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星を繋ぐ者 1

「宇宙人って実在するのかしら」


 六月。初夏に差し掛かったある日の午後。大学の研究室でレポートを書いていた愛美は、その手を止めて暑さに溶けた猫のように机に突っ伏し、誰に言うでもなく呟いた。


 ここは理学部の天文学科。そう考えると話の内容的にはおかしくないのだろうが、あまりにも突然の話題だ。

 この研究室の主である准教授は、仕事の手を止めて訝しげな視線を送った。


「どうした、ついに暑さで頭が茹だったか」

「そんなわけないでしょ、失礼ね。ちょっと疑問に思ったことを口にしただけよ」


 サーニャのあんまりな言葉に、愛美は唇を尖らせる。まあ実際、暑さで頭がうまく働かず、レポートを書く手も止まっているのだが。

 いくらクーラーで冷えた室内とは言っても、やはりこの時期特有のジメジメとした空気は誰も好きになれないだろう。殺人姫の親友たる魔女は、むしろ好んでいたようだが。


「……一応、聞いておいてやろうか。仮にいたとして、どうする?」

「そりゃ決まってるじゃない。楽しい楽しい異星間交流(殺し合い)よ」

「全く、貴様は……」


 頭が痛いとこめかみを抑えるサーニャは、深くため息を吐いた。せめて娘に悪い影響がなければいいのだが、桐原愛美のこれは亡裏の血によるものだ。

 朱音にも同じ血が流れている以上、影響がないわけがない。


 とはいえ、一人の教師としては教え子の質問に答えなければなるまい。


「結論から言えば、いる。いや、いたと言った方がいいな」

「旧世界では、ってこと?」

「そうだ。外宇宙からの来訪者くらいは、貴様も知ってるだろう」

「クトゥルフ神話のことね」


 北欧やインド、西洋といった土着の神話ではなく、宇宙に由来する神話。

 創作物として広く知れ渡っているが、そんなはずがない。かの作家は、本当に宇宙の深淵を垣間見たのだ。それを文字というツールを使い、万人に理解できる範疇で書き記した。


 旧支配者、外なる神。呼ばれ方や区分等は多々あるが、そういった存在が宇宙人の証明のひとつとなっている。


「……それって結構無理筋じゃない? 宇宙人じゃなくて宇宙神でしょ」

「地球以外の惑星に知的生命体がいるという意味では、なにも変わらんよ。だが、クトゥルフ以外の根拠も当然ある」

「まさか、ドラグニアのこと言ってるんじゃないでしょうね」

「それこそ無理筋というものだ。たしかに異世界とは別宇宙、こことは異なる並行次元と言うべきものだがな。世間一般的な宇宙人とはまた違うだろう」


 異世界とは、読んで字の如く異なる世界だ。あちらの世界にはあちらの世界の宇宙が広がっている。そもそも、銀河系が違う程度であれば、位相なんてものは存在しない。


 では果たして、サーニャのいう根拠とはいかなるものか。考えるように首を傾げると、銀髪の吸血鬼はあくびを噛み締めてから答える。


「貴様の使う魔術だよ。空の元素、魔女が開発し、貴様が自己流に改造して使っている星の力。それが根拠になる」


 空の元素魔術。

 魔女、桃瀬桃が開発した、全く新しい五つ目の元素。空の力、延いては宇宙の力を扱うその魔術で、愛美は星や星座の力を用いる。


 地球を始めとした惑星はもちろん、あらゆる星には膨大なエネルギーが宿っている。そのエネルギーは夜空の輝きとして地球にも降り注ぎ、愛美の魔術はそれらスケールダウンした星のエネルギーを魔力へと変換し行使するもの。


