浮遊 5
風呂から上がり、バスタオルで髪をガシガシ拭きながらリビングに戻ると、ソファの上にはテレビをつけて動物番組を見ているクラスメイトの可愛い女の子。
子犬や子猫が戯れている映像を見て頬を緩ませる制服姿の彼女、出灰翠は、そうしていると年相応の少女にしか見えない。
しかしその正体は、なんと吸血鬼だという。おまけに悪いやつらを倒すヒーローみたいなこともしているのだとか。
そんなファンタジーがまさかこの世界にあるとは思わなかったけれど、既に説明を聞いて証拠も見せてもらった後だ。信じないこともできない。
なんなら、今この状況の方がよっぽどファンタジーと言えるだろう。
幻想、あるいは空想。
同級生の可愛い女の子と期間限定同居生活、なんてのは、流行りのラブコメでいくつか読んだことがあるが。まさかそれが、己の身に起きようとは。その方が信じられない。
「風呂、空いたぞ」
「わたしは大丈夫です」
「大丈夫ってことはないだろ。女の子なんだし」
「清潔さは魔術でどうにでもなりますから。汗や血の匂いも完全に消えます。試しに嗅いでみますか?」
「嗅がないから……」
これ見よがしに首筋を見せられて、顔が熱くなり視線を逸らす。そこを嗅げと?
変な気を起こしたら雷が落ちるって言ったのお前だろうに。
「冗談です」
真顔で冗談言うなよわかりにくいから。いや今のはさすがに冗談だって俺も分かってたけどね。クラスメイトの首筋の匂い嗅ぐやつとか、どう考えてもヤバいやつにしかならないし。
「まあ、天宮さんがどうしてもと言うのでしたら、わたしも入らせてもらいます」
「ああうん、もうそれでいいから」
立ち上がった出灰の手に、突然どこからか、彼女の着替え一式が現れる。俺がギョッとしたのはその現象そのものというより、普通に下着とかが見えていたから。
「ちょっとは隠せ!」
「なにをですか?」
「下着だよ、下着!」
「まだ着用していないのですから、特に恥ずかしがるようなものでもありませんよ」
どうして狼狽えているのか分からない、と言った様子で、レースのあしらわれた白い上下の下着を手に取っている。意外と可愛いデザインだなとか思っちゃった俺は死ぬべきだ。マジで、死ねよ俺。雷落とされても文句言えねえ。
「ああ、でも覗いたらさすがに怒りますからね」
「覗かねえよ……」
フリみたいに聞こえちゃうからやめてくれ。
出灰がリビングを出てから、ソファの上に腰を沈ませる。クソデカいため息が漏れてしまったのは、致し方ないことだろう。
今日一日だけで、色々ありすぎた。
昨日一昨日の記憶が戻ったと思えば、クラスメイトの意外な正体を知り、そしてなぜか出灰がうちで寝泊まりすることに。
どうしてこうなった。教えてくれ五飛、ゼロはなにも答えてくれない……。
が、しかし。なってしまったものは仕方ない。もう諦めて受け入れるほかないのだから。なんなら開き直って喜んでしまってもいいだろ。なにせクラス一可愛い(俺調べ)女の子と夢の同居生活だ。
命の危険があることには目を瞑るとして、こうなってしまった以上はなるべく出灰と友好的な関係を築けるよう、努力しなくては。
いやしかし、実際そこのところどうなのだろうか。当社比では割と仲良くなってる方だと思うのだけど。
なにせ俺の場合、今までが今までだ。友達と呼べるような相手はおらず、特別踏み込んだ関係性の相手もいなかった。
それに比べ、出灰は自分の秘密を教えてくれたし、俺の命を守るとまで言ってくれている。なんなら先に友人になりましょう、とか言い出したのは向こうだし。この調子だと、正式に友達になれるんじゃないだろうか。
現在の状況を考えると、友達から数段飛ばしになってる気がするけど。
ていうかそれを言うと、友達の定義ってなんなんだよ、ってところに戻っちゃう。
分からん、普通の友達ってどんなことするんだ? 夜通しスマブラとかでいいのか?
