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本人の意図しない所で余計な被害が発生することってあるよね


前回のあらすじ


 新たなる刺客(しっぽ)が現る!!



「俺が聞いた噂によると、ビビ(彼女)は尻尾の毒針でドラゴンを昏倒させる事が出来るとかで」


(……無理です…)


「私は武器の大鎌の一振りで魔獣の群れを屠ったとか」


(……出来ないです…)


「おれは彼女の放つドス黒い殺気が、近寄る者全ての命を刈り取ることから、見えない死神と呼ばれていると」


(――もうその人誰ぇ!?)







 誰にも気が付かれる事無く堂々と調査班の執務室にお邪魔していたビビは、自分の噂に余計な尾鰭どころか、鱗と爪までセットで着いてきている事に悲鳴をあげたくなっていた。




 ビビ・スカーレットは噂通りの人物ではなく、どちらかと言うと臆病で人見知りで泣き虫で、人と比べると存在感がちょっと稀薄なだけの少女だ。


 握る獲物は鎌とは真反対の鈍器(ハンマー)を握った前線職だし、ドラゴンにかち合った時はいの一番に逃げ出している自信はあるし、最後の噂だけは普段から子犬相手にもビクビクオドオドしている彼女の様子からは1番かけ離れていた。


 羊の角と蠍の尻尾を備えた珍しい容姿は、羊と蠍の獣人の間に生まれた混血なのが関係しているが、本人は好き好んで持って生まれた特性(毒針)を生殺与奪に用いない大人しい性格だ。





 





 割と目立つ容姿をした彼女が、執務室の隅で縮こまっているとは言え、誰にも気付かれないのは何故か?




 これは彼女が四分の一の確率で引いてしまった固有魔法が関係していた。







 この世界で生活している人々は、強弱はあるが、皆んな成人を迎える頃にはそれなりに指先にマッチくらいの火を灯すくらいの魔法を使える様にはなる。



 中にはそれすらも出来ない例外が存在するがそれはさて置き。

ある一定の確率で、特異な力を持った魔法。通称「固有魔法」と呼ばれる能力を有する者が偶に現れるのだった。





 ビビもその例に漏れず、固有魔法に目覚めていたのだが、その魔法には彼女の気質も関係して、ある問題を抱えていたのだった。




彼女の固有魔法の名は「盲点誘導ヴォイド・インディケィション」。



 効果は、自分の姿を見た者の視界から消えると言う物。



 詳しい説明をすると、実際は透明になっている訳では無い。



 そもそも生き物の目の仕組みから解説しなければいけないのだが、まずは光が眼球の角膜と呼ばれる部位を通り、虹彩と呼ばれる門の様な組織で光の量を調整されて、最後にレンズの機能を有する水晶体と呼ばれる部位のピント合わせを受けて、目の奥底にある網膜に目から入った情報を写す事により、最終的に視神経によって脳へと信号が送られ、脳が「物を見えている」と認識しているのだ。




 この網膜は視神経によって脳と繋がっているが、この網膜の中で唯一、物が写らない所が存在する。



 それが視神経乳頭。眼球で1番血管が集中し、ここから映像信号を脳へと送る大事なケーブルであると同時に、唯一視細胞が存在しない場所だ。



 水晶体を通った情報が、光を感じる機能が無いこの視神経乳頭に集まった時に、脳は「見えない」と処理を行なって、俗に言う盲点と呼ばれる現象が起きるのだ。




 うっかり見落としをする事の表現としても使われる言葉だが、ざっくり言うと、眼球の中に何も写らない神経の束があって起きる現象という事を覚えていただきたい。





 彼女の固有魔法は、一度発動したら周囲の相手の両目に干渉して、自分の姿(情報)を強制的に眼球の盲点に入れて姿を隠すと言う物。



 、彼女を逃がさない様に視界にしっかり収めていた筈のウルフから姿を消したあの現象は、対象の視界から自分の情報を消し去る(いじって誤魔化す)この魔法が作用した結果。消失のトリックとして作用したのだ。






