特に需要のないサービスシーン
前回のあらすじ
ゼフ、拉致られる。
「班長!ゼフが…ゼフがやられましたぁ!?」
「落ち着け!まだ死んだと決まった訳じゃないだろうが!いいから素数を数えて落ち着くんだバカヤロウ!?」
「キールも落ち着け?」
他人が自分より慌てているところを見ると落ち着くというのは、どうやら本当の事だったらしい。
ウルフは玄関前で騒ぐ部下達を見て、平静さを取り戻す。
いきなり触手っぽいものに仲間が攫われたのは初めてのパターンだったが、改めて油断してはいけないと言うのは再確認できた。
「総員突撃準備!目的はアネットさんと攫われたゼフの捜索!油断するなよ!油断したら一瞬で持って行かれるからな!」
一刻も早く仲間を救出せんとウルフは指示を飛ばし、自身も歩兵銃を構えて弾丸を装填し、いつでも撃てるように身構える。
平静を取り戻したキールも自前のクロスボウに矢を番え、アインは味方と自分に身体強化をかけて、突撃の時を待つ。
「(3…2…1…0)総員突撃!おれに続け!」
ウルフは指でカウントを取り、ゼロになった時点で玄関を蹴破って突入し、それに追従する形でキール達が後に続いた。
「…あら…珍しい…今日はお客さんが多いのね?」
そんな彼らを出迎えたのは、何本もの触手を携えた植物っぽい何かと、この屋敷の本来の主人である妙齢の美女、アネット・バーガンディーその人である。
「ごめんなさいね、お茶も出せなくて。今触手しかないけど助けてくれないかしら?」
「ガッツリ捕獲されとる!?」
ただし、触手に全身をぐるぐる巻きにされ、蓑虫状態でぶら下がっていなければ様になっていただろうが。
触手に目隠しされたアネットは、声だけでウルフを判別すると、まるで数ヶ月ぶりに会った知り合いかのようにウルフに気楽に話しかけてきたのだった。
「あら?班長くん?ちょうど良かったわ。悪いけどこの触手解いてくれないかしら?今ちょっと手が離せなくて…」
「手が離せないも何も腕ごと巻き付かれてますが!?絶賛拘束され中ですが!?」
「いやー、こないだダンジョンで見つけた植物の成長を促進させる魔道具を、ちょっと改造してジョウロ型にしてプチトマトに使ってみたら、出力間違えてこんなに立派な姿になっちゃって」
「立派どころか突然変異してクリーチャーみたいになってんですけど?!え、まってこれ元はプチトマトだったのこれ!?」
「ゔんーー!?んんんー!んー!!!」
「班長!ゼフを見つけました!なんか、その…SMプレイみたいなカッコで縛られてます!」
「ちゅーか、何つーキッツイ格好で縛られてんだお前!」
突撃したは良いものの、余計混乱するハメになってしまった。
人質が二人もいるのと同じだから迂闊に発砲出来ないし、キールとアインはゼフを解放しようとするも、触手の抵抗もあって中々近づけない。
「申し訳ないけどそろそろ助けてくれないかしら?一ヶ月もこんな感じで捕まってて、そろそろ魔力の防御が切れて握り潰されたウインナーみたいに内蔵が飛び出しそうで結構余裕がないので早めにお願いします班長くん」
「そういうの早く言ってくれません!?ええぃ一旦集合!!」
件の元凶であろう足下に転がっていたジョウロ型の魔道具を、トマトクリーチャー(仮称)の蛇の様な頭部に向かって蹴り飛ばしたウルフは、もう一つ弾丸を詰めてバックステップで距離を取る。
魔道具は頭に命中する前に、触手ではたき落とされて破壊されたが、キール達が安全圏に避難する時間稼ぎにはなった。
(まさか虎の子をこんなアホな状況で使う羽目になるとは…)
まさかこんな場面で歩兵銃に仕込まれた切り札を切る羽目になるとは思ってなかったウルフは、歩兵銃の安全装置を外し、更に手元にある切替装置のレバーをぐっと限界まで回して、ある仕掛けを発動させ、銃身に裂け目を入れる。
その裂け目から魔力が吹き出し、赤熱する何かが顔をのぞかせた。
「おれが突っ込んであの化け物を仕留めるからキールとアインは援護!救出はその後!何か質問は!?」
