爆発オチは日常茶飯事
その日ローズは少し浮かれていた。
誰もいない厨房の冷蔵庫の前で人目を気にするように周囲を見回す彼女の手には、今朝並んで手に入れた人気のスイーツ専門店で作られた高級プリンが握られていた。
ローズはプリンが大好きである。プリンの為なら世界を敵に回そうが、支部長を敵に回そうが、プリンを手に入れるためなら容赦なく障害を爆破していく程度には、彼女は大のプリン狂いであった。
ローズは「秘書さん」と書かれた付箋紙をプリンの容器にペタリと貼って冷蔵庫の奥に仕舞うとそのまま軽やかな足取りで厨房から出て行く。
だがしかし、ここは王国一変人が集まると呼ばれるギルド「調和の証明」、付箋紙一枚程度で誰かに取られない訳がなく…。
「それで…支部長はどうしてこちらにいらっしゃるのでしょうか?」
「あぁ〜…うん、ちょっと今暇しているから何か手伝おうかなぁ〜って思って…」
「絶対嘘だなコイツ…」とウルフとアリシアの二人は同時にそう思ったが口には出さなかった。
支部長が胡散臭いのはいつもの事だし、何より今日はいつも以上にソワソワしているのが目に見えてわかるのだ。
もっぱらローズから逃げてきたか、何か隠し事があるから距離を取っているかのどっちかなのだが、それでもいらない書類を仕分ける仕事を手伝ってくれているので、ウルフは今回は大目に見ることにした。
一方のアリシアは、まだ胡散臭い物を見る目で、ロマンを見ているのだが。
「ただいま戻りましたぁ〜…ぁあ〜重かったぁ〜…」
「ありがとうね、私の荷物を運んでくれて。ちょうど人手が欲しかった所なのよ〜」
「一体何が入ってんすかこれ…」
大量の荷物を抱えて一階からニ階の執務室に戻ってきたゼフ達を、自分の机の上の魔道具を片付けていたアネットが出迎える。
アネットはゼフ達から荷物を受け取ると、驚くべき速さでテキパキと荷解きを始め、机の上に並べていく。
オークであるゼフが持って上がるだけで疲れてしまう量の荷物を高速で整理する様は、何処か手慣れいるようにも感じさせて、ゼフ達を感心させると同時に、あまりにもの作業の早さにドン引きするのだった。
「…そういえば珍しいわね…。アネットさんがギルドで寝泊まりするようになるだなんて?」
「…それに関しては聞かないでくれ…」
先日のトマトクリーチャーの一件で屋敷が半壊して、当分人が住める様な状態じゃ無くなったから一時的にこっちで生活する事になっただけなのだが、それを説明したら、触手のせいで自分とゼフがぬるぬるにされた挙句縛り挙げられた事も一緒に説明しなきゃいけなくなるため、多方面への飛び火を避けたいウルフはこれ以上説明したくなかった。
支部長にも居住区の使用申請を出すときに一度説明したが、あのロマンが「何言ってんだコイツ」と言いたげな顔で困惑していたのは、一生ものの屈辱になりそうなくらいだったのだ。
ちなみに、蛇や鰻みたいなヌメヌメニョロニョロした生き物が嫌いなアリシアを連れて行ったら、間違いなく屋敷が半壊程度では済まなかっただろう。
ウルフはあの時アリシアに声をかけなかった自分の英断を褒めたくなった。
ウルフの疲れた様な、苦虫を噛み潰したような色々ないまぜになった顔を見たアリシアは、それ以上話を掘り下げず、「た…大変だったのね…」と流した。
自分も飛び火したくなかったのである。
そんな会話をしていたらノックが二回聞こえた。
支部長の肩が一瞬跳ね上がったのをウルフは見逃さなかった。
「失礼します…すいません、支部長を見てませんか?」
「お疲れ様ですローズさん。支部長ならあなたが入った瞬間に逃げようとしたのでこうやって捕まえておきました」