 一見すれば透明人間になれる便利な魔法とも取れるが、足跡等の本人がそこに存在した痕跡は当然ながら残り、注意しないと視覚以外の嗅覚や聴覚を頼りに周囲を警戒する相手からは直ぐに存在を暴かれるので、本来ならそのまま使っても一時的に身を隠す事にしか使えない上に、調子に乗っていたら自分が痛い目に遭う魔法なのだ。







 それでも、彼女が欠陥しか無いこの魔法で上手く姿を隠し切れるのは、この魔法とビビ(彼女)の気性を含めた個性との相性が良すぎるのが原因だった。





 まず、ビビ・スカーレットと言う少女は、生まれつき自分を前に出すのが苦手で、存在感が薄いのだ。


 その存在感の無さと言ったら、か細い声を掛けるまで、その場にいる事を認識されない程。しかも声が小さいので聞こえるかどうかは相手次第。





 さらに四分の一の確率で引き寄せた(発現させた)このハズレの魔法は、不幸にも、ビビ自身が制御出来ず。ふとした瞬間に暴発して自分の姿を相手に見えなくしてしまうのも相まって、彼女の空気に溶けてしまうくらいに透明な存在感が、更に薄くなってしまう所為で、彼女の日常生活にも一部支障をきたす程に強い影響力を与えていた。





 例えば、かくれんぼだと必ず最後まで見つからない所為で忘れ去られて解散してしまったり、写し絵にだけはしっかり映る所為で心霊現象扱いされたり、町内かくれんぼ大会で殿堂入りと言う名の出禁扱いで参加を拒否されたり……他にも魔法の暴発の所為と間の悪さで引き起こされた彼女の不幸なエピソードはここだと語り切れないので割愛させていただく。





 そんな不幸の荒波に揉まれて尚も、臆病ながらに逞しく生きて来た彼女が、何故昨日からウルフを追い回していたのかと言えば答えは一つ。



「………万年筆を返しに来ただけなのにぃ…」




 泣きべそをかきながらもぎゅっと握りしめた両手の中には、今朝からウルフが無くしたと言っていた彼の普段使いの万年筆が大事そうに包まれていた。


 昨日(ウルフ)が帰り際にポロリと落っことしたのを見つけてそれを拾い、偶然それを見つけた彼女は、落とし物(万年筆)をウルフに返そうとずっとギルドを出てからも彼の背後を追いかけていたのだが、彼女が声を掛ける事が出来なかった。









なぜなら…そう…






 ウルフを追う最中、ギルドで知らぬ者等居ない程有名な、アリシアとスカディに挟まれて談笑する彼の姿を目にして、額から戦慄の冷や汗を流したビビは、とある理由でウルフに恐れを為してしまったのだ。






「―――よ…陽キャの人だぁっ!?」






 陽キャ……それは自分(陰キャ)と対立する位置にいる存在。


 誰彼構わず明るく話しかけて分け隔て無く接する群体の中の中心(ビビの偏見)


 人の中に溶け込み、いつの間にかコミュニティを乗っ取る女王蜂(ビビの偏見)


 時には陰キャに牙を剥き、コミュニティを動かして攻撃してくる永遠に理解する事の出来ない不倶戴天の天敵(ビビの偏見)







 これまでの16年に及ぶ短い人生の中で、姿が見えない所為で近所の陽キャ(悪ガキ)から虐められてきた生粋のいじめられっ子のビビは、目が眩む程の美女を両脇に侍らせて石畳を歩くウルフを陽キャと断定して余計な恐怖心を抱いてしまった所為で彼に声を掛ける事をずっと躊躇っていたのだった。





 どちらかと言えばウルフも陰キャの枠組みなのだが、ビビ本人はそれを知る余地も無いため、ただ一言声を掛ければ解決する筈の問題をズルズル抱え込んでしまっていたのだった。












