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異世界桜前線 3

 ハクアから色々と話を聞いた桃と緋桜は、彼女と分かれて一度街に戻った。

 眠っているエスピノを守るためにもハクアはあの場を離れられず、しかし動かないことには事件の解決もできない。桃と緋桜の登場は、彼女にとって渡りに舟だったろう。


「本当なら、もっと早くに気づくべきだったな。そもそも街の様子からしておかしい」

「うん。呪われてるにしては、普通すぎる」


 この街に来た時点で、桃と緋桜も敵の呪いにかけられていた。

 認識阻害と似た類の効果を発揮しているが、もしもそれが単なる認識阻害の魔術なら魔女が見逃すはずもない。


 後悔を口にしながら二人がやって来たのは、この街一番の病院。

 そこに呪いの被害者がいると考えているわけではない。街の人たちに改めて聞いてみようとも思ったが、恐らくは呪いの影響で答えられないだろう。無用な混乱を起こしてしまう可能性もある。

 だから二人は、領主が話していた医者を訪ねることにした。


 病院に入って直ぐ、受付に座る看護師にブローチを見せながら、聞いていた名前を出す。


「この病院にユウゴって医者がいるって聞いて来たんだけど、会わせてくれる?」

「しょ、少々お待ちください!」


 王家のブローチを見せられた看護師は、顔を青くして奥に引っ込む。元々、特別な人間しか持たされないブローチだ。しかも王家の関係者。一般人の看護師さんからすれば、突然そんなやつがやってくれば血の気も引く。


「効果絶大だな、それ」

「わざわざドラグニウムまで使ってるらしいよ。ほら、ドラゴンにしか加工できないっていう鉱石。その上でアリスちゃんの魔力も込められてるから、人間でもドラゴンでも、絶対に壊せない」

「偽物を作るようなこともできないってわけだ」


 桃が手元でブローチを弄ぶのを眺めていると、看護師の女性が戻ってきた。ご案内しますという言葉に従い、彼女の後ろをついて歩く。

 院内に患者の数は少なく、本当に呪われている街なのかと疑うほどだ。それでも全くいないわけではなくて、足にギプスを嵌めたやつや赤い顔にマスクをしてるやつ、妊婦さんもいる。

 ここはいわゆる、総合病院と言われる類の病院らしい。


 案内された先の応接室に入ると、目的の人物は既にソファに腰掛けていた。


「やあやあ、ようこそいらっしゃいました! 僕がユウゴ・フォルトナーです! いやぁ、まさかこの街で同じブローチを持つ方にお会いできるとは!」


 立ち上がって陽気に挨拶してくるユウゴは、歳の頃三十代半ばといったところか。目の下には隈が出来ていて、剃り損ねた無精髭も生えている。随分と忙しくしているようだ。

 そんな彼が懐から取り出したのは、桃が持っているのと同じ、王家の紋章が刻まれたブローチ。


「へえ、あんたも持ってんのか、それ」

「僕は元々、宮廷医を賜っておりましてね! 世界を見て回りたいとアリス様に願い出たところ、こちらのブローチを選別にと!」

「もしかしてアリスちゃん、これ結構ばら撒いてるのかな」


 このブローチが与えられるのは、アリスを始めとした王家の人間が信頼した相手にのみ。その信頼というのも、並大抵のものではダメだ。なにせ王家の権限を一部譲渡されているのだから、確実に悪用しない相手でなければならない。

 緋桜が知る限り、織たち元の世界の仲間たちにも渡されていたはずだ。それからドラグニアの宮廷魔導師長であるシルヴィアに、蒼も当然持っている。イヴとアダムも一応持っていると言っていたか。


 アリスにとっては、その誰もが異世界で多くの戦いを共にした大切な仲間たち。

 つまり、そのレベルの信頼がなければ、このブローチは渡されない。


 この、どっからどう見ても徹夜明けのくたびれたおじさんにしか見えないユウゴが、どのようにしてアリスの信頼を勝ち取ったのか。興味はあるが、時間はあまりない。早速本題に入ろう。


