そして始まらないバレンタイン
前回のあらすじ
モテない男達の戦争
一方その頃…キール達が取り残された調査班の執務室では、一部殺伐としたギルド内の雰囲気の中でも比較的穏やかな空気が流れていた。
「…ほいよ…こっちあがり」
「…おう…」
「……やっと終わったぁ〜…」
無心でチョコを振り分ける作業を黙々とこなしていた3人組は、長々と続いたチョコの振り分け作業から解放されて、疲れた様子で机の上に溶けていく。
一体何が悲しくて人が貰ったチョコを郵便みたく振り分けなければいけないのだろう?
しかも男当てじゃ無くて女性当て。
心と頭を無にしないと発狂しそうな量と誰も男当てに本命チョコを送ろうとしない現実に、キール達は悲しくなっていた。
身も蓋もない言い方をすればやけになっていた。
ウルフがバレンタインが嫌いな理由が身に染みる程理解できてしまったのだった。
「――遅れてごめんなさい!!ウルフいる!?」
『――どっひゃぁっ!?』
もうこのまま帰ろうぜ?と脱力仕切った彼らの不意をつく様に勢いよく扉を開けてアリシアが入室して来た事で、驚きすぎて柄にも無い間抜けな悲鳴をあげて飛び上がった3人は堂々と遅刻して来た彼女へと恨めしげな視線を向けるのだった。
「――せめて普通に出てくることってできないですかねぇ!?」
「な、何よ?そんなやさぐれた顔をして――ぶっ!?」
内心悪いとは思っているが、やさぐれた態度で非難がましい視線を向ける3人の視線を受けたアリシアは若干たじろぐものの、扉を閉めた直後に勢いよく突撃して来た人物に吹っ飛ばされてしまう。
「―――ウルフ君……ウルフ君はいるかい!?」
「――ぇっ…シャルロットさん!?」
息を切らして執務室に突撃し、扉ごとアリシアを吹っ飛ばしたのは以外にもシャルロッテだった。
血相を変えて現れたシャルロッテに対して、扉ごと吹っ飛ばされたアリシアは強打した腰辺りを押さえて涙目でシャルロッテを恨めしげに睨みつけるが、当の本人はそれどころでは無い様で慌てた様な何かに憤っている様な様子だった。
普段からマイペースな彼女にしては大分珍しかった。
「ウルフ君は…っ!?……ウルフ君はいないのか!?責任者はどこだ!?」
「ちょっ!?……落ち着いてください!?」
「取り敢えず水です!どうぞ!」
「………すまないね……少し取り乱していたよ…」
アインから受け取った水を一気飲みして落ち着くシャルロッテは、飲み干した後に何度か深呼吸を行なって呼吸を整える。
彼女が未だにウルフ以外から偽名の方のシャルロットと呼ばれているのは、ただ単に本名を彼らに教えていないからである。
息を整えたシャルロッテは彼らを見回すと、調査班にやってきた目的…もとい要件である苦情を彼らに何も知らない彼らに叩きつけるのだった。
「……真っ昼間から街のあちこちで女性から男性に媚薬を渡すとかこの国の公序良俗はいったいぜんたいどうなっているんだぁ!?」
『お前の頭の中がどうなっているんだぁっ!!?』
「―――何から何まで申し訳ない……私の国だとチョコレートは精力剤みたいな扱いだったんだ…」
アリシア達から総ツッコミを受け、しばらく宥められてようやく落ち着きを取り戻したシャルロッテは、バレンタインの説明を受けると自分が誤解していただけと理解した彼女は先程の勢いは何処へやらと言わんばかりにしおらしくなったのだった。
「――いや……間違いは誰にでもありますって……なぁ……」
「そう言って貰えると助かるのだが…………その…アリシア君?………私が全面的に悪かったのでそろそろ許して貰えれば……―」
「………。」
「――あ、ダメですか」
シャルロッテのフォローに奔走するキール達だったが、それとは対照的にアリシアだけは不機嫌そうかつ敵意を隠さずにシャルロッテをずっと睨みつけていた。
かつて殺し屋として冗談抜きのガチで殺しに来たシャルロッテと、当時ダメージとかの理由で逃げ回る事しか出来なかったアリシアとでは、雰囲気が険悪になるのは仕方ない事だった。
命を狙われた者として至極当然の反応だが、殺気と敵意を向けてくるアリシアからの冷たい視線で凍てつく雰囲気を切り替えようと咳払いをしたシャルロッテは、話題をバレンタインに戻すのだった。
「………しかし。そういう事なら私も何か用意した方が良かったかね…日頃から世話になっている意味で…」
「……別に大丈夫よ…大して世話になっていないし」
「そうは言ってもウルフ君は偶に私の商品を購入してくれるんだよね……ふむ……」
顎に片手を添えたシャルロッテは、しばらく何かを思考していたが、まとまったのか「よし」と呟くと応接室のソファーから勢いよく立ち上がって自分の服の裾に手を伸ばした。
その挙動に嫌と言う程見覚えがあったアリシア達は、猛烈な嫌な予感に襲われて身を震わせたのだった。
「――ちょっと!何しようとしているのよ!?」
「何もどうもないさ!!ただ私がこの場で出来るバレンタインの贈り物をするだけさ――――そう!!
