ある夏の昼下がりの男ども
ある日の昼下がり。
相変わらず依頼もなく暇を持て余していた織は、街のファミレスで昼食を摂っていた。
もちろん一人じゃない。とはいえ、愛美と朱音がいるわけでもなく。
「お、見ろよ織。最高スコア到達したぜ」
「カゲロウ、いい加減レポート進めた方がよくないか? 提出遅れたら、またサーニャさんに怒られるのは目に見えてるんだしさ」
「大学生も大変っすね。まあ、俺もそろそろテストだけど……」
カゲロウ、蓮、青空の三人と一緒だ。
なにが楽しくて男だけでファミレスに集まっているのかと、葵あたりには言われてしまいそうだけど。そんなのこっちが聞きたい。
つまるところ、四人とも暇なのだ。
いや、蓮とカゲロウは大学のレポートがあるみたいだけど。
この後輩たちも今や大学生かと思えば、なんだかしみじみとしたものがある。
「いいなお前らは。学生生活楽しそうで」
「んだよ、だったら織も今から受験受ければいいだろ。その場合、オレたちの後輩になるけどな」
「探偵家業で精一杯だ」
「でも依頼ないんすよね」
「言うじゃねえか青空……」
比較的最近交流を持った青空からでさえ言われてしまうほど、依頼がない。
これはかなりの死活問題だ。
本来、探偵の出番なんてない方がいいのだ。それは警察や軍などにも言えることだが、それらの仕事が退屈ということは、平和である証拠。特に織たちが駆り出されないということは、転生者やら赤き龍やらの活動も落ち着いているということ。
直近でいうと、去年の冬に起こった青空の件くらい。それももう半年以上前だ。
世界は今日も平和を謳歌している。
が、しかし。それはそれ、これはこれ。
仕事がないということは収入がないと言うことであり、ただでさえエンゲル係数の高い桐生家にとって、本当に死活問題なのである。
「実際、織さんのところって魔術関係以外の依頼ってくるんですか?」
「ま、それなりにな。商店街のおっちゃんおばちゃんから雑用頼まれたりするし、たまに浮気調査みたいなありがちなやつもあるぞ。むしろ、魔術関係の依頼の方が珍しい」
細々と依頼は来るので、収入が全くゼロというわけじゃない。だがそれでも、ここ暫くの桐生探偵事務所は赤字が続いていた。
というのも、政府の人間である熊谷が立ち上げた組織、異能犯罪特別対策室が本格稼働したのだ。それも赤字の原因の一つにある。
魔術関係の仕事はそこが殆ど片付けてしまって、彼女らの手に負えないものだけがこちらに回ってくる。
必然的に厄介度は増すが、それだけ金払いもいい。
が、あの組織には現在、青空の母親である天宮星羅の他にも、魔導戦艦の一件で面倒な事件を引き起こしたエウロペ・ティリスも所属している。
おまけに最近は、剣崎龍やルークも合流したらしい。まああの二人は、秋葉原の猫カフェが本業だと言って譲らないが。
かなりの戦力を有する異能犯罪特別対策室。
桐生探偵事務所に仕事が回ってこないのも頷けてしまう。
「青空、お前の母親に言っといてくれよ。もうちょいこっちに仕事回してくれって」
「いやぁ、俺から言っても無駄だと思いますよ……母さんはあんまり俺に関わってほしくなさそうですし」