「単刀直入に聞くよ。呪いの被害者に会わせて」

「了承しかねます」


 即答。

 先程までの陽気な態度はどこへやら。彼の真剣な眼差しは、医者としての表情。


「幸いにして死者は一人も出ていませんが、それでも現在進行形で呪いに蝕まれている者たちばかり。なにがきっかけとなり、あなた方にも感染してしまうか、未だ明確になっていないのです」

「そっか。なら仕方ないかな」


 意外にも素直に引き下がった桃は、そこらの呪術なら勝手に弾いてしまう。それでも引いたのは、自分たちが既に呪いの影響下にあるからか、あるいは。


 しかし、今のやり取りだけでも収穫があった。

 この男、ユウゴ・フォルトナーは、被害者の存在をちゃんと認識していた。


 午前中の桃と緋桜や、街の人たちのように、被害者のことが意識から外れていたわけではない。しかも口振りから察するに、被害者たちの居場所も把握している。


 これで、二人があった時点で呪いの影響下になかったのは三人目。

 街の領主にハクア、そしてユウゴ。

 このうち、ハクアは確実にシロだ。アリスの友人であることが確認できている。だから有力な容疑者は、残りの二人になるわけだが。


「被害者を見せてもらえないなら、一つ聞きたいんだが」

「僕に答えられることなら」

「首筋に、噛み跡のようなものはなかったか?」


 自分のそこを、とんとんと指で叩く。

 ふむ、と考え込むユウゴ。被害者の様子を思い出しているのだろう彼は、その後すぐに首を横に振った。


「僕が見た限りではありませんでしたね。なぜそのような事を?」

「どうにも、今回の件は吸血鬼が絡んでるらしくてな」

「ほう、吸血鬼が」


 この世界にも、吸血鬼は存在する。

 大体は元の世界のやつらと変わらぬ習性や弱点を持っているが、大きな違いがひとつ。この世界の吸血鬼は、ひとつの例外もなく太陽の下を歩けない。

 その弱点だけは、どうあっても克服できないのだと。ハクアはそう言っていた。


 正直、そこまで分かれば話は早い。なにせ緋桜の相方は、たった一人の吸血鬼を探し出すのに二百年を費やした魔女だ。

 吸血鬼だけを特定するための魔術なんて、腐るほど開発している。


 それをしない理由は二つ。

 まず一つは、仮に特定出来たとしてもその証拠がなければいけない。特に、桃が使うのは周りの連中から見ると得体の知れない異世界の魔術。信用度はないといっても良い。

 二つ目に、魔術発動のリスク。それ自体を相手に感知されてしまえば、すぐに逃げられてしまう可能性もある。確実に捕まえるか始末するかして呪いを解いてもらわないといけないから、呪いだけ置いて逃げられるのは最悪のパターンだ。


「噛み跡がなかったってことは、吸血行為と呪い自体は関係ないか?」

「かもね。それにしたって、それだけの餌を放置してるってのもよく分からないけど」

「吸血鬼がいること、領主様にはお伝えしたのですか?」

「これからだよ。もしかしたら、呪毒龍ではなくそっちが犯人かもしれないしね」


 呪毒龍エスピノが吸血鬼の被害に遭っている以上、確実にそっちが犯人なのだが。本当のことを言わないのは、ユウゴも容疑者候補の一人だからだ。


 さてこれからどうしようか。

 ユウゴのことをあまり信用しすぎてもいけないし、かと言ってエスピノを敵視している領主にも、協力は頼みにくい。味方だと断言できるのはハクア一人だけで、しかし彼女も街を離れている。

 三人で良い案も出ずにうんうん唸っていると、


「あーもうっ! 面倒だなぁ推理って!」


 バンッ! とテーブルを叩いた桃が立ち上がり、足元に魔法陣を広げた。


「待て待て桃、それは使わないって言ってただろ!」

「わたしたちは探偵じゃないんだから、力技で解決したらいいんだよ!」


 輝き出した魔法陣は、吸血鬼を特定する術式が刻まれたもの。だが、そこに少しのアレンジが加わっている。

 部屋全体の床を覆うほどに広がった魔法陣から、魔術が起動された。部屋の中を光が満たし、緋桜は思わず目を閉じてしまう。


 そして視界を取り戻せば、目の前にいたはずのユウゴが姿を消していた。


「ちっ、あいつが吸血鬼だったじゃん! 緋桜、追うよ!」

「展開が急すぎるだろ!」


 部屋の窓が開いている。そこから逃げたのだろうが、しかし空にはまだ太陽が登っていた。たしか、この世界の吸血鬼は太陽を克服できていないはずじゃなかったか?


