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異世界桜前線 4

 森の入り口付近に、多くの魔導師が倒れ伏している。命までは奪われていないが、しかし誰も目を覚ます気配はない。

 ある者は足の骨を砕かれ、またある者は足を斬り落とされ、別の者は内臓にまで相当のダメージを負ってはいるが。

 それでも、一線を越えそうな者は一人もいなかった。


 この惨状を作り上げた本人、黒霧緋桜は、思いの外拍子抜けな魔導師たちをサッと見渡して、心の中で詫びを入れておく。

 殺してはいないが、後遺症が残る奴はいるかもしれない。まあ、手足を切り落とされたり骨を砕かれた程度なら、魔導とやらの力でいくらでも元通りになるだろう。

 進んで殺したいわけでもないし、かと言って本気で殺しに来てるやつらが相手だ。向こうも相応の覚悟はあったと思っておこう。


 緋色の刀を肩にかけ、ただ一人残ったこの街の領主に向き直る。


「お前が雇った魔導師はご覧の通りだが、どうする? まだ続けるか?」


 桃とハクア、それから吸血鬼のやり取りは、離れたここからでも通信越しに聞いていた。一連の事件の犯人は、まず間違いなくこいつだ。ここからどんな隠し球があるか分からない。だから警戒を怠らずにいたのだが。