「…うぅ……」


「――ただ今戻りやしたぁ…」


「うっひぃ!?」


「おかえりゼフ。どうだった?」







 ギルドの隅でどうするべきか唸り続けるビビだったが、突如沈んだ表情で俯きながら戻って来たゼフに思わず悲鳴をあげてしまう。


 幸か不幸か、彼女の存在に気づかれる事は無かったものの、落ち込んだ様子で自分の机に戻ったゼフが、若干空気椅子気味に、座り心地悪そうに座って医務室で宣告された症状をポツリと呟いた。









「――ケツにできものができてました…」





 ゼフに告げられた症状は、お尻にニキビの様な腫れ物ができるアレである。



 座った時にメチャクチャ痛くなるにっくきアレは、通気性の悪い下着の影響でデリケートゾーンに出来るニキビの様なあの腫れ物がよりにもよって数日前に自分の尻にできてしまったゼフは、診察のためとは言え自分のデリケートゾーンを医者に晒す事になった羞恥心と、うっかり椅子に体重を預けようとすると尻から伝わる不快な痛みの信号で彼の気分は沈みに沈みまくっていた。




 なった人は分かると思うが、痛いし、座れないしで色々不便になるのだ。




「……最悪だよ…なんでよりによってケツにでかいニキビみたいなのができてんだよ…」


「――大変だな…このチューブいるか?」


「悪りぃ……そういやなんの塗り薬だこれ?」











「わさび」


「ケツに塗れってかおらぁ!?」




 隣の机からゼフにちょっかいをかけていつも通りに喧嘩に発展するキール達を、調査班の面々はまぁいつもの事だし。と軽く流すが、ビビはそうじゃない。



 部屋の隅で身を縮こませ、突如喧嘩が勃発した事にどうすればいいのか分からず、震えることしか出来なかった。








「あぁん?!わさびの殺菌効果を舐めんじゃねぇぞテメェ!!無様にも尻にニキビを作ったお前の為にわざわざ取り寄せて作った俺特性の塗り薬だぞゴラァッ!!」


「んなもん尻に塗ったら少なくとも、もう2度とう○こできねぇ身体になるわっ!!楽しいか!?人をおちょくって楽しいのかおらぁ!?」


「俺が他人が苦しむ所を見下ろしながら愉悦に浸る鬼畜だと思ってんのか!?少なくともそこまで堕ちた覚えはないわっ!!!―――――――まぁお前を揶揄うのは楽しくてしょうがないがなっ!!」


「こぉんのクソエルフがぁぁぁぁっ!!!今日こそその腐った性根を叩きのめしてくれるわぁっ!!」



「ひいぃぃっ!?」




 わさび入りのチューブを片手に、尻を庇ってひょこひょこ歩きながらキールに拳を叩きつけようとするゼフと、そんなゼフの尻を狙って執拗に攻撃するキールの喧嘩が目の前で繰り広げられる所為で、ビビは完全に怯え切ってしまった。




 なんでこの人達は喧嘩をスルー出来るのか?


なんで幼稚すぎる原因でプリミティブな喧嘩を繰り広げられるのか?