それもそうか。織が親でも同じことを思うに違いない。
そもそも青空は一般人、転生者でもないし、旧世界の記憶を持っているわけでもない。両親の影響で、ちょっと変な魂を持っているだけの、魔術使えず魔力も扱えないガチの一般人だ。
「いつまでそんなしけた話してんだよお前ら。んなことより青空、お前うちの妹とはどこまで言ったんだ?」
「どこまでもなにも、そもそも出灰と俺はそんな関係じゃないですって」
「カゲロウ、めんどくさい親戚のおじさんみたいになってるよ」
親友からの苦言も聞く耳持たず、カゲロウはなおも青空に詰め寄る。
「あのなあ蓮。青空が翠に変なことしてみろ、大変なのは青空の方だぞ。厄介なシスコンが飛んできたらどうすんだ」
「それは、たしかに……」
「約二名ほど拗らせてるやつがいるからな。しかも片方は異世界だろうがお構いなしに来るぞ。で、どうなんだ。ちょっとくらい進展あったのか?」
「だから、ありませんって! いやマジで、なにもないんですよ、なにも……」
「お、おう……なんか、悪いな?」
どよんと沈んだ青空の表情を見て、さしものカゲロウもつい謝罪してしまう。
こいつも随分苦労してるんだなぁ、とひとごとのように思いながら、ジュースを啜る織。
なにせ相手はあの出灰翠だ。恋愛というものを正しく認識しているのかも怪しい。朱音や明子からその辺の話は彼女も聞かれたり吹き込まれたりしてるだろうし、青空のことを憎からず思っているとは考えられるが。
しかし、その感情を自覚しているかどうか。
「でも、星羅さんがいない時は毎日翠が家に行ってるんだろう? 葵が愚痴ってたよ」
「ははっ、そのうちまた雷落とされそうっすね……」
実際、一度は落ちたらしい。黒いやつが。
「でもマジで、飯食ってすぐ帰るんすよね。しかも最近、俺の嫌いな野菜まで料理に入れますし、じーっと見つめられると残すわけにもいきませんし……」
「翠も強かになったもんだな」
旧世界、ネザーにいた頃を思えば、考えられない姿ではある。あの頃の彼女を、一度くらい青空に見せてやりたいものだ。
グラスの中が空になったので、ドリンクバーにジュースを注ぎに行く。
しかしマジで、夏休みに男四人がファミレスに集まってなにをやってるんだか。一応、今年もサーニャの別荘に遊びに行く約束はしてあるが、それも毎年恒例。
もう少しこう、刺激が欲しい。平和的な刺激が。
なんて思っていると、厄介ごとが飛び込んで来そうではあるけど。
「つまり、カゲロウ先輩と黒霧先輩は本当に双子だったけど、出灰は百年以上後に生まれたってことっすか?」
「そうそう。具体的にいつ生まれたのかは知らんけどな」
席に戻ると、どうやら三人で旧世界について話しているようだった。
「なに、プロジェクトの話か?」
「はい。青空が気になるみたいで」
「まーその辺の事情面倒だもんなぁ。俺もいまだによく分かってねえし。てかカゲロウ、翠がいつ生まれたのか知らなかったのかよ。異能で見たら一発だろ」
「は? なに言ってんだ織。女の年齢覗き見るのはマナー的にどうなんだよ、お前」
「お、おう……」
まさかカゲロウにマナーを説かれるとは……いや、今のは織が悪いのか?
