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Recordless future 〜after memory〜  作者: 宮下龍美
桜の雨に濡れる
35/73

未来へ向かう旅の途中 2

 本日土曜日は、愛美たちが通う市立高校の文化祭だ。二日間に渡り開催される、その二日目。昨日は外からの客を招かず、生徒たちだけでの開催だったらしい。


 朱音は翠と明子の三人で待ち合わせてから向かうとのことで、先に家を出てしまった。そのため一人になってしまった織は、軽く仕事を済ませた後、開場のおよそ二時間後である十二時に市立高校に着いた。

 が、しかし。


「校門閉まってるじゃねえか……」


 外からでも見える屋台の下では、生徒たちがそれぞれのクラスTシャツに身を包み、どこか熱に浮かれた様子で焼きそばやらたこ焼きやらを作っている。道を歩く人たちはみんな楽しそうで、中には着ぐるみを着たり宣伝用プラカードを持って歩く生徒も。


 それら全てが、校門ひとつに遮られているだけで、どこか遠い出来事のように思えてしまう。ちょっと泣きそうになってきた。


 まさか勝手に入るわけにもいかないし、入場券的なのを愛美から貰っているので、それを確認してもらう必要もあるだろう。

 とりあえず愛美に連絡するかとスマホを取り出せば、校門の向こうから足音が聞こえてきた。顔を上げると、まさしく連絡しようとしていた人物が。


「遅かったわね」

「仕事片付けてたんだよ」


 もう見慣れたこの学校の制服スカートと、文化祭に合わせて作られた青地のクラスTシャツに身を包んだ愛美。髪はポニーテールに結ばれている。急いで来てくれたのか、額からは少し汗が流れている。

 Tシャツは少しダボっとしたサイズだからか、汗が落ちる先には鎖骨まで見えていた。いかにも青春って感じだが、これ、同じクラスの男子も見てるのか。あとで全員の記憶消しとかなきゃな。


 物騒な考えは取り敢えず傍に置いて、門の向こうにいる愛美へ戯けた調子で声をかけた。


「てかなに、もしかして入場時間終わった?」

「十一時までだったわ。でもまあ、一人くらい入れても大丈夫でしょ」


 彼女の綺麗な指がくるくると回しているのは、この校門の鍵だ。悪戯が成功した子供のように微笑み、門を開けて中に入れてくれる。


「いいのかよ、生徒会長がルール破って」

「今日くらい誰も咎めないでしょ。ほら、行きましょ」


 門を閉めて、手を繋ぐ。指を絡めてこれ見よがしに分かりやすくする愛美。当然のように周りからの注目を集めてしまっているのは、生徒会長として校内でも有名だからか。


 ほんの少し居心地が悪い気もするが、まさか手を振り解けるわけもなく、二人並んで校内を練り歩く。


 ソースの焼ける匂いに、活気に溢れた呼び込みの声。カラフルな飾り付けが校舎を彩り、盛り上がりはまさに最高潮。祭りの雰囲気特有の、どこか浮き足立った感じが、織は嫌いではなかった。


「どこから周る?」

「知り合いのところは一通り周りたいな。あと腹減ったからなにか食いたい」

「だったら葵のクラスから行きましょうか。ラーメン作ってるみたいよ」

「文化祭でラーメンってありなのか……」

「実家がラーメン屋の子がいるんですって」


 完全に宣伝も兼ねてる、というかそっちがメインだろうなぁ、とか思いつつ、二人は校舎の中へ入っていった。



 ◆



「おい聞いたか? 桐原先輩が男と歩いてたって」

「生徒会長が? なにかの間違いなんじゃないの?」

「それがマジみたいなんだよ。スーツ着たイケメンと手繋いでたって」

「えー、絶対嘘。桐原先輩って言えば、美人すぎて男子が迂闊に手を出せない人じゃん」

「あ、でも俺、駅前でデートしてたって話、部活の先輩から聞いたことある。たしか先月末くらいの話だったかな」


 教室の中、パーテーションで区切られた調理場では、クラスメイトたちが噂話に花を咲かせている。

 調理場とはいっても、大和丈瑠のクラスはタピオカの店だ。ミルクティーに市販のタピオカを入れるだけの簡単なお仕事。一応机もいくつか出しているので、何人かの客は教室内に座っているから、その接客くらいしかやることがない。


