話を聞かない人達
この世界の通過のルビィは
日本円に換算して、1ルビィ=1円の計算です。
『第二王女熱愛!お相手はギルド職員か!?』
そんな見出しで新聞の一面を飾ったのは翌日の事だった。
新聞の一面全体をデカデカと陣取っているモノクロの写し絵は、ウルフの顔はモザイクをかけて隠されていたものの、アリシアが彼の頬に口付けした瞬間をばっちり切り抜いていた。
あの後我に帰ったウルフは、その場から逃げ出した馬車を必死こいて追いかけたものの、流石に人の身で文明の利器に勝てず結局見失ってしまい、情報の流出を許してしまったのである。
「…まさか君が新聞に載る日が来るとはねぇ…」
「弁明のしようがございません…」
結局ウルフは、その日出勤してすぐに支部長室に呼び出された。
黒フードを被り胡散臭い仮面で顔全体を隠して、支部長と言われなければ不審者にしか見えない男の名は、ロマン・シュラウド。
彼は以前所属していたギルドから引き抜かれ、支部長に抜擢された元冒険者のギルド職員であり、ウルフを拾って、自立できるまで面倒を見てくれた、恩人の様な男だ。
終わった…なんやかんや振り回されてきたけど、命を救ってくれた恩人の期待をこんな不祥事で裏切ってしまうなんて…。
自分の辞表なんかで責任を取れる訳では無いが、ケジメをつけないと…。
だがしかしネガティブになっていたウルフにかけたロマンの一言はそんな彼の心情の斜め上を行き…
「いやー、君はアリシア様を選んだのか、そうかそうか」
「…はい?」
意味がわからなかった。
なんでこんな不祥事を犯した部下を許す所か、「よかったよかった」と言いたげなホクホク顔で祝福しているのだろうか。
「支部長…?あの」
「安心したまえ、王宮が喧しく弁明を求めているが私がなんとか誤魔化そう。それにしても私の目に狂いはなかった。君とアリシア様でコンビを組ませた時から、いずれこうなると思っていたんだ」
立派な作りの椅子から立ちあがったロマンは、後の事は任せたまえ、とすれ違いざまにウルフの肩をポンポン叩きながら親指を立てる。
何かを誤解しているのは明らかだった。
「支部長!誤解です!私と彼女はそんな関係では…!」
「皆まで言うな、大丈夫だ!私が言える事は少ないが羽目を外しすぎるなとだけは言っておこう」
「だから彼女は仕事仲間で……支部長?何かを落とし…て………?」
「あっ、やべっ」
ウルフに背を向けたまま支部長室を去ろうとするロマンの胸ポケットから、ピンク色の紙切れがひらりと舞いながらウルフの足下へと落ちてくる。
それを拾い、内容を確認するとウルフの胸中に抱いていた罪悪感が吹き飛んでいくのを感じ、代わりに支部長への怒りが沸々と沸いてくる。
カップリング予想くじ
今回の対象者はウルフ・ダイドー!
周囲に美女を侍らせたハーレムクソ班長の心を射止めるのは誰だ!?
賞金の3億ルビィを独り占めするチャンスを逃すな! (引き換えはお早めに)
対象 アリシア・フォン・ベルベット・カルロス・ヴィクトリア 配当率5%
「………支部長?」
「…ヒロッタンダヨ??」
「まだ何も言ってませんが?」
仮面越しでも分かるくらい顔を青ざめさせたロマンは、視線をウルフから明後日の方向に向けて無駄に上手な口笛を吹いて誤魔化し始める。
ウルフは冷めた視線を、こんもりと膨らんでいるロマンの各所のポケットに向けて、「じゃあそのふくらんでいるポケットには何を詰め込んでいるんですかね?」と問い詰める。
「……ハンカチだよ?」
「そんなに沢山いります?」
「暑いと沢山汗をかくからねぇ…」
「最近寒くなってきたんですけどね、後ハンカチは紙切れみたいにカサカサと音を立てないと思いますが?」
これだけ問い詰めれば最早自白したも同然だった。
ウルフは激怒した。
人の恋愛事情を賭けの対象にするギルド職員と、このクソ上司に文句を言ってやらねばと。
思えば不自然な所は幾つかあった。
やたら機嫌が良かったのは、賭けでの勝ちが確定して浮かれていたからに違いない。
部屋の主であるはずの自らが退出しようとしたのも、懐に隠したあたりくじの束を換金する為。
…まさかその膨らみ全部あたりのくじなのか?