ノックをして入ってきたローズから逃げようと一瞬で窓から脱出しようとしたロマンだったが、ウルフに襟首を掴まれて失敗に終わる。
逃げようとした勢いそのままに首を絞められたロマンは「ぐえっ」と悲鳴を上げた後、容赦無くローズの前に突き出された。
こうやって逃げようとする時は大体碌な事をしてないので、ウルフも容赦なくロマンを切り捨てるのだった。
「何も逃げる事は無いじゃ無いですか支部長。ところで貴方のお給料がまた勝手に前借りされているのですが一体何に使ったのですか?」
「ん〜ん?何も知らないなぁ〜?会計班の計算ミスじゃないかなぁ〜?」
「そういえばアネットさん、下の用務員室で調査班当てに荷物が届いていたんですけどこれもアネットさんのですか?」
「?う〜ん?それは知らないわねぇ?」
再び支部長の肩が跳ね上がった。その反応を見過ごさなかったローズは、中身不明の荷物を受け取り、荷札に書かれている文字を確認した。
「……支部長、調査班の名前で買い物しましたね?」
「実家からの仕送りだよそれ?やましい物じゃないよ?」
「じゃあ荷札に書かれている『おもちゃ、模型』の文字はなんでしょうね?」
「すいません私が買いました!何とぞ!何とぞ、お許しをって、ああああああ!二十一万ルビィした私のブラックドラゴンの模型がぁぁぁぁぁぁあ!?」
(…うわぁ…)
自白したのと同時に、それはそれはにこやかな笑顔で、荷物を爆発させたローズの笑顔は、過去一番のスッキリした笑顔だった。
そんな鬼畜の所業に同情したのか、調査班の名を騙ってでも模型を手に入れようとしたロマンの執念にドン引きしたかは不明だが、キール達は絶対にこの人を怒られてはいけないというのを再確認するのだった。
「……最近、魔獣が発生しなくなったダンジョンを潰すのは別の日に誰かに行ってもらうとして……そろそろ増員必要かなぁ…まだ人手足りないもんなぁ…」
ウルフはウルフで、膝から崩れ落ちた支部長に目をくれず、黙々と書類を捌いていく姿は、まさに社畜のそれであった。
「……安心して下さい支部長…」
「………えぇ?…」
「爆破したのは外装だけで中身は無事ですから、ほら」
「私のブラックドラゴン!!」
「これに懲りたら私に相談してから買い物してください。…いいですね?」
「はは〜」
(手名付けられてる…)
爆煙を振り払って中身の模型が無事な事を確認させ、飴と鞭を用いて支部長を手名付けながら退出する様は、どう考えても秘書と支部長の立場が逆転していた。
支部長室の真のボスと言う二つ名は伊達じゃなかった。
そして支部長のプライドの無さも伊達じゃなかった。
「…それじゃあ、私は技術班の仕事を兼務しているから、そろそろいくわね〜」
「…あっはい」
「…あっごめん。おれ今日の昼休み、外で買い物しに行って少し遅れるから」
「う〜っす」
そして、子供の様にはしゃぎながら退出する支部長が、どうでも良くなるぐらいには彼らはこのやり取りに慣れていたのだった。
「…秘書さんにお許しをもらって支部長室に模型置くことを許可されたは良いけど安心したらお腹すいたなぁ…」
厨房に舞台を移そう。
ロマンは冷蔵庫を漁りながら、何か食べれる物を物色していた。
地下の技術班からはアネットが何か作業しているのだろうか。ギュイーーン、ズガガガガと言う音と振動がここまで伝わっていた。
「…下の音凄いな…一体何作ってるんだよ?騒音で近所に訴えられないかな?…おっ、プリンみっけ」
この時、ロマンがもっとしっかりプリンを観察しておけば後の惨劇は引き起こされなかっただろう…。
ロマンは振動によってプリンに貼ってあった付箋紙が剥がれて床に落ちた事に気づく事無くそのまま厨房を立ち去ったせいで、コイツの破滅は決まった様なものだった。
(…そろそろ頃合いかしら…)