 それがどうして、宇宙人の存在を肯定する根拠となるのか。


「そもそも、貴様は自分の使っている空の元素がどういうものか、正確に理解しているか?」

「そりゃそうでしょ。自分で使うんだから当たり前じゃない」

「我に言わせれば、少し勘違いしているようにも見えるがな」


 その言葉にちょっとムッとする。

 空の元素は旧世界で、親友が遺してくれた大切な魔術だ。その親友は今頃異世界で楽しく勝手気ままな旅に出ているが、そこは置いとくとして。


 そんな魔術であるからこそ、大切に使っていた。自分の持てる知識と力を全て使い、術式を組み上げた。

 なのに勘違いしているとは、いくらサーニャでも許せないことはある。


「星のエネルギー云々は問題ではない。そう言った原理的な話ではなく、もっと貴様自身に関わるところの話だ」

「どういう意味よ」

「星を繋ぐ者。詠唱にもそうあるだろう。殺人姫などよりも余程貴様の呼び名に相応しいそれが、その力の正体だよ」


 そう言ったサーニャの表情は呆れたようで、それでもなぜか、ほんの少し優しげな色を帯びている。


 その顔が朱音以外に、ましてや自分へ向けられていることに驚いて、つい言葉に詰まってしまった。


「実際貴様の場合は、星単体の力を使うよりも星座としての力を使った方が強力なはずだ。あるいは、使いやすいということもあるだろうな。貴様の持つキリの力の影響ではあろうが、桐原愛美という存在は、この宇宙に遍く星々と繋がっているんだよ」


 星を繋ぐ者。

 サーニャ曰く、殺人姫なんかよりも余程愛美に相応しい呼び名には、それなりに思い入れのあるものだ。


 大切な家族や友人、仲間たち。愛美にとっては夜空の星々のように輝いている彼ら彼女らとの繋がりを、消したくはないから。


 その意味に気づいてくれたことが嬉しくて、少し恥ずかしくもあって。誤魔化すようにして、話を戻す。


「そ、それで? 結局星と繋がってるからって、宇宙人の存在とどう関係してるわけ?」

「あくまでも推測だが、貴様の『繋がり』の力は、生物に対してのみ働くだろう。星そのものはあくまでも物質だ。となれば、逆説的に宇宙人がいなければおかしい」

「随分投げやりな結論ね……」


 急に説明が雑になったのは、そろそろ眠気に我慢できなくなったからか。またあくびを噛み殺しているサーニャは、人間の肉体となった今でも夜行性だ。というか、仕事でよく徹夜してるせいかもしれない。


「地球なんてちんけな星に知的生命体が文明を作っているのだ。ここ以上のエネルギーを宿した星なら、生物などいくらでもいるだろうよ。そんなことより、時間はいいのか?」

「え、あっ、ヤバっ! もっと早く言いなさいよ!」

「つまらん話題を振ってきたのは貴様からだろうに」


 やれやれとため息をつくサーニャに挨拶するのも忘れて、愛美は急いで部屋を出る。

 今日はこの後、友人である花蓮と英玲奈の二人と待ち合わせてるのだ。


 旧世界の記憶も持っていて、愛美たち魔術師の事情も全部知っていて、けれど戦いとは程遠い二人。

 桐原愛美にとって、家族とはまた違った形をした平和の象徴。


 そんな二人との時間が、殺人姫と呼ばれる少女は好きだった。



 ◆



 桐生探偵事務所の玄関口には、吸血鬼が勝手に作った花壇がある。ふらりと現れては花の手入れをしていくグレイだが、彼は別に毎日事務所にいるわけじゃない。

 赤き龍の端末や、やつの心臓のありかを探るために世界各地を飛び回っているため、むしろ不在の時の方が多い。


 必然、花壇の手入れは織たちがすることになり、今日も今日とて手持ち無沙汰な所長様はジョウロ片手に照りつける太陽の下へ身を晒していた。


「あちぃ……」


 片手で汗を拭い、忌々しい太陽を睨む。まだ六月の中旬だというのに、気温は三十度近くまで上がっていた。

 しかし花壇の手入れを怠るわけにもいかない。たしか今咲いているこの花は、百合とラベンダーだったか。紫陽花はないらしい。


 今日は普通に平日、愛美も朱音も学校だ。朱音は高校で予定通りというか案の定というか、葵が率いる生徒会に入ったらしいし、愛美も大学の講義が終わった後は花蓮と英玲奈と遊ぶと言っていたし、夕方まで家には一人と一匹。

