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ヴィクトリア王国親魔族領冒険者ギルドの調査班班長の日常  作者: 真っ黒オニオン
絶望(激務)と希望(休暇)とやっぱり絶望(休み明け)の年末年始物語
31/60

日常は変わらない事は無い

なんか登場人物紹介投稿したらブックマークが一気に増えたんですけど…



……にやぁ(邪悪な笑み)



 ウルフ・ダイドーの朝は早い。


 毎朝鶏が鳴くより早く目を覚まして顔を洗い、その後毎日の鍛錬を欠かさずに行ってから彼の一日は始まる。



「……201っ!…202っ!…203っ!」


 先ずは自宅の庭先で穂先に10キロの錘を付けた模造槍を用いた素振りと突きの動作を500回。これを2セット行う。


 こうして眠気を吹き飛ばし、事務仕事で鈍った身体が戦い方を忘れぬ様に槍を使った戦闘の基礎動作をみっちりと叩き込んで行く。

ついでに日々のストレスを発散する。


「……347っ!…348…っ!…349っ!…400っ!」


それが終われば腕立てと腹筋をそれぞれ500回を2セットずつ。


 日々の鍛錬によって筋肉を苛めぬき、身体を鍛え上げる事によって、ウルフは鍛えられた細身の身体と、四徹以上の重労働を物ともしない強靭な肉体と鋼の精神を作り上げていく。

それでも最大の敵はストレスで有る。




「――っすぅーーー……うぉりゃあぁぁっっ!!」


 それが終われば領内の外周(約60キロメートル)を1時間で走り切って自宅まで帰ってから出勤する。



 ストレスと眠気を完璧に吹き飛ばすいつものルーティーンを実行する為に、玄関から弾丸の様にウルフは飛び出し…








「――こらっ」

「ぐぇっ!?」

 

 残念。ウルフの筋トレは終わってしまった。


玄関から勢いよく飛び出そうとしたウルフは、背後から襟首を掴まれて捕獲され、結果走り出そうとした勢いで思いっきり自分の首を絞めてしまった。


 蹲って咳き込み、絞められて強制的に吐き出された酸素を取り込むウルフは、朝っぱらから強力な不意打ちをお見舞いしてきた犯人を力無く睨みつける。



「――こ…殺す気かお前…っ!」

「こんな朝っぱらからでかい声出して何やってるのよ…ほらシャワー浴びて来なさい」



 目尻に涙を浮かべて振り返った先には、うなじで桜色の長髪を縛ってポニーテールにし、エプロンを装着していかにも朝御飯作ってましたと格好で物語っている女性。

 先日恋人になったばかりの同居人。アリシア・フォン・ベルベット・カルロス・ヴィクトリア第二王女殿下その人だった。




 何故そんな偉い人がウルフの自宅で同居人として過ごしているのかは説明を端折るが、アリシアはウルフの首根っこを捕まえたまま彼を浴室まで連行すると、そのまま彼を放り込んでシャワーを浴びさせる。


 そんなウルフはウルフで、抵抗しても無駄だと悟ったのかカーテンで浴室を仕切ると、渋々とシャワーを浴びる為に服を脱いで行く。



 まぁ実際割とウルフの喝を入れる為の大声が近所迷惑だと苦情が来ていたので、今回はアリシアの方が正しい。


 ウルフからしたら気合いを入れる為に声を出していただけであるのだが……解せぬ。




 


 アリシアがこの家に住む様になってからウルフの生活は大きく変わった。


 結局押しかけて来たアリシアを追い出す事を諦めたウルフは家賃の2割を条件に大家と交渉し、アリシアを住ませる事になった。


 それ以降、アリシアが来てからは彼の生活サイクルは大きく変わっていった。


 先ず当初当番制で家事を行う様提案したウルフだったが、キッチンと浴室と自室以外に埃被って碌に使われた形跡の無いこの家の悪質な環境ぶりにブチギレたアリシアはウルフの反対を全て跳ね除け、掃除用具からフライパンに至るまでこの家の全ての道具を掌握し、家事の事は全てアリシアが管理していた。

 こうしてウルフは現状アリシアの手伝いしか出来なくなった。家主なのに。

 後アリシアの方が何倍も家事の手際が良かった。完全にウルフの株が無くなってしまった。



 次に仕事の事だが、これもアリシアに管理されていた。


 いつもは残業なんて当たり前。家に帰り着くのは日付が変わってから。休日出勤もなんのその。

 そんな毎日を送っていたウルフだったが、これもアリシアによって改善されていた。


 定時になってもそこに書類の山が存在()るならば机に齧り付いて業務を続行していたウルフだったが、本格的にウルフの秘書の様なポジションを陣取り始めたアリシアの目分量によって。

 急を要するもの等だけを選別して作業し、猶予がある書類は明日に回してウルフを連れ帰って帰宅する様に改善されていた。


 手につけられる書類全てを、日付を跨いででも見境無く終わらせる勢いで作業していた今までと違って、職場の作業量をコントロールするアリシアの手によって、ウルフは班長になって初めて定時で帰る事ができる様になったのだ。…無理な残業をしようとした時点で引きずられて連れ帰られると言うのが現状だが。



 この第一次アリシア改革によってこれまでの不摂生極まり無いウルフの生活は一気に改善されたのだった。






(――おれダメ人間にされてるぅぅぅっ!?)