「そういえば、カゲロウ先輩は暴走とかしたことないんですか? 出灰はこの前ヤバそうでしたし、黒霧先輩は割とカジュアルに暴走するって出灰が言ってましたけど」
「あー、オレはその辺大丈夫だな」
「カジュアルに暴走って……」
「ははは……まあ、実際葵が一番吸血衝動暴走させてますから……」
これには蓮も苦笑い。
織が知ってるだけでも、少なくとも三回は暴走している。蓮を悪魔の手から取り戻した時と、魔王の心臓内部での授業中、それから年明け前に起きた青空の一件。
そのことから分かるように、葵は吸血本能、延いては黒雷を完全に制御できているわけではない。黒霧が受け継いだ『心』の力で、どうにかその暴走の舵取りをしているだけなのだ。
その心が少しでも揺らいだりしたら、割と簡単に暴走してしまう。
詳しいことは知らないが、翠も年末の一件では危なかったらしい。しかし一方で、カゲロウのそういう話は聞いたことがない。
それはどうしてなのかと訊ねれば、意外にもスラスラと答えが返ってきた。
「俺は完全にハーフだからな。人間の要素と吸血鬼の要素が、がっつり相殺しちまってるんだよ。いいとこもわるいとこも、全部潰れちまってんだ」
パン、と両の手のひらを合わせるカゲロウ。
それから左手で拳を握り、右手でパクリと飲み込んだ。
「あいつら二人の場合、どっちかの要素がデカすぎる。葵は人間の、翠は吸血鬼のな。葵の場合、人間の要素が強すぎる上に、長いこと吸血とは無縁だった。つまり、血を吸うことに慣れてなかったんだ。だから暴走する」
「でもさ、今は慣れてるんじゃないのか? 結構お構いなしに吸われてるだろ、蓮」
「お構いなしに吸いすぎなんだよ。普通、長い時間かけて慣らしていくもんだ。それが一年も経たないうちにばんばか吸いやがって……お前も悪いんだぞ、蓮」
「面目ない……」
今となってはもう三年四年は経つが、たしかに旧世界での葵はかなりの頻度で血を吸っていた。血の味を覚えてしまった。
戦う上で必要だったとはいえ、本来普通の吸血鬼でもそこまでの頻度で吸血することはない。
「じゃあ、出灰の場合は?」
「翠も割と似たようなもんだな。あいつ、吸血鬼の要素の方が強い割に、血を吸う機会がほとんどなかったんだよ。ただまあ、葵と違って吸血行為自体に耐性はあった。だから暴走一歩手前で済んだんだ」
学院ではその辺りのことを学ばなかったから、実に興味深い話だ。
そもそも、人間と吸血鬼の混血なんて、旧世界のどこを探してもこの三人しかいなかった。学院の講義に取り上げられないのも納得。
「ま、オレら三人の中でも良し悪しあるってこった。オレは大したデメリットも持っちゃいないが、これといった強みもない。葵は人間の要素が強いおかげで、キリの力を完全に使える。ただし暴走の危険大。翠の場合は吸血鬼としての魔力とか身体能力とかが三人の中でずば抜けてるが、吸血鬼の弱点は一番効く」
どこか自嘲気味に聞こえたのは、カゲロウ自身も気にしているところだからだろう。
妹二人ばかりが大きな力を持ってしまい、自分にはそれがない。
力がないことに苦悩するのではなく、力を持たせてしまったことに苦悩する。
大きすぎる力は、また新たな厄介ごとを引き寄せてしまうから。
だからこの半吸血鬼の少年は、二人の妹の身を案じているのだ。
それが果たして、妹たちに伝わっているのかは分からないが。
「てかそれで言うとよ、青空お前、最近翠に血吸わせてやってんのか?」
「えっ」
いきなりのキラーパスに、純情な高校生男子の頬が赤く染まる。
ほほう、これはこれは。
「おっ、なんだなんだその顔は」
「昨日吸わせたばかり、とかじゃないかな」
「やめてやれよお前ら……」
蓮まで悪ノリしてしまい、青空はますます肩身狭そうに縮こまってしまうばかり。
それからポツポツと、言わなくてもいいのに語り出した。