 アーサーは暑さにやられて事務所の中で寝てる。その辺は実に犬っぽい。


 水やりも終わったし雑草も抜いたし、そろそろ涼しい室内に戻ろうかと思った矢先、事務所前の道路の向こうから重く低く響く車の駆動音が聞こえてきた。

 目の前で停まったのは、織でも知ってる有名な車種。フェアレディZだ。そして、織の知り合いの中でこの車に乗っているやつは、一人しかいない。


「よう桐生、儲け話を持ってきてやったぜ」


 ドアが開いて現れたのは、パンツスーツ姿の妙齢の女性。サングラスをかけた長身、セミロングの髪はポニーテールに結ばれている。


 こうして会うのはまだ数えるくらいだが、このハスキーボイスは電話越しに何度も聞いていた。


「政府のお偉いさんがこんな地方都市に来るなんて、よほど人が足りてないんだな、熊谷さん」


 皮肉と嫌味をたっぷりに言葉をぶつければ、女性はサングラスをあげてニッと笑う。


 熊谷(くまがい)杏子(あんず)

 彼女こそ、この新世界で織と朱音の戸籍やらなにやらを用意してくれ、仕事の斡旋もしてくれている政府のお偉いさん。小鳥遊蒼の知り合いの転生者。


「うちは年中無休で人が足りてないさ。なにせ出来たばかりな上に、オカルト相手にしようって組織だからな」


 異能犯罪特別対策室という、一般人の方々からすれば鼻で笑ってしまうような組織の長が熊谷だ。しかしその鼻で笑われる組織を、設立にまでこじつけてしまったのだから恐ろしい。

 桐生探偵事務所は、便宜上外部協力者となっている。現在はまだ戦力が整っていないとかで、厄介な案件は殆どこちらに回されているのだが。


「とりあえず入れてくれよ。花壇の手入れも終わったんだろ?」

「はぁ……どうせまた厄介ごとだろ。言っとくけど、後輩たちは巻き込ませないからな」


 釘を刺すように言い、熊谷を事務所に通す。クーラーで冷えた室内では来客に気づいたアーサーがスクっと立ち上がり、彼にしては珍しく織の側へ寄ってきた。

 そして僅かながら、熊谷への警戒を露わにしている。織との間にある微妙に険悪な雰囲気を感じ取ったのだろう。


「その子が噂の狼か。忠犬だな、実に頼もしい」

「御託はいいからさっさと用件を言え。わざわざそっちから訪ねてきたんだから、それなりのことが起きてんじゃねえのかよ」


 織は、熊谷のことが嫌いだ。彼女は目的に対して手段を選ばない。争い事になんの躊躇もなく、他人を駒として扱う。転生前が戦国の時代に生まれたからとは言うが、それでもこの時代の価値観というものがあるのに。

 だから織たちも、熊谷にとっては駒に過ぎないのだ。


 いや、織だけならいい。百歩譲って、織と共に歩んでくれる家族も、まだいい。

 ただ、そのほかの後輩や友人たちを容赦なく巻き込もうとすることだけは、許せない。

 葵たちが戦うことを拒まないと知っていてやっているから、余計にタチが悪い。


「いやなに、いつもより厄介ってことはないぜ。私がここに来たのは、一度お前さんのお仲間の顔を直接見ておきたかったからだ」

「どういうことだ?」

「将来有望なやつがいれば、今のうちにスカウトしておこうと思ってな……っと、まあ落ち着けよ桐生」


 あまりにもふざけた言葉に、怒りから思わず魔力が漏れてしまう。足元のアーサーも唸りを上げて威嚇していた。


「お前さんがどう言おうと、私がどう声をかけようと、最終的に決めるのは当人たちだろ?」


 正直、グレイがいなくて助かった。あいつが聞けば、恐らく今頃熊谷は串刺しだ。あの吸血鬼は三人の子供達に対して、なんだかんだと過保護だから。


「そんなことより本題だ。お前さん、この街で今流れてる噂は耳にしたか?」

「噂?」

「お前さんにしては耳が遅いな。下は小学生から上は大学生まで、まあ子供たちの間で流行ってる噂話だ。あるいは、怪談と言っても差し支えない」


 その怪談話そのものは、特になんの変哲もないものだそうな。

 繁華街にある廃ビル。そこに足を踏み入れると、怪物に記憶を奪われる。怪物の正体は宇宙人が地球侵略のために送り込んだ尖兵で、虎視眈々と機会を窺っている。


 なるほど、探せばいくらでも出てきそうな話だ。なんならそこまで怖くないし、既存の有名な都市伝説の方がビビる。織はコトリバコを初めて知った時、冗談抜きで泣きそうになったしちびりそうになった。


