始まる聖戦(ジハード)。響けこの怒り
前回のあらすじ
アリシアの闘いはこれからだっ!!
(打ち切りません)
アリシアは緊張していた。
朝、ウルフにチョコが見つからない様にキッチンを占領してなんとか隠しきり、いつも通り彼を送り出してから身支度をいつも以上に丹念に整えてギルドの前まで出勤してきたアリシアの鞄の中には、お得意の氷の魔法によって溶けないように温度を保たれたチョコレートを忍ばせていた。
出勤する度にチョコを忘れないようしきりに鞄の中身を確認し、なんなら念には念を入れてスカディのと取り違えていないか中身を入念に確かめるすぎる始末。
そもそもサイズからして取り違う事なんてあり得ないが、石橋を全力でぶん殴って念入りに確かめたアリシアは出勤の短い時間の中で歩きながらウルフにチョコを手渡す時のセリフを何度もシュミレーションし、隙あらば妄想にふけりつつだらし無く崩れかける表情筋をポーカーフェイスで引き締める。
そんな事を繰り返し、しばらく早足で突き進んでいた彼女は無事にギルドの前までたどり着く。
なんか中が普段の3割り増しでやかましいが、まぁいつもの事だと気にしない事にしたアリシアは大きく深呼吸をすると堂々と正門から侵入し、真っ直ぐに調査班の執務室を目指す。
挨拶をしてくる職員達に対して当たり障りない返答を返し、「修練場がいつもよりうるさいなぁ」と首を傾げながらも目的地にたどり着いた彼女は、本日何度目か分からない深呼吸を行いながら荒れ狂う心臓のは高鳴りを鎮めつつ、伸ばした左手で確認する様にゆっくりと小指からドアノブを握っていく。そして…
「――遅れてごめんなさい!!ウルフいる!?」
勢いよく扉を開いたその時、アリシアの闘いが始まったのだった。
「――――なんかうるさくない?」
舞台を移して、支部長室では他と比べても比較的平和な時間が流れていた。
ギルドのあちこちでいつも以上に響き渡る喧騒と衝撃に、ローズに見張られながら大人しくペンを握って仕事に打ち込むロマンは首を傾げるのだった。
偶に支部長室まで伝わる複数人の悲鳴とギルド全体が揺れる程の衝撃に、「またスカディ君辺りが暴れているのかなぁ?」とドン引きながらもあたりをつけていそいそと避難準備を始めるロマンをローズの手が遮った。
「――なんでもバレンタインのチョコを貰えない男性陣とウルフさんの軽い抗争が修練場で勃発しているそうですが……」
「どう言う状況それ?………あれ?バレンタインってそんな日だっけ?チョコ渡す日だったっけ?」
「なんでもどこぞの王宮騎士団の副団長が好きな人にチョコを渡す日だと吹聴して回ったのが始まりだとか…」
「待ってそれ知らない。流石の私も謂れのない事で睨みつけられるのは流石に傷つく……あぁ。彼の事かも…」
遠回しにこの騒動は貴方の所為ですと非難されていたロマンだったが今回の件はノータッチというか関わってすらいなかった為、必死の弁明を秘書に対して繰り広げていたが、こういうイベント事が大好きな人物に思い当たるところがあったのか、溜息を吐きながら頭を抱えるのだった。
高笑いしながら自分が面白おかしく楽しむ為に、あえてある事ない事吹聴して騒ぎを大きくしたであろう後輩の姿を幻視したロマンは、お腹に手を添えながら疲れた様に机の上に突っ伏した。
そんなロマンの姿に呆れつつ色々と彼の苦労を察したのか、一度会釈したローズは支部長室に備え付けられた冷蔵庫からあるものを2つ取り出すと、一つをロマンの机に置いた。
「支部長…どうぞ…」
「――チョコプリン?」
かちゃりと音を立てて机に置かれた物を顔を上げて確かめたロマンは、ふるふると振るえるダークブラウンの物体と、それと全く同じ物を堪能する秘書の姿を見比べる。
プリンに対する執着が頭おかしいと言われる域まで来ている彼女がこうやって誰かにプリンを分ける事自体珍しいが、明らかにバレンタインを意識したであろうチョイスにロマンは若干困惑していた。
ひょっとして少しは脈があるのでは…?