昼食を終え、人気のはけた厨房に向かっているローズは冷凍庫に保存しているプリンを楽しみにしていた。
なにせ何時間も並んだのだ。きっと格別に決まっているはず。
仮に誰かに食べられていたのなら犯人を探し出して爆殺しに向かっているだろう。
だからそう、彼女が床に落ちている「秘書さん」と書かれた付箋紙に気づいた時点で誰かが処刑されるのは確定事項となったのだった。
「あれ…秘書さんどったの?」
支部長室で模型を愛でていたロマンは、ローズがゆらゆらとした動きで帰ってきたローズに声をかけたが返事が帰ってこなかった。
というか目が据わっているせいで何処となく威圧感を発していた。
「…………ン……り…か?」
「えっ?なんて?」
ボソボソと呟いていたローズに聞き返すと、ローズは付箋紙を突き出してロマンにただ一言尋ねるのだった。
「…私のプリン。知りませんか?」
「……プリン?………っ!?」
ひょっとして昼前に食べたプリン秘書さんの物だったのでは?そう気づいた瞬間、ロマンの背中に冷や汗が伝い、心臓がバクバクと鳴り響く。
これは下手な事言ったら殺される。
というかローズの目が人殺しの目をしていた。
「…ぷぷぷぷプリンなんて知らないなぁ。あ、ごめんなさい私が食べました!!許してください!ブラックドラゴンは何も悪くないんです!やめてほんとそれだけは爆破しないで!?」
動揺のあまり声がうわずってしまったが最終的には平身低頭でローズに平謝りしていた。
「これは人としての礼儀を通しただけで、決して模型を爆破されそうだったから謝った訳じゃない。彼女の脅迫と殺気に屈したわけじゃないから」と後にロマンはそう語るのであった。
「………?」
いつもだったら、顔面を鷲掴みされて、そのまま爆破されている所だったが、いつまでも経っても爆破されないので、不思議に思ったロマンは視線をチラッとローズに向けて…見てしまった。
「…ッ!……!………ッ!!」
ローズがガチ泣きしかけていた。
いつもの彼女だったら絶対にありえない、子供の様な膨れっ面で、頬を赤く染めながら泣くのを耐えていた。
(………あ…なんか可愛い…)
珍しい光景に思わずホッコリしてしまったロマンは、泣き顔を見られた羞恥心で、顔面に向かって掌を突き出してきたローズへの反応に遅れて……。
外に出ていたウルフは上機嫌だった。
切らしたインクを補充する為に文房具屋を回っていたのだが、その道中で彼はたまたま、ローズがプリンを買った店の前を通った際に、余ってしまって処分しなければならないプリンを安く売り出している場面に出会い、安く大量に購入する事ができたのだ。
この男、周囲に隠しているつもりであるが、大の甘党であった。
(まさかあの店のプリンを大量に買えることが出来るなんて…!あいつら喜ぶかな?アリスは喜ぶだろうな)
調査班の人数分と、ついでにロマンとローズの分を買って帰路に着いたウルフは、スキップせんばかりに、軽やかな足取りでギルドの正門から中に入ろうとして…。
最上階の支部長室が突如爆発した。
「いや何事!?」
降り注ぐガラスと瓦礫からプリン(と自分の身)を守り、爆破によってリフォームされ、風通しが良くなった支部長室の中が見える位置まで駆け出す。
吹き抜けになった天井から、黒煙を吐き出す支部長の中ではフードを被っているのにも関わらず、黒焦げの爆発パーマになって倒れる支部長と、顔を真っ赤にして今にも泣き出しそうな秘書さんが見えたせいで、余計何が何やらわからなくなってしまったのだった……。
流石にブラックドラゴンは今度こそ粉々に吹き飛んでいた。
この後支部長は、ウルフが買ってきた自分の分のプリンをローズに献上することでなんとかご機嫌取りをしてました。