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最強決定戦 2

 物凄く落ち込んだ葵を翠が連れて帰り、それから十分後、入れ替わる形でやって来たのは、アイクと晴樹、それから丈瑠の三人。

 アイクと晴樹の二人はこの新世界でもよく一緒にいるが、そこに丈瑠が加わるとちょっと変な組み合わせだ。


「丈瑠に陰陽術教えとってん。この前迷宮行った時に気になったんやと」

「俺の弟子取るなよ」

「んなつもりあらへんわ」

「で、アイクは?」

「俺も教えを乞われたんだ。武具に付与する術式についてな」

「ああ、そういえばお前、そっち系が得意なんだっけ」


 アイクの得物は剣。彼の剣術は愛美や葵たちのような、型に嵌まらない実戦のみを重視したものではなく、クリフォード家に代々伝わる由緒正しき剣術だ。

 その腕前も中々のもので、ある意味では愛美たちよりも綺麗な剣を扱う。


 更にその上、アイク自身は武具に術式を付与することを得意としていた。これはプロジェクトカゲロウの三人が使う纏いにも通ずる技術なのだが、多重詠唱である纏いとは違い、割と普及している技術だ。

 魔導具が代表的な例で、例えば元素魔術の術式を剣に埋め込めば、対応した元素の力を剣に宿せる。愛美と朱音の概念強化も、剣に術式を付与するものがある。


「でも丈瑠、剣とか使えるのか?」

「使わせてもらったんですけど、やっぱりダメでした」

「まあ、術式付与は割と使い勝手がいいから、武器以外にも使えるしな。覚えておいて損はないと思うぞ」


 それこそ、そこらに落ちてる枝にだって術式付与は可能だし、アイクほどの熟練した腕があれば即興の武器にもできる。


「なんでもいいから、さっさと測っちゃいなさいよ」

「丈瑠さんからどうぞ!」

「え、僕から?」


 一応、朱音なりの気遣いなのだろう。晴樹もアイクも、織たちに及ばないとはいえ相応の実力者だ。必然、数値もそれなりのものを出すはず。

 だが丈瑠は、つい先日魔術を習い始めたばかりの、魔術師見習い。朱音の力になりたいと意気込んではいるものの、未だ基礎の強化魔術をなんとか使えるだけ。魔力を扱えるようになったのだってつい最近だ。


 だから、変にハードルが上がる前に。いや、それこそまだまだ見習いレベルなのだから、ハードルがどうとか気にしなくてもいいのだが。丈瑠の性格的に、気にしないと言うのも難しい。


「さあさあ丈瑠さん、思い切っていっちゃいましょう!」

「分かった、分かったから押さないで……」


 背中から丈瑠の肩に手を置いた朱音が、測定器の前までその背を押す。不意のボディタッチに照れる丈瑠。微笑ましくていいとは思うが、距離が近すぎない?

 声に出して言えば間違いなく娘に嫌われてしまうので、喉元まで出かかった言葉はなんとか飲み込んだ。


 魔力の操作も最近になってようやくスムーズに行えるようになった丈瑠が、表情に僅かな不安を残しつつも、水晶へ魔力を流す。

 数値は3600。

 すぐ隣で見ていた朱音が、おお、と声を上げた。


「凄いですよ丈瑠さん。魔術を習い始めて一ヶ月も経ってないのにこの数字は」

「そ、そうなの?」

「はい、一般的な魔術師で5000ですので。このまま鍛錬を続ければ、順調に強くなれると思いますが」

「そっか……」


 不安そうな顔はどこへやら。朱音の言葉を受けて、丈瑠は淡く笑みを浮かべる。好きな子に褒められると浮ついてしまうのは男である以上仕方ないが、丈瑠にとって朱音からの言葉は、それ以上に意味のあるものだろう。


 ふと、織は頭の中でひとつの納得を得た。

 この魔力測定器は、魔力量を具体的な数値として表示してくれる。蒼はなんのためにこれを作ったのか不思議だったが、なるほど、丈瑠のように魔術を教わっている真っ最中の見習いや、毎日鍛錬を欠かすことのできない兵士など、そう言った者たちのために作ったのか。


 この数値を確認して、今自分がどれくらいの力量なのか、またそれ以前に測った時からどれほど強くなれたのか、鍛錬の成果はちゃんと出ているのか。そういったことを確認できるのは、とても大きい。

 かつての織がそうであったように、周りからは強くなったと言われても、自覚するのは中々に難しいことだ。しかしこうして具体的な数値となって出てくれれば、自分を納得させることもできる。