「無いっす!」
「いつでも!!」
ウルフの命令に士気高々に答えたキールは、牽制として触手に向かってクロスボウを乱射し、アインはウルフに速度強化の身体強化をかける。
アインに合わせて自分の魔力を脚に流して脚力を強化したウルフが駆け出してトマトクリーチャー(仮称)の核であろう果実に歩兵銃の銃口を突き出す。
「早く終わらせて帰りたい…」
三人の思いは今一つになっていた…。
「くたばれ!しょくしゅうううううう?!」
「班長おおおおおお?!」
「班長まで捕まったぁぁぁぁあ!?」
しかしこのトンチキな化け物がそんな簡単に終わる訳なかった。
トマトクリーチャー(仮称)は一番の脅威を一瞬で核まで詰めてきたウルフと判断したのか、歩兵銃の刃が核に突き刺さるすんでの所でウルフを捕縛。
その結果、人質(三人目)の出来上がりである。
「ちょっこらやめろ!武器叩き落とすな!!なんかヌルヌルする気持ち悪いぞこれ!?」
「班長ぉぉぉぉぉお!?」
「余計絡まりますから暴れないでください!」
「…はっ!粘液!?」
触手によって叩き落とされた歩兵銃は、持ち主の手を離れた瞬間力無く放熱して魔力を失い、そのまま絨毯張りの床へと突き刺さる。
ウルフの発言に何か気づいたアネットがはっと声をあげたのだった。
「粘液って、何か弱点でもあるんですか!?」
「まさか塩を揉み込んだらそのまま枯れるんすか?!」
「いえ…盲点だったわ…ひょっとしてこの子を服だけを溶かす粘液を分泌できるようにすれば良かったのでは!?」
「碌でも無い事思いついただけだったこの人!?」
「それは是非別の機会にお願いします!!」
「言ってる場合かむぐぅーーー?!」
『班長ぉぉぉぉぉお!?』
結論から言えばトマトクリーチャーの動きが停止したのは、数十分後の事だった。
植物は自分の体温を調節する機能が無い。食虫植物だって自力で何度も無理な動きを繰り返すと自分の運動で発生した熱で枯れてしまうのである。
狙ってやったかどうかは分からないが、ウルフが暴れ続けて取り押さえるのに力を使わせた結果、人の手によって生まれたこの哀れなクリーチャーは自滅したのであった。
「酷い目にあったわ…ごめんなさいね、変な事に巻き込んでしまって。」
床に落ちていたつばの広い魔女帽を拾って埃をはたき、頭に被せたアネットは、改めてキール達に謝罪する。
「しばらくここは修理で使えないわねぇ…」と頰に手を当てて呟く彼女は、先程は触手にぐるぐる巻きにされていたせいでわからなかったが、ボディラインがわかりやすいピッチリした服の上から白衣を身に纏い、女性すら羨む様な細い腰やS字を描く肉体を白衣で隠したその姿は、本人が自己申告しないととても三十代とは思えない様な若々しくて美しい女性だった。
(この若さで三十代とか嘘でしょ…でも…)
(なるほど、いいおっぱいだ…だが…)
それぞれアネットの美しさを内心で讃えていた二人は、視線を枯れて力尽きたプチトマトと、痙攣して酸素を取り込んでいるゼフと、暴れて力尽きてそのまま倒れているウルフの、二人の犠牲者に視線を移す。
(変人なんだよなぁ…)
(やっぱ調査班の人間だったかぁ…)
それぞれ今回の犠牲者達を見て、美女という評価を撤回する。
一歩間違えればあそこで転がっていたのは自分達かもしれなかったのだ。
二人は尊い犠牲に合掌して、この人に関わるのは極力やめておこうと心に誓う。
「あ、実はギルドにしばらく住む事にしたから持って行きたい物があるのだけど…」
「なんなりと申し付けてください」
「キール…お前…」
それはそれの精神でアネットの点数稼ぎを行うキールに対して、アインは呆れた視線を向ける。
「助かるわぁ〜」と手を合わせたアネットは、枯れてしまったプチトマトの化け物を指差し…
「実はあの子と同じやり方で育てた苗が地下室にあるのよ。五十株ぐらい」
『ダメです』
当然ながら地下室の苗は全部燃やされた。
アネットさんがギルドに住む事になった!
ゼフは男の尊厳を砕かれた。
班長は倒れた。