 現在はちょうど午前中の客がみんな捌けて、軽く休憩中だった。まあ、丈瑠は今から店番の任を解かれて、自由時間になるのだけど。


 しかしそれにしても、やはりというかなんというか。あの人たちはどうにも目立ってしまうようだ。

 愛美なんて生徒会長な上にあの美貌。丈瑠たち一年生の間でも、彼女が率いる生徒会の面々は人気があった。なにせ美男美女が勢揃いだ。なにかと耳目を集めるあの五人は、噂話の中心になりやすい。


 そして彼らと交流のある丈瑠は、当然ながらクラスメイトにこう聞かれるのだ。


「なあ大和、先輩たちからなにか聞いてないか?」

「本人からじゃなくてもさ、黒霧先輩とか糸井先輩とかから!」

「いやぁ、どうだろうね……」


 苦笑しながらお茶を濁す。まさか本当のことを言うわけにもいかないし、言ったとして誰も信じないだろう。

 これが噂されてる当人たちなら、魔術だなんだで誤魔化せるのだろうけど、丈瑠はそんなものを使えない。クラスメイトには申し訳ないが、答えられることなんてなにもないのだ。


 心の中で謝っていると、クラスメイトの一人が思い出したように声を上げた。


「そう言えば、桐原先輩で思い出したけどさ。なんか今日、先輩にすっごく似てる中学生がいるらしいよ」

「桐原先輩に? 妹さんとかかな」

「でもあの先輩って、桐原組の一人娘って言われてなかったっけ」

「まさか隠し子とか⁉︎」

「いや何歳で産んだことになるんだよ」

「じゃあ未来から来た娘とか!」


 冗談として笑い飛ばされているが、しっかりビンゴだ。丈瑠は嫌な汗が止まらない。

 しかもこの後待ち合わせしてるから、今度は自分も噂の中心に立ってしまうのだろう。覚悟していたことではあるけど、やはりため息を我慢できない。


 時計を見ると、そろそろ待ち合わせの時間が近づいていた。まさか遅れるわけにもいかない。エプロンを脱いでクラスメイトたちに一声かけていこうと思った、その時。


「こんにちはー! 丈瑠さんいますか?」


 勢いよく扉が開く音。耳に飛び込んで来た声はよく聞き慣れた、彼女の純真さそのままな元気いっぱいの声。

 パーテーションの奥から顔を覗かせると、別の場所で待ち合わせしていたはずの、丈瑠が淡い想いを寄せる少女が、何故かそこにいた。


 きょろきょろと教室を見回して、目が合う。丈瑠の姿を認めた途端に表情がパァッと華やいで、てくてくこちらに歩み寄ってきた。


「桐生、なんでここに……」

「えへへ、来ちゃいました」


 はにかんで微笑む様は非常に可愛い。それだけでクラスメイトの何名かはハートを撃ち抜かれたようで、男女問わず視線が釘付けになっていた。

 なにせみんなの憧れ生徒会長である桐原愛美と瓜二つで、彼女が決して見せないような表情を見せる。丁度噂していた最中だったこともあり、こうなるのは必然だった。


 丈瑠にとっては予想できていた展開だ。だからわざわざ別の場所で待ち合わせる予定だったのだが、朱音を責めるつもりはない。

 いつまでも教室に留まるのはマズいので、とりあえず朱音の手を引いて廊下に出た。


 あとでクラスメイトたちから追及されるだろうけど、仕方ないと諦めよう。

 そういうため息を吐いたのだが、どうやら隣の少女は違う意味に捉えてしまったらしい。


「もしかして、教室に来るのは迷惑でしたか?」

「え? ああ、いや、そんなことはないよ。丁度桐生のことを噂してたから、ちょっとビックリしただけ」

「噂?」

「ほら、愛美さんとよく似てるからさ」


 なるほど、と頷く朱音。実際今も、何人かの生徒たちが朱音のことをチラチラ見ている。その視線には前々から気付いているのだろうけど、本人に気にした様子はない。

 むしろ、もっと別のところを気にしているようで。その視線は、繋がれたままの手に向かっていた。


「どうかした?」

「い、いえ……なんでもありませんが……」


 分かっていても、分かっていないふり。少しズルいとは思うけど、丈瑠だって男だ。好きな女の子にアプローチをかけるためなら、ある程度手段を選ばない。


 ほんのりと朱に染まった頬を愛らしく思いながら、その横顔に声をかける。


「午前中はどこを周ったの?」

「知り合いのところは一通り行きましたが。カゲロウのところのお化け屋敷は面白かったですよ。明子がすっごく怖がってましたので」


 魔術師でもお化け屋敷は怖いんだ……。

 旧世界での、ハロウィンの時のお化け騒動を思い出すが、まああれはたしかに怖かった。おまけにお化け屋敷というのは、怖がらせると言うよりもビックリさせる方に重きを置いてる傾向にあるから、余計かもしれない。


