決戦前日のソワソワ感の気持ち悪さは異常
前回のあらすじ
ウルフ、チョコのポストにされる
少し時を巻き戻そう。
2月5日の寒さが厳しい日。
アリシアとスカディの2人が同棲しているウルフ宅(約1名居候)では、アネットを除いた調査班の女性陣プラス1名がリビングに集結してテーブルを囲んでいた。
何故集められたのか分かっていないハヅキは、居心地が悪そうに周囲を見回してソワソワとし、当たり前の様に呼び出されたシェフィールドは出された紅茶を嗜みながら呼び出したアリシアの発言を待ち、スカディは瞑目し腕を組んで構えている…様に見せかけて船をこいでいた。
「――貴女達を集めたのは他でもない……」
緊張が走る。
彼女達を呼び出した張本人であり、今まで両手を組んで、口元を隠す司令官ポーズで沈黙を保っていたアリシアが固く閉ざした口を開く。
自ら静寂を破ったアリシアに当然スカディ以外の意識が集中し、居眠りをしていたスカディも彼女の声を耳にして跳ね起きる。
その場にいる仲間達の視線を一点に集めたアリシアは閉じていた目を見開き、集めた彼女達を招集した目的を堂々と明かしたのだった。
「―――――どうすればウルフにチョコを渡せるのか相談したくて呼んだのだけれど…!!」
「―――はい。解散」
「まってぇ!?待ちなさいよイオ貴女ぁ!!」
あれだけ緊張感を漂わせたのに俗っぽい理由で呼び出したアリシアの目的に、思わずハヅキとシェフィールドはずっこけ、スカディはあからさまにやる気をなくして自室に戻ろうとする。
アリシアはそんなスカディの尻尾を捕まえて彼女を必死に引き止める。
そんなアリシアの必死の懇願に根負けしたスカディは渋々と席に戻って、溶けた猫の様にだらけるのだった。
「……いつもみたいに馬鹿突して直接渡せばいいじゃない?」
「人を突撃しか脳がない脳筋みたいな言い方やめてくれる?」
わざわざライバルに塩を送る理由の無いスカディはどうでもいいとばかりの投げやり気味の発言で額に青筋を立てたアリシアが口元を引き攣らせながら食ってかかる。
僅か1分足らずで一触即発のギスギスした空気を作り出す脳筋の間に、苦笑したシェフィールドが割って入って2人を宥めるのだった。
「落ち着きなって2人とも……ほら、毎年渡しているんでしょ?だったらいつも通り――」
シェフィールドの真っ当な発言に、バレンタインデーにあまり詳しくないハヅキも大きく頷く。
ちなみに、シェフィールドは毎年ウルフと弟の分含めて知り合い全員にチョコを配って回っていた。
そんなごく当たり前の正論を送られたアリシアは、口元を固く結んでバツの悪そうに俯くと、去年までの彼女の残念なバレンタインの実態を自白する。
「―――用意したは良いけど恥ずかしくて渡せませんでした」
『嘘でしょ!!??』
「――わかる」
衝撃のカミングアウトに思わずテーブルを強く叩いて立ち上がったシェフィールドとハヅキに詰め寄られ、アリシアは目尻にうっすら涙を溜め、若干染まっていた頬を更に羞恥で赤くさせ。思うところがあったのかスカディは両腕を組んでうんうんと頷き、珍しくアリシアに同調する。
「ぇ……まって…まさかそれ毎年なんですか!?…3、4年くらいずっと一緒だったのに!?」
「まさかと思うけど、ウルフがバレンタインデー嫌いな原因の一つにアリシアからチョコ貰った事が無いからじゃないの!?――そりゃ嫌いになるよ好きな人から貰った事無いからっ!!」
「分かってるわよぉ!!でも恥ずかしいじゃない!!改めて想いを伝えるのって!!」
「わかる。すごくわかる」
嘘でしょと口角泡飛ばす勢いで詰め寄る2人に、身を守る様に頭を抱えたアリシアが涙目で訴えて力無く反論する。
自分からグイグイ行くのは問題ないが、初心故にいざという場面で恥ずかしくなってヘタレてしまうアリシアの姿に、明日隕石でも落ちてくるんじゃないかと思わせるくらいには珍しく彼女の肩を持つスカディが、力強く頷いた。
そして今まで頷いていただけだったスカディが立ち上がるとアリシアの側までゆっくり歩み寄り、彼女の肩を優しく叩いた。
「――そういう事なら安心しなさい……誤解して悪かったわ……」
「――イオ…」
振り向き、視線を背後のスカディに向けたアリシアは、本当に珍しく好意的なスカディが救世主に見えたのだった。
そういえば彼女はウルフに夜這いを仕掛けた事があるし、何か妙案を授けてくれるのかと、慈愛の表情で見下ろすスカディに期待を膨らませるアリシアだったが……
