エピローグ 飲み会でどんよりするとしんどい
新年度を迎えた親魔族領ヘカーティアに存在するギルド。「調和の証明」は去年の末に不幸な事故で倒壊し、本日付でようやく再稼働したのだった。
ハヅキの故郷で言うところの正月を終えたギルドは、年末で活動を休止していた冒険者やギルド職員達がところせましと駆け回って仕事する彼らのおかげでいつも以上に賑やかなスタートを切ったのだった。
「――――はんちょーう!!大変です!俺の机の上に書類の山が!!」
「みんなおんなじなんだから泣き言言ってないで手ェ動かせ!!」
全員揃って謹慎(という体の休暇を)言いつけられた調査班では当然のことだが、普段以上の激務に襲われたのだった。
その日の夜。某酒場にて
「つー訳で新年1発目の調査班の業務お疲れ様でしたぁぁぁ!!」
「みんな乾杯!!」
『かんぱ〜いっ!!』
飲み屋街のとある酒場。先日ウルフがゲンナイに呼ばれて足を運んだ異国情緒あふれる店「でんらく」のテーブル席の一角ではウルフをはじめとする調査班の仲間たちが、ずっと俯いたままのハヅキを除いてグラスを片手に飲み会を開いていた。
新年初仕事にして今年初の修羅場を無事乗り越えたウルフ達は、多少のトラブルに巻き込まれたものの無事たまるに溜まったしごとの山を満身創痍ながらも見事に捌き切ったのだった。
「―――にしてもウルフ…貴方よく此処を知っていたわね?」
「前に一回来たことがあるんだよ……おれもその日に予約取れるとは思っていなかったけど……」
新年会という事もあって、周囲には彼ら以外にも酒や料理を楽しむ呑兵衛達でごった返していた。
もともと今日は飲み会をする予定なんて無かったが、誰がぽつりと呟いた「ハヅキの歓迎会やったっけ?」との一言により、色々あって忘れられていたハヅキの歓迎会を兼任する形で調査班の新年会を行うことになったのだ。
「いやしかし良かったっすねぇ!何事も無く仕事が片付いて!!」
「ホントホント!」
「ゼフがダンジョンの調査報告書無くした時はどうなるかと思いましたが無事見つかって良かったっすよ!!」
「――つかなんでオレ、班長に既に提出して決済貰っていたのに無くしたってさわいだんだよ!?」
「知るかばーか!」
「店員さーんお酒……」
「すんませんアネットさんのは全部ジュースでお願いしますっ!!」
各人料理や酒が並んだ丸いテーブルを囲んで、約1名を除いて思い思いに談笑を弾ませていた。
いつもは喧嘩ばかりのアリシアとスカディも、ウルフの両隣に配置して均衡を取ることで、小競り合い程度に被害を収めていた。
真ん中のウルフは両隣がいつ大喧嘩を始めるが気が気でなかったが…
「―――さーて、それでは本日の主役から一…言…」
「―――――――――」
(気まずっ!!!)
ハヅキは先程からずっとダンマリを決め込んで負のオーラを放出していた。
集まった直後からずっとテーブルの一角で何故か暗黒面に堕ちたのかと見紛う程のドス黒い波動を放ち続けるハヅキは、周囲の喧騒を含めても温度差が激しいせいで壁を作るせいで誰も声をかけることが出来ずにずっと放置されていたのだった。
「―――ハヅキ……どったのお前?……故郷で何かあった?」
「……キールさん……なんもありませんでしたよ…心配しないでください……」
「心配するわ!!」というツッコミを内心に押し込めた一同は、負のオーラを放ち続けるハヅキに再びドン引きする。
手をつけれない程に沈んでいるハヅキは、業務の最中もずっとこんな感じだったのだ
流石に見ていられなくなったウルフが彼女のカウンセリングを行うが……
「――――私………皆さんの足を引っ張りまくってませんか?」
いきなり答えづらかった。
突如ハヅキの重めのボディブローを食らったウルフはなんとも言えないような酸っぱいものを口に含んだような顔をして周囲に助けを求めるが、物悲しそうにオレンジジュースをちびちび口にするアネット以外の全員から顔を逸らされた。
薄情な仲間たちに対して出ようとした文句をウルフは飲み込んだのだった。
「―――アリシアさんもスカディさんもすっごくお強いじゃないですか…」
「うん……うん?」
「―炎属性とか氷使いとか……完成されたカッコよさと派手さがありますよね…」
「後姫騎士とか元魔王軍切り込み隊長とかもポイントが高めですよね……後火龍人というのも如何にも強そうと言いますか……」
「そ…そうかもな……?」
突如飛び火したアリシアとスカディがグラスを持ったまま肩を跳ね上がらせる。
何が飛び出るかわからないが、早くなる心臓の音を感じながら全員でハヅキの発言に備えていた。
「―――――まぁ、スカディさんはドラゴンで私はタヌキなんですけどね」
(……うわぁ……)