「〜〜〜っ!!もう置いて帰ればいいよね!?」




 短時間で目まぐるしく襲いかかってくる理不尽なストレスのせいで、色々我慢の限界が訪れたビビはウルフの机に万年筆を置いて何も言わずに帰る方向に舵を切るのだった。


 本人はただどこかに無くした程度の認識で、まさかビビが万年筆を持っているなんて、先程の発現と照らし合わせてもつゆほども思っていないだろう。



 最初からこうすれば良かったと溜息を吐きつつ、ゼフがマウントを取って早々に喧嘩の決着がついた2人の横を通り抜けてウルフの机に向かおうとするが……






「――観念しろゴラァ!!食べ物を粗末にした報いを受けやがれ!!」


「悪かった!!俺が悪かったからそのわさびを口に突っ込むのはやめろ!?―――ァァァァァァ………あ?」




「――きゃっ!?」




 ゼフによるわさび攻めを受けて口の中を大量の香辛料でいっぱいにしたキールは、鼻につーんと来る刺激に耐え切れずに床の上で野田打ちながら悶え苦しんでいた。



 同情の余地も無い自業自得だったが、ふと転がり回っていた勢いで振り下ろされた手が、盲点に入っているビビの太腿に着地した。




 大した勢いの乗っていない拳がぽすっと音を立てて自信の太腿に命中したビビは思わず小さな悲鳴をあげて飛び上がる。


 幸か不幸か、直ぐ近くにいたビビに気が付かなかったキールは、鼻や涙腺に襲いかかるわさびの刺激を堪えつつ、先程振り下ろした手に当たった柔らかい感覚を頼りに、両手をわきわきと動かして忙しく周囲を探索する。





 側から見たら気が狂ったとしか思えないキールの行動に、彼にわさびを盛った下手人のゼフが首を傾げながらもキールを気に掛けるのだった。







「――急にどうしたよお前?」


「…………今なんか……」


















「女の子の太腿を触った気がした」


「なんで分かるの!?」


「んなアホな…」




 先程のたうち回っていた時とは一点して、目を血走らせながら見えない誰かの太腿を探すキールの姿に、不完全ながらも存在を察知されたビビは、謎のエロパワーをフル稼働させて周囲を探知しようとして、涙とか伸びた鼻の下とかで顔面がぐちゃぐちゃになっているキールにドン引きして悲鳴をあげ、悲鳴が小さすぎた所為でビビの存在を認識出来ないゼフを始めとする仲間達は、わさびの食べ過ぎでキールがおかしくなったくらいにしか考えることが出来なかった。






「………なぁ…大丈夫かお前?……………流石にわさびの塊を直接口にぶち込んだのは悪かったから医務室に行こうぜ?な?」


「―いいや!たしかに誰かいたね!……身長140くらいでちょい痩せ型の柔らかくももちっと押し返す様な太腿が確かにいたね!!」


「だからなんで分かるの!?」


「お前なんか怖いよ!?」


「そこぉ!!」


「ひぃぃぃっ!?」







 訳の分からない力もとい執念で、見えない筈のビビの背格好を当てて見せたキールに完全に恐れを為した彼女は、僅かな物音と感を頼りに探知して飛びかかって来たキールを躱そうと書類が尻尾に当たって周囲に散乱する事になっても、なりふり構わず床にダイブする。









 だがビビが咄嗟に取ったこの行動の所為で余計な人身事故が発生する事になるなどこの時は誰も想像出来なかった。










 床に飛び込んでキールを回避したは良いものの、飛び込んだ勢いを殺すことが出来ずにそのまま床の上を腹這いで滑っていく彼女は、飛び込んだ先の直線上にいたゼフの方にまでカーリングのストーンの様に滑っていく。













 そんな彼女の存在に気がつかないゼフの股下をトンネルみたいに抜けたは良いものの、彼女の細身な身体の中で、唯一立派に自己主張するサソリの尻尾がだけは通り抜ける事が出来ずに――

















 天井に向かって持ち上げられたサソリの尻尾は滑った勢いを威力に変えて、ゼフの男の象徴(急所)に勢いよく突き刺さったのだった。








「のおぉぉぉふぅぉぉぉぉぉああああ!!!!!?????」






『ゼ、ゼフーー!?』


「あ…あわわわわわ」


 何がなんだかわからぬまま股間に毒針の一突きを受けたゼフは、床に倒れ込んでその場で股間を押さえながら死にそうな顔でのたうちまわる。




 その際ぶちゅっと嫌な音がして、彼が力尽きて大人しくなる頃には、顔を激痛で真っ青にして大量の脂汗を流すゼフの姿が出来上がっていた。






「ゼフ!しっかりしろ!!何があった!?」


「………チ○コに…チ○コになんかでかい針が……後ケツのニキビが潰れました……」


「今医務室に運ぶからしっかりしろゼフぅぅぅ!!」





 なった事がある人は経験があるかもしれないが、お尻のニキビが潰れると膿と血で下着が汚れるし痛いしで、兎に角不快感しか無いのだ。


 下半身の前と後ろからの激痛と不快感に挟まれて身動きが取れなくなっている死体同然のゼフを助けようとあのキールですら彼に駆け寄っていた。








 がここで更なる悲劇が彼らを襲う。



「ゼフ!気をしっかり――痛った?!」


「あぅ!!」






 