「ていうか、さっきの魔術はなんだよ?」

「吸血鬼を特定して自動で攻撃するやつ。聖なる光的なあれだから、結構効いたはずだよ」

「聖なる光的なあれって……」

「ほら、わたし、聖女だから」


 まだ言うか、みたいな白けた目はスルーされ、二人も窓から外に飛び出す。そのまま空から追跡を開始するが、街の外に武装した集団を見つけてしまった。


「あれは……」

「領主が言ってた討伐隊だろ。クソッ、準備が早すぎるなおい」


 その領主の姿も、討伐隊の中に見える。

 さすがに龍の巫女が運営しているギルドのメンバーはいないだろうが、何人か特筆して魔力が高いやつもいた。

 あのメンバーに攻め込まれたら、ハクア一人では長く持たないだろう。


「それなりの手練れも混じってるね。緋桜、そっちお願いしてもいい?」

「分かった。吸血鬼の方は頼むぞ」

「誰に言ってんの」


 それだけ言葉を交わし、桃はそのまま森の方へ飛んでいく。緋桜は討伐隊たちの方へ降りて、そのいく先に立ち塞がった。

 突然空から降りて来た男に一同は困惑しているが、その中から領主が前に進み出てくれる。


「おや、どうかされましたか?」

「それはこっちのセリフだ、領主サマ。随分と準備がいいじゃないか」

「街の一大事なのですから、当然でしょう。もしやあなたは、呪毒龍に与するとでも?」

「そのもしやだと言ったら、どうする?」


 告げた瞬間、討伐隊のメンバーが構えた。

 言葉に反応したわけじゃない。緋桜から発せられる魔力の圧に、彼らの培っていた経験が得物を抜かせたのだ。


 こいつはマズい、と。戦場に生きてきた者なら、誰もが気付く。

 そして一人、目敏いやつが混ざっていた。


「おい、こいつもしかして……魔闘大会で準優勝したやつじゃないか?」


 そう、数ヶ月前にローグで行われた魔闘大会なる催しで、緋桜と桃は準優勝を飾っていた。魔女様は随分と不機嫌になっていたのが記憶に新しい。


 異世界組が上位を独占してしまったあの大会は、数ヶ月経った今でも話題に上がるほどだ。緋桜と桃の写真も、あちこちに出回っていることだろう。

 なんなら二人だけではなく、織や愛美たちの写真だって。


 無駄に有名になってしまったことには辟易としていたが、こういう時には武器のひとつとして使える。

 懐からタバコを取り出し火をつけて、紫煙を燻らせながらも不敵な笑みを浮かべた。


「俺のこと知ってるなら話は早いな。あんたらをこの先に行かせるわけにはいかない。通りたいってんなら、分かるな?」


 ザァァァァ!!! と、虚空から緋色の桜が乱れ咲く。緋桜のことを知っているなら、当然ながらその魔術も知っているはず。

 鮮やかに咲く異界の花が、他者の命を奪う凶器なのだと。



 ◆



 緋桜と別れた桃は、逃げた吸血鬼の反応を追いながら森の上空を飛ぶ。

 空は夕焼け色に染まっているとは言え、未だ太陽が沈みきっていない。この世界の吸血鬼は、ひとつの例外もなく太陽を克服できていないと聞いた。しかし実際、ユウゴと名乗り医者として街に潜んでいたあの吸血鬼は、夜にならずとも外に逃げたのだ。