テーブルの周囲の温度がさらに下がった。
心なしか、俯いたままのハヅキの目もとに影が刺した様に見える。
「―――しかも私が手こずったスライムを一撃とか……いや〜すごいですわスカディさんマジリスペクトっすわ。ぱないすわ……」
「あれはアリシアが拘束して……」
「―――それに引き換え私ときたら初顔合わせで尻を丸出しにして、班長を思いっきり引っ叩いて逃げ出して……「静謐な牙」戦でも初っ端無力化されるわ、キメ顔でスライムを背後から不意打ちしたら真っ先にやられるわで大した成果をあげられず、しまいにギルドまで倒壊させる醜態ぶり……」
「…………ふふふ……滑稽ですなぁ……情けないで候うなぁ……」
思った以上に重症だった。
心なしか精神的な潤いを失って途中から口調がおかしくなり、全身がカサカサになって萎れているように見えた。
思ったより深い闇を抱えていたハヅキのフォローにウルフ達が迷想する中、突如キールが立ちあがり…
「安心しろハヅキ――」
テーブルに突っ伏してすんすんと泣きながら鼻を鳴らすハヅキを気遣う様にキールが俯く彼女の肩を叩き……
「お前、スタイル良くて結構エロ―――」
『ふんっ!!』
「いぽぱすっ!!」
ろくでも無いフォローが出てくる前にアリシアとゼフに止められた。
右隣のゼフからはハヅキに悟られない様にテーブルの影に隠れる様に高速の腹パンを繰り出され、離れた場所のアリシアからは納刀したブリュンヒルデの剣先(鞘)でこれまたハヅキから見えない様にキールの左足の甲を打ち据える。
「お前やめろそれ」
「セクハラよそれ」
「――す…すんません」
かつてハヅキのフォローに失敗した(もしくはやらかした)経験者2人の重たい一撃をもらって顔面からテーブルに沈んだキールは雨に濡れた子犬の様にプルプルと震えていた。
自発的に去る事を選んだキールは、「――すんません飲み物貰ってきます……」とお腹を押さえ左足を引きずりながらテーブルから立ち去ったのだった。
同じ轍を踏まない様に手荒い配慮を受けてダメージを負ったキールはしばらく戻ってこないだろう。
それにしてはやりすぎだがそれは彼の普段の行いが悪いという事で。
「――落ち込む事じゃ無いわよ…」
「……スカディさん…」
「……貴女がいつも斥候とか索敵とか請け負ってくれているおかげで私達結構楽に出来ているのよ?」
此処でキールのはせいで微妙な雰囲気になった現場を立て直す様にハヅキのフォローに入ったのはスカディだった。
「……私やアリシアくらいにいきなり強くなるなんて難しいけど、貴女にしか出来ない事でいつも助けて貰っている…」
「…そうね…それに色々凄い忍術とか使うじゃない?あたしでも分身なんて出来ないわよ?」
「……素早さだったらアリシアやキールより速いしな…」
「――なんだったらいつもおれの訓練で最後まで立っているのお前くらいだし」と付け足すウルフを筆頭に、スカディに続いてハヅキに励ましの声をかけていく。
「――とにかく…貴女は調査班で一番まともなんだからもっと自信を持って」
「…スカディさ――」
「すげーぞこの兄ちゃん!!」
「またど真ん中にダーツを当ててやがる!!」
突如酒場の一角がどよめきはじめ、せっかくハヅキが持ち直したところに水を注されたウルフ達は、なんだなんだとどよめきの中心に立っている人物に視線を向け……
「まーねー!!つかこれくらいできないと調査班なんてやってらんないすわ!!」
よりにもよってキールだった。
飲み物を取りに行った筈のキールが、明らかにアルコールの入った赤ら顔で他の冒険者の一団に混ざり、何故かダーツ大会に興じていた。
「ねぇねぇ調査班の人ってやっぱり強いの?」
「そんな事ないですよ〜。頭おかしいくて強いのが3人いるくらいであとはパッとしませんわ!!」
ウルフの周囲の空気が凍った。
恐らく酔っているのと女の子に猫撫で声でしなだれかかられたのもあるだろうが、だらし無く鼻の下を伸ばすキールの失言にゼフとアインが殺気立つ。
頭おかしい3人のうち2人のアリシアとスカディも、俯いているが静かに漏れ出す怒りを抑え込んでいた。
そんな中パッとしないと評されて以降、静かになったハヅキの様子を伺う為にウルフはチラリと横目で彼女に視線を向け…
「―――――――――――くすん」
しばらく固まって石になっていたハヅキは再びテーブルに顔面から沈み込んでしくしくと泣き出してしまう。
居た堪れなくなったその時、沸点の低くなったアリシアとスカディの堪忍袋の緒が遂に切れた。
「――何してんのよこのクソエルフッ!!」
「ほぎょっ!?」
先に動いたのはアリシアだった。
調子に乗っていい気になっているキールに真っ直ぐに詰め寄ると、他の冒険者一団から引き剥がして強烈なビンタを彼の頬に見舞う。