というか自国の王女が賭けの対象になっているのを黙認するとかそれでも支部長かこのクソ野郎は。
確かにどうしようも無いクソ野郎ではあるのは違い無いが、自暴自棄になっていた自分を保護して面倒を見てもらった恩人である。
他にも「これくらいやれないとダメ」と、修行と称してボコボコに叩きのめしたり、「いつ死ぬかもわからぬ冒険者人生、なので思いっきり楽しまなきゃ損だ!」と具体性の無い事を朝礼で言ったり、人のへそくり勝手に使ったり、セクハラしたり…うんダメだこいつ。
弁護の仕様が無いクソ野郎だ。
そもそも誰がハーレム野郎だこのやろう。責任者出てこい。
「秘書さん!ウルフ君の足止めを頼みます!私は逃げるっ!!」
「っ!?ふざけるな!逃げれられると思うなよロマン!そもそも王宮の元関係者が第二王女を賭けの対象にするな!」
「甘いなウルフ!私はギルドの支部長で、彼女は不壊煌石級の冒険者!言うなれば上司と部下!よって賭けの対象は第二王女じゃないから何も問題は無い!これが権力というものさ!」
「あんた今最低な屁理屈言ってますけど!?」
「なんとでも言いたまえ!何、換金できたらお祝いに良い酒でも奢っっぷげ!?」
支部長室で勃発した不毛な逃走劇は、ロマンが戦力として当てにしていた秘書さんの裏切りによって、終息を迎える。
ロマンが伸ばした左手が支部長室の扉のドアノブを掴むか掴まないかの所で、ずっと白けた目で事態を傍観していた秘書さんが、一息で距離を詰め、右頬に掌底を打ち込んだと同時に、ゴーレムなら粉々にされるだけで済むだろうが、人間の成人男性が直撃したらただで済まないであろう魔力の爆発を打ち込んだのである。
爆風の威力に従い吹っ飛ばされた上司は、隠し持っていたくじを撒き散らしながら、重力に従うまま、赤いカーペットを敷いた床に叩きつけられる。
所々が焦げて、黒くなったくじには全部アリシアの名前が書いてあった。
て言うか、全賭けしてたぞこの支部長…。
「ああああぁぁあぁっ!!?右の鼓膜が逝ったああぁっっ?!」
「…ウルフさんお疲れ様です」
「…いえ、ローズさんもいつもお世話になってます。」
主に支部長の制裁でと言う余計な一言はウルフの胸中だけに留めておくことにした。
女性らしいスレンダーな曲線を描く肢体を黒いスーツで包み、金糸を思わせる長髪をハーフアップにし、眼鏡と怜悧そうな目で知的な雰囲気を醸し出す彼女、ローズ・アルテミアは何を隠そう、名門貴族「アルテミア家」の才女にして、支部長の秘書その人である。
悪ノリして暴走する支部長をシバき倒し、実力行使で制御するその恐ろしさから、冒険者やギルドの職員からは「支部長室の真のボス」と呼ばれて恐れられているが、本当はお茶目でミーハーな女性である。
「恐らく王宮や貴族の関係者、スクープ狙いの記者が貴方を問い詰めにくると思いますが、私とそこで転がっている支部長で揉み消しておきますのでウルフさんは何も無い限り通常の業務をこなしていて下さい」
「…ホント何から何まで申し訳ありません…」
ローズは、未だ転げ回りながら痛みを訴え喚き散らすロマンを容赦なくヒールで踏みつけると、なんでも無い様に「これの仕事ですので」と答える。
恐らくロマンはこれから引っ切りなしにくる、苦情や詰問を捌いていかなければならないだろう。
それはウルフの所為でもあるのだが、反省しようが、同情は出来ない。大体ロマンが招いた自業自得だからだ。
