5 シルヴィの任務
2021/2/3 分割しました。
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とにかく知りたかった、そしてこの目で見たかった。
追加された、新しい物語。
それを見ることが、最近の楽しみ。
本当に大好きだから、最後の最後に残しておいたのに。
その結末を、それを確かめる日を待ち望んでいたのに。
もう、この願いは叶わない。
悲しい。
悲しい……。
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「それじゃあ行ってくるぞ。
……本当に一緒に来ないのか?」
「大丈夫だよ」
心配そうな面持ちのアンジュを追い出し、
私は一人で支度をする。
今日はイベントでもある試験の日だ。
ゲームではシルヴィたんはこの日別行動をしていたし、アンジュは誘ってくれたけど、
正直、あのメンバーに入って何もしないでいるのは気まずいので断った。
私は治癒魔法しかまともにできない。
それなのに、アンジュも攻略対象も、
みんなハイスペックで強い上に、防御特化のマルクがいれば怪我なんてするはずもない。
そんな中で役立たずでいるのはなかなか堪えるのである。
アンジュは私にとっては残念なことに順調に攻略対象の好感度を上げつつあった。
そんなアンジュに可愛がられている私はあんまり攻略対象からよく思われていない気がするのだ。
女だから目こぼしされてるけど、男だったら決闘にでもなってたかも?
なので今日は一番しょぼいダンジョンで一人、試験の課題をこなす。
まあ、普段はアンジュのおかげで楽させてもらっているし、
そのおかげかこのダンジョンならひとりでも問題なく攻略できるほどには鍛えられている。
最近はアンジュに習って短剣の扱い方を勉強中だし、ちょうどいい実践だろう。
この試験の結果がしょぼくても、普段の課題でカバーできているしね。
アンジュは逆に、こういう試験の出来で普段をカバーしている。
まあ、カバーせずとも聖女なだけで学業の成績なんてどうでも良いんだけどね。
さて、このダンジョンは攻略で試験クリアとなる。
アイテムの採集や指定のモンスターの退治など、選ぶダンジョンによって試験内容は異なるが、
私が潜ったのはしょぼいダンジョンなので……。
攻略の証を持って、学園に戻る。
攻略対象の中で唯一今日はアンジュ一行に加わっていないリュカ先生のもとに行き、報告。
ちなみにリュカ先生は、戻ってきたらイベントがあったはずだ。
まあ私には関係のない話……。
「はい。確かに。お疲れ様でしたシルヴィさん。
……学園長が最近の様子を伺いたいと言っておられましたので、
後で行ってもらえますか?」
「わかりました」
その足で、学園長のもとへ向かう。
部屋をノックし、声をかける。
「シルヴィです」
「入りなさい」
初老に差し掛かった頃の学園長がこちらを向いた。
私は一礼して部屋の中に入る。
学園長からいつもの通り指示書というか、攻略対象の情報を記した紙を受け取る。
それに目を通した後、頭に刻んで紙をちぎって燃やす。
「最近はどうだね?」
「それぞれと仲良くされているようです」
アンジュ、と名前は出さないが、暗黙の了解でアンジュについて話す。
「ふむ……誰が一番上手く行きそうかな?」
「伺いましたが……
まだ、誰かお一人には決めかねているご様子でした」
さすがに私が1番好き、なんて言われたなんて言えません。
学園長は渋い顔を見せる。
「魔王の力が強まりつつあるのだ……。
できることなら早く覚醒して頂きたいのだが……」
「そうですね……」
正直、魔王の封印についてアンジュのやる気は微妙である。
腕っぷしでどうにかなると思っているのか、
そもそも魔王なんてどうでもいいと思っているのか……。
まあ、私も魔王とか言われてもピンとこないし、
ゲームのイベントだからどうにかしないとな、という程度の心持ちしかない。
魔王自体が目覚めたばかりで、力をつけるために今はあまり活動的でないからか、
魔王で困ってるとかヤバいとか、シルヴィたんにもそう言った記憶はないのであった。
我が道を行くタイプのアンジュが魔王を気にする日が来るとしたら、目の前に立ちふさがれたときだけだろう。
ゲーム的にいつかは立ちふさがるのだからそのときに頑張ってもらうしかない。
ここで学園長が憂いてもどうしようもないというのが本音であるが、私は不安げに頷くのがここでの仕事であった。
そこへ、誰かがやってくる。
「学園長、この間の件だが……。
ん、シルヴィ・ジラールか」
入ってきた理事長が私に目を留める。
私は挨拶をして、そっと退出しようとするが、理事長が私を呼び止めた。くそ。
「おまえ、もう少し己の仕事の重要性について理解しろ。
聖女様が覚醒するためにちゃん尽力しているのか?