怒れるバーサーカーと化したアリシアの一撃をまともに食らったキールは情けない悲鳴をあげて吹っ飛びながら壁を破壊して外に放り出される。
そうして追い出されたキールを追い詰める様に、怒りを滾らせるアリシアとスカディの2人と、慌ててそんな2人を止めようとするウルフが、キールにジリジリとにじり寄る。
「――なんて事してくれたんだこの腐れエルフ……ハヅキがまた沈んだだろうが…またショック受けてんだろうが…」
「――それと誰と誰と誰が頭がおかしいですって?……そこを含めてしっかり教育する必要がありそうね?」
「落ち着け!?2人とも落ち着け!?お前ら2人にボコられたらキール死ぬから!?」
冬の冷たい空気に殺気を混ぜて、ゴキゴキと拳を鳴らす怪獣2人の怒りを収めようとするウルフは、2人の腰に腕を回してなんとか止めようと踏ん張るが、怒り心頭の2人の怪力を抑え切れずに引きずられ2人の怒りの進撃を許してしまう。
このままではキールがリンチにあって、ミンチより酷いことになるのは明らかだった。
「――てかお前も謝れキール!!このままだと泣くまでどころか死んだ後もサンドバッグみたいに殴られるぞ!?」
「――おっぱいに埋もれて死にたい人生でした」
「お前の危機察知能力バグってんのか!?」
『キィぃぃルゥぅぅ!!!』
「あぁぁぁぁぁっ!!?」
「――お前なんかフォローしろよ…」
「ぇ…おれぇ!?」
酒場の外で己の死を悟って開き直ったキールと、仲裁に入って巻き添えを食らったウルフも一緒に2人に襲われてしまった。
酒場が一瞬で喧嘩の熱気と喧騒で混乱に包まれる中、ゼフがアインにハヅキのフォローをする様にせっついていた。
真っ先にキールを叩きのめしに行ったアリシア達に出鼻をくじかれ、今更キールの袋叩きに参加しようにも、女性陣2人の流れ弾で被害を受けてウルフの二の舞になる事を悟ったゼフとアインは、ハヅキを慰めるアネットと共にテーブルに残ったのだった。
未だテーブルに顔を伏せて泣き続けるハヅキの姿に居た堪れなくなった居残りコンビの片割れのゼフに励ます役を押し付けられたアインは、普段全く使わない脳細胞をフル稼働させた励ましの言葉を絞り出す。
「――ハヅキちゃんハヅキちゃん」
苦し紛れに声をかけて、ハヅキが涙でぐちゃぐちゃになった顔をあげてアインに視線を向けたところで、アインは固まった。
年齢イコール彼女いない歴を更新し続けるアインは此処でどう励ませばいい全く思い付いていないのにハヅキに声をかけてしまう失策を取ってしまった。
なんとか励ましの言葉を掛けようと煙が噴き出すくらいに頭を働かせるが、戦闘での実力を誉めた矢先にキールに大したことない呼ばわりされたばかりだ。
じゃあ他をと頭をひねれば、出てきたのは真面目なところと容姿が整っているくらいしか女性経験が残念なアインは掘り起こせなかった。
真面目は若干パンチが弱い。容姿も言い方を間違えるとアリシア達みたいにセクハラになってしまう。
混沌に包まれた酒場の喧騒が遠くで聞こえるくらいに集中していたアインの語彙力はとうとう限界を迎え、もうどうにでもなれと内心で叫び、ハヅキに向かってグッとサムズアップ。
「――大丈夫!!ハヅキちゃんは真面目で可愛いからっ!!」
「それダメじゃね?」といくらなんでもシンプルにまとめすぎた一言に、呆れた顔で溜息を吐いたゼフだったが、賽は投げられた。もうどうにもできない。
「―――あ……」
「あ?」
あ、ダメそう。
そう思ってゼフはアインとアネットを構える位置に立って対ショック体勢の構えを取る。
混乱の喧騒から切り離された様に静寂顔面訪れたテーブルは、口を開いたハヅキの一言によって塗り替えられていく。
「――ありがとうございます……」
シンプルなのが功をなしたのか、頬を赤らめたハヅキが赤くなった頬を隠す様に服の襟を引っ張って俯きがちに視線を逸らしながらアインに礼を言う。
「……………あの…本当に私かわいいですか?」
「かわいい。メッチャかわいい」
自覚がないのか褒められ慣れていないのか、小動物みたいな挙動で顔を隠しながらアインに本当にかわいいのか尋ねるハヅキと、若干復活しつつある彼女を微笑ましいものを見る目でハヅキを誉め殺しにするアイン。
そこにいるのが恥ずかしくなるくらいに甘酸っぱいやり取りを繰り返し、アインとハヅキはいい感じの雰囲気になっていた。
「――――ぇ…ナニコレ?」
「青春ねぇ〜」
そんな彼らだけの初々しくての微笑ましい空間を作る2人に完全に置いてきぼりにされたゼフと、そんな2人を生暖かい視線で見守るアネットだけが彼らを見守っていたのだった。
余談だが、調査班の面々は後日街の全ての酒場のブラックリストに名前を並べるのであった。