「たまに、夕飯に鉄分多めのメニューが並ぶ時があるんすよね……しかもちょっと期待したような目で見られて……」
「惚気てんじゃねえよこの野郎!」
「理不尽じゃないっすか⁉︎」
自分から聞いたくせに! と抗議の声を上げるが、しかしカゲロウは聞いちゃいない。
「そこまでやってんだからさっさとくっつけよ。んな調子だと、そこで完全に他人事みたいなツラしてる探偵みたいになんぞ」
「おい、俺は関係ないだろ」
急角度からこっちに話を振られてしまった。俺みたいになるってなんだよおい。
「あー、先輩方って結構あれでしたもんね」
「あれってなんだ蓮。はっきり言え」
「周りの言葉を借りるなら、恋愛偏差値クソ雑魚ナメクジ?」
「そこまではっきり言えとは言ってねえよ……」
どうしてここで俺がダメージ受けなきゃならないんだ……しかし否定できる要素もなくて、織はなにも言い返せない。
「てか! そんなこと言ったら蓮だって……いや、まあ、お前の場合はあれか……」
「葵の方が色々ありましたからね」
本当に色々あった。織やカゲロウ、青空もそれぞれ波瀾万丈なあれやこれやがあったりしたけれど、黒霧葵のそれには敵わない。
「そもそも俺と蓮はもうちゃんと成就してんだからいいだろ。今は青空のことだって」
「翠をデートに誘ったりしたら?」
逸れたはずの矛先がまた自分に戻ってきて、青空はぐっと言葉に詰まる。
今日集まった目的は、青空から翠とのあれやこれやを聞き出すためなのだから。全員暇でなんとなく集まっただけだったが、たった今そうだと決めた。
「まあ……一応それっぽいものには、行ったりしますけど……」
「おお、なんだよやることちゃっかりやってんのかよ!」
「カゲロウ、言い方言い方。誤解を招くって。あと声が大きい」
口調が乱暴なものだから、余計に誤解を招きかねない。これはこの後輩が損しているところだろう。本当はかなり優しいいい奴なのに。
「で、どこ行ったんだ?」
「あー……アキバの猫カフェに……」
「思いっきり身内のとこだな」
なんなら青空にとって、母親の同僚のところである。
アキバの猫カフェといえば、剣崎龍とルークの二人が経営している猫カフェに違いあるまい。織も一度、家族三人でお邪魔したことがある。
あの剣崎龍が猫カフェを経営している。最初聞いた時はあまりに似合わなさすぎて耳を疑ったが、実際に行ってみて今度は目を疑った。
ルークはともかく、あの龍が、抱えた猫をなんとも慈愛のこもった目で見ていたのだから。
直接口にしたら怒られそうだけど。
「剣崎さんとルークさんに挨拶も兼ねて、ですけどね」
「うちの母親がお世話になります、ってか?」
「というか、諸々の報告をしに、って感じです」
一般人のはずだった青空を巻き込んだ一連の事件は、割と規模の大きなものに発展してしまった。
世界の時間を巻き戻した上に、赤き龍や聖龍の転生者と言った異世界の存在まであったのだ。仲間たち全員には一応織からも報告していたとは言え、青空としても自分で挨拶や顔見せ程度しておきたかったのだろう。
「それ、あんまデートって感じじゃねえな」
「うっ……それはそうなんですけど……今更改まってデートしようなんて言えないっすよ……」
「丈瑠が似たような感じになってるなぁ」
我が愛しの娘に恋心を抱いている少年を思い浮かべて、織は苦笑を浮べる。
「そういや、その丈瑠は今日どうしたんだよ?」
「また晴樹のとこだよ。本格的に陰陽術を習い始めるんだと」
織の元で魔導収束や基本的な現代魔術を学んではいるが、丈瑠的にはやはり陰陽術が性に合うらしい。
完全に弟子を取られてしまったが、悲しくはない。織よりも朱音の方が、最近丈瑠の付き合いが悪いと悩んでいたくらいだ。
娘を悲しませるならお灸を据える、と言いたいところだが、丈瑠の男の意地も理解できるので、織としては微妙な心持ちだ。
「大和先輩も魔術師じゃなかったんすよね? 俺、出灰から俺は魔術使えないって言われたんすけど」