聖女様は普段からおまえとばかり課題に出ているそうではないか」
「……申し訳ございません」
だってアンジュが誘うんだもん。等と言い訳したら確実に説教コースな予感がして、
とりあえず謝罪する。
理事長の説教はくどくてめんどくさいのだ。
しかし理事長のご機嫌はいまいちだったらしく、
蔑むような目で見ながらブツブツ文句を言われてしまう。
「申し訳ございませんというからには、自覚があるのだな?
いいか、おまえのような貧乏人が、あの部屋に住み、あまつさえ聖女様と同室なのは、私の采配なのだ。
お前が役目を果たさないなら部屋の家賃を払ってもらうからな?」
「畏まりました……」
うっかり部屋を出なくて良かったかも……止めてくれたアンジュに感謝しないといけない。
もし勝手に部屋を出てたら、役目放棄だとかなんとか言って違約金を請求されかねない剣幕だ。
そんな契約してないのに。
もしそうなったら……ゾッとする。私はお金なんて持ってないのだ。実家には頼れないし。
入学当初、たまたまアンジュと仲良くなったから任せられた任務。(ゲーム的な意図が働いてるとは思うけど)
アンジュの様子を報告すること、アンジュの世話をすること、
そして、早く覚醒できるように立ち回ることがその任務だった。
その仕事と引き換えに、あの部屋に住むことと、学費の免除がされているのだ。
部屋については雨風しのげれば別にどこでも構わないのだが、学費は簡単には払えない。
一応、貯めてたお金はあるけど、この先どうなるか分からないのだから、
払わなくて済むならこれに越したことはないよね……。
でも、このまま逆ハールートが進行したらお役御免と言われかねないかもしれない。
金策を考えておかないと……。
理事長は更に言い募る。
「おまえのような貧乏貴族にはわからないだろうが、聖女様は本物なのだ。
あの方は、神が遣わし給うた我が国の希望……」
「確かに、素晴らしい能力をお持ちなようですな」
学園長が口を挟む。
理事長は、ドヤ顔で首を振った。
「能力だけではない。あの美しさ。スタイル。
神が創ったのでなければなんなのだ!」
見た目かーい! と突っ込まなかった私を誰か褒めてくれ。
理事長は恍惚とした表情でアンジュの素晴らしさを崇め奉る。
お腹の出たはげじじいが力説しても正直気持ち悪いだけなのだが、
アンジュが人間離れした美しい容姿を持っていることは間違いなく事実だ。
「そう! しかもだぞ、あのお方は我々に発見されるまでの経歴すべてが謎!
気づいたらあの施設に降臨して居られたのだ。
間違いなく神が我々に遣わせた天の御使いであろう!
……いや、もしかしたら神の依り代となりあそばした巫女殿なのかもしれん。
いや、神そのものかもしれんぞ!」
アンジュがいた施設、孤児院か。
確かに、あんな美少女がいたらさっさと誰かに引き取られそうなものなのに、
アンジュが15歳になり、魔法の才を確認する儀式に出てくるまでその存在を誰も気にも留めていなかったらしい。
そこで聖女とわかり、学園の受け入れ体制を待ってアンジュはここにやってきたのだ。
「まあ、何であろうと尊いお方であることに変わりはないですからねぇ。
頼みますよ、シルヴィ」
学園長がアシストをしてくれたので、これ幸いと頷き、一礼して退室した。
理事長と違って学園長はいいおじちゃまなのだ。
理事長より立場が低いらしいので私があれこれ言われてても楯突いてくれはしないけど……。
そういえば、逆ハールートに入ってシルヴィたんがアンジュにアドバイスしなくなったはずなのに、まだ指示書貰えるのか。
ゲームで描かれなかっただけで、
シルヴィたんは最後までどうにか逆ハーを辞めさせてひとりにしぼってもらおうと頑張っていたのかな。
理事長に嫌味を言われながらも……。
なんと、健気だわぁ……。
全部で30話程度の予定。計10万字程度。
10日間くらいで完結させる予定です。