半年に4、5回ぐらい音信不通になる
まだまだ続くんじゃよ
「アネットさんからしばらく連絡が来ていない」
第二王女スキャンダル事件(支部長命名)から数日後、執務室でいつものように冒険者や、ギルド職員からの報告書を処理していたウルフが、調査班の仲間からの連絡が途絶えている事にふと気付いた。
勤務歴半年ほどのキールが三人を代表して、「誰すか?その人」と質問してきた。
「お前らは会った事がなかったけ?ほら、そこの魔道具だらけの机、彼女の物なんだよ」
「ただのガラクタ置き場だと思ってたんすけど、誰か使ってたんすかこれ…」
ウルフが指を差した先には、壺みたいな形をした物や、指輪の様な小さな物。用途不明な様々な魔道具が、「触るな危険」と書かれた置き書きと共に所狭しと積み上げられている机だった。
以前うっかり魔道具の山を倒して、執務室が半壊する程の爆発を引き起こしてしまったゼフは、「こんな物持ち込んでそのままとかどんな奴なんだ」と戦慄していた。
ちなみに魔道具の方は無事だった。理不尽すぎる。
「…月に二、三回くらい定期的に連絡がくれば良い方なのにここ三ヶ月くらい音沙汰無いのは…」
「…定期的の意味間違ってません?」
調査班の事務員で数少ない事務担当の彼女が。変な魔道具の研究ばかりすることに目を瞑れば、まともな書類仕事ができる人員が音信不通なのは流石に黙って見過ごす訳には行かなかった。
「お前ら、昼にアネットさんの屋敷に向かうから装備の準備をしろ。回復薬とコンパスも忘れずにな。捜索が終わったら今日の仕事は上がって良いからな」
「うすっ」
「へーい」
ウルフからの命令に、それぞれが軽い返事を返して、自分の机書類を片付け始める。特にゼフに関しては久しぶりにまともに体を動かせるチャンスが来たためか、テキパキと準備を進めていた。
「…班長すいません」
「どうしたアイン?」
「おれらそのアネットさんの屋敷に行くんすよね?」
「それが何か?」
「…なんで人んち向かうのにまるでダンジョンに潜りに行くみたいな準備しているんでしょうか?」
「死ぬから」
空気が凍った。「今なんつったこの班長?死ぬ?死ぬ言うたか?」恐らくアイン達はこう思っただろう。
特にうきうきして準備をしていたゼフは、背負い具合を確認していたバックパックをどさりと落とす程には思考停止していた。
「…冗談すよね?」
「俺も冗談だったらどれだけ良かったか…」
ついでのように「前いた職員が、捜索で死にかけて辞めていったんだよな」と呟いたのをキールは聞き逃さなかった、ちなみに現状の最大戦力の一人であるアリシアは今日は公務で一日いない為、頼る事が出来ない。
「武器取ってくるわ」と言って席をたったウルフの顔は、心労で更に熊が深くなっていた。ウルフ自身も行きたく無いのは明らかだった。
『…行きたくねぇ…』
早速、調査班に配属された事を後悔した三人は、特にひねる事なくそう呟いたのだった。
「…着いたっすけど、いかにもって場所すね…ここ」
馬車を昼一で走らせて、親魔族領「ヘカーティア」の地図の端に存在する森に囲まれた屋敷が件の魔女アネットの住居だった。
壁には蔦が絡みつき、ヒビの入った窓ガラスと、背の高い雑草が庭全体を覆うせいで、控えめに言って廃墟にしか見えなかった。
「オレまだ死にたくねぇなぁ…」
「どうせ死ぬんだったらでっけえおっぱいに埋もれて死にてぇ…」
「言っといてなんだけど、まだ死ぬって決まった訳じゃ無いでしょうが…オラァっ!」
正門の鍵が開いていることを確認したウルフは、蔦が絡んだ扉を蹴破って敷地内に潜入する。ブチィっと音を立てて蔦が千切れると共に門が開いて、それに続く形でキール達も恐る恐る侵入する。
カラスが鳴いて飛び立つせいでやっぱり怖い。
「…そういや班長、班長いつも槍使ってましたけど、今日は銃持ってきたんすね」
「ん?あぁこれ?」
恐怖心を誤魔化す為に、キールはウルフの背負っている武器を指指す。
生木の魔獣である「フレッシュトレント」に対して槍一本で立ち向かって斬撃で薙ぎ払い、突きの一撃で刺殺する槍捌きを可能とするウルフが、いくら刺突用の銃剣が装着されているとはいえ、取り回しの悪いであろう歩兵銃を持ってくるのは明らかに不自然だった。
「ギルドの技術班から運用テストを頼まれててさ、正式名称は忘れたがオルトロスって言うらしい」
「…へぇー」
「それよりおれとキールで庭の方見てみるから、ゼフとアインは玄関の鍵が開いてるか確認してくれ」
指示を出した後草むらをかき分けるウルフ達を見送ったゼフとアインは、軽口を叩きながら屋敷の玄関を調べ始めた。
「うわー、地元にもこういう屋敷あったけど、やっぱ嫌だなぁ。こう言うの」
「なんだよゾンビのくせに情け無い…」
「…たまに前の住人の腐乱死体が見つかるから嫌なんだよ…」
「…おいやめろ、ちょっと想像しちまったじゃねーか。お、呼び鈴がある」
得物のメイスを構えながら周囲を警戒するアインに軽口を叩いていたゼフは、呼び鈴を発見すると迷うことなくそれを押す。リンゴーンとありきたりなベルの音が響いた後に蝶番が軋む音を立てて扉が開き…。
一瞬で出てきた触手の様な何かが、あれよと言う間にゼフに絡みつき、これよという間に一瞬で引きずり込むと同時に扉を閉めて姿を消した。
『……は…?』
本日何度目かはわからないが、また空気が凍った。
呼び鈴の音を聞いて引き返してきた所に目撃してしまったウルフとキールはともかく、目の前でゼフをうねうねした何かに拉致られたアインに至っては顎の関節が外れんばかりに口をあんぐり開けていた。
「……メディック!メディーーーック!?」
「落ち着け!?もっと他にいうことあるだろうが!?」
調査班の班員であるアネット女史の捜索は、捜索開始数分足らずで、ゼフが行方不明になるという最悪のスタートを切ったのだった。
ゼフ「オレ死んでねぇよ!」