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たとえ冗談でも「えっ?見えないんですか?」って揶揄うのはやめろ怖いから!!


 誰かにつけられている。


 自宅を出てからずっと感じていたじめっとした違和感が背中にべったり張り付いている様に感じていたウルフは、時々背後にチラリと視線を寄越しながらギルドに向かって歩みを進めていた。



 

 実を言うと誰かに後をつけられていると感じたのは昨日の夕方からだった。


 いつも通りに部下達が帰路について最後の1人になるまで執務室に残っていたウルフは、残業を終わらせてしっかり部屋を施錠し。わざわざ最後まで待っていてくれたアリシアとスカディのデコボココンビと共に夕飯の材料を買い揃えながら自宅に向かって歩いていたのだ。



 たわいの無い世間話に会話を弾ませていたウルフだったが、ふとしたほんの一瞬に、極限まで集中しないと気がつく事が出来ない程に微弱で透き通っている様に見える程薄い気配が、彼らの背後をつけていた事に。


 偶々会話をしていた2人から意識がそれた事。


 背後から吹いた冷たい風が嗅いだ事の無い化粧水の香りと小さな足音を僅かながら運んできた事。


 それに気づいて振り返った一瞬で、自分達の後をつけてくる小さな影が石畳に映った事。




 様々な偶然が重なってようやく気がついた程に極限まで薄められた気配を察知し、思わずウルフが背後を振り返った瞬間に再び気配が消失してしまい追いかける事すら出来なかった。



 極め付けに突然振り返ったウルフを見て不思議そうな表情を浮かべるアリシアとスカディの2人は何も感じ取れなかった様子だった。



 高い戦闘能力を有し、野生の動物以上に警戒心が強い2人が追跡者を感知出来なかったというのも余計に不気味さを際立たせ、姿形の見えない正体不明のストーカーの存在は、ウルフの精神を気味の悪さから生まれた不快感で満たし、背中に大量の脂汗をかかせる理由としては十分過ぎたのだった。







(――気の所為なんかじゃ無い…やっぱり昨日と同じ感じの気配が後ろからピッタリ付いてきている…)



 警戒されている事を悟られ無い様になるべく自然体を装って歩くウルフは、気を抜くと見失いそうな程にうっすらとした気配の持ち主が背後から一定の距離を保って追てきている事を確かめていた。




 昨日の帰り道で後ろを振り返って以降は特に感じなかった気配は、今朝家を出て暫く歩いていた途端に再び現れて彼の背後を物音を立てずにヒタヒタと追いかけて来たのだ。





 アリシア達の警戒網をすり抜ける練度の気配遮断の持ち主は、執拗にウルフを付け狙う事から目的はウルフただ1人だと言う事しか分からない。


 もしかして自分を人質にしてアリシアやスカディの隙を突く可能性も一応考えては見たものの、立ち止まれば追跡者も立ち止まり、突然走り出したらそれを追いかける様に謎の気配も走り出して一定の距離を付かず離れずの感覚でついて来るのだ。


 何度か人気の無いところで露骨な隙をわざと作って様子を伺ったものの、何度か襲撃できるチャンスを作ったにも関わらず、特に攻撃を仕掛ける気配が全く無かった。




 相手に襲う気が無いにしても、いい加減見えない何かに追いかけられ続けられるというのは、気持ちの良いものではない。




 そろそろ正体を暴いてやる。そう決意したウルフは突如全速力で駆け出し、それに釣られる様に背後の追跡者も置いていかれるものかと、少し遅れて走り出す。



 狙い通り追跡者を釣れたウルフは、追いつかれるより早く曲がり角の路地裏に駆け込んで追跡者の視線を切る。


 息を切らしながら追跡者もそれに追従するが、彼女がウルフを追いかけて路地裏に入り込んだ時には既に彼の姿は無く、周囲を見回しても薄暗い通路と蓋をされたゴミ箱ぐらいしか存在していなかった。








「………ぇ…そんなぁ…」









「――おれを追いかけていたのはアンタだな?」


「ひぃっ?!」





 目的を見失ってしまったと落胆して肩を落とす追跡者は、背後のゴミ箱から蓋を頭に乗っけて、びっくり箱みたいに現れたウルフの鋭い視線に驚いて悲鳴をあげ、思わず腰を抜かしてペタンと尻もちをついてしまう。






 視線を隠した一瞬で何かに隠れれば、今度はこっちが追跡者の背後をとれると踏んだ彼は咄嗟にゴミ箱に姿を隠し、予想通りに相手の背後を取れたウルフはガタガタと音を鳴らしてスチールのゴミ箱から身を捩って脱出する。