 なにかカラクリがあるはず。

 吸血鬼と言っても一種の生物。人間を始めとしたその他の生き物がそうであるように、弱点を克服しようと収斂進化するもの。いくら個体数が少なく長命の種族とはいえ、そこは変わらないことは、元の世界の吸血鬼が実証済みだ。

 ならば太陽の光を直接克服できずとも、それに対するなにかしらの方法がある。


 一定の距離を保ちながらしばらく追っていると、相手の動きが止まった。

 同時に、離れた位置から戦闘音が聞こえてくる。どうやら、緋桜が討伐隊と戦闘に入ったようだ。別に戦う必要はなかったし、呪毒龍のことについて説明してくれればそれでよかったのだけど。

 まあ、あいつにもなにかしら考えがあるのだろう。


 一方で、吸血鬼の方は動きを見せない。これ以上様子を見ても仕方ないかと思い、森の中へ降りる。

 ここはハクアとエスピノがいた最深部も通り過ぎて、森の反対側に近い位置だ。この向こうにはだだっ広い平原が広がるのみ。


 ゆっくりと降下してきた桃を、立ち竦む吸血鬼の男が見つめる。

 その目に浮かぶのは畏怖と、ほんの少しの好奇心。


「待て、待ってくれ! 街の呪いは僕のせいじゃないぞ! それにほら! 僕はアリス・ニライカナイ様からこのブローチを……!」

「あー、そういう言い訳は別に聞いてないから。わたし的には、偽物のブローチ持ってた時点でギルティなわけ」


 懐からブローチを取り出しながらも、みっともなく言い訳する吸血鬼。それを意にも介さず、桃はため息と共に軽く指を振る。

 それだけで、ユウゴの持っていたブローチが砕け散った。


「んなっ⁉︎」

「本物はドラグニウムで作られてるの。ドラゴン以外にも加工できない特別な鉱石でね。知らなかった?」


 この吸血鬼が実際に何者で、何が目的なのかは知らないが、ドラグニアのブローチの偽物を持っているようなやつだ。

 放っておけば、絶対厄介なことになる。


「本当に待ってくれ! 君はなにか誤解している、ああそうに違いない僕たちの間にはとんでもなく大きなすれ違いが発生しているんだ! それはとても悲しいことだと思わないかい! だからこそぜひ話し合いのテーブルにつこうじゃないか! 人と人はそうやって分かり合えるはずだ!」


 よく回る口だ。この必死さを見ていると、たしかになにかしら誤解があるのかもしれないけど。エスピノの首元に、吸血鬼の噛み跡があったのは事実。

 桃が、他ならぬ魔女が、それを見間違うはずもない。


「呪毒龍エスピノの血を吸ったでしょ」

「ぎくっ……」


 ぎくって口に出すやつ初めて見た。


「いや、違うんだ。それは正直後悔している。しかし僕も吸血鬼であって、血を吸わなければ生きてはいけない! 生存戦略というやつの一環であって致し方ない犠牲のコラテラルダメージってやつなんだよ!」


 エスピノの血を吸ったことは認めるのか。しかし、街の呪いとは無関係だと言う。どうにも話の流れが見えてこない。

 そもそも吸血鬼なんて、別に血を吸わなくとも魔力があれば生きていけるはずだ。吸血行為は自身の一時的な強化や、眷属を作るために行うものだったはず。あるいは、趣味嗜好の一環として血を吸うやつだっていてもおかしくはないが。


 まあ、こいつがハクアとエスピノの、延いてはその二人(匹?)と協力関係にある桃の敵であることに間違いはない。

 ならば取り敢えずボコしてから話を聞くとして、どう料理してやろうか。


 ふむ、と考え込んだ桃を、言いくるめるチャンスだとでも思ったのだろう。

 ユウゴはそのよく回る口で、ついに余計なことまで口走ってしまった。


「そうだ、君からは同族の匂いがするぞ! しかもかなり濃い! 身近に吸血鬼がいる、それもとても親しい間柄の証拠だ! だったら僕の言い分もわかってくれるよな! な⁉︎」