「くくくっ……」

「なにがおかしい?」


 不気味な忍び笑いが漏れて、緋桜は眉を顰める。刀は弓へと姿を変え、いつでも撃てるように矢を番えた。


「いや失敬。まさかもう勝ったつもりでいるとは……異世界の魔導師というのは、随分とおめでたい頭をしていらっしゃるのですね」


 ニタリ、と。その唇が三日月に裂ける。

 背筋に悪寒が走った。ほぼ反射的に矢を放つ。頭を的確に狙った一撃は、空気を裂いて音を越え、敵を屠るためだけに駆ける。

 そのはずだった。


 矢は敵へ辿り着くこともなく、魔力の粒子になって霧散してしまう。予想外の光景に目を剥く緋桜。

 起きた現象を正確に把握できてしまうからこそ、驚愕を禁じ得ない。


「魔導収束だと……⁉︎」

「ご存知でしたか。いや、たしかこの術はタカナシアオイ様が開発された。なら異世界人が知っていても不思議ではありませんね」


 虚空から取り出した錫杖。そこに魔力が吸収されている。

 たしかあれは、緋桜と桃が最初に捜索を依頼された杖だ。写真で見せられたのを覚えている。


 魔導収束は、あくまでも緋桜たちの世界の魔術だ。それも、現代魔術に分類される。

 現存する全ての現代魔術は、強化など一部を除いて魔法陣の展開がなければならない。

 つまり、先程の魔導収束はあの錫杖によるもの。どのような力を持った魔導具なのかとは思っていたが、まさかよりにもよって魔導収束とは。


「私はこの杖で、人類最強と同じ力を手にした! 全てあの方のお陰だ!」


 高らかな笑い声は、勝利を確信した者の驕りに他ならない。

 さすがにため息を我慢できず、それが癪に触ったのか、領主の男は強く睨め付けてくる。


「もう諦めましたか? ふっ、それも致し方ないこと。いくら異世界の魔術師と言えども、あなた方の世界が産んだ最強と同じ力なのですから」

「得意げになってるところ悪いんだがな」


 術式を構築し魔法陣を展開する。

 なんの捻りもない、とてもシンプルで初歩的な、魔導収束の魔法陣を。


「その程度の術なら、俺でも使える」

「なっ……⁉︎」

「あの人が最強なのは、その術があるからじゃねえよ。なんでこの国に住んでてそんなことも知らないんだ」


 緋桜の展開した魔法陣が、錫杖に吸収された魔力を取り返す。

 完全に予想外だったのだろう。領主はただ呆然と立ち尽くすのみ。やつが魔導具に頼らず、自身で魔導収束を発動できていたなら、緋桜の魔導収束にも対抗できただろう。

 しかし、魔導具というのは応用の効かないものだ。込められた術式通りにしか発動できない。


「この術は最強でもなんでもない、ただ便利なだけだ。弱点だってそれなりにある」

「おのれ……異世界人風情がっ! 我らスペリオルの大願を阻むのか!」

「おっと、初耳の言葉出てきたな。取り敢えずボコった後、その辺も詳しく聞かせてもらうぜ、領主サマ」

「黙れ! 同じ術が使えると言うだけで、いい気になるなよ若造! 私の手にこの杖がある限り──」


 言いかけて、領主の手にあった杖が、突然砕け散った。

 緋桜がなにかしたわけではない。その背中の、遥か向こうで。ライフルを構えた純白の少女がいる。


「あ、あの方から頂いた魔導具が……!」

「カートリッジもなしに砕けるなんて、随分とちゃちな素材で作られているのね」


 次の瞬間には、ドレスのスカートを翻したハクアが、領主の懐まで潜り込んでいる。

 ここから1キロは離れた位置から狙撃していたはずだ。転移や瞬間移動とも見紛うほどの脚力は、彼女がドラゴンであるからこそ。


 こめかみに容赦なく回し蹴りを叩き込まれて、領主の体が錐揉みに回転しながら吹っ飛ぶ。近くの木を五本も折ってようやく止まり、しかしそれでも領主は立ち上がった。


「結構本気で蹴ったつもりだったのだけれど……」

「魔導具よりかは頑丈そうじゃねえか」


 今しがたのハクアの蹴りは、愛美の本気と相違ない威力にも見えた。つまり、まともに食らっていたら頭の中身をぶちまけていたことになるはず。そうなっていないということは、なにかしらの防御が間に合ったのだろう。しかし、魔力が動いたようには見えない。なら異能のような力か? 


 訝しむ緋桜に、ハクアがポツリとこぼす。


「それに、手応えがおかしかったわ。人間の頭よりも硬かった」

「おいおい、まさか人間じゃないとか言わねえよな?」


 裏を返せば、人間の頭を蹴り飛ばしたことがあると言うハクア。そういうことサラッと言われるとびっくりするでしょうが。


「もう許しませんよ、我らの悲願を理解できない劣等種どもが……!」

「聞かされてもないことに理解なんかできるかよ」

「ならば聞かせてやりましょう! 我らスペリオルは、この世界に変革を齎すのです! 正義のために、未来のためにッ!!」


 大仰に手を広げて叫ぶその姿は、もはや半狂乱と言っていい。不気味な笑い声を挙げて、その悲願とか言うものに酔っている。


 ふざけたセリフだ。舌打ちを隠そうともせず憤る緋桜だが、隣に立っている純白の少女は、それ以上だった。


「そのために、街を呪って、エスピノを排除するしようとしたというの……?」

「ええ、そうですとも。白龍様、あなたなら分かるでしょう! 何万年も生きたあなたなら、腐り切ったこの世界は変革を必要としているのだと!」

「分かるわけないでしょう、そんなこと!」


 即答で否定されると思っていなかったのか、領主は心底不思議そうに首を傾げた。


「無関係な街の人たちを犠牲にして、その人たちを助けるために自分の身を削るエスピノも利用して! そんなものが、正義のためなわけがないわ! それは許されざる悪よ!」

「はて、おかしなことをおっしゃる。大願のために小さな犠牲はつきもの。まさか、全てを救うなどと傲慢なことまでおっしゃるつもりですか?」

「そんなことは言わない。わたしにそんなことを言う資格はない。けれど、この手が届く人たちのことを、見捨てようとも思わない! わたしはそうやって、これまで旅を続けてきたのだから!」