 頭に蓋を載せて、林檎の皮やら魚の骨などの生ゴミを服のあちこちに貼り付けた姿で追跡者を追い込む姿はシュールそのものだったが、そんな見るからに怪しい風貌のウルフに恐怖を覚えたのか、追跡者は血の気の引いた顔で、「あわわあわわ」と声にならない悲鳴をあげていた。




「――調和の証明(うちのギルド)で見た覚えがあるから、ギルド(うち)の関係者みたいだが…なんでおれを追い回していたんだ?……用事があれば聞くけど?」




 顔を真っ青にして怯えまくる予想よりもだいぶ幼く見える追跡者に、若干の罪悪感を覚えたウルフは、屈んで目線を合わせてなるべく怖がらせない様に言葉を選んでストーカーの正体だった小柄な少女を問い詰める。




 肩辺りでざっくり切り揃えたグレーの髪から山羊か羊を思わせる角をチラつかせ、簡素なワンピースに身を包んだ気の弱そうな垂れ目に似あわない大きなサソリの尻尾をお尻から生やした何処か幼さを残す少女は、血の気の薄い不健康そうな肌色もあって見る者の憐憫を誘う様な容姿をしていたが、この臙脂色の瞳に涙を滲ませる彼女は、アリシアとスカディの警戒を掻い潜ってウルフをストーキングしていた実力者だ。


 どの道目的をはっきりさせないと不気味な相手である事には変わりが無い為、なるべく敵意を見せない様に、ガタガタ震えながら腰を抜かして、涙腺が恐怖で決壊寸前少女が立ち上がれる様に手を貸そうと一歩近づいたウルフだったが……









「…………ご………」


「………………ご?」





















「――ごめんなさいぃぃぃぃぃぃ!!!」


「あっ!?ちょっ、待って―――!!?」




 鋭い目の下に薄いくまを作って、身体のあちこちに生ゴミを引っ付けた白髪混じりの不審者もどきがよっぽど怖かったのか、バタバタと手足を動かして立ち上がった彼女は、ウルフの背中をしつこく追いかけてきた時から一転し、怪しい格好の彼に背を向けて大粒の涙を流しながら全力で逃亡する。




 自分の今の格好にまで気が回っていなかったウルフは、まさか相手がいきなり大泣きしながら逃げ出すとは思いもしなかった彼は自慢の脚力で一気に逃げ出した少女に距離を詰め、肩を掴んで呼び止めようとしたが、突如彼女の身に起こった不可解な現象に驚愕で息を飲んだ。







 彼女が薄暗い路地裏から脱出するその前に、彼女のすぐ真後ろまで距離を詰め、彼女を捕まえようとその非力そうな肩に手を伸ばしたウルフだったが、ふとした瞬間に少女の姿が掻き消えた。



 異常な程に優れた気配遮断能力を持つ彼女を見失わないために、瞬きしない様に目をかっぴらいてしっかり視界に収めていた筈の少女が、捕まえようとした瞬間にウルフが見ていた景色からいなくなったのだ。





「!?……なんだ今の!!??」


 突如己の身に起きた理解不能な現象に思わず足を止めたウルフは、さっきまで見えていた彼女に伸ばしていた右手の平を戻して、周囲を見回す。


 先程まで絶対にいたし足音もしたから幽霊とかでは無い筈。

 それに彼女に向かって伸ばした手から何かを掠めた感覚は確かにあった。


 正体を暴いたと思ったら余計に訳の分からない謎の現象に襲われたウルフは悔しそうに身体に張り付いた魚の骨をむしり取るとそれを思いっきり地面に叩きつけたのだった。





「なんなんだクソッ!訳がわからん!!」










「衛兵さんアイツです!!あそこで身体に生ゴミを貼り付けている奴が路地裏でちいさな女の子を泣かせていました!!」


「こらぁ〜!!そこの不審者ぁ!!」




「げぇぇっ!?」




























「――羊の角……蠍の尻尾……………………………いた……ビビ・スカーレット…こいつか」



 久方ぶりの職質を受けて盛大な遅刻をかましてしまったウルフは、頭から被った生ゴミを洗い流した後に、書庫から引っ張り出した冒険者名簿に目を通していた。


 2種類の動物を掛け合わせた様な姿の珍しい容姿をした少女はこのギルドに1人しか存在しなかった為、名簿の魔導銀(ミスリル)級冒険者のページに名前と写し絵が載っていた彼女を探し当てることに対して時間は掛からなかったが、名簿を小脇に抱えて社長出勤で現れたウルフがよっぽど珍しかったのか、アリシアが横から不思議そうに覗き込んできたのだった。




「…この娘偶にギルドのロビーで見かける娘ね……調査班にスカウトするつもりなの?」


「事務方なら万年人手不足だからいつでも大歓迎だよ…じゃなくて、おれがコイツに昨日から尾けられていたんだよ」


「………ふーん?」





 改めて彼女と関わった事で、不審者と誤解されて職質を受ける羽目になったことが、今思い出しても腹立たしいのか、追跡者の正体。「ビビ・スカーレット」のページをアリシアに突き出してパシパシと空いた片手で叩くウルフだったが、そんな彼をアリシアは疑わしいものを見る様なジト目目でウルフを睨み、分かりやすく不機嫌になる。