さらに言ってしまえば、これは日本中で様々な議論が交わされるものへと帰結してしまう。
ズバリ、男女の友情は成立するのか否か。
古今東西あらゆる場所で、何度も熱い議論が交わされたであろう、異性間の友情。なんでもかんでも恋愛に結びつけるのは思春期の猿どもだけだと言うものもあれば、男と女が一緒にいれば何も起きなはずがなく……と強固に主張するやつらもいる。
実際俺は、出灰に恋愛的な好意を向けているわけではない。これはマジで、断じて違うと言い切れる。元々がクラスでも関わりのない、テレビの向こうのアイドルを見ているような感覚だったのだ。いきなり交流を持ってビビってるのが本音だし、彼女のことを可愛いとは思っていても、結局それだけ。そこで終わる。
そもそも、俺なんかが特定の誰かとそういう関係になる、というのがあり得ない。
まずもってして、俺の厄介な性分がある。他人と会話していても、自分がどこかズレているような感覚。目の前の出来事を目の前の出来事だとうまく認識できず、あまりに俯瞰して、客観して他者との交流を行ってしまう。
それはきっと、相手にも伝わってしまうことだろうというのは、これまでの経験で分かっていることだ。
ただ、出灰を相手にすると、その感覚がない。たしかにそこにいる出灰翠と、目が合う。彼女のことを、正面から見ていられる。
それがなぜなのかは分からない。彼女が吸血鬼だからなのかもしれないし、魔術とやらを使っているのかもしれないけれど。
出灰との会話は、どこか心地よく感じてしまっている。
あれ、つまりそれは、どういうことだ?
「お風呂、いただきました」
「……っ⁉︎」
突然背中に声がかかり、思いっきり肩を振るわせて驚いた。おかげで直前の思考は雲散霧消し、余計な結論を出さずに済んだけど。
ソファ越しに振り返った出灰は、当然制服から着替えていて、白いルームウェアを着用している。下着と同じ色だとか思っちゃった俺はあと三百回くらい死んだ方がいい。
風呂上がり故にか少し上気した頬と湿った髪には、普段ない色気のようなものを感じてしまった。
だが次の瞬間には、髪の毛はなぜか完全に乾いている。
ドライヤーを当てたわけでも、バスタオルで拭いていたわけでもないのに。
「奇跡の業の無駄遣いでは……」
「これくらいならいつもやっています」
奇跡だの神秘だのと大層なことを言っていたが、出灰にとってはなんの苦もない、それこそ手足のように使えるものなのだろう。
それに、聞かされた説明と矛盾している点は見つからない。
事象の短縮。
過程や工程を全て無視して、結果だけを手にする。今髪を乾かしたのでも、ドライヤーをかけたり自然乾燥を待ったりといった過程を省き、髪が乾いたという結果を持ってきた。
つくづく便利なものだ、魔術とやらは。
「さて、明日からのことについて、いくつか決め事をしておきましょう」
「生活する上でってやつ?」
少し離れて隣に座った出灰は、真剣な顔で言う。
他人同士の男女が一つ屋根の下、なんてのは、フィクションで見るよりも面倒なことが目白押しだ。
事前に決め事を作っておかなければ、必ずどこかで揉めてしまう。あるいはトラブルが起きてしまう。
「それもそうですが、それよりも天宮さんの命を守るための決め事です」
「ああ、そっか。そうだよな」
忘れていたわけではないが、いかんせん俺にとっては、今現在の状況の方が異常なわけでして。そんなこと知る由もない出灰は、指折り数えて決め事とやらを告げる。
「まず、登下校は一緒です。外に出かける時も、休み時間もなるべく行動を共にしてもらいます。わたしがいない時も、誰か仲間の一人をあなたにつけます。それから、屋上には絶対近寄らないでください。これは絶対です」
最後のひとつは力強く言われてしまい、俺も頷くことしかできない。まあ、あんなことがあった後で、しかも出灰からはループした二日間のことも聞いている。