 また、次の目標を設定することだって簡単になる。


 実力者のデータが不足していたのは、ドラグニアでは主に新米兵士を中心に使っていたからだろう。


「そういえば、アーサーは測ったの?」


 不意に思いついたような言葉は、ソファの下、愛美の足元で眠っていた白狼に向けられたものだ。

 丈瑠は動物と会話できる異能を持っている。それは魔物であるアーサーにも適応されるから、未だ家族の誰とも言葉を交わせないアーサーは、丈瑠とだけ会話できるのだ。


 瞼を閉じて眠ってはいなかったのか、アーサーの瞳が丈瑠へ向く。へえ、そうなんだ、と丈瑠が相槌を打つが、他の面々にはどんな会話をしているのか分からない。


「織さん、アーサーも測ってみたいらしいですよ」

「お、そうなのか?」

「気にはなるけど、みんなが入れ替わりで来るからちょっと遠慮してたみたいです」


 愛美の足元では、不満げな顔をした狼が織を睨んでいる。なんで俺を睨むんだよ。


 だがまあ、そういうことなら測ればいい。データは多いに越したことはないのだし。

 愛美が白い毛並みを撫でて、遠慮しなくていいわよ、と告げれば、狼はゆっくりとこちらに歩み寄って来た。


「次、順番的に俺らちゃうんかい」

「そう文句を言うものではないさ、Mr.安倍。優先権は彼らの家族にあるだろう」


 アイクと晴樹の言葉はさらっと聞き流し、アーサーの目線に水晶を合わせてやると、右の前脚をぽん、とそこに置いた。

 魔力が流され、表示された数字は62K。

 思いの外高い数字に驚く。


「62000か。お前、結構魔力持ってるんだな」

「さすがはうちの子ね」


 なぜかドヤ顔の愛美が、足元に戻ってきたアーサーを撫でる。

 アーサーは元々、かなり強力な魔物だ。初めて出会った時にいた、彼の産みの母親。織たちの身長以上もあったあの巨大な白狼は、おそらく当時の織では戦っても勝てなかっただろう。


 狼という動物は、様々な神話や伝説でもその姿が見受けられる。代表としては、やはり北欧神話のフェンリルか。

 時に神としても登場するのが狼だ。現代では狼型の魔物がかなり増えているとはいえ、アーサーはそこらの雑魚とは違う。人語を解し、異能を操る。いつかは母親のように、念話で言葉を交わすこともできるようになるはずだ。