「―――私も毎年渡せてないから」
「ダメじゃない!!」
彼女は慈愛の表情を浮かべていた訳ではなく、ただ単に同士を見つけて喜んでいただけだと悟り、アリシアは落胆から両拳を思いっきりテーブルに叩きつけたのだった。
スカディは自分から色仕掛けする事も辞さないが、いざ真っ当な方法で愛を伝えたり、ウルフの方からグイグイ来られたりすると何も出来ない生娘と化す程には免疫がなかった。彼女はアリシアとは別種のヘタレだったのだ。
「……よく考えたら料理のレパートリーが焼くか煮るしか無い貴女がチョコを作るなんて無理な話よね…」
「失礼な……チョコがダメなら別の物を渡せばいいだけの話……」
そう言って懐を漁るスカディは、目的の物を取り出してテーブルの上で披露する。
とたんリビングで氷河期が訪れた。
彼女が取り出したのは女性ものの刺繍が施されたお値段がそれなりにしそうな下着だったが、あるべき所にある筈の布が切り取られていた。
夜に恋人とかの男女がエキサイトするときに身につける所謂勝負下着だった。
大事な所を隠すどころか、露わにした挙句強調する様なデザインのエロ下着を目にした一同は表情を青くしたり赤らめたりコロコロ百面相したまま、蝶番が壊れたドアの様にぎこちない動きでスカディに注目する。
注目の的となったスカディはポッと顔を赤らめて俯き、もじもじとテーブルのしたで居心地が悪そうに戦果報告をする。
「――さすがに攻め過ぎだと思って恥ずかしくなりました…」
「――攻め過ぎどころか単騎突撃して自爆しているでしょうがぁ!!」
当時を思い出して恥ずかしそうに頬に手を添えるスカディに全員の心中を代表したアリシアのツッコミが叩きつけられる。
「じゃあなに!?貴女着たのこれ!?実際着けてウルフに特攻仕掛けたの!?どれだけ節操無いのよ!?」
「張り切りすぎてでかいケーキ作って自爆した女にだけは絶対に言われたくない!!」
「なんで知っているのよ!?」
「――あわわナニコレ?布が…あるべき所に布が…」
顔を真っ赤に染めて混乱で目を泳がせながらスカディを問い詰めるアリシアだったが、彼女から反撃をもらった瞬間にブチギレて下着を放り投げブーメランの投げ合いを始めた。
2人を他所に最早殆ど紐の下着を回収したハヅキは、本来布地があるべき部分に人差し指をずっとスポスポ突っ込んでは引っこ抜く謎の挙動を繰り返していた。この場で彼女が一番混乱していた。
そしてシェフィールドは下着のサイズが自分の一回り以上ある事に一番ダメージを受けて白化していた。
「――貴様もやれば良いだろうが!!立派なマシュマロがついてんだからそれ着けて一言『わたしがプレゼント♡』って言えばイチコロだろうが!?買った店を紹介してやろうかぁ!?」
「余計なお世話よ!!そんなはしたない事できるかぁ!!!」
この日は結局話が纏まらないまま解散したのだった…。
「―――ようやく出来たわ……」
そしてバレンタインの前日の2月13日…。
あの手この手、ある事無い事色々誤魔化してキッチンからウルフを追い出した同居人2人は、日付が変わる直前になんとかウルフにバレずにチョコを作り終える事が出来たのだった…。
ちょっと荒っぽいが、挙動不審な2人を怪訝な表情で訝しむウルフを、隙を突いた当て身で意識を刈り取って2人がかりで寝室へと運び込み、ゆっくり内密にチョコを作り上げる事が出来て満足気なアリシアは、チョコを作った事が全く無かったスカディを手伝いながら自分の作業を進めてどうにかこうにかチョコを作り上げた達成感に浸っていた。
去年の反省を活かして作ったのは普通のチョコだ。同じ轍は二度と踏まない。
「――イオ〜。貴女包装は?」
「……任せた……」
溶けて形が崩れる前にチョコを包装する作業に入ったアリシアは、慣れない作業の連続でグロッキーになっているスカディが作った分のチョコの包装作業を溜息を吐きながらも丁寧に整える。
自分が作ったチョコとスカディが作ったかなり大きめのチョコをそれぞれ冷蔵庫と冷凍庫へ保管したアリシアはエプロンを外すと勝負がかかった明日へ想いを馳せる。
(恐らくハヅキはあまり馴染みの無いチョコを配らない筈…そもそもアネットさんは論外……てことは…)
アリシアは、リビングでエプロンを着けたまま眠るスカディに視線を向ける。
恐らく1番の障害になるのは彼女とシェフィールドだ。