 ゼフを助け起こす為に駆け寄ろうとしたウルフは、目の前で人身事故を起こしてパニックを起こしているビビが見えずに、そのまま彼女にぶつかって転び、彼女諸共床へ向かって倒れていく。




「ウルフ!!」



 倒れるウルフを支えようと彼の前に飛び出したアリシアが、両手を広げてウルフを抱き止める体勢で待ち構える。



 突然目の前に立ったアリシアに、ウルフは身を捩って躱す間もなく、彼女の胸元に吸い込まれる様に倒れていった。



 






 しかし笑いの神に見初められた彼らがまともに事を収めるなんて事は出来ないのだ。






 仕事中のアリシアは、いつでも出撃出来るように普段からプレートメイルを胴体だけに装着している。



 この鎧はこの間の暗殺事件のゴタゴタで破損したのを機に、原材料の不壊煌石(オリハルコン)の合金の割合を調整し、更に堅牢さと頑丈さに重きを置いて、若干薄くはなったがドラゴンが踏んでも壊れない様に改造を施されていた。





 そんな硬さ倍増しの鎧を纏った胸元に顔面から突っ込んでいったウルフは、無防備な顔を勢いよく鎧に激突し。しかも衝撃を拡散させる為に敢えて角ばらせている部分に鼻からいったウルフは、ガツーンと大きな音を立ててアリシアの胸元に激突して弾かれた。

 明らかな大ダメージを負ってゼフと同じように床の上でのたうち回るのだった。






「○■♡☆※?◇●〒→♪/#%¥〜〜〜!!??」


「しまっ!?――ごめんなさいウルフ!!ほんとにゴメン!?」


「なに怪我人増やしてんすか!?」





 まるで「意地でもウルフにはアリシアのおっぱいを触らせないぞ」という世界の意思じみた何かの所為でラブコメ展回にはならずに済んだが、止めどなく鼻血が流れる鼻を押さえ、言葉にならない悲鳴をあげてのたうち回るウルフが怪我人に追加されてしまう。


 もうどうにもならないグダグダな空気が流れ始めていた。






「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんな―――ひぃっ!!?」



「じぃっーーーー……」





 身長差のお陰で運良くアリシアの鎧にぶつかる事なく倒れたビビは、起き上がった途端に玉突き事故を起こした罪悪感で、見えていないのに水飲み鳥のようにただひたすらぺこぺこと頭を下げまくって謝罪していた。



 そんな彼女はふとした瞬間に突如、背後から視線を感じ、ぎこちなく振り返った所にジト目のスカディと目があってしまった。




 自分の姿は相手に見えない筈なのに何故かスカディに視線を向けられている上に目があった事で、ビビは足がすくみ、涙目でガタガタと震えて動けなくなってしまう。





「――なにやっているのよイオ!!ウルフ達を医務室に運ぶから手伝っ……」


「……誰か居る」





 しかも指までさされた。



 恐らく前歯も一緒に折れただろうウルフに肩を貸して介抱していたアリシアの苦情を流したスカディは、ビビが居る場所を正確に指で指し示した。


 それにつられて視線を向けたアリシアも、「……そう言えばそこだけ何かボヤってしているわね…」と目を細めながら指をさされた所を見つめ、ハヅキもそれに釣られて辺りを警戒する。



 「盲点誘導ヴォイド・インディケィション」が暴発して見えていない筈の自分の姿を視覚された事に動揺を隠せないビビは、その場で立ちすくみ、これからどうなってしまうのかと不安と恐怖で脂汗を流して突然……。