 そんな白狼なのだから、当然魔力量もそこらのちょっと優秀なだけの魔術師には負けない。


「よし、んならようやく俺らの番やな」

「見ていてくれMs.桐原! この俺の実力を!」


 晴樹、168K。十六万八千。

 アイク、230K。二十三万。


「思うとったよりもあるな」

「思っていたよりも少ないのだが⁉︎」


 正反対の反応だった。

 ていうか普通逆だろ。なんでアイクの方が多いのに、お前が少ないって嘆くんだよ。


「くっ、この程度ではMs.桐原やMr.桐生を守れないじゃないか!」

「お、おう……ありがとな?」

「あんたに守ってもらおうとは思わないけど」

「グハッ」


 愛美の何気ない一言が、アイクの胸を深く突き刺した。友人思いのいいやつなのに。


「でも、晴樹はそんなもんなのか。もっと多いもんだと思ってたぞ」

「陰陽術は魔力量にそこまで左右されへんからな。関係ないわけやあらんけど、それでも事前の準備っちゅうもんが大事やねん」


 陰陽術は土地の影響を大きく受ける。方角や星の位置、土地に巡る龍脈などなど。あるいは、術式代わりとなるヒトガタの数だって。


 丈瑠が陰陽術を教えてもらっていたのは、その辺が理由だろう。少ない魔力でも扱える魔術。難しい術式を描くわけでもなく、現代魔術と比べれば要求される腕前が低いから。


「最近はこいつもプリンターで簡単に作れるからな。楽になったもんやで」

「それでいいのか陰陽師……」


 晴樹が懐から取り出したのは、一枚のヒトガタだ。昔は一枚一枚手作り、しかも紙が貴重な時代だってあったが、今や現代科学で簡単に作れてしまう。

 魔力を用いて作り出すことも可能のようだが、それは奥の手、とまで言わずとも、やはり基本は事前に数を用意しておくものだ。


「いや、そうじゃなくて。陰陽術が魔力消費少なくて済むのは俺も知ってるけどさ、ほら、この前ルミが言ってただろ?」

「ああ、ご先祖さまのことか?」


 安倍晴明。

 稀代の天才陰陽師と謳われた、晴樹の先祖。安倍家は晴明の術を数多く継承しており、その中でもとりわけ強力な術が、先日迷宮でも見た十二天将だ。

 晴樹はどうやら、十二体全ての式神を従えているらしい。その理由が驚くべきことで、なんとこの友人は安倍晴明の生まれ変わりだと、あの怪盗少女が言っていた。


 どうやら転生者とは違い、記憶を有しているわけではないらしいが。それでも、安倍晴明の力を一部ではあるが使えているはずだ。

 その力に驕ることないのが晴樹の美点だが、それはそれ、これはこれ。数値は晴樹の意思や信念とは関係なく表示される。はずなのだが。


 この魔力測定器は、対象の最大魔力量を測る機器だ。吸血鬼であれば夜でかつ血を吸った後の状態を表示するし、織たちの数値もレコードレスを使っている時のものだろう。

 ならばその例に漏れず、晴樹だって前世の力込みで表示されるはず。


「そらお前、あれやろ。俺のご先祖さまも大した魔力量やなかったって話やろ」

「そうなる、のか……?」


 陰陽師にとって、魔力の最大量は重要なことではない。戦いが始まる前、準備の段階こそが、彼らにとって重要だ。

 とはいえそれでも、稀代の天才陰陽師と呼ばれた男の魔力量が少なかった、とはあまり考えづらい。


「あるいは、だからこそ天才と呼ばれたのかもしれないぞ?」

「どう言う意味だよ、アイク」

「この国の歴史についてはある程度勉強したが、安倍晴明が生きていた時代は、海外と違ってまだ神が比較的身近にいたはずだ。魑魅魍魎、と言う言葉があるように、魔物や妖怪の類も考えられないほど多くいただろう」


 旧世界において、西暦以前の時代は、今よりもずっと人と神が身近な存在としてあった。しかし西暦に突入すれば、神は概念的、象徴的な存在としてのみ語られるようになる。

 しかしこれは、全世界的に見た場合の話。日本は少し事情が異なる。


 この国には、天皇の存在があるからだ。

 神の子孫とされる神武天皇から始まり、平安の世にもその血は脈々と受け継がれていた。

 神が統治する島国ともなれば、神秘の力は他の国よりも大きく影響を及ぼす。その結果が九尾や鵺といった大妖怪の発生、及び魑魅魍魎の原因でもある。


「そんなこの国において、さしたる魔力量もなく、それでも国に大きく貢献した陰陽師。大妖怪の討伐も成し遂げ、十二体の式神を始めとした多くの術を世に残した。天才と称されるのも頷ける」


 魔力量がそこまで多くなくとも、それを補って余りある才能を発揮した。いや、実際はどうなのかわからない。本当に才能に溢れていたのか、あるいは血の滲む努力をしていたのか。そのどちらだとしても、現代ではこうして天才陰陽師として伝わっている。