「丈瑠の場合、異能があるからな。魂の形が違うんだよ」
例え話として。
一般人の魂が丸い形をしているとするなら、魔術師は四角形。そもそもの形が違う。その中で青空はあくまでもその丸が大きいと言うだけであって、この世界ではどうあっても四角にはならない。織の魔眼を以てしても不可能、とは言わないが、難しいだろう。
だが、異能持ちはその例外となる。というより、魔術師の魂に限りなく近い形をしていたのだ。そうであれば、織の魔眼でも容易に形を変えてやれる。
「なんだ、青空も魔術使いたいのか?」
「まあ、使えたら、とは思ったことありますけど。出灰の助けになるかもしれませんし」
「気持ちはわからないでもないけど、俺たちとしてはあまり推奨できないかな」
蓮の言う通り、この世界で魔術師を新しく増やすのは、あまりよろしい事とは言えない。丈瑠でもギリギリなんとかまあ……って感じだったのだから。
そもそも、この世界に魔術という存在はあってはならないのだ。
そういう世界として、織と朱音は作った。今の状況がおかしいのであって、青空のように魔力も持たない人間が普通。
赤き龍の一件が終わった後のことを、織はたまに考えることがある。
やつさえどうにか出来れば、転生者が力を取り戻すことも、新たな魔術師が生まれることもない。戦いは完全に終わって、織たち魔術師は不要な存在となる。
いや、魔物が現れてしまうから、一概にそうとも言えないのか。
しかしその魔物も、この世界から魔力が完全に消滅してしまえば、新たに現れることはない。織の魔眼なら、それも可能となる。
まだまだ先の話だろうけれど、魔術が必要なくなった未来も、ちゃんと考えておかなくては。
「それはそうと、話は戻すけどさ」
「戻さなくていいんすけど」
「いや青空じゃなくて。カゲロウ、お前はなにかないのかよ」
さっきから人様の恋愛事情を聞いてばかりの半吸血鬼に訊ねれば、キョトンとした顔が返ってきた。これは本当になんの話か分かってない顔だ。珍しい。
「なにかってなんだよ」
「だから、お前も浮いた話のひとつでもないのか?」
「たしかに、カゲロウからその手の話は聞いた事なかったな」
親友の蓮も乗り気で聞けば、カゲロウはあからさまにうげっと嫌な顔。こいつ、人のことは聞くくせになんだその顔は。
「ねえよ。なんもねえ。そもそも、オレがお前らみたいに恋愛してるところが想像できねえ」
「それはそう」
「バカにしてんのか」
そんなことはない。ただ、織の知っているカゲロウと恋愛という言葉が、うまく結びつかないというだけで。
しかし一方で、なんとなくこうも思う。
「カゲロウってあれだよな。少女漫画に出てくる俺様系っぽいよな」
「ビンタされておもしれー女、とかいうタイプですね」
「そうそう、それそれ」
「やっぱバカにしてんだろお前ら……」
蓮と二人で揶揄えば、ぎろりと強めに睨まれる。おお怖い怖い。
「つーか、おもしれー女は周りにいくらでもいるだろ。これ以上増えられて堪るかっての」
「あいつらにビンタされたら首吹っ飛ぶよな」
「間違いないですね」
「余裕で死ねるな」
三人で笑っていれば、青空が傍で首が、飛ぶ……? と戦慄していた。
なんの比喩でもなく、マジで飛ぶんですよ、首が。なんならビンタじゃなくて拳が飛んでくるかもしれないし、飛ぶというか破裂して跡形もなくなるかもしれない。怖いね。
「十回くらい首が回って捩じ切れたりな」
「それなら異能でスパッとやられた方がまだマシだなよなぁ」
「大鎌持ってたらまあヤバいですね。死神にしか見えないですし」
「うちのは蹴りが飛んできたらヤバいな。下手な刃物よりよく斬れる。あと掌底。体の中身ミンチになるぞ」
「うわ怖っ、そこまで行くとおもしれー要素皆無だろ。ただただ怖えよ」
「全員そうだろ。俺は未だに怒ってる時の後輩が怖くて仕方ない」