「すみません、落ち着いたら自分の口で説明しますので…」
「…わかりました。今日の夕方にでもアリシア様を連れて説明に来てください……あ、それはそうと…」
ローズは退室しようとするウルフを呼び止めると、頬を朱に染めて軽く咳払いをする。
ただならない様子に何事かとウルフも表情を引き締めて、次の言葉を待った。
「……その…職員の子から又聞きしたのですが、世の中そう言うプレイがあるとはいえ、執務室で致すのは、その…恋人同士とはいえ流石にどうかと…」
「誤解です」
「アリシア!これはどう言うことなの!?」
一方その頃、ギルドの受付ロビー兼カフェテラスでは、猫族獣人の少女、ニーアが今朝の朝刊を突きつけ、アリシアに詰め寄ったいた。
ラフな私服姿で、優雅にコーヒーを楽しんでいたアリシアは特に慌てるわけでも無く、「かかったわね」と言いたげな表情でどっしりと構えていた。
「どうもこうも無いわニーア…そこに書いてあるような恋人とかではまだないけど」
昨日は焦り過ぎてドン引きされてしまったが、こうやって外堀を埋めて、逃げられないようにじわじわと確実に詰めていくだけだ。その為の作戦を練ったアリシアは、身分関係なく接してくれる親友のニーアに若干の罪悪感を抱きつつも利用する事にしたのだ。そのためには…。
「ニーア、わたしもね、女としての幸せを掴みたいな。貴女みたいに素敵な男性結ばれたいなと――」
「そんなぁ、確かにビリィ君はかっこいいけど、素敵なカップルだなんてぇ〜」
先程まで近寄ってきた野次馬を小柄な身体をいっぱい使って威嚇していたニーアは、一変して、いやんいやんと尻尾と身体をくねらせながら幸せをアピールをする。
それを目の前で直視してしまったアリシアは、寸胴鍋があったのなら、間違いなくそれに砂糖を吐き出していただろうが、鋼の精神力でぐっと堪える。
逃げると言うのならば、1人ずつ味方を作って、囲いこむ、彼女なら絶対に力になってくれる。
だからここが踏ん張りどきだ、と。
「ニーア、貴女はわたしの恋を応援してくれる?」
「もちろん!あたしはアリシアの味方だよ!……ただ――」
「ただ?」
「その…アリシアが好きになった人が、真剣にアリシアの事を想っていて、アリシアの事を守ってくれるならば、って……」
アリシアは感動していた。
なんていい子なのだろう、貴女と親友になれたわたしは世界で一番幸せ者かも知れない。
ニーアの為にもこの恋、絶対に成就させて見せると心に固く誓った。
「それでこの写し絵の人は誰なの?ちゃんとした職についてる人?もしぷーさんとか言おうものなら、あたしはこいつを蜂の巣にしてやるんだからね」
「ちゃんと安定した職についている人よ。それにニーアも知っている人よ」
「あたしも知ってる人?」と言ってニーアは両腕を組んで考え込む、うーん、うーんと唸ったのちパッと魔力灯が輝いたような表情を見せ…
「わかった!支部長ね!」
「それはない」
すかさず否定。ニーアはちょっとオツムが悪かった。
「じゃあゼフ君!」
「違うわ」
「ぐぐぐ…じゃあ大穴でクソエロフ!」
「それはもっとない」
えー!と叫んだニーアはそれじゃあ誰だと机の上に突っ伏して答えを求めて探した。
ニーアはウルフと何度も顔を合わせた事があるはずなのに何故か名前が出て来なかった事におかしいわね?とアリシアは首を傾げる。
「ウルフよ。ウルフ・ダイドー。ほら調査班の」
調査班といえば伝わるはずだ。