「百回殺す」

「なんでぇ⁉︎」


 魔女の地雷を踏み抜いたからに決まってるだろうが、馬鹿が。



 ◆



 顔をボコボコに腫れ上がらせた吸血鬼の首根っこを掴み、ハクアの前に転がせる。

 エスピノは残念ながら未だ眠ったままで、しかし桃の処置のお陰か、その寝顔は穏やかなものだ。


「はい、これ。エスピノから血を吸った吸血鬼だよ」

「ずびま゛ぜんでじだ」


 哀れなり吸血鬼ユウゴ。魔女の地雷を的確に踏み抜いたせいでこれ扱いである。

 ハクアが若干引き気味な気がしないでもないが、桃としてはまだまだやりたりないまである。


「えっと……最初から説明してもらえるかしら?」


 さすがにユウゴに同情してしまったのか、ハクアは苦い笑みを浮かべながらもことの成り行きを尋ねた。


 取り敢えず桃が出せる情報としては、あったことをそのまま話すしかない。

 街で吸血鬼を見つけ、逃げられたので追い、道中でエスピノの討伐隊を発見したために緋桜とは別行動。追いついたユウゴを、吸血鬼の再生能力をいいことにフルボッコにしてハクアの前に連れてきた。


 推理もクソもない力技のゴリ押しでここまで事を進めてきたので、事件の真相は未だ見えていない。

 だからここから先は、恐らく当事者の一人であろう吸血鬼から話を聞く。


「ほら、さっさと全部喋って。じゃないと本気で消すよ」

「喋る! 喋ります! だから消さないで!」


 げしげしと桃に蹴られ、怯えながらもユウゴは話してくれた。


 そもそも、吸血鬼ユウゴがエスピノの血を吸ったのは、本人も語った通り生きるために仕方なく、であった。そしてユウゴ曰く、エスピノの同意を得た上での吸血だったらしい。これはエスピノが眠ってしまっているが故に生じた、不幸なすれ違いだ。

 いや全くもって、ユウゴにとっては不幸としか言いようがない。


 その点に関しては、エスピノをよく知るハクアからも理解を得られた。彼なら間違いなく自分の血を分けただろうと。


 ちなみに、血を飲まなければ云々も、ハクアと桃たちの間でしっかり情報共有できていなかっただけだった。

 吸血鬼というその名前のせいで、その大前提を互いに勘違いしていたのだ。

 これも不幸なすれ違いである。


「で、街の呪いについては? てかなんであの街にいたわけ?」

「あの街は僕が来る前からあの惨状だった。呪いの重複とでもいえば良いのか……僕が街に留まったのは、その呪いに興味があったことと、エスピノに恩返しをしたかったのもある」


 ユウゴがどういう性格なのかはなんとなくわかってきたので、そこに嘘はないと仮置きする。そうでもしないと話が進まない。


 しかし、呪いの重複と来たか。

 理論上は可能だろうが、まさか実行に移そうとする馬鹿がいてしまうとは。


「まず、紛失した魔導具。あれは全て、呪いの代価として捧げられた」

「その効果は?」

「街の状況を正しく認識できなくなる。僕は吸血鬼だから呪いに耐性があるけど、そもそも呪術なんてドマイナーな術式、耐性がある方がおかしい。だから街の人たちはみんな、自分たちの街がどう言う状況なのか、正しく認識できない」