 叫ぶ。ただただ叫ぶ。

 魔力も持たず、小さな少女の体に変わり果てたドラゴンが。決して曲げない自らの信念と、激情を。


「くくくっ、綺麗事でしかありませんねえ! 正義のヒーローにでもなったおつもりか!」

「あなたを止められるなら、ヒーローにだってなってあげるわ!」

「よろしい、ならば止めてみるといいでしょう! 私は全霊を持ってあなた方を倒し、この街をあの方への、赤き龍への手土産とさせていただきます!」


 領主が服の裾を捲り上げると、機械の腕が顔を覗かせた。それが変形、展開し、懐から取り出したなにかをそこへ差し込む。


『Reload Hornet』


 無機質な機械音声は、ハクアの龍具と似たもの。

 奇しくもハクアが言ったように、領主は人間ではなかった。見た限りは機械。しかしその姿も、赤い球体に包まれて隠される。


 球体がドロドロと溶けて消え、中から現れたのは巨大なスズメバチだ。

 その体は真紅に染まり、尾の長い針からは一目見て毒と分かる液体が滴っている。


「カートリッジシステム……⁉︎」

『くくっ、ドラグニアだけの技術ではないのですよ、これは! そして私こそ、スペリオルの中でも選ばれた精鋭! カートリッジを使うことを許された機械生命体、スカーデッド!』

「おいおい、ドラグニアの領主じゃなかったのかよ……」


 さすがに想定外の出来事すぎて、緋桜も唖然としてしまっていた。

 しかし、やることは変わらない。敵の見た目も分かりやすく魔物っぽくていい。


 虚空から、緋色の桜が咲き乱れる。黒霧緋桜だけが持つ魔術。キリの力の一端であり、彼の想いに呼応して、満開に咲く異界の花が。

 タバコに火をつけながら、不敵に笑ってみせる。


「さっきの言葉は痺れたぜ、ハクア。正義のヒーローってのは俺《《たち》》の性に合わないが、そういうやつを支えるのは好きなもんでな。むしろ、得意分野と言ってもいい」


 言った瞬間、スズメバチの周囲に大量の魔法陣が展開される。

 四方八方から襲いかかる、容赦のない魔力砲撃。様子見なんかじゃない、完全に殺す気のその攻撃を、真紅の巨体がギリギリですり抜ける。


「準備は?」

「完璧」


 誰もいないそこへ問い掛ければ、現れた魔女から返事が。

 その手には長杖を持っている。先端が桜の花を模した意匠の杖は、桃が持つ最強の力。


位相接続(コネクト)、オーバーロード」


 そして、力ある言葉が解放される。

 緋桜が展開していた花びらが全て桃の体に収束して、鮮やかな緋色に染まったアウターネックのドレスと三角帽子(ウィッチハット)を身に纏う。


緋に散る魔の探究者(レコードレスウィッチ)


 荒れ狂う魔力が、一本の杖に制御される。

 正真正銘、黒霧桃の全力全開。


 己の正しさを叫び戦う、純白の少女を導くために。


「道は俺たちが開く」

「だからハクアは、あいつにとっておきをお見舞いしてやって!」

「ええっ、任せてちょうだい!」


 まず最初に動いたのは、敵のスズメバチだった。機敏な動きで宙を駆け、上空から襲いかかる。対するは、緋色の刀を手にした青年。大地を蹴って跳躍し、刀と毒針が交錯する。


『あまり調子に乗らないことです! スカーデッドの力、その身に刻んであげましょう!』

「無理なことは口にするもんじゃないぜ、蜂野郎!」


 刀を振り抜き押し返して、そのまま上空から加速する。


緋桜一閃(ひおういっせん)


 紡がれるのは短い詠唱。

 その言葉通り、すれ違い様に緋色の刀で一閃。翅を斬り落とされたスズメバチは、地上へと落下していく。


 そこで待ち受けるのは、実に楽しそうな笑みを浮かべる魔女だ。


「スカーデッドってのがどういうやつかは分かんないけど、わたしの魔術はどこまで通用するかな?」

「おのれッ……!」

「我が命を以って名を下す!」


 詠唱の開始と共に、夕焼け色の空が夜の闇で覆われた。本当に夜が訪れたわけではない。魔女がその圧倒的な魔力で再現したものだ。事実、スズメバチは驚愕している。なぜならそこに、彼の知る星座はひとつもないのだから。