 こうしてなんやかんやで改善されたウルフの生活環境だったが、同時に今までの重労働による不摂生の弊害によって、ウルフは著しく生活力を欠いていた。


 まあ残当なのだが、食事は大体外食か内食が多め。帰りは遅く、掃除も水場と寝室だけの最低限。

 休日に至っては持ち込んだ書類の処置とトレーニングと読書以外の過ごし方を知らないぼっち街道まっしぐらなダメ人間生活を3年近く送ってきたせいで、ウルフの生活力はもはや息絶え絶えの瀕死の状態。


 そこに畳み掛ける様に自宅に押しかけて、あれやこれやと嬉々として世話を焼いてくるアリシアの存在によって、ウルフは名実ともに彼女のヒモと化していた。


 このままじゃいけないと頭を抱えるウルフだが、それを知ってか知らずかウルフと同じ屋根の下で過ごす今の生活を幸せそうに噛み締めているアリシアの存在もあって、ウルフは現状維持がやっとの状況。


 抜け駆けしてライバルを蹴散らしにもとい牽制しに掛かったアリシアからこの家の掌握権を奪い返さないと、このままアリシアに依存し続けて完全にダメ人間と化す未来の自分を幻視したウルフだった。



 せめて先ず料理だけは当番制にしないと間違い無くアリシアのヒモから脱却出来ない事を悟ったウルフは、シャワーもそこそこに身体から水滴を拭いていつもの仕事着に着替えると、アリシアがいるキッチンを早足で目指す。


 僅か数日でこの様だ。この生活が1か月続いたらどうなるかなんて想像するまでもなかった。


 というかもっとこう。アリシアの彼氏として彼女と支え合う様な事がしたかったウルフに取っては、今現在の飼われるだけみたいな環境は不服でしかなかった。







「――アリスっ!!ちょっと話が……」

「あっ、おはようウルフ。朝御飯出来ているわよ」

「――お、おはよう――ってそうじゃなくて!!?」


 直訴の為に意気揚々とキッチンの扉を勢いよく開いて突撃したウルフだったが、ワンピースの上からエプロンをかけ、振り返った動きでポニーテールをふわっと軽く浮かせ、朝日に照らされ、見てるこっちが眩しく感じる溌剌とした笑顔を浮かべるアリシアに完全に気勢を削がれた。


 というか一瞬見惚れていた。この男、陥落寸前で有る。



 鼻腔をつくこんがり狐色に焼けたトーストと付け合わせの目玉焼きとサラダ。一晩寝かせて味に深みをつけたオニオンスープの香りが、ウルフの空きっ腹を刺激したせいで、「ほら座って座って」と促されるままにアリシアの対面に座らされた。


 胃袋も完膚なきまでに掴まれていた。


「――どう?我ながらよく出来てると思うのだけど?」

「……おいしいです――っ…ぅぐぅっ!」

「なんで悔しそうに項垂れているのよ?」



 グゥのねも出ないまでに反骨精神を完膚なきまでに叩きのめされたウルフは、項垂れたまま目玉焼きを乗せたトーストを噛みちぎった。

 ウルフ好みのいい塩梅に焼けていたそれを咀嚼するウルフは「――昔はおれの料理の方が美味かったのに…」と負け惜しみを小さく呟いた。



 ウルフの負け惜しみを拾っていたアリシアは、普段ならすぐに青筋を立てて噛み付いていただろうが、もっくもっくと朝食を胃の腑に押し込んでいくウルフの姿を優しげな笑みを浮かべて見守る事が最重要事項だった為に敢えて聞いていないフリをした。


 自分の実利全開でウルフの自宅に転がり込んだアリシアだったが、ウルフが世話をやかれているだけの現状に満足していない事をなんとなく察していた。


 本人が反骨精神が強いのもあるが、任せられた仕事全てを期日以内にきっちり済ませる彼の真面目な性分が、現状甘えてばかりの自分を許せないのだろうと、長い付き合いで熟知したウルフの思考を読み取っていた。



 それでも、自分から仕事を増やして過労死しかねないこの社畜(こいびと)を放っておくよりはマシと結論を出したが故に、ウルフの乱れるに乱れた生活習慣を矯正する為の改革として、このウルフ宅の家事の全権を掌握したのだった。


多少本人からの顰蹙を買おうが、ウルフを社畜から真人間に戻す為の調教…もとい更生する為にアリシアは今日も心を鬼にして食事の後片付けをしようとしている彼から食器を奪いとる。


 本音を言うなら彼女だってウルフに恋人として甘えたいが、それは彼を更生した後。

 今甘えたら最終的にダメ人間同士の共依存で目も当てられない事態になってしまいそうな気がした。





「――じゃあ後片付けも私に任せてウルフは出勤する準備をして来なさい?」


「お前彼女というより、お母さんって言った方がしっくりくる――アッツぅい!?」




 振り返りウィンクして見送るアリシアに対して、よせば良いのに反骨精神から余計な一言をつい口にしてしまったウルフの顔面によく焼けたフライパンが飛んできた。




 ウルフの悲鳴から一日が始まったものの、彼らは今日も平和にやっていた。

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