あの化け物、魔物が現れるのは決まって屋上だったみたいだし、俺としても無闇に近寄るのは避けたかったところだ。
「でも、出灰の仲間っていうと、土御門と桐生以外に誰がいるんだ? 黒霧先輩とか?」
「そうですね。姉さんとカゲロウ、蓮の三人はまず確実です。あとは一応、未熟ですが丈瑠もいないよりマシでしょうか」
三年生の先輩方三人は分かる。結構有名だから。しかし丈瑠、という人に関してはさっぱりだ。随分棘のある口振りだったが、出灰はその人のことが苦手なのだろうか。
首を捻っていると、珍しく渋い顔をした出灰が、苦虫を噛み潰したような声を発した。
「丈瑠はわたしたちと同じ生徒会役員の二年生です。それと、朱音に粉をかけてる男でもあります。天宮さんも彼が朱音に近づきすぎないよう、注意して見ていてください」
「お、おう。そうか……」
親友大好き出灰さんとしては、その二年の先輩にいい感情を抱いていない、ということか。
そういえば昨日の朝、朝礼が始まる前に土御門と桐生と三人でそんな話をしていたような。あの桐生朱音がデート、という一部の男子からすれば信じたくない話題だったので、記憶に残っている。
あの桐生がデートするような相手とは、果たしてどんな先輩なのか。陽キャバリバリのチャラい人だったら嫌だな。粉をかけるって表現からしても、なんかそんな感じがするし。
「校内だとあとは、聡美も頼りになりますね。頼りたくはないのですが」
「久井先生のことか?」
「はい。わたしが天宮さんにかけて暗示を解いたのは、彼女ですから。正直、今すぐにでもぶん殴りにいきたいくらいです」
おぉ……あの出灰がぶん殴りたい、なんてちょっと乱暴な言葉を使うほどとは……さすが久井先生、ドン引きだぜ。
「校内なら朱音と姉さんがいれば、大抵のことはなんとかなります。この二人が最強です」
「へぇー」
「基本魔物は市内にしか出現しませんが、この街全体を見ても朱音と姉さんの二人が最強です」
「へ、へぇ……」
こいつただ親友と姉が大好きなだけでは? 俺は訝しんだ。
そんな考えが見透かされてしまったのか、出灰は半目でジトーっと睨んでくる。
「信じていませんね? そもそも天宮さんが生きているのは、朱音のおかげでもあるのですよ」
「えっと、なんだっけ。時間操作?」
「時界制御です。基本的に彼女、もしくは第三者の主観による時間、すなわち人それぞれが持つ時界と呼ばれる概念を自在に操り、制御する力なのですが、彼女はまあ、言ってしまえばこの世界の創造主みたいなものなので」
「創造主」
「ちょっと無理な力の使い方をして、世界そのものの時間を巻き戻してるわけですね」
「チートじゃねえか」
「その言葉は不適切ですよ」
むん、たしかに。チートという言葉は本来、不正行為を意味していたはずだ。
その点、桐生の時界制御たらいう力は、正真正銘彼女の力である、らしい。ならチートという言葉は不適切か。
「まあ、半ば反則というか、世界のルールそのものに干渉しているので、すれすれではありますが」
「おい」
否定するなら最後までちゃんと否定してあげなよ。心の中で納得した俺がバカみたいじゃん。
「かくいう姉さんやわたしの力も、似たようなものではありますけどね」
「昨今のラノベかよ」
「まあ、その話はいいでしょう。最後にもう一つ、もしも不測の事態に陥った時のことを教えておきます」
あまりこの話題は掘り下げたくないのか、露骨に話を逸らす出灰。しかし不測の事態が起きた時の対策は、決めておくに越したことはない。
そうして彼女は、手元になにかを出現させた。さっき着替えを用意した時と同じで、なにもないところにいきなり。
だが今回は決して着替えや下着などではなく、貴金属のアクセサリー。灰色の光沢を帯びたそれは、ブレスレットだ。特にこれといった装飾はされていないが、照明を反射して煌めく様は綺麗だ。
「まず、これを渡しておきます」
「これは?」