 午前中は友人である翠と明子の二人と一緒に回っていたらしく、どこに行ったのか、なにを食べたのかをとても嬉しそうに話してくれる朱音。自然と丈瑠の頬も緩む。


 この子がこうやって、なんでもない日常を心底から楽しめている。

 過酷な未来での出来事を聞いている身としては、それが嬉しくてたまらない。


 いや、それ以上に。

 好きな子が楽しそうにしていたら、自然とこちらも楽しく、嬉しくなるものだ。


「どこか行きたい場所はある?」

「ステージ見に行ってみたいです!」

「分かった。逸れないように、ちゃんと手繋いでてね」

「は、はい……」


 元気な声を上げたと思えば、恥ずかしそうに俯いてしまう。その羞恥心がほんの少し丈瑠にも移ってしまい、赤くなっている顔を隠すように前を向いた。



 ◆



 校舎一階の広い会議室は、二年生のとあるクラスがラーメン屋を開いていた。屋台の場所取りでも人気が高かったそこを自分のクラスが勝ち取ったのは、運営側に回っていた葵も把握していたのだけど。


 まさか、仕事に追われている間にこんなことになっていたなんて、と。葵は真っ赤になった顔で必死に羞恥心と戦っていた。


「よく似合ってますよ、姉さん。とても可愛らしいです」

「あの、翠ちゃん……? ちょっと写真撮りすぎじゃないかな?」

「そんなことはありません。後で緋桜に高値で売る……ではなく、譲ってあげるためにも、ある程度枚数が必要ですから」

「いま売るって言ったよね⁉︎」


 何故かメイド服を着せられている葵は絶叫した。妹がいつの間にか守銭奴になっていることもそうだけど、無表情でスマホを構えて激写してくるのは普通に怖い。

 それが実の兄に高額で取引されるとか聞かされたら、もっと怖い。


「まあ別にいいんじゃねえの? 普段はお前が翠のこと着せ替え人形にしてるんだしよ」

「そうだけどさぁ……」


 翠と一緒にやって来たカゲロウの言う通り、普段とは立場が逆だ。

 オシャレにあまり頓着しない翠。そんな彼女を買い物に連れ回し、完全に葵の趣味だけで妹を着せ替え人形にしているから、あまり強く言えない。


 しかしそれを差し引いても、今の翠はちょっと怖いのだけど。


 そんなカゲロウはと言うと、吸血鬼のコスプレをして大きなプラカードを抱えていた。プラカードに書かれているのは、彼のクラスが開いているお化け屋敷の宣伝。

 吸血鬼はちょっと違う感じがするし、別にコスプレするまでもなく吸血鬼なのだけど。


「つーか、なんでメイド服着てんだよ」

「今更そこ聞く?」


 とは言え、別に深い理由なんてないし、葵以外の女子、どころか男子まで、何人かはメイド服を着用している。

 ひとえに客を呼び寄せるためだ。このクラスのラーメン屋は、クラスメイトの一人が実家のラーメン屋の宣伝も兼ねてと言うことで決まったもので。実家の宣伝をするには、もちろん客を呼び込まなければならない。ならどうするか、答えは簡単だ。


 学年の中でもトップクラスに美少女であり、校内でも人気のある生徒会メンバーの一人を、客寄せパンダにしてしまおう。


 葵が生徒会の仕事で不在の間、勝手に決まったことである。

 なお、当時教室に残っていた蓮は、恋人のメイド姿を見たい欲求に負けて止めなかったらしい。


「まあ、別にいいんだけどさ。こういう服着る機会って、普通は人生で一度もないし」


 くるりとその場で一回転。裾の長いエプロンドレスを揺らし、頭に載せたホワイトプリムの位置を調整する。この服装にツインテールはさすがにあざとすぎると思ったので、普段とは違って髪を下ろしていた。