 しかし、だ。熊谷がこうして現場のある街に赴き、織にまで話を持ってきたということは、単なる怪談ではない。


「まさか、実際に被害が出てんのか?」

「そのまさかだ。ここに来る前、私は被害者に会ってきた。全部で三人。一人目はあらゆる記憶が抜け落ちて、今じゃ生命維持装置に繋がれてる状態だ」


 ごくりと喉を鳴らす。記憶というのは細分化すればいくつかの階層に分かれており、一般的な記憶喪失というのはそのうちのエピソード記憶と呼ばれるものが失われる。

 エピソード記憶そのものは、たとえ失くしたとしても生命の維持には関わらない。だがもしも、本当に全ての記憶が。手続き記憶と呼ばれる最も生命の維持に必要な階層の記憶まで失われれば、どうなってしまうのか。


「一人目の被害者は、五つある記憶の階層全てを奪われていた。だが二人目はそれより多少マシでな、幼児退行していた。そして三人目は、一般的な記憶喪失、つまりエピソード記憶だけを奪われていた」

「人数を経るにつれて、被害がマシになってる……なんのためだ?」

「それを調べるのが探偵の仕事だろうが」


 ごもっともで。

 被害が出てしまっていることもそうだが、これが怪談話じみて語られているというのもよろしくない。

 そう言った噂話や都市伝説、怪談話というものは人々の畏れを集め、畏れはやがて信仰となり、信仰は力へと昇華される。

 実体を伴った脅威として、現実に現れてしまう。


 既に被害が出てしまっているということは、魔物なりなんなりが出てしまっているのだろう。このまま放置していれば、噂話はどこまでも広がり相応の脅威になってしまう。


「てわけで、あとはお前さんに任せたぜ。私はちょっくら観光でもしてくるか」

「あいつらに変なちょっかい出したら、本能寺にぶち込んでやるからな」

「ハハハッ! そいつは楽しみだ!」


 本当に愉快そうに笑い、熊谷は事務所を出て行った。


 さて、まずは情報を集めるところからだ。中高生がメインで噂話が広がっているのなら、ツテはいくらでもある。

 スマホの電源を入れ、とりあえず仲間達へ連絡を取ることにした。



 ◆



「記憶を奪う怪物?」


 急いで大学を出た愛美は、駆け足で電車に乗り込み棗市へ戻る。


 愛美の通う大学は棗市の隣街。電車で二駅挟んだ先だ。日常生活では魔術を使わないよう心がけているので、普段から電車通学。転移すれば一瞬だし、なんなら走った方が速いまであるのだが、それでも不便は感じない。