 そして、夜が訪れたというのも正確な表現とは言えないだろう。

 天地が消失し、三百六十度全域が真っ暗闇に包まれている。

 擬似再現しているのは夜じゃない。宇宙だ。


「我は深淵に生きる魔の支配者! 遍く星の煌めきよ、この夜を照らす命の輝きよ! その意思と力をここに示し、宇宙(ソラ)へと至る道を開け!」

『な、なんですかその馬鹿げた魔力は……こんな魔力、人間が持てるものじゃない……化け物だ……!』

「失礼だな、わたしは魔女。化け物なんてちゃちな言葉に収めないでよ」


 掲げた手を振り下ろす。

 それはまるで、死刑執行の合図のように。


夜天星煌(ウラノメトリア)!!」


 瞬く星々から、爆発的な光と衝撃が放たれた。ただ一匹の虫に耐え切れるエネルギーではなく、星の光は容赦なく敵を焼く。


「ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 断末魔の叫びを上げて、真紅の巨体はついに地面に墜落する。

 だが、まだ終わりじゃない。ここまではあくまでもお膳立て。


『Reload Execution』

『Dragonic Overload』


 無機質な機械音声が響き渡る。

 片膝をついてライフルを構えたハクア。その銃口の先には、二重、三重、と魔法陣が重なっていき、やがてその数を六つに増やした。


『ま、待て白龍! 私の体には強力な呪いが蓄積されている! ここで私を殺せば、少なくともこの街、酷くて国の半分は呪いに覆われるぞ!』

「知ってるわよ、そんなこと」

『は……?』


 命乞いに対する返答が予想外だったからか、間の抜けた声が。

 次いで、ズシン、と。地面が揺れた。

 地震ではない。森の奥から響いてくるそれは、足音だ。


『な、ななな、なぜ、どうしてだ! どうしてお前がいる! エスピノッ!!』


 紫の鱗を持ち、強靭な二本の足で地を踏みしめるドラゴン。腕と一体化した翼は折りたたんでいるが、鋭い眼光がボロボロになったスズメバチを睨む。


『なぜ、とは。それを尋ねるのか、人間。いや、今の貴様を人間と呼ぶべきではなさそうだが』


 真紅の巨体から黒い靄が、呪いの瘴気が噴出して、エスピノの体に吸収される。

 呪毒龍の力。呪いや毒を吸収し、その体に蓄積する力だ。


『やめろ、やめてくれ……! 呪毒龍、お前はまたしてもっ、私の邪魔を!』

『何度でも邪魔してやろう。貴様が人々の平穏な暮らしを壊そうというならな。さあ白龍様!』

「ええ、これで終わりよ!」


 引き金が引かれた。充填された魔力が全て解放される。六つに重なった魔法陣を透過して、白い極光が迸る。

 スズメバチの体は容易く飲み込まれて、その背後にあった森の木々を蒸発させて抉り取った。


 光が晴れた先には、何も残らない。

 緋桜が今までの戦いで見てきたどの魔術にも劣らないほどに、壮絶な一撃だった。

 しかしその代償としてか、ハクアのライフルはところどころ火花が散って、ついにはボフン、と煙を立て始めた。


「エスピノ! もう大丈夫なの?」

『ご心配をおかけしました、白龍様。ユウゴのおかげでこの通り』


 エスピノが首を向けた先で、吸血鬼のユウゴが木の影からヒョコリと顔を覗かせる。

 銭湯では足手まといになるからと、すぐそこで隠れていたらしい。


「いやいや、僕は大したことはしてないよ。実際に術を使ったのは魔女殿だし」

「謙遜する必要もないと思うけどな。実際凄いよ、あの術式は」


 エスピノが目覚めたのは、ユウゴの持つ特殊な魔術のおかげだった。


 反転魔術。

 その名の通り、あらゆる事象を反転させる魔術。ユウゴ自身はそれを自分にしか使えない。しかし彼が太陽の下でも活動できていたのは、その魔術のおかげである。

 その魔術を桃が一度見ただけで再現してしまい、しかもユウゴ本人には不可能な他人への行使までしてしまい、エスピノを目覚めさせることができた。


 桃が言った通り、実際かなり凄い魔術だ。

 自分にしか作用しない点を除いても、事象の反転などと言うのは誰にでも出来る芸当じゃない。