「――あ…」


「急に出てきた…」




 自力でコントロール出来ないという事は、当然ふとした瞬間に勝手に解除される事も含まれる。


 人の視線が集まった事で、人見知りのビビがストレスを感じた事がトリガーになり、周囲一帯に作用して視線の盲点に隠れる「盲点誘導ヴォイド・インディケイション」の効力がなくなり、ビビの姿が正常に視界に入る様になったのだ。





「――あ…あ……」


「貴女……ビビ・スカーレットね…」


「う……あぁ……」




 バレたことで周囲の視線を一点に集める事になったビビは、血の気が引いた顔を引き攣らせ、人馴れしていない事が原因で震えが止まらず立ちすくんでしまう。




 これだけやらかして恐らくタダで済む筈が無い(杞憂)。恐らく捕まって見せしめで数で囲まれてボコボコにされ(勘違い)人攫いに売られてどこか分からない遠い国の炭鉱で酷使されて野垂れ死ぬ事になってしまう(絶対無い)




 アリシア達の訝しむ様な視線がその身に突き刺さる所為で、誰も一寸たりともそんな酷いことしようとも考えていないにも関わらず、いじめられ体質のビビはどんどん悪い方に妄想が転がっていってしまう。



 緊張で口の中は乾き、恐怖で喉で声がつっかえ、大量の脂汗を額から流して震えるビビは、あっさり限界点を迎えるのであった。















「―――う………うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」


「!!逃がさない!」


「あっ、待ってください!!」






「ちょ………あぁもう!!キール!アイン!!ゼフを医務室に連れてって!!」


「えぇ!!おれらすかぁ!?」


「いやですよこいつ筋肉だるまで無駄に重いですから!……どうせならアネットさんを呼んで、せめて俺らで班長を……あっ嘘ですゴメンなさい!!ゼフを2人で連れて行きますんでなんか冷気を纏っている剣を俺に突きつけないでくださいっ!!」

























「――――どうしてこんな事にぃ…」




 彼女にとって恐怖の象徴である調査班から一目散に逃げ出したビビは、人気の無い用具室の机の下に体育座りで身を隠して泣きべそをかいていた。




 ただ落とし物を届けようとしただけなのに、悪い噂が常に飛び交うギルドの中でも、一際噂の絶えない調査班に、今朝ウルフから逃げ出す時に有暴発した固有魔法で姿を隠して乗り込んだ結果、望んでもいない人身事故と玉突き事故を起こして、部屋の中をしっちゃかめっちゃかにしてしまったのだ。




 それだけでも嫌になるのに、見られただけで何喋れなくなり、挙句泣き叫びながら逃げ出す始末。


 自己嫌悪に陥ってたビビは、逃げ込んだ先の用具室の中でぐずることしか出来ないくらいに精神的に追い詰められていた。





「……もう嫌だぁ……制御できない魔法も、誰にも気付かれないのも嫌だぁ…誰かに見られるのも嫌ぁ……いじめられたくないよぅ…助けてよぉ…」





















「――見ぃつぅけたぁ〜…」


「ぴゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!??」




 用具室の扉をぶち破って現れたスカディに、二重の意味で驚いたビビは、甲高い悲鳴をあげながら再び「盲点誘導ヴォイド・インディケィション」を暴発させ、「……なんで勝手に壊れたのかしら…?」と、扉の耐久力が自身の怪力に耐えられなかった事が全く理解出来ずに首を傾げるスカディの脇をすり抜けて逃げ出そうとするが、彼女の姿が見えていないにも関わらずに、手を伸ばしたスカディに尻尾を掴まれたせいで、顔面から床に転けてしまう。




 顔を床に打ち付けたビビは、再びスカディに見破られた事に疑問符混じりに悲鳴をあげ、再度暴発した固有魔法が再び勝手に解除されながらも、尻尾を捕まえたスカディにうつ伏せのまま振り向く。