毎年義理チョコを配って回るシェフィールドが本命を渡すのは考えづらいが、密かにウルフを想う彼女の事だ。恐らく何かしらの布石は打ってくる筈。
それでも譲れない。自分にだって負けられ無い理由がある。
例えそれが、ウルフにチョコを渡してその日ずっとイチャイチャしたいと言う不純な理由でも、あわよくば彼の正妻としての立場を盤石にすると言う打算的な動機だとしても。
自分のチョコでウルフに1番喜んで貰いたいと言う想いがアリシアにあった。
好きな人に喜んで貰いたいと言う想いが今のアリシアを突き動かしていた。
アリシアは不安な想いと、喜ぶウルフの姿を想う幸福感で早まる鼓動に身を震わせながらバレンタイン当日を迎えたのだった。
続く
去年のバレンタインの失敗談
アリシアの場合
アリシアの(カロリー的にも)重たい特大チョコケーキ
2年前にバレンタインと言うイベントを耳にし、昨年本格参戦したアリシアが、王宮の専属パティシエのアドバイスを受けながら張り切るに張り切りすぎて作りあげてしまった特上の一品。
五段重ねのふっくら焼き上げたスポンジにテンパリングしたチョコを塗り、各地から取り寄せたオレンジや桃、ブルーベリー。珍しい物はドラゴンフルーツやスターフルーツ、マンゴスチンといったあまり耳にしないフルーツをクリームやクッキーと一緒に飾り付け、トドメとして天辺に「Deer wolf」と書かれたチョコプレートを載せた。全高が3メートルはあろう巨大なケーキ。
己が今まで培った技術力とコネと財力とその他諸々をフルに使い、甘党のウルフの為に、味と見た目にこだわり抜き、数日かけて愛情をたっぷりと込めながら作成した特別な一品。
大作を作り上げた高揚感そのままにバレンタイン当日を迎えた彼女は、ケーキを載せたカートを押して出勤し、誰にも見つからない様に1人で執務室までケーキを運んで隠し、ふと我に返って完食したら胃もたれ、胸焼け、糖尿、痛風待った無しのウェディングケーキもどきを見て一言…
「…あれ…?……なんかちょっと大きすぎない?」
「ひょっとしてこれ色々重たい女とドン引きされる案件なのでは?」そう悟ったアリシアは、ウルフの為にと勢いで行動した結果なんかやたらと重すぎて恥ずかしいケーキを作った自分が恥ずかしくなって顔を紅蓮に染めて混乱し、誰かに見つかる前になんとか1人で全て処理する事に成功したのだった。
代償として暫く甘い物が食べられなくなり、彼方此方で剣を片手に忙しく駆け回る事になるのだが…。
今にして思えば味は良かったから一切れだけウルフにあげれば良かったな。と渡せなかった事を結構後悔している。
スカディの場合
コードネーム チョコが(作れ)無いなら私を食べて貰えば良いじゃない作戦
バレンタインと言う馴染みの薄かったイベントの存在を知ったスカディが、チョコの作り方を知らない事に焦って色々代替え案を考えた結果、バレンタインの雰囲気に乗じて既成事実を作る作戦に打って出る。
わざわざ新しく扇情的な下着をオーダーメイドで新調し、尻尾がショーツに干渉しないよう微調整を何度も繰り返した特注品。
バレンタイン当日、何故か突然体調を崩したライバルを出し抜くチャンスと、意気揚々と定時であがった彼女は、即座に着替えてウルフの自宅に向かうも、彼はチョコの仕分けとチョコの亡者達から逃げ回る事で1日が潰れた結果、徹夜で帰る事が出来なくなっていたのだった。
それに気づかない彼女は何時間もウルフの帰りを玄関先でこれから始まる蜜月の時間を頬を赤らめて妄想しながらまだかまだかと待ち続けるが、周囲から向けられる冷たい視線と明らかに自分を話題にしてヒソヒソと話す通行人達の存在に、ふと我に返った彼女は一言…
「…あれ…?……私不審がられてない?」
「常識的に考えて家主が不在の一軒家の前で頬を赤らめて悦に入る女性って通報案件なのでは?」と今更気が付いたスカディは、妄想に浸っていた直後現実に引き戻された反動で羞恥心が限界突破。
ウルフの帰り(帰れなかった)を待つこと無く、全身を茹で蛸の様に真っ赤に染めて一目散に逃亡。
いくら人間より頑丈な魔族とは言え、碌な防寒をしないで何時間も外にいて体調を崩さないなんて事は無く、翌日彼女は人生で初めて風邪をひいて1日寝込んでしまうのだった。
今にして思えばあの時ウルフの仕事を手伝ってあげれば好感度アップを狙えたのかな〜。と今更ながら滅茶苦茶後悔している。