「――そう言えば昨日から普段使いの万年筆が無くなっているんだが、何か知らないか?」


「知らないわよ」



 突然、機嫌の乱高下を起こしたアリシアに何が原因なのか分からないウルフは首を傾げるが、その様子を見て苦笑いを浮かべたハヅキが、耳打ちでこっそりと話題を変えて彼女の気を逸らそうとして失敗したウルフに答えを教えるのだった。






「…アリシアさんは、班長を追いかけていた人が女の子だったからやきもちを妬いてるんですよ」


「――あぁ、なるほど…」


「…ちょっとハヅキ?」


「――それよりも班長。この人確か次の昇格試験で次期不壊煌石(オリハルコン)級冒険者候補として有名な人ですよね?……もしかして調査班に来られるんですですか?」




 ウルフに余計な事を吹き込んだ事を咎められても軽く流せるくらいには調査班に順応してきたハヅキは、ウルフがビビの写し絵を見ている事に気がつくと身を乗り出して彼に尋ねる。


 単純に新しい仲間が増えるかもと、期待で瞳を輝かせるハヅキとは対称的に、ウルフはため息をついて頬杖をついただけだった。






「……彼女をスカウトとするとか考えていないよ…………この名前…何処かで見た覚えがあると思ったら、やたら小さい字で書類を書いてくる奴じゃないか…」





 そう呟いてゴソゴソと過去の書類を漁ったウルフは、目を通す事すら気が遠くなる様な小さな文字がびっしり書かれている彼女が書いた書類を引っ張り出すと、机の上に公開する。


 視力検査のランドルト環並みに小さな文字が並ぶ書類を見せられた2人は、思わず顔を顰めて頭痛を引き起こしそうな文章の羅列から目を逸らすのだった。



 そもそも、ハヅキは彼女を次の昇格試験で魔導銀(ミスリル)から不壊煌石(オリハルコン)級へと昇格できる候補の筆頭だと語るが、ウルフから見たビビは失礼だがあまり強そうとは思えなかった。


 不健康なくらい色白で、拒食症なのかと見間違う程にガリガリなビビがハヅキよりも強い実力者だと言われてもあまりぴんとこなかった。


 あの異常な気配遮断能力が彼女の武器だとしても、それ以外の部分で明らかにハヅキの方が、身内贔屓を抜きにしても勝っている為、ハヅキがビビに負ける様な事が想像出来なかった。





「――なんでもこの人、今まで依頼を失敗したことが無いとかで、ミス・パーフェクトって呼ばれているとかっ!」


「……はーん?」




 シパシパする目を誤魔化す様に話題を変えたハヅキだったが、肝心のウルフは名簿にも記入されている「依頼達成率百パーセント」という眉唾ものの数字を胡散臭げに反芻する。



 あのアリシアやスカディだって冒険者になりたての頃はトラブル等を起こして依頼を失敗した事もあった為、失敗した事が無いと報告されたビビの写し絵に更に疑惑の視線を向けるのだった。






 そんな彼らの会話を聞いて、ハヅキの情報と自分の知っているビビの噂に違いがある事に気がついたアインが乱入し、所用で医務室に顔を出しているゼフ以外のメンバーが最近噂になっている彼女の話題に花を咲かせるのだった。





「――班長班長。おれが聞いた話だと、この人、気配を隠すのが凄い上手いから、魔獣()に見つかる前に全滅させて帰ってくるとか――」


「いや俺は、目にも止まらぬ瞬足で駆け回って魔獣の首を一撃で落とすって噂をだな……」


「――どれもこれも嘘臭いなぁ……」






















「――……ごめんなさい……」





「…………?…今なんか言ったか?」


「気の所為じゃない?」




 おかしいなぁ?と首を傾げるウルフを他所に、冒険者ビビ・スカーレットを話題にした噂話は雪だるまみたいに肥大化していく。







 そうやってワイワイと騒ぐ一団の様子を、部屋の隅でポツンと伺う影が1人。


 誰にも気付かれずに入り口から部屋に入ってきた彼女は、ウルフが無くしたと言っていた万年筆をぎゅっと握りしめ、自分の噂に余計な尾鰭が付け足されていっている事と、どう声を掛ければ気づいてもらえるかと頭を抱えて唸る少女の姿が、彼らから離れた場所でうんうんと唸っていた。










「――ただ万年筆を届けに来ただけなのにぃ……」



 噂の人物。ビビ・スカーレット(人見知り)は、どうしてこうなったと泣きそうになっていた。

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