「――なんで?……なんでぇっ!?」


「―――――強いて言うなら感?」


「そんな理不尽なぁ!?――いぃやぁぁぁ!助けてぇぇぇぇっ!?」




 投網の様にズルズルと手繰り寄せられるビビは床に張り付いて必死に対抗するも、力と体重の両方を合わせても、スカディの膂力に対抗出来ず、腰まで手繰り寄せられると、背後からしなだれかかる形で拘束され、後頭部をスカディの柔らかな膨らみに埋めさせられてしまう。




 無意識に振り回す毒針を備えた尻尾がスカディの背中に何度か突き立てられるも、背後を守る鱗の鎧に弾かれ。それどころか鬱陶しいとばかりに、自分より太くて立派な尻尾に絡みとられて、身動き一つ取れなくなってしまう。








「……こっ…殺さないでくださいぃぃぃ!!?」


「どおどお」




 ギルド内手加減が苦手な者ランキング堂々一位のトップランカーに捕獲されたビビの視界に、先程紙切れのように吹っ飛ばされた扉が入った瞬間、「次はお前の番だ(幻聴)」と、聞こえた気がした彼女は、堂々命乞いまで始めてしまう。


 それを宥めようと体を揺さぶるスカディだったが、ギルドの壁や扉を、クッキーのようにぶち抜いて破壊する常習犯の彼女に宥められても余計に恐怖心が増すだけだった。




 この後くの字に曲がって転がっている扉の様に自分も力いっぱい殴られて、1発で地平線の彼方に飛んでいくんだ。…と、意味のない自分の散りざまを想像し、スカディの胸の中で生まれたての子鹿の様に震えるビビに、ガラ空きになった入り口から救世主が現れたのだった。






「……ここにいたぁ!!……ってなんでとびらが蹴破られてるんですか!?」


 ハヅキだ。






 ビビを追いかけているスカディを追いかけて来た彼女は、扉が破壊されている事にツッコミを入れるも、まぁ大体いつもの事なので溜息を一つ吐くだけで済ませて、あすなろ抱きみたいな格好で拘束されているビビへと大股で距離を詰める。