「わたしの異能が込められています。異能に関しては、その人にしか使えない特別な力のことです。魔術とは違い、誰でも使えるものではありません。先ほど話に出た、朱音の時界制御がそれに当たります」
その人特有の力ということか。
そして受け取ったブレスレットには、出灰の持つ異能が込められていると。
「わたしの異能は情報操作。この視界にはあらゆるものの情報が映され、演算をもとにそれらを自在に操作できます」
「それは、凄いのか……?」
「例えば、天宮さんの身長を伸ばすこともできますよ」
凄い、のか……? なんともイマイチ凄さが分かりづらい。いや、たしかに。今この場ですぐに身長を伸ばせられると聞けば、それは凄いことなのだろうけど。
しかし、先ほどの話と統合して考えれば。
世界のルールそのものに干渉している、という言葉を鵜呑みにするならば。
それはすなわち、この世界、この惑星自体を、出灰は支配できるといっても過言ではないのではなかろうか。
「わたしがその異能で最も得意としているのは、情報の遮断です。そのブレスレットをつけている限り、あらゆる攻撃はあなたに届きません」
「おぉー」
「ちなみに、今ブレスレットを出現させたのもわたしの異能によるものですね。出現させたというか、今ここで作ったばかりになりますが」
「なんでもありだな、情報操作」
「ええ、わたしの演算可能な範囲内であれば、なんでもありです。限定的な全知全能とでも思っていただければ」
ほんのわずかに動いた表情は、ふふんとドヤ顔気味。いちいち可愛いなおい。
「ただし、そのブレスレットは攻撃から身を守ってくれるだけです。魔物を、ましてや魔術師を撃退するためのものではありません。もしなにかしら不測の事態が起きて、あなたがひとりになってしまった場合。桐生探偵事務所に逃げ込んでください」
「それってたしか……」
「はい、朱音の家です。場所は分かりますか?」
その問いには頷く。俺は出灰や桐生、土御門と同じ中学出身だ。桐生が転入してきた頃から、実家の探偵事務所を宣伝していたことは知っているし、気になって何度か前を通ったこともある。
なんなら高校に入ってからも、彼女は改めて実家の宣伝をしていた。話を盗み聞いた限りでは、割と閑古鳥が鳴いているらしい。
「少なくとも、朱音の父親と狼犬が事務所にいるはずです。少々驚くかもしれませんが……」
「驚くって、なにに?」
「父親の年齢に」
わざわざ事前に言っておくほどのものだろうか? 若くして桐生が生まれたとしても、四十に満たないくらいの歳だろう。それなら珍しくは思うものの、別段驚きはしない。
なんなら四十付近の人は年齢の違いが分かりにくいし。
「まあ、驚かないよう努力はするよ」
「そうしてあげてください」
さて、これで粗方決めるべきことは決まったか。
といっても、今話していたのはあくまで、今後の俺の行動についてだ。まだ他にも、出灰とは話しておかなければならないことがある。
「で、はなはだ不本意ながら、これから暫く同居生活になるわけだけどさ」
「不本意なのですか」
照れ隠しだよ言わせんな。
いちいち反応していたらまた冗談ですとか返されそうなので、出灰のちょっと不満げな視線はスルー。
「出灰は母さんの部屋を使ってくれるか?」
「わたしが言うのもなんですが、勝手に使ってもいいのですか?」
「あー、気にしなくていいよ。あの人、私物とか特に何も置いてないからさ。ベッドと机くらいしかないよ」
「正直、屋根の上とかでもわたしは問題ありせんよ。吸血鬼ですから」
「別の意味で問題大アリだよ」
客人を家の外に放り出すわけにはいかない。常識的に考えて。
「……てかさ、やっぱり吸血鬼だと夜の方が元気なわけ? 月の光に当たってる方がいいとか?」
「いえ、別に月の光は関係ありません。できればふかふかのお布団で眠りたいです。寒いですし」
「じゃあさっきのはなんだったんだよ……」
「吸血鬼ジョークです」
だから分かりにくいんだってそれ!