 むしろ、こうやって魔術を使わず、普通に日常を送ることが、少し楽しい。


 間話休題。

 高校時代からの友人二人、花蓮と英玲奈の二人とカフェで待ち合わせた愛美は、最近流行ってるらしい噂話を耳にした。


「そうそう。どっかの廃ビルに出るんだって。しかも宇宙人!」

「うちらが聞いた話だと、UFO見たって人もいたよ」


 派手な茶髪ギャルの花蓮が驚かせるように言うと、最近長い黒髪をバッサリとボブカットにしてしまった英玲奈が空を指さす。


「これ、そっち案件じゃないかって英玲奈と話してたんだよねー。実際に被害も出てるみたいだし」

「うちらじゃ判断つかないからさ」

「噂話が転じて実際に魔物とかが出る、ってことならあり得そうだけど……宇宙人ってなると分からないわね……」


 この二人は旧世界の記憶も有しており、愛美たち魔術師のことも知っている。

 特にこの街の若者の間で顔が広いこともあって、織は度々二人に協力を仰ぎ、二人も喜んで情報屋の真似事をしてくれていた。


 そして、その情報というものが侮れないのだ。旧世界のころからだったが、街で起きた異変をいち早くこちらと共有してくれるし、その上で正確性も高い。

 花蓮と英玲奈のお陰で、事件を未然に防げたこともある。


 そんな二人からの情報提供は、やはり無視できないものだ。


「ていうか、愛美さんマジで聞いたことないの? あたしらくらいの年齢の間で流行ってんだけど」

「ネットはあまり見ないから仕方ないじゃない。でも、そういうことなら葵たち高校生組も既に知ってるでしょうね」

「あーね、うちら大学生と違って高校生の方が、そういう面白い話は広まりやすいもんね」


 学校という狭い箱庭に他人同士が押し込められたあの環境では、多くの子供たちが常に話題に飢えている。

 それこそ最近の若者らしく、インターネット上で話題になったり炎上したり、といった話は広まりやすい。


 できれば今すぐに彼女らと情報交換したいところだが、今の時間はまだ生徒会の活動中だろう。文化祭も近いし、その邪魔はしたくない。


「それにしても宇宙人……宇宙人ね……」

「え、もしかしてなんかまずい感じ?」

「いえ、ちょうど今日、サーニャとその話をしてきたのよ」


 宇宙人の実在について。結論から言えばいる、とのことだったが、まさかこんなにすぐお目にかかれるかもしれないとは。


 いや、まだそうと決まったわけではない。どの道被害が出ているなら無視はできないし、二人には悪いが予定は変更だ。


「花蓮、英玲奈、悪いけど今日は」


 言いかけて、フォークに突き刺したケーキが口元に。反射的にパクリと食べてしまえば、友人二人は待ってましたと言わんばかりの笑顔だ。


「そう言うと思ったし」

「廃ビルの場所も特定してるから、うちらで案内するよ」

「……ごめんなさい、助かるわ」


 早速店を出て、三人で繁華街の大通りを歩く。大学からここまで直接来たから、刀は持ってきていない。だがまあ、懐に忍ばせている短剣があれば十分だろう。元々はこちらの方が使いやすいのだし。


 件の廃ビルは、店から徒歩十分ほどで辿り着いた。大通りから外れた人気のない場所。噂が出回っているから人通りが少ないのだろう。周りは立体駐車場と使われてるのかも分からない雑居ビルが立ち並び、夜ならいかにもな雰囲気が出そうだ。


 その廃ビルの前に、一人の少年が立っていた。着ているのは愛美たちも通っていた高校の制服。掲げた腕の指先からは、視認するのも難しいほど細い糸が伸びている。

 可愛い後輩の一人、糸井蓮だ。


「蓮? なにしてるのよこんなとこで」

「桐原先輩、それに花蓮さんと英玲奈さんも。お久しぶりです」


 たしか、蓮と会うのは一ヶ月ぶりくらいだったか。織はカゲロウと丈瑠も含めた三人でちょくちょく連んでるみたいだが、愛美は彼個人との交流は比較的少ない方だ。


 しかしこの時間は生徒会で忙しいと思っていたばかりに、なぜ一人でここにいるのか。


「この廃ビルの噂について調査に来たんですよ。うちの高校でも結構広まってて、葵がさすがに手を打たないとって言うから、代表して俺が来ました」

「生徒会はいいの? 文化祭の準備で忙しくしてるって、この前葵が愚痴ってたわよ」

「じゃんけんして勝ったのが俺だったんで」


 体よく逃げ出してきた、ということか。


「先輩たちもここの調査ですか?」

「そんなところよ」

「てか蓮、それなにしてんの? 腕攣ったとか?」

「違いますよ」


 花蓮の発言に苦笑する蓮は、糸を通して中の様子を探っている。この廃ビルの中の至る所に糸を伸ばし、音や振動を拾っているのだろう。


 花蓮と英玲奈にはか細い糸が見えていないから、腕を掲げてなにをしているのか分からない。


「で、中の様子はどう?」

「何人かいますね。固まって動いてるのが五人、多分、度胸試しに来た学生だと思います。それと一人、全然違うところに反応が」

「魔力探知にも引っかからないし、いよいよ宇宙人の可能性が出てきたわね」


 これは推測だが、宇宙人は魔力を持っていない可能性が高い。というのも、魔力自体がこの星由来の力であると考えられるからだ。

 空の元素、特に星の力を扱う愛美だからこそ分かる。普段扱う他の星のエネルギーは、魔力とはまた違った力だと。


 得体の知れない相手かもだけど、なにも恐れる必要はない。

 相手が生きている者なら、そしてこの世界に害を齎すのなら、ただ殺すのみ。


「花蓮、英玲奈、あなたたちはここで待ってなさい」

「了解!」

「気をつけてね、二人とも」

「大丈夫よ。さて、行きましょうか蓮」

「はい」


 拳を鳴らし、目の前の廃ビルを睨む。

 少々変則的なタッグだが、信頼できる後輩だ。よほどのことがない限り、ここで早々にカタをつけられるだろう。


 懐に忍ばせていた短剣を抜き、蓮も旧世界から愛用している蛇腹剣を手に持って、二人は廃ビルの中へと足を進めた。

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