 ラーメン屋にメイド服ってどうなんだと思わなくもないけど、せっかくの文化祭だし、細かいことは気にしたらダメだろう。


「葵ー、ラーメン二丁上がったよー」

「はーい」


 調理場の方から蓮に声をかけられ、それを受け取りに行く。翠とカゲロウの分だ。翠はさっき朱音たちと来た時にも食べてたけど、もう一度頼んだと言うことは結構気に入ったのだろうか。

 ていうかそれ以前に、よくお腹に入るなぁ。


「翠には好評みたいだね、それ」

「お兄ちゃんに高値で売るんだってさ」

「緋桜さんなら万札出しそうで怖いな」


 苦笑する蓮だが、葵としては全く笑い事じゃない。百歩譲って写真を撮るのはいいとして、あの兄に売るのはさすがにやめてほしいところだ。


「俺も翠から何枚か貰おうかな」

「ちょっと、蓮くんまでなに言ってんの!」

「冗談冗談」


 まったくもう、とぷりぷり怒りながら、翠とカゲロウの元へラーメンを運ぶ。

 別に蓮が言ってくれれば、また今度着てあげるのに。


「はい、お待たせ」

「……だめです、姉さん」

「え?」


 机の上にラーメン二つを置くと、なにやら凄みを帯びた表情の翠がキッとこちらを見つめている。

 何のことか分からず小首を傾げれば、予想外のダメ出しを食らった。


「姉さんは今メイドなのですから、もっとメイドらしく振る舞ってください」

「えぇ……さっき来た時はなにも言わなかったのに……」

「先程は朱音が喜んでいましたから、それでいいのです」


 いいんだ。私の妹、朱音ちゃんのこと好きすぎでしょ。


「メイドらしくって言われても……」

「まず、わたしたち客のことは、ご主人様と呼びましょう。客が入って来た時は、お帰りなさいませご主人様、です」

「それ違うメイド! 翠ちゃんに変な入れ知恵したの誰⁉︎」

「緋桜じゃねえの?」

「ぶっ殺してやる!」


 またあのシスコンの仕業か。私の翠ちゃんを汚すとは許すまじ。

 完全に風評被害だし、なんなら犯人は明子なのだが、今の葵にそんなことは知るよしもなし。本人の知らないところで、兄の威厳はもはやマイナスに突入していた。


「さあ姉さん、次の客が来たらちゃんとメイドとして振る舞うのです」

「うぅ……翠ちゃんが言うなら……」

「お前も大概だよな」

「うるさい、カゲロウうるさい」


 自分も相当シスコンな自覚はあるが、他人から指摘されるとちょっとムカつく。


 なにはともあれ、可愛い可愛い妹のお願いなのだ。半ば強要でもあるけど。

 どうせ次の客は見知らぬ他人だろうし、おまけに今日は文化祭。ちょっと恥ずかしいことするくらいなら、浮かれてるんだなー程度で済ませてくれるはず。


 そう意気込んでいると、早速扉の開く音。

 勢いよく振り返り、開き直って元気よく。


「お帰りなさいませ、ご主人様!」

「……葵?」

「なにやってんだよ」


 最悪のタイミングで探偵夫婦がやって来て、葵はその場で固まった。



 ◆



 どこまでも広がる青い空を見上げる。眩しくて翳した左手の薬指には、太陽の光を反射した指輪が煌めく。

 下から聞こえてくる喧騒は、かつてなら想像もしなかった程に平和な証。


 校舎の屋上で仰向けに寝転がった桃瀬桃は、現在絶賛サボり中だった。

 午前中はクラスの方を手伝い、午後からは生徒会として校舎内の見回りをする予定だったのだけど。


 やはりどことなく、この空気に馴染めない自分がいて。こうして立ち入り禁止の屋上までやって来た。


「楽しいんだけどなぁ……」


 漏れた呟きは、紛れもない本心。

 友人たちと至って健全な青春を送る学校生活。その一環である文化祭。午前中、クラスの手伝いをしている時は気にならなかったけど。見回りをしているとどうしても俯瞰的に見てしまって、そうすると自分が酷く場違いに思えてしまう。