「とりあえず、これで一件落着だな」

「だね。これ以上面倒ごとに巻き込まれる前に、わたしたちはさっさと退散しちゃおっか」

「そう言うわけだ。ハクア、アリスさんへの報告は任せる」

「え、ちょっと二人とも⁉︎」


 桃と揃ってハクアたちに背を向けて、森の向こうへ足を向ける。

 呼び止める声には振り返らない。二人がここでやるべきことはもう終わったし、変に足止めされるのもゴメンだ。アリスに会えば、間違いなく事情聴取とかで捕まる。


「じゃあね、ハクア。ま、そのうちまた会えるでしょ、旅を続けてたら」

「さて、次はどこ行こうか」

「そろそろドラグニアを出たいね。北に向かう?」

「ノウム連邦は温泉があるらしいぞ。織が言ってた」

「お、いいねえ温泉。じゃあ決まりだ」


 そうして、二人の旅はまだまだ続く。

 少なくとも、この世界の全てを見て回るまでは。



 ◆



 数日後、ドラグニア王都。王城のとある一室にて。

 とある街での事件を片付けたハクアは、ここでアリスにことの詳細を話して聞かせていた。


「そうですか、桃さんと緋桜くんは逃げたんですね……」

「逃げた、というのは少し違うと思うけれど……でも、あの二人がいなかったらまだ解決できていなかったかもしれないわね」


 異世界人の旅人二人には、随分と助けられてしまった。

 事件のこともそうだが、エスピノを助けてくれたのも桃だ。ハクアにとって大切な友人であり、彼を助けてくれただけでなく、彼が持つ正義の心を笑わず、力を貸してくれた。


「そこですよ、白龍様」

「どこ?」

「今回のことにしてもそうですけど、白龍様一人じゃかなりキツかったじゃないですか。そろそろパートナーを探してもいい頃だと思います」


 またその話か、と内心で少し辟易としてしまう。アリスもハクアにとって大切な友人だが、会う度に同じことを言ってくるのはどうなのだろう。


「何度も言っているじゃない。わたしにまだその気はないわ」

「だったらいつその気はなるんですか。特に最近は、白龍様も遭遇したスペリオルの件でピリついてるんですから。一人は危ないですよ」


 あのスズメバチが言っていた、スペリオルという言葉。あれはどうやら、やつらが所属する組織の名前らしい。

 そしてそのトップと見られているのが、異世界に封印されていたはずの赤き龍。


 ハクアにとって、決して無関係とは言えない。旅を続ける理由が一つ増えた。

 だからこそ、気軽にパートナーを持つわけにもいなくなる。


「どういう相手だったらその気になってくれるんですか? まだパートナーを持たない人たちもいますし、紹介しますよ?」

「どういう相手って聞かれても……」


 あまり考えたことがなかった。まあ、そもそよ持つ気がないのだから当然だけど。

 だからあくまでも適当に、ふと頭の中に思い浮かんだ言葉を発する。


「そうね。例えば、ヒーローみたいな子とか、かしら?」

「なるほど、探してみますね! 任せてください、ドラグニア王家が白龍様から受けた恩を考えると、これくらいはやってみせます!」

「あとはそうね、誓約龍魂(エンゲージ)してもいいと思えるような子なら、なおいいかも」

「ダメですよ⁉︎」


 禁止されてる術の名前を出せば、ようやく冗談だと気づいてくれたのだろう。アリスはため息を吐いてジト目を向けてくる。


「わたしが言っても説得力はないと思いますけど、誓約龍魂(エンゲージ)は古代の術式なんですから。おいそれと使わないでくださいね」

「分かってるわよ。それより、わたしのライフルはどうなったかしら?」

「もう少し時間がかかりそうです。銃身が完全に焼き付いてましたし」


 それから話は故障した龍具の件に移っていく。ただ、ハクアは心の片隅で思う。


 いつか、この先の未来で。

 わたしの旅を終わらせてくれるヒーローが、現れてくれるなら。


 そんな運命を、希望を、待ち望むくらいは許されるだろう。

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