 例えば、被害者の現状がどうなっているのか、誰も気にしていなかったように。

 あるいは、エスピノが犯人だと誰もが信じて疑わなかったように。

 認識阻害と同じ効果で、街の人たちの特定のものに対する意識を逸らす。


「当然、それ単体だと大した呪いじゃない。僕もそれだけなら放っておくつもりだったし、エスピノもこんな目には遭わなかったはずだ」

「だろうね。呪毒龍なんて呼ばれるドラゴンなんだし。そんなチャチな呪いじゃこんなことになるはずがない」


 呪毒龍エスピノは、呪いや毒を吸収し、その体に蓄積させる力を持っている。

 彼が眠っているのは、そのキャパを超える呪いを吸収してしまったから。


「わたしがこの街に来た頃には、エスピノはすでにギリギリだったわ。もうやめなさいって言っても聞かなくて、結局こんな目に……」

「いや、それを言うなら僕だって、恩返しがしたいならこの街から遠ざけるべきだった」


 後悔の滲む声がふたつ。

 重たい雰囲気になってしまったが、桃がため息を落とすと二人とも顔を上げた。


「そういうのは後でいいから。それで、結局呪いの重複って、どうやってるの? わたしが知る限りだと、あくまでも机上の空論でしかないはずなんだけど?」

「それは術者がまともな感性の人間だったらの話だ」

「魔術師にまともな感性の人間なんていないでしょ。わたしの親友なんて、四六時中殺人欲求持て余してるし」


 真顔で言えば二人から引かれた。納得いかない。


「異世界の魔術師って怖いわね……」

「そもそも、まともな人間が魔術師になるわけもないしね。ああ、でもそっか。この世界だと魔術があって当たり前だから、魔導師も普通なのか」


 とまあ、そんな話は置いといて。


「てことは、なに。まさかとは思うけど、街に呪いを掛けたその事実自体を代償にして、また別の呪いを発動させたってこと?」

「その通りだけど……よくわかったね……」

「ちょっと考えれば誰でも分かるよ」


 サラッと答えを導き出した桃に、ユウゴは戦慄の眼差しを向ける。


 呪術の発動には代償が必要で、それには二つのパターンがある。

 ひとつが呪う相手に縁のあるもの。

 今回の場合は紛失した魔導具だ。それらは元々街で使われていたものであり、街という単位で使うのなら、実に適したものと言えるだろう。


 そしてもう一つが、自分自身のなにかを削ること。身体でも魂でも、あるいは自身が宝物のように大切にしていたなにかでもいい。

 己にとって価値のあるそれこそ、呪いの代償となり得る。

 今回は術者にとってのそれが、あの街だった。大切な街を呪うという事実を代価として、より強力な呪いを発動した。


 となると、自ずと犯人は見えてくるが。


「と、その前にいくつか確認しとかないとダメなことがあるよね、吸血鬼」

「はいっ! 仰る通りです!」


 優しく声をかけてあげると、なぜか悲鳴じみた返答が。

 取って食おうというわけでもないのだから、そんなに怖がらなくてもいいのに。


「まず、呪いの被害者は?」

「それなら僕が病院の地下に匿ってるよ。僕の血には浄化の力があってね。効力自体はとても弱いから、完全に治せるわけじゃないけど。それでなんとか、一人の死者も出さずに持ち堪えられてる」


 なるほど、異能持ちか。その点も元の世界の吸血鬼と変わらないらしい。


「ならもう一つ。なんでドラグニアのブローチの偽物なんか持ってたの?」

「あ、それ許されてない感じっすか……」


 逆になんで許されたと思っていたのか。


「そんなものを持っていたの?」

「そうなんだよねー。まあ、ドラグニウムで作られてたわけでもなかったから、ちゃんと壊しといたけど」

「ドラグニアの王族に知られたら、ただじゃ済まなかったと思うのだけれど……」

「いや仕方なかったんだよ! 僕みたいなのが街に潜り込むには、ああいうのでも用意しないと!」


 つまり、ブローチの偽物をチラつかせて病院に潜んでいた、と。お陰で話がややこしくなりかけたのだから、もう少し反省して欲しいところだが。

 まあ、呪いの被害者を匿ってくれていたこともある。取り敢えず今は不問としておいてやろう。


「最後に、太陽の光は克服できてないんだよね? どうやって街の外に出たわけ?」

「実は僕が克服してました、的な感じで納得してくれません?」


 ふざけたことを抜かすので、指先に小さな魔法陣を広げた。そこからユウゴの腕に照射される光は、空の元素、つまりは太陽の力が宿った光だ。


「あつッ、あっつい! なにこれ死ぬ! 腕もげちゃう!」

「正直に言え」

「はいごめんなさい! ていうか、君の知り合いの吸血鬼は太陽大丈夫なの⁉︎」

「その話を出すな。もう千回くらい殺すよ」

「全部話します!」


 めんどくさいなこの吸血鬼。もう殺しちゃおっかな。


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