけど」


 いやいや、あれでも十分に人間の領域を超えてますよ。だって人は魔術なしに音速を超えられないのだから。


「あとはそうね……戦術の組み立て方がまだ拙いかしら。あの二人の使い方にしたって、もう少しやりようはあると思うし、魔導収束の切り方ももうちょっと考えられるんじゃないかしら?」

「手厳しい先輩だな。それを直接本人に言ってやれよ」

「私は別にあの子の師匠でも先生でもないわよ。それに、言わなくても自分で気づいてるんじゃないかしら」


 ともあれ、うかうかしてられるないわね。

 そう締め括った愛美は、恋人に抱きついて吸血してる後輩を、微笑ましげに見つめる。

 いずれ自分を超え、人類最強に至る少女を。

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