てかこいつ、冗談挟む頻度高いな……。
「夜の方が力を出しやすい、と言う意味では肯定しますが、昼間だからと言って弱いわけではありませんよ。安心してください」
「そこの心配はしてないけどさ……」
「可能であれば、天宮さんと同じ部屋の方が良かったのですが」
「それはダメ」
絶対にダメ。いくら俺にその気がないとはいえ、あまりにも世間体がよろしくない。
お互い、思春期の男女だ。多感なお年頃だし、出灰の両親だってそんな話を聞けば卒倒してしまうに決まっている。
「ん、そういや出灰、うちに泊まるってことは連絡したのか?」
「いえ、まだですよ……そうですね、今からしておきましょうか。ついでに、わたしに変な気を起こしたらどうなるのかも、見れるかもしれませんし」
その言葉の意味を計り兼ねて首を傾げていると、出灰はスマホを取り出してスルスル文字を打ち込んでいく。
指の動きが止まり、おそらく保護者に連絡を入れたのであろう、その次の瞬間だ。
バゴォォォォォォン!!!!
と、およそこの世のものとは思えないような轟音が、鼓膜どころか体全体、いやこの家すらも震わせたのは。
「なっ、雷⁉︎」
そう、雷である。外は一瞬光っていた。それも音が聞こえるのと同時に。つまり、この近辺に落ちたということに他ならない。
「わたしの家に落ちましたね」
「大丈夫なのかそれ⁉︎」
「まあ、カゲロウがなんとかしてくれているでしょう」
すっごい他人事だけど、本当に大丈夫なのかそれ? 不安でしかないんだが?
「え、てか雨降ってなかったよな?」
「そうですね。あれは自然現象ではありませんから」
「……つまり?」
「わたしに対して変な気を起こして手を出せば、あの雷がここに落ちます。安心してください、当たれば即死ですがブレスレットをつけていれば当たりません。黒いのが来たら諦めましょう」
「諦めないで!!」
真矢みきもかくやという勢いの言葉も、残念ながら出灰は無表情で受け流すだけ。
黒いのが来たらどうなるっていうんだよ。てか黒いかどうかとか確認する暇ないだろ、雷だぞ。
「ところで天宮さん」
「あ、今の話もう終わり?」
結局諦める方向で行くの?
「明日の予定はどうなっていますか?」
「明日? そりゃ普通に学校だろ」
「明日は土曜日ですよ」
「……」
普通に忘れてた。危ない危ない、出灰がいなければ、部活にも入っていないのに休日にわざわざ登校する物好き、もとい変人になるところだった。
これも今日一日で色々ありすぎたせいだ。昨日一昨日の記憶が一気に戻ったことも、多少は混乱しているかもしれない。
なにせ、二日分の情報量が一気に流れ込んできたのである。そりゃ頭痛も酷くなるし、倒れもする。
「休みっていうなら、まあ一日中家にいるかな。一緒にゲームでもするか? 色々置いてるけど」
誕生日、あるいはクリスマスなど、世間一般の子供たちはプレゼントをもらえるチャンスが確実に年に二回は訪れる。十二月下旬生まれの人は置いとくとして。
うちの母親は、普段俺と関わらないくせに、誕生日とクリスマスだけは絶対にプレゼントを用意してくれていた。一日を一緒に過ごしてくれるわけでも、直接祝ってくれるわけでもない。
ただ、プレゼントのゲームだけは毎年、新作を用意してくれていたのだ。
それが何故なのかはわからない。どういう感情で、準備していたのかも。
構ってやれないからこれで一人で遊んでろ、ということなのかもしれないし、あるいは純粋に善意と罪悪感でということもある。なにを用意すればいいのか分からない不器用な母親なのかもしれない。
けれど、その本意をたしかめたことは、一度だってなかった。
「ゲームはダメですね、すべてわたしが勝ってしまいます」
「お、そんなに言うなら今からでもやるか? 現実じゃ絶対無理でも、ゲームなら負けるつもりはないぞ?」
「情けないと思わないのですか……?」
「言うなよちくしょう」
そんなの自分で分かってるよ。
飯は作ってもらうことになった挙句、食費も出灰の自費。しかも高校男児が同級生の女子に腕っぷしも叶わない上に、守ってもらうことしかできない。挙げ句の果てにはゲームでマウントを取ろうとする。
情けなさの大役満だ。
「まあ、ゲームの相手は今からしてあげるとして。明日のことです」
「なにかあるのか?」
「はい。明日は一日、デートをしましょう」
そう言った出灰の顔は、いつもと変わらない無表情、無感動そのものだったけど。
そうしようと努めているような、妙な感覚があった。




