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外堀埋めてくる系の姫

ふとみたらブックマークがついて見てうっかりビビりました

 「…それで俺が殿下と結ばれてたら何かいい事でもあるのですか?」


「もちろんよ!!」




 話題が支部長(一応上司)の悪口でループに入りかけたため、会話の軌道修正を試みたウルフは、雑に投げた話題にアリシアが食いつく様を見てとりあえず目論見は成功したことを確認する。

 それはそれは食いつきが良すぎて若干怖い。


「まず毎日のようにわたしとラブラブちゅっちゅっできるわ!」


「自分の願望から暴露しやがったぞこの殿下」




 得意気に胸を張って「いいでしょう?」と言いたげな(アリシア)にウルフはげんなりとした表情でため息を吐く。


 そもそもこいつこんな残念な性格してたっけ?と最初に会った時の記憶を掘り返す。昔はもっとツンケンしていたような気もするが。と思い至ったところで思考を中断する。

 

 過労以外の原因で目の下のクマがまた濃くなる気がしたからだ。


それはそうと「ラブラブちゅっちゅっ」は死語である。


「それだけじゃないわ、毎日わたしの暖かい手作り料理が3食食べれるのよ」


「なるほど…」


 確かにウルフの台所事情は、劣悪と言うまでではないが酷い。残業で遅くなる時はギルドの酒場で食べるか、惣菜を買って帰るかのどちらかだ。

酷い時には自宅に帰らず、執務室に篭って仕事を片付ける時もあるため、ロクに食べずに作業をすることも少なくない。


 ウルフは暖かい食事の甘美な誘惑につい釣られそうになったが、まとめ直した書類に点検に意識を強制的に集中させる事で、誘惑を振り切る。


聞きに徹しながらずっと作業を続けるこいつもこいつで割と怖い。



「さらにもれなく可愛い赤ちゃんも家族に加わるわ!将来的に可愛い孫達に囲まれて、楽しい老後を過ごす事も可能よ!」


「いきなり老後の話にぶっ飛びやがった」


 だが確かに、最近何かと老人の孤独死が話題になる。ウルフは十数年後の寝癖ともウルフヘアーともわからないボサボサの髪が薄くなった自分が、誰にも看取られる事なく寿命を迎える所を想像して、少しゾッとした。


なるほど今後の人生設計を見直す機会には確かになったかもしれない。




「…少し自分の人生設計を考え直す機会にはなりましたね」


「そう!いいでしょう結婚!さあ今すぐにこの婚姻届にサインをー」


「…殿下、身分差って知ってます?」


「急に現実的な話を引っ張ってこないでよ!」


 親に自分の夢語る子供のような、キラキラとした目をしたアリシアに対し、ウルフは慈愛の表情を浮かべ、無慈悲に現実を突きつけた。


 確かに、美人で気立てが効く彼女と結婚できたのならどれだけ幸せな事だろう。(その対価でバットのごとくブンブン振り回される可能性があるが)

だがしかしその相手は自分じゃダメなのだ。

 

 かつて問題を起こして実家から勘当された元三流貴族の冒険者上がりと、この国が誇る可憐で勇敢な第二王女。天と地ほどの差がある2人が釣り合いの取れる訳がない。


昔彼女が、身分を隠していた時は、もっと砕けた口調で話せていたのだろうが今は違う、今の自分はギルドの調査班班長で彼女は最高クラスの不壊煌石(オリハルコン)級の冒険者。業務外は平民と一国の王女。手を出した所で届かない高嶺の花なのだ。


こんな自分に好意を向けてくれるのは嬉しい。


だからもし、あの時距離が縮まった時のような対等な関係のままだったら自分は…



(…ないな…あほくさ)