 アイクの冷静な分析に、晴樹は照れるように身を捩っていた。ご先祖さまとは言え、自分の前世を褒められるのは晴樹的にも思うところがあるらしい。


「やめややめや! それお前ら、さっさと帰るで! 丈瑠はまだしごいたるからついて来い!」

「は、はい!」

「どうやら、我らが愛すべき友人は誉め殺しに弱いらしい。では失礼する、Mr.桐生」

「おう、悪いな急に呼び出して」


 顔を赤くした晴樹が先に一人で事務所を出て、丈瑠は朱音とアーサーに手を振ってその後に続く。

 最後に、肩を竦めて爽やかな笑みを見せるアイクが優雅に一礼して、友人たちは去っていった。



 ◆



 さて、あとは誰が残っていただろうか。

 まだ事務所に来ていない仲間たちを指折り数えていると、次にやってきたのは蓮とカゲロウだった。


「お、これが魔力測定器ってやつか」


 挨拶もそこそこに、カゲロウは測定器の置かれた机に近づく。へぇとかほぉとか言いながら水晶を眺めているが、果たして彼の目にはどのような情報が映し出されているのか。

 ああ見えて意外と勉強が嫌いじゃない灰色の少年は、異世界の魔導具に興味津々だ。


「どうでもいいけどお前ら、今日やたらと葵が不機嫌だったんだから、今度埋め合わせしとけよ」

「勿論です。今日は元々、そう言う約束ですから」

「いくら付き合ってるって言っても、オレの親友独り占めにすんのはいただけねえからな。早い者勝ちだよ」

「師匠も大変ですね」


 朱音の同情に、蓮は苦笑を返すのみ。兄妹二人に挟まれて大変そうだが、蓮本人はそう思っていなさそうだ。


「まあ、悪い感情を向けられてるわけでもないから。葵には悪いけど、カゲロウと遊ぶ時間も大切だし」

「カゲロウは師匠にもっと感謝すべきだと思うのですが」

「お前に言われるまでもねえよ」


 ジト目を向ける朱音と、その忠告を鼻で笑うカゲロウ。なぜか喧嘩腰の二人を、蓮がまあまあと仲裁する。

 いや、マジで大変なんだな、蓮……。


「ちなみに、今って順位的にどうなってんだ?」

「魔力のか?」

「別に順位付けしてるわけじゃないわよ」

「それでも気になるだろ、他の奴らがどんなもんなのかは」

「たしかに、俺もちょっと気になるかな。桃先輩とか葵とか、凄く高そうだし」

「だな。葵は結構高めだろ、なんたってオレの妹だし」


 うーん、これは真実を伝えてもいいものか……きっと葵本人がこの場にいれば、ものすごく居た堪れない気持ちになっていただろう。だって本人じゃなくてもそうなのだから。


 親子三人揃って曖昧な笑みしか出せず、とりあえず二人も測ってみろと話を逸らした。


「それじゃ、オレから行くぜ」


 カゲロウ、1130K。百十三万。

 余裕で葵より高い……。


「さすがにカゲロウには負けるかな」


 蓮、800K。八十万。

 こっちも辛うじて葵より高い……。


 とりあえず本人がこの場にいないことを幸いだと思いつつ、その話は触れないようにしよう。固く決意して、意外と数値の高かった蓮に話を振った。


「蓮が結構高いのは、やっぱり聖剣の影響か?」

「それもあると思いますけど、俺も旧世界で一度、魂が変質してますから。それが大きいと思いますよ」

「ダンタリオンの時ね。今思い返したら腹が立ってきたわ、あの悪魔」


 露骨な舌打ちは、もう存在しないソロモンの悪魔へ向けられたもの。

 愛美が怒っているのは、やつが大切な後輩に手を出したからだ。赤き龍の騒動はやつが発端とは言え、愛美にとってそれは二の次。そんなことより、仲間に手を出される方が許せない。


 ダンタリオンに魂を反転させられた蓮は、聖剣の輝きも闇色に染めて。やがて葵やカゲロウの尽力で、元の色へと戻った。

 魂の反転。それも変質に違いなく、やはり魔力量の底上げの一助となっている。


 一方で、聖剣による影響も大きく存在するだろう。使用者の魔力を黄金の光として放出するかの聖剣は、正きものにしか扱うことができない。

 その真価は悪しきものを選定し、容赦なく消滅させる力にあるが、聖剣の鞘が蓮の魔力を増幅させている。


「でも、蓮も緋桜と似たようなタイプよね」

「ああ、たしかにそうですね。元々使ってた糸の魔術とかもですけど、俺も量より質って感じですし」


 蓮は以前から、良質なその魔力を色んな人に褒められていた。聖剣による光の奔流は、だからこそあの威力を発揮しているといってもいいほど。


 更には今でも聖剣と併用している、糸井家に伝わる糸の魔術だ。名前の親和性から元々かなりの精度を誇っていたが、それだって蓮の技術がなければ成り立たない。こちらも緋桜と同じく、高度な魔力コントロールが可能な証だ。

 文字通り、針に糸を通すような緻密で繊細なコントロールが必要となるのだから。


「オレはやっぱり、吸血鬼の特性が残ってるからか?」

「まあそうだろうな。葵曰く、お前ら兄妹は異能があるから魔力量とかあんまり関係ないみたいだけど」


 そもそもの話ではあるが、カゲロウは別に魔術師というわけではない。いや、たしかに魔術は使えるし、どうやら旧世界での最後の戦いではオリジナルの魔術を披露していたようだが。

 それでも、使える魔術は片手で数えても足りる程度だろう。だが吸血鬼としての要素は葵よりも多く、完全にハーフの半吸血鬼だ。その分彼女より魔力も多く、剣崎龍から教わった守りの剣術は彼の大きな力となっている。当然二人の妹と同じく、神氣だって扱えるのだ。