 悪癖だとは分かっていても、中々直るようなものではない。

 本当に、楽しいのは間違いなく本心なのだ。可愛い後輩たちに大切な親友、他にも自分を慕ってくれる子は沢山いる。そのみんなといられる時間が、楽しくないわけない。


「お、いたいた。サボり魔発見」


 聞こえた声に首だけ巡らせ、げっ、と表情を歪めた。

 屋上に出てきたのは、今日は来ないとばかり思っていた男。あの日以来顔を合わせていなかった、黒霧緋桜だ。


「なんでいるの」

「失礼なやつだな、せっかく来てやったってのに」


 先日の依頼、エウロペの一件での皺寄せがあったみたいで、緋桜はここ最近大学の課題に追われていたらしい。今日も来れないだろうと葵からは聞いていただけに、ほんの少し驚いてしまう。

 というか、直接会うのはあれ以来だから、ちょっとどんな顔したらいいのか分かんないんだけど。


 しかしそんな桃の心境など緋桜が知る由もなく、彼は隣に腰を下ろした。


「いいのかよ副会長、サボりな上に屋上は立ち入り禁止だろ? 愛美に怒られるぞ」

「愛美ちゃんもこの時間は見回りのはずだけど、今頃なにしてるんだろうね」


 わざわざ聞かずとも分かる問いかけ。緋桜は可笑しそうに喉を鳴らしている。

 どうせわたしの親友は、今頃文化祭デートと洒落込んでる決まってる。そんなの実質サボりみたいなものだ。


「下はもう見て回ったの?」

「いや、実は今来たばっかでな」

「は? 入場はもう終わってるはずだけど。なに、不法侵入?」

「ここの教師に許可はもらったから大丈夫」


 スマホのチャットアプリを開き、こちらに見せてくる。生徒会の顧問でもある久井とのトーク画面には、たしかに彼女からオーケーの言葉が出ていた。

 聞く相手を間違ってるだろう。彼女ならめんどくさがって、時間外の勝手な入場も許可するに決まってる。


「はぁ……昔から変わんないな、あのめんどくさがりは……あれで錬金術の腕は世界最高なんだから、変な話だよ」

「お前より上なのか?」

「悔しいことにね」


 桃が得意としてるのは元素魔術。魔女としては多くの現代魔術を開発した。錬金術なんてのは時代遅れも甚だしいと思っていたので、技術的な話をすると久井の足元にも及ばないだろう。

 ただ、それを補ってあまりある魔力を有しているが。


 起き上がってぐっと体を伸ばし、あくびを一つ。こうもいい天気だと、嫌でも眠気が襲ってくる。


「膝借りるね」

「どうぞご自由に」


 胡座を掻いてる膝の上にもう一度倒れ込んで、キザな顔を見上げた。

 この新世界で出会って、こうして想いを寄せるようになって、何年経っただろう。なにがキッカケだっただろう。

 パッと思い出せないのは、それらがどうでもいいことだからではない。それよりも大事な今と、存外に楽しみにしている未来があるからだ。


「向こうに行くまでの間に、こっちで沢山思い出作らないとね」

「だったらまずは、うちの両親に挨拶しに来るか?」

「それは……おいおいってことで……」


 さすがの魔女でも心の準備が必要だ。でも、避けては通れないことではあるだろう。

 せっかくこの新世界で家族全員揃った黒霧家を、桃の我儘だけでまた引き裂こうというのだから。

 普通は男女逆な気がするけど、ご両親に頭を下げにいかなければ。


 そんなことを考えていたからか、異世界への移住というのが急に現実味を帯びてきた。


「次の桜が咲く頃には、もう向こうの世界かぁ……」

「桜くらいならいつでも咲かせてやるよ。どうせこの先、ずっと一緒にいるんだ」

「だね」


 当然のように言ってのける言葉の重みが心地いい。幸せな気分に包まれて、比例するように眠気も増してきた。


「時間になったら起こしてやるから、寝といていいぞ」

「ならお願いしようかな……」


 お言葉に甘えて、瞼を閉じる。

 次に目を開けた時、真っ先に視界へ飛び込んでくるのは、彼の顔なんだろう。きっとそれが、この先も続いていく。

 桃が求めてた、復讐の先にある未来だ。


 眠りにつく直前、季節外れな桜の香りを感じた気がした。

今回で桃と緋桜、二人のお話はおしまいです。RFもここで一区切りしようと思います。次の投稿は新作になると思うので、そちらも是非よろしくお願いします!

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