 とうとう処されると、瞳を輝かせて大股で正面まで歩み寄るハヅキの姿に、俯き固く目を瞑ったビビは覚悟を決めて襲いかかる衝撃に備えようとする。


 だがいつまで経っても衝撃に襲われる事は無く。逆にそっと両手を取られて固く握られるだけだった。

 思っていた事と違う状況に、恐る恐る顔を上げて瞼を開いたビビの目に、瞳を興奮で輝かせたハヅキが映ったのだった。








「あの!!…ビビさんですよねっ!?気配の消し方のコツについてお話しを伺いたいのですけど!!」


「………ぇ?」


「……ハヅキはこの子の事気になっていたの?」


「それはもう!忍びの者としては目標なんですよこの人!!」





「……その…怒っていないのですか…?……あんなに執務室を荒らしたのに……」


「あ…………えーと……あれくらい日常茶飯と言いますか。むしろ怪我人が出ただけで済んでいつもより軽い方と言いますか……」


「ぇぇ……」






 憧れの人に出会えた事で興奮していたハヅキは、おどおどしながらも執務室を荒らした事に罪悪感を感じているビビの一言で我に帰り固まった。


 顔を背けてなんとか言葉を絞り出したものの、部屋が荒れるのはいつもの事だからとフォローになっていない一言はビビをドン引きさせるだけだった。



 むしろ、あの荒らされ方をいつもよりマシな方だと言い切れるハヅキは、順調に調査班の変人達に順応(汚染)されていた。











「―――そんな事より調査班(うち)に来る気はない?……ウルフはああ言っていたけど個人的にこの子は私の近くにいて欲しいわ…」


「――ぇっ…」


「スカディさんもですか!?大歓迎です!!ぜひうちに来てください!!」





 突然の勧誘にビビの動きが固まる。


 脈絡も何も無く伸ばされた手は、彼女が1番欲していたものだった。



 それは仲間。それは友達。それは居場所。



――そして自分を認識できる人。






 自分が今誰かに求められている事を、少し遅れた認識したビビは、真っ白になった思考が動き出すと共に、瞳から大粒の涙をポロポロとこぼすのだった。







「――良いんですか…わたし(ビビ)……わたし(ビビ)は…」



「大丈夫ですよ。きっと皆んな歓迎しますから!」



「そうね……私も歓迎するわ―」






 泣きじゃくるビビの手を取り続けるハヅキの声に頷きかけたビビの顎を撫でる様にスカディの手が回され、喉元を確かめるように弄られる。



 くすぐったい感覚に身を捩るビビは、ハヅキ達の誘いを受け入れようと声を振り絞り――



「……あの…!!…わたし(ビビ)……」




















「――ところで首輪は何色がいいかしら?」







「          へぁ?」





 空気が凍った。


 ビビの返事にスカディが被せるように放り投げた爆弾発言に、何を言っているのか分からないビビはフリーズして変な声が出てしまった。


 心無しかビビの体に回された両腕が小動物を捕らえる檻のように固くしがみついていた。




 同じく理解出来ないスカディのセリフをなんとか理解しようとして固まっていたハヅキは、数秒かけて再起動を果たし、引き攣った口元で声を震えながらスカディの真意を確かめるのだった。








「…………あの……まさか……スカディさんはビビさんをペットか何かにするおつもりで?」




「まさかも何も最初からそう言っているわよ?」



「ひぃぃぃぃぃっ?!」








 3人の認識がクレバス並みの深い溝で分断されていた事実に、正気に戻ったビビは身の危険を感じてパニックを起こしてしまった。




 スカディから逃げようと身を捩るビビだったが、スカディに尻尾までがっちり捕まっている所為で抜け出すことすらできない。


 ハヅキは彼女の手を精一杯引っ張るも、こう言う時に限って逃がさず、そして傷つけないよう絶妙な手加減を行うスカディからビビを救出するのは困難だ。








「何考えてるんですか?!どう考えても倫理的に駄目ですよねそれ!!」


「ちゃんとお世話するから!ウルフはしっかり私が説得するから!!」


「それ班長が許可出す事前提で話してますよね!?駄目ですからね!?班長絶対に許さないですからね!?」


「ハヅキはこの子がフリフリのドレスを着ているところを見たく無いの!?絶対似合うから!!ちゃんとケージと首輪用意して毎朝散歩させるから!!」


「貴女はビビさん(彼女)をどう言う目で見ているんですか!?駄目なものは駄目です!!いい加減諦めてください!!」


「ローズも最近ペットを飼い始めたじゃない!!なんで私は駄目なの!?」


「何もかも全部です!!」






「だ、誰か助けてぇぇぇぇぇっ!?」





 最終的にビビの調査班入りは、お流れになり、彼女のトラウマリストの項に「スカディ・イオ・ドラゴニア」の名前が刻まれるのだった。




 そして当初の目的だったペンの返却はこの時は完全に忘れ去られたのであった。

 おまけ


 その頃医務室で…



「…あ〜、これ潰れちゃってるねぇ。完全にプチっていっちゃったねぇ…」



「……先生…ゼフは大丈夫なんすか?」


「まぁ大丈夫だよ?股間がちょっと腫れてるけど、今後痛む事はあまり無いだろうし、取り敢えず痛み止めと化膿止めと毒消しを処方しておくから」


「よかったなゼフ」


「しばらく腫れるだけだってよ」






「……ところでウルフは…」


「折れてるねぇ………前歯もだし、鼻の骨も折れて陥没しているね。………回復魔法で治療しなくてよかったね。変なくっつき方しちゃうから………取り敢えずこの後は暇してるし、直ぐにでも手術で治してあげるから」



「ふぁにからふぁひはでふぃまふぇん………(何から何まですいません)」


「いやいや患者の治療は医者の義務だし………………ところでウルフ君さえ良ければ前歯をドラゴンや吸血鬼のものに差し替えてあげよう。何ちょっと人間をやめちゃうかもしれないけど特にそれ以外に後遺症は出ないから……」












『普通でお願いします』



「(´・ω・)」



                       完

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