 使える魔術が少なくとも、それは何の問題にもならない。


「で、結局葵はどれくらいだったんだよ」

「俺たちでこれだけあるってことは、二百万くらい普通にありそうだな」

「あー、まあ、それは本人に直接聞いてくれ、うん」


 これで織の口から伝えてしまえば、また葵に怒られそうだ。いやそうじゃなくてもこの二人が直接聞けば、すったもんだの末に拗ねてしまいそうではあるが。

 これ以上後輩女子から怒られたくはないので、織は目を逸らしてそう答えるしかなかった。



 ◆



 織は最初、グループラインに今回の魔力測定器について説明を流したわけだが、そのグループに入っている中でまだ事務所にきていないのは、残すところサーニャだけだ。

 先程改めて向こうから連絡があり、少し遅くなるとのこと。朱音が目に見えてソワソワしているのは見ていて大変可愛らしかったが、親としては少し複雑な気持ちだ。


 そうして夕飯も食べ終わり、夜も更けてきた頃。二十二時前になって、ようやく事務所の扉が開いた。


「すまない、遅くなった」

「サーニャさん!」

「おっと」


 事務所の扉が開き、長く美しい銀髪の女性が入ってきたと同時に、朱音が駆け出して抱きつく。身長は二十センチ近く離れているから、朱音の幼さが自然と際立った。

 まるで歳の離れた友人のようにも、仲のいい姉妹のようにも見える、微笑ましい光景だ。


「でも、本当に遅かったわね。もう十時だけど、また仕事?」

「いや、こいつを連れてくるのに少し手間取ってな」


 サーニャが懐から取り出したなにかを放り投げると、ボンっと言う音と僅かな煙と共に、灰色の吸血鬼が現れた。


「なんだ、グレイかよ」

「なんだとはご挨拶だな、探偵。久しぶりに帰ってきてやったと言うのに」

「ここはお前の家じゃねえんだぞ?」


 赤き龍や魔王の心臓(ラビリンス)捜索のため、世界中を飛び回っているはずのグレイだ。葵曰く、定期的に街には帰ってきていたらしいのだが、織が顔を合わすのは久しぶりになる。

 といっても、およそ三週間ぶりくらいか。


 ちなみに、最近事務所の前には花壇が出来たのだが、それもグレイが勝手に作ったものだ。本人が不在の時が多いから、なぜか織たちが花の面倒を見なければならなくなっている。まあ、愛美も朱音も割と楽しんでるみたいだからいいのだが。


「今日はこいつと飲みに行っていてな。たまには事務所にも顔を出せと以前から話していたのだが、魔力測定器の話はちょうど良かったよ」


 飲みに行ってたって……この二人、意外と仲良くやってるのか……。


「葵たちの方には顔を見せているのだがね。貴様らが寂しがっていると聞いて、仕方なく来てやった」

「いや全然寂しくないが」

「誰に聞いたのよ、それ」

「あんまりふざけたこと言ってると殺すよ」

「こいつは手厳しい」


 容赦のない三人の暴言にも、グレイは肩を竦めるのみだ。きっと側から見たら、俺たちも仲良しに見えちゃうんだろうなぁ……そう考えるとなんかめちゃくちゃ嫌で、織は露骨にため息を吐く。