「それで言うとオレんとこの下の妹だな。あいつ表情変わんねえくせに、目が据わってんだよ。マジで怖え」
「分かる分かる。妙な圧があるよね」
「あのー、みなさん……その辺にしといた方がいいと思いますけど」
「あ? なに言ってんだよ青空。オレたちは事実を言ってるだけで──」
「あら、冗談かと思ったのだけど、全て事実だったのね。それはびっくりしたわ」
バカ三人の動きが静止した。完全に止まった。
銀髪吸血鬼の異能よりも冷たい、冥府の底から聞こえてきたようなその声に。あるいは、時が止まったのかと錯覚してしまったほどだ。思わず銀色の炎を視界の中に探してしまう。
だが残念なことに異能も魔術も関係なくて。
目の前に座るカゲロウの灰色の髪に、細く美しい五指が乗せられた。
ミシッ、と。鳴ってはいけない音が鳴る。
「いでででででで!!」
「お望み通り飛ばしてあげましょうか、この首」
「えー、それじゃ勿体ないですよ愛美さん。ほらなんだっけ、十回くらい回転させて捻り切るだっけ? あ、蓮くんは大鎌がお望みだっけ」
「………………」
人形のように美しい笑顔を貼り付け、カゲロウへのアイアンクローを全く解く様子のないさっきダダ漏れの愛美。
すっごい楽しそうに残酷な提案をする、大窯を手にした葵。
無言で無表情のまま、それでいて据わった目でバカどもを睨め付ける翠。
終わったわ。外出るまでもなく終わったわ。嫁強すぎてお亡くなり。
「よ、ようお前ら、奇遇だな?」
「ええそうね。それなりの数の魔物が出たから、あんたら三人が集まってるここに来たわけだけど。面白い話が聞けたのは本当に奇遇だわ。魔物の反応にも気づかず、こんなところでたむろってるなんてね」
え、魔物出たの? 魔力探知を広げれば、確かに街中にそれなりの数の反応を捉えた。織たちからすれば大した強さの魔物じゃないだろうけど、いかんせん同時に複数の場所に出現している。これはたしかに人手がいるだろう。
見れば、店内も人気がなくなっていた。人払の結界でも張ったのか。
そりゃ葵も周りの目を気にせず大鎌出すよ。
「で、言い訳はあるんですか織さん?」
「俺だけ⁉︎」
「そりゃ最年長ですし」
「うぐぐ……あ、あれだ、青空のテスト勉強見てやってたら疲れちゃって、動けなくって……」
「あなた、そのゲームまだ全クリしてないでしょ」
「そもそも天宮さんの前に勉強道具はありませんよ。もう少しマシな言い訳を考えたらどうですか?」
「じゃああれだ! 今日は暑いから!」
「涼しい場所から動いてないじゃないですか」
「動いてないのに暑いんだよ!」
開き直ってヤケクソ気味に叫ぶ織。女性陣からは引き続きシラっとした目が向けられる。
ダメだ、この場は俺一人じゃ切り抜けられない。助けを求めるように視線を巡らせたが、カゲロウは愛美の手によってすでに沈んでいた。あれ大丈夫なのか? 蓮に至っては自分に矛先が向かないからって完全に傍観を決め込んでやがる。最後に青空と目が合えば、苦笑を返された。諦めろ、とその表情が語っている。
「言いたいことは以上? ならもういいわよね、さっさと魔物駆除に行くわよ」
「うす……」
「さっきの愉快な会話については、後で徹底的に詰めるから」
「はい……」
「蓮くんもだよー」
案の定矛先を向けられた蓮は、冷や汗ダラダラ流しながら立ち上がり、店の外に向かう葵の後ろに続いた。
織も首根っこ掴まれて愛美と共に店を出る。
「わたしは念の為、天宮さんとそこのバカな兄を見ています。二人とも、魔物と残りのバカ二人の対処は任せました」
「はーい」
「任せときなさい」
葵と蓮は転移で魔物の元へ向かったが、織はなおも首根っこ掴まれたまま。愛美が大きく跳躍して、気分は殺人ジェットコースター。
たしかに、平和な毎日に少しの刺激が欲しいとは言ったけど。
「こういうのじゃないんだよなぁ……」
「なにか、言った?」
「なんでもないです……」