「――それ食べ終わったらお仕事お願いしますね?」
「わぁい。辛辣ぅ」
あっよかったいつもの秘書さんだ。少し落胆しかけたロマンだったが、ローズがいつも通り自分に辛辣な事に何処か安心感を覚えてチョコプリンを堪能するのだった。
一方その頃修練場では…
「――おらぁっ!!」
「がっ!?」
「どおりゃあっ!!」
「ぎっ!!」
「――ちぇすとぉ!!」
「ぐぅっ!?」
「――ルーイとダニーとアンディがやられましたぁ!!」
「えぇい!奴は化け物か!!……うわこっち来たぁ!?」
修練場ではバレンタインとは最もかけ離れた血生臭い闘いが繰り広げられていた。
その中心となっているウルフは、襲いくる一応の仲間達を鳩尾への当て身で仕留め、背後から迫る剣士の顎に膝蹴りを叩き込み、それを盾にして懐に飛び込んで来たナイフ持ちの額を肘鉄で打ち据えて修練場の床へと沈めていく。
当初手加減して対抗していたウルフだったが、止まるどころか、叩きのめされて尚しぶとく立ち上がる彼らの姿に嫌気がさして来てしまい。とうとう死なない程度に意識を刈り取る方向へとシフトチェンジしたのだった。
普段の訓練でもこれぐらい諦めが悪ければ…と内心で呆れつつも未だに勢いを増す冒険者達を迎え撃ち、組みついて来た大男の襟首を掴んで空高く投げ飛ばす。
この攻撃を境に先程まで濁流の様な勢いでウルフに襲いかかっていた冒険者達が一斉に距離を取り始める。
流石に怖気付いたか?と最早何人を返り討ちにしたのか分からないが、死屍累々(生きてます)の山を築き上げたウルフは、距離を取って尚武器を構える冒険者達の一団から殺気が膨れ上がるのを感じとり、そこに向かって一気に距離を詰めようと駆け出し――
「――今だっ!撃てぇっ!!!」
警戒の為一瞬足を止めたウルフのもとへと魔法や弾丸の嵐が殺到する。
轟音と共に砂塵が舞い、爆炎がウルフの姿を隠す。
味方を囮にした爆撃。出せる火力の全てを振り絞った集中砲火。
「ざまぁ見ろ!これならくたばるだろっ!?」
仲間の犠牲を承知の上で何がなんでもウルフをギャフンと言わせる為の作戦が成功し、指揮を取っていた男が勝ち誇った笑みを浮かべる。
なんせ時間をかけて修練場まで追い込み、気が付かれない様にジリジリと少しずつ魔法使いや狙撃手を配置して確実に当てられるタイミングをずっと伺っていたのだ。
これは確実に倒せたと手応えを感じていたのだ。
「――ぜりゃぁぁぁあっ!!」
「まそっぷっ!?」
「り、リーダぁぁぁ!?」
但し、相手がウルフじゃなければの話である。
伊達に常日頃からアリシアを始めとする問題児達を纏め上げ、偶に彼女達から物理的にも痛い目に遭っていない訳では無い。
馬鹿力でぶん殴られたり、引っ張られたり、吹っ飛ばされたり、燃やされたり、氷漬けにされたり、自作の何かの薬を盛られたり日常的に何かと命の危機に瀕する機会の多かった彼に取ってはあの程度の爆撃は線香花火と大差が無いのだ。
普段から逃げ場の無い火の海を叩き込まれたり、氷柱の刃を四方八方から撃たれたり、見えない力で捕まって一方的にボコられる事に比べたら一定方向から放たれる爆撃の方が遥かに可愛げのある方だ。
常人なら間違い無く重傷を負っていた爆撃を多少シャツを煤で汚しながらも全て回避したウルフは、巻き上がる砂煙を切り裂いて飛び出すと、助走をつけて加速した勢いのまま指揮を取っていた男の顔面に飛び蹴りを叩き込む。
身体強化のブーストを受け、身体のバネをフルに使って打ち込まれる破城槌と遜色の無い威力のストンピングを顔面に無防備に受け止めた男は、靴底の跡を顔面全体にくっきりと浮かび上がらせて仰向けに倒れて昏倒する。
加減はしっかりされていたが、それでも成人男性を気絶させる威力はあった。
「ひるむなぁっ!いけいけぇ!!」
「奴を倒せぇ!」
「チョコを独り占めするクソ野郎に裁きの鉄槌を!!」
「――やろう…好き放題言いやがって…」
リーダー格を1人倒しても怯むどころか更に人員が増加された様に錯覚する程の気迫で攻撃を続ける連中に、ウルフはそろそろ我慢の限界が来ていた。
毎年毎年女子からはポスト扱いされ、男性諸君は恨み骨髄と言わんばかりに殺気を剥き出しにして襲いかかって来る。
なんだ羨ましいのかお前ら?自分当てじゃないチョコを延々と押し付けられる立場がか?
こちとら去年こそとは思っていたのに、当日何故か意中の女性が急に体調を崩してそれどころじゃなかったんだぞコノヤロウ…
知らねぇなら教えてやる………
「――おれは毎年義理チョコ一つしか貰っていないんじゃボケェェェエ!!!」
『十分ギルティじゃおらぁぁぁっ!!』
ウルフの怒りとやるせなさを込めた雄叫びに呼応する様に目を吊り上げた(ある意味)お仲間達が飛びかかって来る。
その姿は荷物を奪い取ろうとする盗賊にも、オアシスを奪って自分達の縄張りに取り込もうとする蛮族にも見えた。
最早自分と彼らは分かり合える事は無い。永遠に。そう嫌になるまで毎年繰り返される襲撃で心身に刻み込まれたウルフは、両拳に集中して魔力を回す。
固く。硬く拳を握り締めたウルフは、それを力いっぱいに弓の様に引き絞り、後ろに引きつけて力を溜めたそれを解放して目の前の襲撃者に迸る感情と共に叩きつける。
響く轟音。唸る打撃音。
そしてギルドを貫く程に轟く怒りと嘆きの雄叫び…。
「――バレンタイン爆発しろぉぉぉぉっ!!!」
ただし、初々しいカップルと老夫婦は除く。
続く