 未だ未練がましい自分に嫌悪感を抱いたウルフは、最後の書類の束の整頓を終えると、席を立って帰り自宅を始める。


 不貞腐れた表情で、同じく散らばった書類を片付けていたアリシアは、机の上を片付け始めるウルフに「もういいの?」と尋ねる。



「今日中に片付けなきゃいけない書類はもう無いので、残りは明日やっても問題ありませんよ」


「…そう…ならわたしも帰るわ」


「…せっかくだし送って行きますよ」


「あら、珍しいこともあるのね」


同じく最後の書類の整理を終えたアリシアが身支度を済ませるのを待ちながら、ウルフはスーツの上にコートを着込む。

すっかり真っ暗になってしまった時間帯に、女性を1人にするのもバツが悪い。

別にアリシアなら暴漢やチンピラを蹴散らすことなど難なくやってみせると思うが、ウルフの中の紳士性が黙っていなかった。




「すいません。お待たせしました」


「…別に、大して待って無いわ」


 あの後、執務室を施錠して、集合場所をギルドの裏口に指定して、用務員室に執務室の鍵を返す為にアリシアと一旦別れて行動していた。


 2人一緒でギルド内を歩いて、先程の女性職員みたいに関係を誤解される事を防ぐ為に、1人で用務員室に向かったのである。

同じ理由で、人手の多いギルドの正面玄関もアウト。

 これ以上この話題を拗らせたくないウルフのなけなしの策だった。


 用務員室に鍵を返却したウルフは、そそくさと裏口に向かい、アリシアと合流したところである。


対するアリシアは、未だ自分に硬い敬語を使い続けるウルフに対して、不満気に睨んだ後、自分の仮住まいへと向けて歩みを進める。


ウルフもそんなアリシアに何か言う訳でも無く、黙って隣を歩き始めた。


道中2人とも無言かと言われればそうでも無く、アリシアからウルフには、最近ちゃんとした物を食べているのかと問い詰め、逆にウルフは「王族の公務と並行して冒険者をするのは大変じゃ無いですか?」と自分以上の激務であろうアリシアを心配する様な質問をする。


 最近さらに寒さの厳しくなった夜道を、取り止めも無い会話をしながら進んでいく2人の目に、アリシアの仮住まいである宿屋が見えてくる。


 立派な外装のそれは、彼女くらいの稼ぎが無いと何泊も宿泊し続けるのは不可能だろう。


ただ今日は珍しい事に一目で貴族の所有物だと分かる立派な馬車が宿屋の目と鼻の先に泊まっていたのだ。どこかの貴族が利用しにでも来たのだろうか?


 そんな思考に埋没したウルフに、彼の右隣を歩いていたアリシアが、彼にしなだれかかる。


 自分の右肩に彼女の頭の重みがのしかかって来た事に気づいたウルフが、彼女を振り払うより早く、自分の右腕をアリシアの左腕に絡められた事で、ギョッとしたウルフが動きを止めてしまう。


「…こんな風に腕絡めちゃったら、私たち恋人に間違われるかもね」




 嫌な予感がした、彼女の弾む様な、照れている様な声に寒気を感じたのは、交友を持って初めての事だった。


ひょっとして今この状況は、彼女が誘導したものじゃあないのか。そう思考を導くより早く、ウルフはアリシアから逃れる為に来た道に向かって全力で駆けようとして…



「あら?送ってくれるんじゃなかったの?」



 逃げる事は叶わなかった。その細腕からは想像できないゴリラの様な馬鹿力をフルに使ってウルフの右腕をさらに締め付ける。


普通なら、彼女の女性らしい豊満な身体と密着するのは、世の男性からすれば垂涎ものだろうが、今のウルフからしたら、捕らえた獲物にとどめを刺す為に絞め殺しにくる大蛇にしか見えなかった。

後鎧のせいで痛いし冷たいだけで、彼女の柔らかさなんて微塵も感じられなかった。




「…実は急ぎの仕事があったのを思い出して…」


「明日やっても問題が無い書類しか残っていないって言っていたわよね?」


「…執務室に忘れ物したかもしれない…」


「なら明日の朝に取りに行けばいいわ」


「観念しなさい」と抵抗虚しく引きずられるウルフは、なんとかこの状況を打破せんと仕事の時以上に頭をフル回転させていた。

 アリシアの事だ、こちらが何か言うたびに論破してくるに違い無い。そもそもこんなとこ誰かにでも見られたりしたら…


不意に右頬から柔らかい感触が伝わった、遅れて、ちゅ…という小さい水音が聞こえてきた後ウルフは、アリシアの拘束から解放される。


「……は?」


今何された俺?そう呆然としている間にアリシアはドンドン自分から遠ざかる。


宿屋の入り口で振り向いた彼女は、寒さのそれとは別で赤くなった頬の口角を釣り上げ、それはそれは綺麗な満面の笑みを浮かべる。


「明日の朝刊が楽しみね!」


それだけを大声で伝えて、彼女はスキップの様な軽やかな足取りで宿屋の中に消えていく。


しばしの間、アリシアの言っている事が理解できず呆然としていたウルフは、宿屋の前にずっと泊まっている馬車の中で此方にずっとカメラを向けているメイドに気づいた事で、我に帰るのだった。

補足

 この世界では、風景画以上に精度の高い「写し絵」を撮影できる魔道具であるカメラは、高級品として一般販売されています。

それと最後にパパラッチをしていたメイドは、アリシア専属のメイドです。

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