「それで、そいつが噂の魔力測定器か? 人類最強も面白いオモチャを作ったものだ」


 異能で情報を視認したのか、興味深そうにしげしげと測定器を眺めるグレイ。息子と全く同じ反応で、織は漏れそうな笑いを必死に堪える。


「今の所の最高値は?」

「朱音の八千五百万」

「ほう、さすがと言うべきか、やはり転生者は桁が違うな」


 グレイから褒められても全く嬉しくないのか、朱音は灰色の吸血鬼を忌々しげに睨んでいる。


「別に転生者だからってだけじゃないけどね」

「知っている。そもそも、魔力はある程度遺伝するものだからな。その二人の子供であれば、転生前や賢者の石を持つ前であっても、それなりの魔力を持っていたはずだ」

「やけに私の評価が高くて気持ち悪い」

「ふむ、私はこれでも、貴様のことは高く買っていたのだよ。なにせ旧世界では何度か痛い目を見たことだしな」


 時界制御の銀炎や、略奪と創造のレコードレス。そして幻想魔眼。

 グレイが情報操作のオリジナルを持っていたとしても、それらは十分以上に脅威となり得る力だった。おまけに、それらを補い直接的な武力へと変換できる魔力も有している。

 旧世界で猛威を振るった灰色の吸血鬼が、特に警戒を強くしていたのも頷けるだろう。


 しかし、朱音は相変わらずグレイに対する嫌悪感を隠しもしない。仲良くしろ、とは言わないし言えないが、いい加減もう少し態度を軟化させてもいいものを。

 まるで蒼と桃を見ているみたいだ。恐らく朱音も、グレイのことは信用しているし信頼もしているだろう。ただ、それとこれとは別。人間的な好悪はまた違う話だ。

 まあグレイは、朱音のことを割と好ましい人間だと思っているだろうが。


 サーニャの腕に抱きつきながら、威嚇するように睨む朱音を一顧だにせず、グレイは徐に水晶へ手を伸ばした。


 表示される数値は58M。五千八百万だ。


「ルーサーには及ばなかったか」

「それどころか桃にも負けてるわよ」

「……まあ、魔女ならば仕方あるまい」


 ちょっと間があったぞ、今。絶対内心で悔しがってるだろこいつ。


 グレイの魔力量は、特別驚くほどのことでもない。吸血鬼が賢者の石を持てば、これだけの数値を叩き出すのも当然だろう。

 桃よりも低い理由としては、シンプルに年季の差か。賢者の石を宿してから、魔女は二百年を過ごしている。それだけの時間があれば、吸血鬼を越すほどの魔力を石から引き出すのも可能だろう。


「次はサーニャさんですね!」

「そこまで期待されても困るぞ。我はそこの男と違って、今ではただの吸血鬼もどきだからな」


 期待に目を輝かせる朱音に苦笑しながらも、サーニャは立ち上がって測定器へと歩み寄る。その後ろをてくてくと、まるで雛鳥のようについて歩く朱音。


 吸血鬼もどき、と本人は言うが、旧世界での力は全て取り戻している。魔力量だってそのままだ。今のサーニャがただの人間と変わらないとは言え、旧世界で大きな力を持っていたことは変わらない。


 そんなサーニャの数値は、26M。二千六百万。グレイの半分だが、それでもこれまで測定した中では四番目に高い。


「私よりも多いのね……」

「俺なんて足元にも及ばないぞ……」


 ただの人間二人は肩を落とすが、純粋な吸血鬼であればこれくらいは普通、なのだろうか。

 サーニャはこの上、強力な凍結能力まで備えている。織はその本領まで見たことはないが、葵や朱音から聞いたところによると、かなりヤバい代物らしい。なんでも、自分を中心とした半径五メートル圏内のものを、問答無用で凍らせることができるのだとか。


「吸血鬼も魔物の一種、すなわちその存在は魔力によって支えられている。私やサーニャが元人間とは言え、その大前提は変わらんからな」

「おまけに、サーニャさんは吸血鬼になってかなり長いですので。五百年でしたっけ?」

「ああ、たしかそれくらいだったか」

「覚えてないんですか?」


 桃の二百年ですら、彼女はそれなりに記憶を摩耗させていた。その更に倍以上ともなれば、覚えていないのもおかしくないのかもしれない。

 いや、それでも、人間が吸血鬼になったのだ。その起源となる出来事はあったはずだし、それがどれくらい昔の話かくらいは覚えているはずなのに。


 不思議そうに見上げる朱音にふっと笑みを溢したサーニャは、自分に懐いている少女の頭を優しく撫でてやり、柔らかな声で言葉を紡いだ。


「正直、今の我にとって過去はどうでもいいからな。そんなものよりも、貴様のいる今と未来の方が大事だよ」


 そう言ってくれる彼女が、今はもう記録されていない未来で、朱音の親代わりになっていてくれた。そのことに、織はとても嬉しく思う。きっとそんなサーニャだからこそ、朱音はここまで純粋で、そして心優しい少女へと育ってくれた。

 実の親としては情けない限りだが、それでも思わずにはいられない。


「さて、これで全員分測ったのではないか?」

「あ、ああ。そうだな、後は先生にこいつを返しに行くだけだ」


 自分で言っていて多少照れ臭かったのか、ほんの少し頬を染めたサーニャが、気を取り直すように咳払いを一つしてから言う。


 後は明日、これを蒼に返すだけ。そしてこのデータを基にして、新しい魔導具が作られるらしい。


「新しい魔導具ができたら、一番に試させてもらいましょうか」

「ま、それくらいの報酬があってもいいよな」


 どれくらい先になるかは分からないが、どうせ蒼と有澄のことだし、そう遠くないうちに完成させるだろう。

 今はとりあえず、その時を楽しみにさせてもらおう。

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