――脱ぎますっ!!」
「やめんかっ!!」
たっぷりと間を置いていつも通りの奇行に走ったシャルロッテへの制裁に、己の得物を氷漬けにして即席のバットにしたアリシアの強烈なツッコミが炸裂した。
特に加減とかを考えていないフルスイングの餌食になったシャルロッテは、無防備な脇腹に強力な一撃を叩き込まれると、バットから伝えられる力のままに吹っ飛んでいき、執務室の窓ガラスを突き破って退場して行った。
キラリと星になった気がしたが恐らく死んでいないだろう。
そもそもあれくらいじゃ死なない気がするアリシアだった。
『――何したかったんすかねあの人?』
咄嗟に目を逸らしたキール達の呟きは誰にも処理される事は無かった。
騒ぐだけ騒いでぶっ飛ばされて去って行ったシャルロッテの事を考えるのは無駄だと悟ったかもしれない…。
「――あぁ〜〜……つっかれたぁ〜…って――なんで窓ガラスまた壊れてるの?」
「あっ。班長おかえりなさい」
微妙な空気を突き破る様に開けっ放しの扉から現れたのは、多少煤や砂埃で汚れて疲労しているものの、無事にあの襲撃者集団を全滅させてウルフが帰って来たのだった。
圧倒的な戦力差を相手に約2時間に渡る死闘を繰り広げ、無事に帰ったら帰ったで、何故か人型にぶち抜かれた窓ガラスに思わず身構えたウルフだったが、逆に3バカはそんなウルフから目を逸らしたのだった。
いくらウルフでもあの物量差は流石に厳しいと内心決めつけていた3人だったが、あの戦力差をひっくり返すどころか蹂躙して戻ってきたであろうウルフの姿にドン引きし、戦慄を覚えて冷や汗を流していた。
「――ごめんなさい。少し遅れたわ」
「――お、おう?なんでそんな身構えてんだ?」
一方。修練場から戻って来たウルフの存在を確認したアリシアはさっきとは一転し、キリッと表情を引き締めると、ウルフに自分の机に置いてある鞄を隠す様に彼の前に立ち塞がる。
そんないつもとベクトルが違う奇行を見せるアリシアの姿に、ウルフは首を傾げて自分の机に戻って行った。
それを皮切りに、遅れてやって来たスカディ達が次々と示し合わせた様に出勤してくる。
「……遅くなったわ」
「すいません!遅くなりました!!」
(――いよいよね…)
その遅刻して来た顔触れを目にしたアリシアは、改めて決意を固めて内に燃やす闘志を滾らせる。
全てはこの日の為に…。去年は気合いを入れすぎたが、今年は大丈夫だ。普通に作れた。
ライバルは多いからこそ絶対に負けられない。
(……今年こそ…!ウルフにチョコを渡して見せるっ!!)
今ここにアリシアの闘いが火蓋を切ったのだった。
「――ぁ…アリシアさんすいません。これ今年のらしいです。」
「人が決意固めている時に水ささないでくれない!?てか今年も多いわね?!」
続く