実際彼女の後輩の名前とあだ名が出てきたし調査班は変人の巣窟で有名だからこういえば伝わるはず。
ウルフの名前を聞いたニーアはピクリと猫耳を立てて幽鬼のようにゆらりと立ち上がる。
「―――あぁ…あの調査班のクソ班長ね…」
「…あれ?…ニーア?」
「あぁんのスケコマシ!スカディさんやシェフィ姐さんに飽き足らず、アリシアにまで手を出したのね!!あの堅物ワーカーホリック!一生仕事してろぉぉお!!!」
体の内から込み上がってくる怒りのままに、「キェェェェェエ!」と奇声をあげながら新聞をビリビリに引き裂くニーア。心無しかウルフの写し絵は丹念に何度も破られている気がした。
その在り方はまさにバーサーカー。
(ウルフ…あなた、ニーアに何をしたのよ…)
狂戦士と化したニーアにアリシアはドン引きしたが、それだけの理由で、この怒り狂い方は出来ない気がした。もっと深い確執が有る気がした。
「あの男……忘れもしない…月二、三回の戦闘訓練に偶に顔を出したかと思えば、ボロ雑巾になるまであたし達をちぎっては投げ、ちぎっては投げっ…!」
(…あぁ〜…)
月に二、三回の周期でランクの低い冒険者に盗賊の強者を想定した対人格闘訓練をギルド職員が持ち回りで実施している。
恐らくウルフなりに手加減して訓練したようだが、この様子だと手加減しきれてなかったようで有る。
まぁ裏を返せば、彼なりに無事に生きて帰ってきて欲しいと愛情を込めてやっているのだが。
「アリシアっ!あの男はダメ!絶対ダメ!あたしが差し入れでココアを持ってきたのに『ん、そこに置いていてくれ』ってこっちを見もしないで対応するような奴よ!あんな男と付き合ったら、外に女を作って毎日DV三昧!身も心もボロボロにされた後捨てられちゃうんだからぁ!」
協力してくれる味方を作るつもりだったが逆に反対されてしまった。
まさか親友が思い人をここまで嫌っていたなんて夢にも思わなかった。だがアリシアとしては思い人をここまで悪く言われるのは面白くない。
「ニーア、それは違うわ。確かに女の影が多いの否定できないけど、裏を返せばそれだけ彼が魅力的と言うことよ。本人は隠しているつもりだけど、彼甘党なの。甘いものを見るとつい口元が緩んじゃうくらい大好きなんだけれども班長の威厳が崩れるのを気にして、視界に入らないようにそっけない対応をとったんだと思うわ。私達に隠れてこっそりとココアを飲む時の彼、結構可愛い顔をするのよ。それに訓練が厳しいのは、どんな敵が来ても必ず生きて帰ってきて欲しいって…」
「目を覚まして!それDV被害者のセリフよ!?されたの!?DVされちゃったの!?無理矢理襲われちゃったのぉ!?」
「されてないわよ!ニーア、貴女やっぱりウルフのことを誤解して――」
「かくなる上はぁ!」
叫んだニーアは、受付の横に備えられた2階に上がる階段を駆け上がると、ほかに目も暮れず真っ直ぐに調査班の執務室目掛けて走り出す。
「ニーア待って!」
嫌な予感がする。早くニーアを止め無いと取り返しのつかない事が起きる気がする。
自分の直感に従ったアリシアは人混みを強引に押し退けて、ニーアを追いかけるのだった。
最初は支部長の賭けの下りを入れるつもりは無かったのですが、ちょっとパンチが弱かったので入れてみたのですが、気がつけば作者の制御を離れて暴れ出す思った以上のクソ野郎になってしまいましたw
いつか有能なホワイトクソ上司っぷりを掘り下げれたならなと